閲覧許可
朝――。
ぬくぬくとした温かさが、じんわりと布団の中に広がっている。つるつるでもない、すべすべでもない、しっとりとした肌の感触が心地良い。珍しく同じ布団で寝たドクとリンダだった。
「う~ん……」
残暑はすっかり抜けきっている。それでも肌が接している部分には汗がにじんでいた。でも、それも悪くない。
「なんか……昨日はすごかったな……」
昨日は、終始ペースをとられっぱなしだった。ドクとしては、なんとなく妻の持っている本性的なものに気が付いてはいたものの、実物(?)を目の当たりにして、戸惑いは隠せない。隠せないのだが、それも何となく魅力的に見えてしまうのだからしょうもない。
要するに、惚れているのだろう。誰もが振り返る美貌――というわけではないが、隣で気持ちよさそうに寝息を立てている妻の姿を愛しいと思う。口を半開きにして、半分目が開いているけど、愛しい。
「しかし、久しぶりに見たな……半目で白目のリンダ……」
ドクは笑いながら、リンダの肩を抱いた。
結婚当初はベッドを分けていなかったので、彼女の「この顔」をよく見ていた。最初は色んなモノが醒める気がしたが、今は、気を許してくれている証拠だと思っている。
何も、完璧な形式美だけが美しさではない。ちょっと、アレでも本人が良いと言えば、それが美なのだ。
「ん………」
ドクの頬を撫でる動きに反応して、リンダが薄く目を開ける。
(いや、黒目が戻ってきただけか……)
「あ……起こしちゃったか?」
「んん~」
すりすりと、リンダがドクの胸に顔をうずめる。甘い、可愛らしい仕草。でも、ちょっと前まで白目で口を開けて寝ていたとを本人は知る由もない。もし、それを本人が知っていたら、こんな乙女な態度はとれないだろう。
「………なんか、ニヤニヤしてる?」
リンダが胸元から訝しがるように見上げる。どうやら、口元に本音が滲んでいたらしい。
「してませんよ」
「何か、あやしいな~」
「そうかな?」
「鼻毛が出ちゃってるとか?」
「そしたら、ちゃんと言う」
「じゃあ、太ったかな?」
「それは……そんなことないよ?」
「ガブ!!」
「痛い!!何も言ってないけど!?」
「即答できない時点で、ダメなものもあります」
「理不尽!」
「頭きたから、今日も覚悟しておいてよ」
「ちょっと、今日もあのモードになるの!?」
「喜んでたじゃん」
「喜んでない!!」
「たまにはいいじゃん~」
「二日連続は、たまにとは言わん!それに、これが続くと、なんだか別の扉が開いちゃいそうなんだよ!」
「ホラ、喜んでる~」
「これは嫌がってるの!」
ドクはベッドから降りた。
降りたとたん、自分の体にかかる重力をいつもより強く感じる。体力的にも、連続は無理だと強く感じた朝だった……。
家を出たのは昼すぎだった。
申請をしていた古書の閲覧許可が下りたので、王立図書館に向かっているのだ。ドクの考えでは、今日、個人研究の全てのピースが揃うことになる。もし、ドクの理論が証明されれば、古代竜騎士研究はもとより、現代の竜研究にも一石を投じることになるだろう。
まあ、ドクがどんなに努力したところで、一軍人の研究が学会で発表されることはない。ないのだが、これを基に、どっかの大学教授が動いたらと思うと興奮を抑えきれない。ドクは踊るような足取りで、王立図書館の重厚な門をくぐりぬけた。
「申請番号32の者ですが……」
受付の不愛想なおば様が、ジロリとにらんでくる。まるで、窓口に来る客の全てが敵だといわんばかりだ。
「……いつごろ申請されましたか……」
「2ヶ月前。承認はヒロタ司書長です」
よどみなく答えたドクに、舌打ちをくれそうな勢いだ。
しかし、こんなところで揉めるわけにはいかない。待ちに待った申請許可なのだ。
「間違いないようですね……」
間違いがない事がよっぽどくやしいのか、ものすごい渋々嫌々な態度で本がドクに渡される。
重たい。
飴色になった革表紙が雄大な時間の流れを感じさせる。
「大事に扱います」
ドクが先回りして答えた事だけは、このおば様の機嫌を(多少だが)好転させたらしい。もちろん、仏頂面は変わらないのだが……。
さて、である。
ドクがくそ面倒臭い手続きをしてまで閲覧したかった図書は、かつてインドミナ王国が三つに分裂していた時に、唯一、竜の持っていなかった国の軍師が残した記録――「カダンパ軍事史」である。
この軍師の残した記録は、対竜騎士をうたうだけに王から長らく閲覧禁止令が出されていた。しかし、時代のとともに内容も古び、今は、かつての命令だけが一人歩きをしているような状態だった。ドクの申請により、今後はもっと閲覧しやすくなるだろう。
公務員は前例を貴ぶ。
「それでは……」
ドクは慎重にページを送る。
目当てのページは「竜騎士の風俗」という、一見、研究の本筋とは関係なさそうな所にある(らしい)。茶色く変色した繊維質の紙を幾つも超えて現れる複雑な絵柄がソレ――。
「これが――魔法とまでいわれた技術か………」
500年前、竜により追い詰められた軍師の、それでも必至に対抗しようとした痕跡が、忘れ去られた技術を復活させようとしている。
血と泥の匂いを漂わせつつ、幾何学模様が不気味な存在感を主張していた。




