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重さ

 玄関を開けた瞬間、リンダはいつもと違う夫の雰囲気に気が付いた。自分に向けられる視線が、何とも言えない、脱力感の伴う()()に溢れていたのだ。


 ――おつかれさま。


 リンダは、いつもと同じ笑顔で「おかえりなさい」と言った。

 ドクが焦燥して帰ってくることは珍しくない。特に、戦闘があった日は、目が血走り、身体がこわばっている。

 

 ――そもそも、この人に兵士は向いてない。


 それが、ドクを見続けているリンダの確信だった。



「つかれた……」

 ドクはソファに体を預けると、思わず言葉が漏れた。まったくもって、長い一日だったと、思う。

「お風呂にする?」

「いや、今日は身体を流してきたから、ご飯が先で」

「はいはい了解」

 リンダは、その一言で、今日戦闘があったことを確信した。何より、家が好きな夫が、わざわざ汗を流してくる理由は一つ――返り血を浴びたからだ……。

 思わず、鼻の奥がツンとするのを堪えて、リンダは台所に立つ。

「大変だったの?」

「んん~まあね。またモリア団長に雷を落とされちゃったよ。あのやろう、地味に不幸になりやがれ」

 ドクは、軽い口調でテーブルの上にあった豆菓子を口に放り込んだ。

「あらららら」

「まあ、怒られてもしょうがない内容なんだけどね。それにしても、やり口っていうか、怒り方がさ、ズルいの」

「へえ~」

「なんつうか、絶対に『NO』と言えない回答を混ぜて、二択問題を出してくるんだよ。『絶対と言えるのか?』とか、『お前ならできるのか?』って感じで。タチ悪いだろう」

「いるよね、そういう人。っていうか、ウチの旦那さんは嫌われてるのかな?前の団長さんの時はそんな事なかったよね」

「うん。嫌われちょる。前に色々やりあっちゃった事があって、それ以来ダメなんだよ」

「あちゃ~」

「耐えるしかないよな~」

「まあ、お酒でものんで、ちょっとでも気分転換してくださいな」

 リンダが即席のつまみと、酒を運んできた。普段は、ここまでのサービスはしない。酒はドクが(こそこそと)自分で持ってきている。

「おお、ありがとう!!」

「たまにはね~」


 酒に口を付けるドク。

「上司にいじめられた傷にしみるわ~」

 その言葉の裏に、リンダは嘘を見つけた。

 どうやら、上司の小言だけがドクの焦燥の原因ではないらしい……。



 

 



 その晩。

 ドクはリンダを少し、乱暴に抱いた。

 

 組み伏せられたリンダは、愛しさの中に、やるせなさをぶつけてくる夫を、下側から支える。珍しいことではない……血を浴びた日は、沸々と、何かがあふれ出てくるらしいのだ。

 

 荒い呼吸。

 夢中で交わされる体液。

 全てが、思考を麻痺させる物質につながる。


 そうでもしなければ、頭に残るイメージに押しつぶされてしまうのだろう。その苦みが、痛いほどわかるから、リンダも必死でドクを受け止める。

 全身で魂を受け止めようとする妻に、剥き出しの本能を擦り付ける夫。

 退廃的ではあるが、美しい慈愛の姿でもある。


 やがて、夫は全てを解放して、妻の胸に墜ちた。

 その、ささやかな重さに、妻は自らの価値を見出す。


「おつかれさま……」


 魂を吐き出した夫の後頭部を、優しくなぞる妻。

 明日になれば、また、新しい「罪」が夫を襲うだろう。そして、また新たな重荷を心に乗せてしまうのだ。

 生活を共にする妻としてみれば、その重荷を少しでも軽くしたいと思う。しかし、できる事は少ない。


 もうとっくに潰れてるよ――。


 そう言ったのは、酔った夫――冗談に紛れた本音だったと、思う。

 もともと、兵士になんて興味が無い人だった。ささやかな幸せさえあれば、それで満足するような、およそ立身出世とは縁のない男。でも、責任感だけが、突出していた。


 インドミナが侵略の危機にあった時、進学の道を捨てて、兵の募集に手を上げた。当時、多くの若者たちを戦場に向かわせた「君たちは雇われた『兵』ではなく、意思を持つ『騎士』である」という謳い文句に、惹かれたタイプではない。

 ただの責任感。

 そして、今、その責任感は、ドクを蝕んでいる。


「今は、ゆっくりやすんでね……」


 母を知らない夫である。

 甘え方が分からない。

 せめて、寝ている間だけでもと、リンダはドクの背中に手を回した。


 そして、リンダ自身も、その暖かな重みを感じつつ、意識を闇に溶かしていった……。

 



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