裏の顔
「帰ったよ~ん」
勢いよく開かれたドアから現れたのはドク。「遅かったね~」とリンダがパタパタと近づくと、酒臭いままの夫が抱き付いてきた。咄嗟に両手でヨッパライの特攻を防ぐが、臭いまでは防御できない。
「かなり飲んだでしょう!すっごい臭い」
「リンダ~、愛しちょるよ~」
ぐいぐい迫るドク。酒癖の悪い男ではないはずなのだが、今日はけっこうな感じで乱れている。それでもリンダは夫が心配で、完全には拒否できない。
これがいけない。
どんな理由があろうとも、よっぱらいに優しくする価値などない。死なない程度に保温しておけば、後はほっとくのが一番なのだ。彼等に人権などない。
「スキあり!ちゅ~」
「イヤー!」
調子に乗ったドクがキスを狙ってきた。リンダはとっさに「うっちゃり」をキめ、ドクをソファに沈める。追い打ちのクッションで動きを封じたら、エルボードロップでとどめ!
「ぐえ……」
カエルが轢かれた時のような声を上げて、ドクは沈黙した。
リンダは「まったく」と溜息をつきつつ、仁王立ち。
夫婦間でも、セクハラは許されないのだ。
―――――………。
「それで?どうして、そんなに飲んじゃったの?」
一連の攻防から、少し時間が経過したリビング。
リンダはソファに腰を下ろして、ドクは床に正座。ドクは、強制的な意識のシャットダウンによってアルコールが少し抜けたらしい。今は赤みが失せて、むしろ青ざめている。
まあ、ありがちな光景ではある。
「珍しく、隊の連中と酒を飲みまして……」
確かに珍しい。
決して仲が良くない第一作戦竜騎士隊のメンバーは、作戦行動が終わると即刻解散が基本である。仕事帰りの一杯なんて、リンダが思い返しても記憶がない。
「良い事があった?」
「いや、逆ですかね……」
「また何かあったの?」
「いや、問題が起きたわけじゃないんだけどね、こう、褒章について、皆に不満がたまってまして……」
「不満を魚に大酒を飲んだと?」
「悪い酒でした……」
「せめて、連絡は欲しかったな」
リンダの視線の先には、布をかぶせられた一人分の夕食がある。
いつものドクであれば、飛脚番(公設の飛脚以外にも、居酒屋なんかには小僧が待機していたりする)に小銭を渡して伝言を頼むところだが、どうもタイミングを逃してしまった。
「返す言葉もございません」
後悔先に立たず。
酒のミスは常に同じ原因によるものなのだが、直らないし、直せない。多分、一生なおらないんだろう。
「では、例によって一つ、お願いを聞いてもらいます」
「ぐっ……」
粗相をした時は、それ相応の希望を叶えるのが、この夫婦のルールになりつつある。この状況下で、ドクに拒否権は無い。
「お手柔らかにお願いします?」
「断固、拒否します。料理という愛情表現を否定した上に、か弱い妻に襲い掛かって来るなんて、この前から反省がありません」
「この前のは――」
「問答無用!」
リンダはピシャリと言い切った。
口元には悪い笑みが浮かんでいる。
「というわけで、まずはお風呂に入りましょう。アルコールの匂いを流したら、そのあとベッドへ来てね。抵抗は許しません――」
フフフと意味深に笑うリンダ。
ドクは口元だけで笑顔を返した。
どちらかというと温和で、柔和で、いい奥さん、という見た目をしているリンダだが、本質的には「S」だったりする。「ドS」というワケじゃなく、「ちょっと嫌がるのが好き」程度のものだが、本領を発揮すると、結構怖い。
尽くすのが好きな人は、「S」の因子を強く持つとは言うが……。
―――――――……。
一時間後。ぜんぜん色っぽくない「悲鳴?」が、夫婦の寝室から聞こえてきた。「フフフフフ、ここがいいんだぁ~」という(楽しそうな)声の後にひびく「もう、勘弁してください~」という懇願。おぞましい姿が想像されるが、とにかく、痛い思いはしていなそうだ。ドクもドクで、意外とそっちの才能があるのかもしれない。




