女王補佐長の話
現在、女王補佐長という責任ある立場にいるが、私はもともと平民の出だった。
陛下がまだ王女殿下であらせられる時に、お忍びで下城されていた際の案内人だった。
それも偶然が重なった結果の賜物であったが。
少し、思い出に浸ろう。
───────────………
「ガイ先生!今日は何を教えてくれるの?」
「先生、昨日のここがわからないんだけど…」
私は城下の外れにある小さな区画で子供達に読み書きを教えていた。
学問も産業も豊かな国ではあるが、学問は全ての子供達に行き渡るわけではない。
何事にもお金が必要であり、幼い頃から両親の手伝いをする子も珍しくなかった。
私がここで子供達を集め、読み書きなどを教えて3年になるだろうか。
世界中を飛び回る商人の親に着いて、色々な国を見てきた経験から、他人より少しだけ何事にも詳しく、頭も良い方ではあった。
母国であるこの国に立ち寄った際にキャラバンから外してもらい、宛てもなく旅をしていたのだが今はここにいる。
先生と慕われてはいても自分自身、学業院を出ていないのでそう言われると肩身が狭い。
騙している気もないし、子供らの親にも素性を明かしている。
無償で教えているが、小さなこの区画の住民の好意で宿屋の一室を貸していただいており、食事もついてくる。
ゆくゆくはこの区画も出ていかねばと思ってはいるが、ぬるま湯のように心地よいここは出ていくにはまだ惜しい。
子供らに教えることはまだ多く、国の小さな希望達の学ぶ意欲が枯れることもなかった。
「昨日の復習が終わったら社会学習だ。王都心の直城下街へ行こう。君たちの親御さんから同意は得ている」
「社会学習?!」
「王都心にいくの!!?やったー!」
「ガイ先生が早く教えてくれればもっとおめかししたのに!」
キャイキャイとはしゃぐ子供達を宥め、勝手な行動をしない、知らない人についていかない、先生の言うことを聞く、というルールを設けて10人に満たない生徒達を連れた。
「…うわぁ〜、広い!人も多いね!」
「はぐれないように。皆、手はきちんと繋いでいるな?」
「はーい!」
さぁ、行こう。と踏み出した先で小さな子供とぶつかったのは、今思い返せば恐れ多くも御方と出会うきっかけだった。
「あら、ごめんなさい。私ったらぼーっとしていましたわ」
「こちらこそぶつかってしまい申し訳ない。小さなお嬢さん、お怪我はありませんか?……おや、」
見事な銀の髪は一つに纏められ、大きな帽子に覆われている。
お着せも平凡なワンピースではなく、繊細なレースがあしらわれており貴族と一目でわかる。
なにより、王家の証である紫玉の瞳が私を見貫ぬいていたのだ。
「貴方様は…アリステア、」
「お静かに。みなまで言うことはないわ。その通りよ」
じーっとご自身の唇に指を当てて口止めをされる。
かしずくべき御方だと膝をつこうとしたがそれも止められた。
「お忍びでね?今の私は宮の人ではないの。みんなには内緒よ?」
ふふっと笑った王女殿下は今年8歳におなりになる。
だけれど王家の雰囲気は隠せないものだ。
「先生、その子誰?」
「私見てたよ!ガイ先生、その子とぶつかったの!」
「君たち、言葉を慎むんだ」
「必要ないわ」
王女殿下は私にぽそりと呟くと、同じくらいの歳の子達と他愛無い話を始めた。
「私、アリアっていうの!みんなはなにしているの?」
「あたしナミ!今日は社会学習で、外れの小さな区画から王都心の直城下街にきたのよ!」
「社会学習?」
「僕たち、ガイ先生から色んな勉強教えてもらってるんだぁ!」
「先生、彼女つくりにきたのかも…!18にもなったのに彼女いないなんて!って父ちゃん言ってた!」
「あら、そうなの?」
「…どうか聞き流してください」
歳の近い子らが新鮮なのか、子供達同士で話が進む。
だけれど私の心は慌てふためいたままだった。
「…王女殿下。失礼ですが、お供の騎士はどちらに?」
「いないわ。一人できたの!」
にこりと笑う殿下に、ふらりと目眩が起きた。
第一王権保有者は現在の国王陛下であらせられる。
この国では王の資格を持つもののみそう表されるので、王妃様は第二王権保有者には当てはまらない。
王族の最長女、アリステア王女殿下だ。
つまり国の最重要人物がお供なしに直城下街を練り歩くなど…!
