51、ミカン、8歳になる
それから、あっという間に時が流れ、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』のプレオープンまで、残り僅かとなった。
私がこの世界に転生してきてから、もうすぐ3年になる。
私は、初等科に滞在期限ギリギリまで居座り、夏にフィールド実習を終えて、初等科の修了証をもらった。この秋から、魔術科に進学することになっている。
「みかんちゃん、8歳になったんだよね。おめでとう。誕生日プレゼントだよ」
時雨さんが、大きな長い物を抱えて、寮の部屋にやってきた。
「わぁっ! 時雨さん、ありがとう。実年齢はアラサーだけどね」
「ふふっ、それはもう忘れちゃいなさい。そういえば、決まったの?」
「うん? あー、家は決まったよ。歴史学のレグルス先生が、住んでるアパートに空きがあると教えてくれたの」
(あれ? 時雨さんが首を傾げてる)
「あぁ、そういえば、寮を出るんだっけ。やっと魔術科に進むのね」
「うん、あれ? 話が違った?」
そう尋ねると、時雨さんは使用人達に視線を走らせた。扉の前にいる黒服は気を利かせて、部屋を出た。侍女二人は、お茶を淹れようと、ミニキッチンにいる。
「さすがダークロード家ね。察しがいいわ〜。みかんちゃん、あれから、あの地下室に行ってないでしょ? りょうちゃんに返事しなきゃ」
(そっか、そろそろ期限ね)
私の覚悟は、もう1年以上前からできている。ただ、そのために必要な能力が足りなかったから、りょうちゃんには会いに行けなかった。
そのうち、夢に出てきて催促されるかなって思ってたけど、彼はこの2年弱の間、全く干渉してこなかった。りょうちゃんは、時雨さんとはたまに会っていたみたいだけど、私は一度も会ってない。
「そうだね。そろそろ行かなきゃね」
「ふふっ、覚悟は決まったみたいね。あっ、プレゼントを開けてみて」
侍女二人が、ミニキッチンから出てくると、時雨さんは話題を変えた。時雨さんって、ほんと、周りをよく見てる。
「うん、ありがとう。大きな袋に入ってるけど……」
リボンを外すと、袋はストンと落ちて、中身があらわになった。見た目は……長いバットみたいな棒なんだけど、微かに光を放っている。
(魔力を帯びているのね)
「何だかわかる?」
「長い棒だよね。魔力を帯びてるけど、見たことないなぁ。杖とも形状は違うし……」
その棒を持ってみると、まるで何も持ってないかのように軽かった。袋に入ってたときは、わりとズッシリしてたんだけどな。
「ふふっ、みかんちゃんは最近、剣術の練習をしてるでしょ?」
「うん、まぁ、ダークロード家は騎士貴族だからね。いつかはやらなきゃいけないだろうから、黒服に教えてもらってるよ」
この2年弱の間、私は乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』の出演者側に回ることを考えて、いろいろと準備してきた。
ダークロード家の娘としては、やはり剣術は必須だし、ユフィラルフ魔導学院に通う学生としては、魔法の発動ができないのはおかしい。
初等科に居座っていたけど、基本的な魔法の発動は、冒険者ギルドのミッションを受けた先で、時雨さんやレオナードくんが教えてくれた。
レオナードくんは、自分が新たな攻略対象になることも、乙女ゲームのことも何も知らない。イチニーさんが何かを言っていたみたいで、冒険者ギルドで小遣い稼ぎをするときには、いつも私と時雨さんを誘ってくれるようになっていた。
イチニーさんとは、ベルメの実習以来、会ってない。
だけど、あの巻き貝があるから、彼が無事なのはわかってる。くっつき貝は、持つ人が亡くなると魔力が供給されなくなって、両方とも消えてしまうと聞いた。だから私は、たまに巻き貝を手に出して、彼の無事を確認している。
「クッキーですぅ。どうぞごゆっくり〜」
サラ達が紅茶とクッキーを出す間、時雨さんはニコニコしながら待っていた。そして、侍女達がミニキッチンへと離れると口を開く。
「みかんちゃん、ゲームでは、よく剣先から炎を出してたんでしょ?」
「えっ? なぜ時雨さんが知ってるの? あれは、名前を忘れたけど、そういう武器を手に入れたからだよ」
「魔剣だよね? 私がガチでやってた頃にはなかった武器だね。みっちょさんが教えてくれたよ。。弱そうなふりして爆炎をぶっ放してたんでしょ?」
「げっ、別に弱そうなふりは、してないつもりだけど〜」
そう反論してみたけど、時雨さんはクスクスと笑っている。もしかして、この棒が魔剣? には見えないな。
「時雨さん、この棒って……」
「ふふっ、みかんちゃんは、右手で剣を振るよね? それを右手で持ってみて」
「ん? うん、右手で持ってるけど?」
「床についてるよ。持ち上げて、魔力を流してみて」
「へ? うん」
私は、不思議な棒を持ち上げ、魔力を流した。
「うわっ!?」
その棒は、色とりどりのシマシマな模様になった後、スーッと私の右手に吸い込まれていった。
(何? 今の反応は、魔石?)
「へぇ、やっぱり、みかんちゃんに渡して正解だったな。私なら、こんなにたくさんの属性にはならないよ」
「時雨さん、今のは何? プレゼントが消えちゃった?」
「ふふっ、それは魔石棒だよ。異世界人が採ってきた魔石って、適当に保管してると、互いにくっついて棒状になるみたい。魔石を吸収できる私達は、これを属性付与アイテムとして使えるの」
(えっ? ゲームユーザーが採ってきた魔石?)
そういえば、魔石集めイベっていうのもあったっけ。イベ以外でも、モンスターを倒したドロップ品としての魔石は、高く売れたよね。もしかして、この世界の人達は、異世界人を利用しているってこと?
「属性付与アイテムってことは、私にも魔剣が使えるようになったってこと?」
そう尋ねると、時雨さんはニッと笑って、ピースサインをした。イチニーさんも魔剣を使えるって言ってたっけ。
「うん、今、何色反応してたっけ? みかんちゃんは、やっぱり魔法のセンスがあるよね。これから異世界人が増えてきたら、魔剣は強力な武器になるでしょ」
「時雨さん、ありがとう! すっごいプレゼントだよ。お返しは何がいいかなぁ? 欲しい物を教えて」
「そうだなぁ。私、学校を卒業しちゃったけど、ずっと友達でいて欲しいよ」
「そんなの、こちらこそだよ? 欲しい物はないの?」
「じゃあ、今から一緒に出かけない?」
私達はクッキーを食べたあと、二人で一緒に出かけることになった。時雨さんが一緒なら、使用人達は安心して見送ってくれる。まぁ、私も少し戦えるようになったからね。




