第1話 生ミルクティー1杯の千里眼占い
渋谷が異世界に飲み込まれても、生ミルクティーは売ってる。
だから、あたしは毎日が楽しい。
道玄坂の途中。センター街の入口が見えるいつもの場所に、折りたたみの机を置く。段ボールの看板を立てる。『千里眼占い☆人探し 一回・生ミルクティー一杯(なければ食べ物ください!)』。
「令嬢、準備できました?」
シュンが淡々とした声でこっちに歩いてきた。人間の二十代。配信の機材と調達と物々交換の交渉、あたしがやりたくないこと全部の担当。両手に生ミルクティー。一つはあたしの。分かってるやつ。
「いま開けてるー」
シュンは机の端にカップを置いて、角に三脚を立て、カメラをあたしに向けた。占いの様子は、毎日これで流してる。あたしは棒付きキャンディ「チャッピー」をくわえて、髪を払った。ネイルは看板と同じ色。誰も気づかない。いいんだ。あたしが気づいてるから。
あたし、神宮寺あかり。三千十九歳。あっちの世界のでっかい城で、令嬢をやってた魔族。角も尾もないけど、貴族ってそういうものだし。
いろいろあって、いまは渋谷で占い屋をやってる。遠くと、隠れてるものを見つけるシゴデキな千里眼があたしの推しポイント。
「あかりさん、夫が昨日の夜から帰ってなくて。連絡もつかないんです」
一人目は、宮益坂のカフェの店長だった。人間。三十代。エプロンのまま、折りたたみの椅子に座る。座り方がきれいだった。
「はいはーい。じゃ、爪出して」
「爪?」
「ネイル占い。うちの流派なんだー。いいでしょ」
「……初めて聞きました」
『なにそれ』『毎回言われてる』『初見さん、必ず言う』。コメント欄は言った。
店長の手を取る。爪は短く切ってあって、右手の指先だけ茶色く染まってた。エスプレッソ。今朝も自分で淹れてる手。
目を閉じる。この手が毎朝カップを渡してる人が、いまどこにいるか。
見える。
宮益坂の裏、下ろしたシャッターの前。男が三人、車座で寝てる。空き瓶と串屋の串がそこらへんに散らばってる。
「宮益坂の旧銀行支店の裏。立ち飲み屋の横。三人で潰れてる」
「……最悪」
店長は表情を変えずに、エプロンのポケットから紙袋を出して、机に置いた。
「今朝の分です。よかったら」
「やった。スコーン。生ミルクティーに合うやつじゃん」
お金は取らない。要らないし。おいしいものを直接もらうほうが、あたしには早い。
シュンには、会ってから最初の週に全部話した。城で三千年、令嬢をやったこと。何か言うとみんなが跪くこと。跪かれるのは最初の百年で飽きたこと。決められた人生にうんざりして、家出しては連れ戻されてきたこと。
「そういうの、こっちの世界では悪役令嬢って言うんですよ」
「悪役令嬢?」
「城に住んでて、偉そうで、最後に追放されるやつです」
「追放じゃなくて家出なんだけど。……なんで悪役なわけ?」
「悪役とはそういうものですから。で、たまに、追放される運命に逆らって、道を切り開くタイプもいます」
「へぇ……そういうのいいじゃん!あたし好き!」
詳しいことは知らない。でも気に入った。それからシュンはあたしを令嬢と呼ぶ。気分でお嬢、マドモワゼル、マダム。マダムのときは怒る。三千歳だけど、まだそんな歳じゃないし。
「家出、百回目でしたっけ」
「百回目。百回目の逃げ先が、渋谷」
「うちの母は、俺が一回家出したとき泣いてましたよ」
「一回で泣くんだ。かわいい」
うちは、泣かない。九十九回逃げて、九十九回、悪魔の使いが来た。そんだけ。
机をたたんでたら、シュンがスマホを見て言った。
「令嬢、明日の予約入ってます。百軒店のサキュバスの館から。しかも、令嬢を名指しで」
百軒店で一番顔が広い店が、わざわざうちを名指しする。
「なにそれ。おもしろいじゃん」