他国に比べて穏やかな国ではあるが、悪人はもちろんいる。
ここに尊き御方がいることを知っているのは私だけ。
如何様な方法を用いて城へお送りなさるか、ずっと考えていた。が、崩れるのはすぐだ。
「私もご一緒して良いかしら?」
「…なんと?」
「やったー!いいよ!アリアも一緒に行こう!」
「ええ!よろしくお願いしますね?"先生"」
「……。かしこまりましてございます」
心治まる時は来ない。
「ここはリュディヴィエラ芸術館です。歴史ある美術品など何千点も集められています。音楽や演劇観賞を兼ねた大ホールも中に併設されております」
「リュディウム国技場です。祭典から騎士たちの技術大会、演習事項もここで行われます。災害時の民の避難場でもありますので、王都心の中心部に最も近い場所です」
「リュディジオン国立図書館です。国内の本は一度全て、お城に勤める王国仕官の元で検閲されます。安全と判断されたものがこの図書館に送られ、すべての民が無償で見ることができます」
「ガイ先生、よく知っているのね」
「子供たちに教える身ですから。しかし分からないこともたくさんあります」
「先生ー!リュディシエル王国って名前なのに、建物の名前が違うのはなんでなの?」
「良い質問だね、ナミ。133代続くこの国の初代王の名前がリュード様というんだ。
御方の御威光と教えを忘れないように、歴代の建物に名を刻み、日々改築しているんだよ」
へー、と首を痛めそうな巨大建造物を前に子供らは瞳を輝かせた。
「古代語であるから、言葉も読み方も代を重ねるごとに変わって、安定した世になったその日から"リュディ"の名前になっていったんだ。後に続く言葉も古代語で祝福に溢れた教えの言葉だと聞いたことがある」
「ヴィエラは"絢爛あれ"。ウムは"壮健なれ"。ジオンはシオンなのだけれど"活路たれ"。よ」
「殿下…」
ボソと呟いた私の言葉は、驚きに満ちた子供たちの声にかき消された。
「アリアすっごーい!」
「物知りだね!」
「ふふ。お父さまとお母さまに教えてもらったの」
「じゃあリュディシエルの、シエルは?」
「"健やかたれ"」
発した言葉に重みが宿る。
今まで仲良く接していた子供たちも何か感じたのか話はそこで終わってしまった。
「初代王の初勅だそうよ」
「楽しかったわ」
「そのような言葉をいただき、恐悦至極でございます。アリステア王女殿下」
膝はつくなとお達しだったが、直立だけにはいかず片手を胸に当てて目線を伏した。
「黙っていてくれてありがとう、ガイ先生。ガイ、なんていうの?」
「はい。王女殿下。証名が遅れ申し訳ありません。ガイ・ディケインと申します」
「では改めて。ガイ・ディケインさん、今日は本当にありがとう!忘れられない日になったわ」
「左様でございますか。大変喜心にございます」
「また案内してね」
「また?」
「一回きりなんてさみしいわ!次も、その次も!文を書くからガイ先生の時間が合うときにお願いするわね」
「アリステア王女殿下…。恐れながら進言してもよろしいでしょうか」
「いいわ」
「ありがたく。では、次は従者を必ずお付けください。本日は今よりなにもございませんでしたが、心身ともに怖く存じました」
くすくすとおかしげに笑う殿下は目線を後ろに向けて私に言うのだ。
「次は"見えるお供"を連れてくるわ」
"見えるお供"…?ふと目をあげると殿下の後ろに黒づくめの何かがいた。
「王家の影よ。下城した時からずっとそばで見守ってるの。代々の王に仕える者たちで、お父さまは今日のこともお見通しみたい」
これは王家の秘密に触れてしまったのではないだろうか。王家の影など初めて知り、これは機密事項だろうと背中に冷や汗が一筋垂れた。
「ではまたね、ガイ先生」
いつの間に用意されていたのか、こじんまりとした馬車にひらりと乗ると、王女殿下は城へ帰っていった。
少しばかり自由行動にしていた子供たちもちょうど全員戻ってきて、いなくなったアリアという少女に残念そうな表情を浮かべ、我々も外れの区画に帰るのだった。
この後、御方がおっしゃられた通りに文は届き、平民を装った騎士と共に城下を案内するという時間が増えた。
民のことをなんでも知りたがった殿下は歳を重ねるごとに美しく、そして愛国心の強い姫君へとお育ちになったのだ。
そして突然の出来事はやってきた。
国王夫妻の訃報。
そして同盟皇国に嫁ぐはずだったアリステア王女殿下が王位を拝任し、女王陛下になるという報せ。
『ガイ、次の王様は私の弟ジルベルトよ。その時はたくさん助けてあげてね』
『御心のままに』
いつかの約束。
「ガイ・ディケイン。女王補佐長に任ずる。我が命に応えよ」
「はい。女王陛下。謹んで拝命致します。御心のままに」
花のような笑顔が似合っていたかの少女が、冷たく、そして偉大な王になった。
項を垂れて傅いた私は、目の前の尊き御方の幸せを願えど、このような未来を夢に見たわけではなかったのだ。




