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ひねくれもの

 カツリキは、痛みの残る背中に顔をしかめつつ、反撃の体勢を取ろうとした。しかし、飛んで来たのは追撃の槌矛ではなく、ドクの声だった。


「隊長――早く!」


 馬上から、おもっクソ振り下ろされた槌矛の衝撃が、この程度で済むわけがない。ドクの槍が衝撃を緩和したのだ。

 カツリキが声を絞り出す。

「申し訳ない」 

 ドクは対峙する盗賊Iから目を離さないまま答えた。

殿(ケツモチ)はまかせてください。隊長は早く皆と合流を――待ち伏せがないとも限りませんから、奴らの指揮を頼みます」

「分かった……」

 にじみよる盗賊G・Hを跳ねのけて、カツリキは隊員達の後を追った。

 一方のドクは、目の前にいる盗賊Iを通せんぼする形で槍を握る。


 ――どうするか……。


 多勢に無勢。

 戦闘可能な盗賊は、まだまだ残っている。しかも、対峙する騎乗の盗賊Iは、明らかに手強そうだ。カツリキ達への攻撃を見る限り、部隊としての練度も高い。ドクのしょっぱい腕前で正面突破は難しいだろう。

 そもそも、作戦竜騎士隊は、竜の戦闘能力が高いため、腕が今一歩の連中が多かったりするのだ。


 ――それでも、行くしかないか……。


 躊躇していても、増援はない。

 正攻法の撤退戦をしても、ジリ貧だろう。

 ドクは覚悟を決める――つまり、正面突破による無謀な作戦。相手の虚を突くしか、突破する道はないと判断したのだ。

 

 面食らったのは、対峙する盗賊I。

 強者というのは、佇まいや、仕草で、相手の実力を推し量れるものなのだが、どうみても「平凡」そうなドクが正面から突っ込んでくる。

 「馬鹿か?」と言いたくなるが、ここはラッキーと見るべきだろう。竜の攻撃力は、左右に控える仲間が緩和してくれるだろうし、この不器用そうな男に槍の腕前で負けるとは思えない。

 何より、ハングリーさが違う。盗賊に身をやつしたが、元は歴戦の戦士――甘っちょろい竜騎士なんぞに、負けるわけがないのだ。


 ドクの槍が、いち早く伸びる。


 ここら辺がいけない。

 こらえて、こらえて、バシッと突くのが、騎乗戦の理。竜の攻撃力に頼ってきた結果が、この結末なのだろう。

 案の定、ドクの槍は大きく弾かれる。盗賊Iの溜め抜いた力が、伸びきった槍の勢いを別の方向へ押し流し、無防備な正中線が現れる。

 盗賊Iは、勝利を確信した。

 竜に気に入られれば騎士。馬に乗り続ければ、ただの兵――。

 そんな不条理への鬱憤を晴らす絶好の場面。竜は、投げられた縄を弾くため、両手と牙を使わざるを得ない。あとは、人と人との真剣勝負になる。


「この、竜のお飾りが!!」


 思わずこぼれる盗賊Iの感情。

 兵士であったことは、遠い昔の事なのだが、刻まれた負の感情は今も、心に紋様を刻んでいる。


 



 一方のドク。

 弾かれた槍を、あっけなく手放した。何の躊躇もなく。


 だが、丸腰ではない。

 腰には、剣ではなく「刀」がぶら下がっている。

 そして、これこそが――これからが、ドクの真骨頂。


 竜騎士の代名詞である槍の扱いは今一歩だが、何故かこの男は、扱いづらいとされる片刃の武器の取り扱いに長けている(こんなものを装備しているのは、竜騎士の中でドクくらいだ)。

 一振りあたりの金額が異常に高いし、見た目の装飾も少ない「刀」は、竜騎士の間では(も)人気がない。そもそも、乱戦において剣は鈍器と化す。興奮状態で、鎧の隙間に刃を通すなんて事は誰も考えない。力の限り、鎧の上からぶっ叩くのだから、デカい方がいい。

 しかし、ドクは好んで刀を使う。

 薄く、洗練された刃で、鎧の隙間に「抜き打ち」をくれる。とんでもないスピードで打ち出される一撃を回避するのは、手の内を知っている仲間でも難しい。凡庸な男の評価が、下がりきらない理由の一つだったりする。


 さて、である。


 ドクは盗賊Iに(なかばワザと)槍を()()()()と、すぐさま左腰にぶら下がっている刀に手をかけた。

 得意のパターン。

 振り抜かれた槌矛は、まだ、戻り切っていない。


 頭を下げるシルバ。その上を、高速の尖刃が走る――狙いは、盗賊Iの手首。槌と炎で練り上げられた「刀」は、火花を上げて、鎖帷子を切断しながら、確実に肉と骨を捉える。

 深くなくていい。

 ドクは返す刀で、膝裏に向かって一撃を入れる。刃を立てず、思いっきりぶったったくと、盗賊Iは崩れ落ちた。

 それをシルバが前脚で引っかける。纏わりつく縄は、勢いそのままの刀で素早く切断された。


「行け、シルバ!!」

 ドクの声よりも早く、シルバは走り出していた。


 

 木々の隙間を抜け、ドクとシルバは街道を目指す。引きずられている盗賊Iが「痛い!」とか、「やめてぇ!!」「逃げないから引きずらないで!!」などと叫ぶが、そこは気にしない。街道まで出れば、障害物にぶつかる事もないだろうから、大人しくなるだろう。


 しかし……。


 ドクは、これからの事を考えると頭が痛かった。

 作戦の失敗を、モリアになじられる姿が想像できてしまうのだ。


「ああ、憂鬱だ……」


 まだ、街道は先である。

 状況を考えると、気を緩めるには早いのだが、ドクの頭の中には、すでにロクでもない光景が広がっていた……。


 ため息も出るってもんですよ……。



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