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崩壊のはじまり

 家族会議から、さらに一週間が経過した。


 日常という麻酔薬が、じわりとドクの緊張感に浸透してきていた。人間の集中力というものは長くもたないもので、最低限の注意は払っているものの、徐々に警戒の糸はキレつつある。

 纏わりついていた嫌な視線も感じなくなり、不自然な上司の質問も減った。そして、反比例するように激しくなる訓練の所為で、思考に取られていたエネルギーは筋力に奪われつつあった。

 


 だから、()()()のところだった。

 ()()()()といってもいい。



 野外演習で訪れたズッコウ山――シルバと離れた休憩時間に、腰を下ろした小川のほとり。背後で動く気配に、一瞬でも気が付くのが遅れていれば、脳味噌から太い矢を生やして死んでいただろう。

 幸い、矢は川面に突き刺さっただけだった。


 ――打ち下ろし!


 直感的に、専門部隊の存在を感じ取った。わざわざ、足場の悪い木に登って射撃するなんて、特殊技術を持っていなければ選択しない。

 おそらくは、竜との接触を恐れてだろう。つまり、相手は竜騎士団とは一線を画した存在……。


 ――王室か?


 それにしても、ストレートな行動を取る。いや、民間人を消すくらい、隠蔽工作なんて必要ないってことなのかもしれない。


 ――シルバ!!


 ドクは呼び笛を吹く。

 甲高い音が木々の間を抜けていくと、辺りの気配が強くなった。よっぽど、竜が嫌いらしい。矢が雨の様に降り注ぐ。

 槍は持っていない。

 シルバの鞍に括りつけておいたままだ。

 

 仕方がなく、スルリと腰に差している刀の鯉口を切る。しかし、複数人の暗殺専門部隊に丸腰同然の竜騎士では相手が悪すぎる。

 応戦するつもりはない。


「貴様らは何ものだ!!俺は作戦陸竜騎士隊長のカツリキだぞ!!」


 ドクは知っている。

 暗殺者にとって、()()()()()は地味に嫌なものだ。かといって、足止めが出来るものでもない。相手に起きる一瞬の逡巡を捉えて、ドクは小川を超えて、対岸の斜面を登り始めた。

 動き始めたことで気配がつられた。ドクは5人以上の追跡者がいる事を確信する。 


 ――地に降りた竜騎士に、5人は多すぎると思うぞ?


 ドクは巧妙に木を背に背負いつつ、駆け上がる。高さ6メートルほどの傾斜。角度は厳しくないものの、スピードが落ちる。

 一秒が、長く、じれったく感じる。歯を食いしばり、運を天に任せる。それしかない。

 ガツンと鎧の上から衝撃が走ったが、幸い、刺さりはしなかった。なかなかにツいている。


 駆け上がり、なだらかな平地。


 しかし、相手も甘くはない。

 回り込んできていた2名が、立ちふさがる。


 緑色と茶色のマダラに染め上げた迷彩服を着て、簡素な革製の鎧を身に付けている。顔をフェイスガードで覆っているおかげで、表情が読めない。得物はそれぞれ短弓と短剣――どちらも毒をたっぷりと塗りたくっているだろう。


 ――行くしかないか!


 セオリーであれば、短弓を先に仕留めなければならない。しかし、そんな事は間違いなく相手も予測している。

 迷っている暇はない。

 後方には、さらに飛び道具をつがえた敵が迫っているのだ。


 ――上手くいけよ!


 ドクは思いっきり左腕を水平に振るった。

 まき散らされたのは「土」。

 傾斜を登るときに掴んでおいたのだ。


 敵の一人(短弓)は手で顔を覆い、一人(短剣)は後方へ飛び去った。

 

「チゃああああ―――!!!」


 傷付けるための一撃ではなく、相手の命に達する事を躊躇しない一撃。

 しかも、卑怯者の代名詞と言われるひざ下への一撃。返す刀で、弓を持つ左腕を斬りつけながら下がった。男は弓を放り出して、悶絶。必然的に、短剣の男と対峙する形になる。

 技量は明らかに短剣男の方が上だろう。たたずむ雰囲気が違う。ただ、自分よりも得物が長い相手に、突っ込むアホはいない。ドクが距離を詰めないから、短剣男のとの距離が自然と開く。


 焦っているのはドク。

 早くケリをつけなければ、背中へ矢の雨が降る。

 しかし、ツッコめば喉元をスパッと持っていかれるだろう。なんといっても相手は専門職なのだ。


 ――まあ、騎士道精神とか、この状況ではいらんよな。


 あっけなく手放したプライドの代わりに、手にしたのは落としたばかりの敵の弓。距離が空いた事をいいことに、恥じらいも無く敵の弓をとる。

 相手も、さぞびっくりした事だろう。誇りに命を賭けるのが騎士なのだから、敵の得物を奪うなんて下品な真似は、彼等だってしない。

 

「悪く思うなよ。俺は誇りより嫁の方が大事だ」


 弓は軽装の男を貫いた。

 膝をつく男。

 そして、刀がその首をなでる。


 

 ドクは騎士だが、その前に戦場で生きる男である。仕えるべきモノが無くなった今、彼の魂は既成の倫理観からは解放されている。



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