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異世界と性犯罪者が嫌いです。〜ざまあごときじゃ済まさない〜  作者: 小村ユキチ
おまけの冒険

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エピローグ


  凪さんへ





 夢を見た。

 男の子が泣いている。

 死んでしまったバッタを見つめて、こんな悲しいことは嫌だって泣いている。

 多分、凪さんの夢だったと思う。


 凪さんがいなくなってから、もう15年の月日が流れた。あれから魔物は数えるほどしか出ていない。どういうわけか全てのダンジョンが塞がっていたのだから、きっと凪さんは魔物は絶滅できたんだと思っている。


 どうしてそんなことができたのか。


 なぜ、いなくなったのか。


 凪さんは何も言わず去ってしまったので、わからない。


 クロエさんだけは、凪さんと最後に数分だけ話せたという。異様な雰囲気の奴隷を従えて、謎の乗り物に乗って空を飛んできた彼は、クロエさんにだけ「別の世界に行く」と言って去っていったらしい。


 それ以来帰ってこないので、もはや何も知りようがない。


 ただ一つ確かなのは……どうやら僕は、本当に一人ぼっちになってしまったということだけだった。


 きっと、凪さんは元の世界に帰る方法を見つけたわけではないと信じている。凪さんは真面目だ。帰る道があるなら、流石に僕にそれを伝えないわけがない。

 

 最初から一方通行の世界だったと。そう思うしかない。


 凪さんもうららちゃんもいないこの世界に取り残された僕は、少なくとも3年間は絶望的な気持ちで夜を過ごしていた。この世界の住人はとても優しかったが、それでも元の世界との繋がりが完全に絶たれたのはこらえようがないほど苦しかった。


 本当なら、うららちゃんと一緒に生きられた世界だったのに。


 何度……元の世界から誰かを呼ぼうかと思ったかわからない。うららちゃんは本当によく耐えていたと思う。何度死のうと思ったかすら数え切れないくらいだ。アニーがいなければ、きっと僕は自殺していたことだろう。


 アニー。


 彼女は、打ちひしがれる僕のそばに、ただずっといてくれた。それは彼女が生来持っていたであろうパーソナリティであり、才能でもある。傷ついている人の隣にそっと座り、黙って寄り添うことができる……誰にでもできることじゃない。彼女は居場所がなくて凪さんと戦うしかなかったうららちゃんと共に戦うことを選び、絶望のさなかにいた僕には辛抱強くご飯を作ってくれた。


 感謝してもしきれない。


 そして、僕自身の絶望なんて小さな物語をさておけば、この世界はいつの間にか完全な平和を実現できていた。魔物がいなくなったことで土地が飛躍的に広がり、かつて人が住んでいた村にも移住が進んで、生活圏は順調に拡張されつつある。だが、会議の結果、干拓工事自体は継続して行う方針になった。もとからこの島は丘陵地帯ばかりで畑に向かない土地柄であることや、凪さんの奴隷抜きで竹や木を切り拓いていく労力を秤にかければやる価値があると、ジョエルがそう判断した。


 家畜の牧草地として使われているそういう干拓地を、現地の人は僕の苗字を取って『キリシマ』と呼んでくれている。


 新月機関という組織の大事さは、今も変わっていない。むしろクロエさんという天才的指導者の才能は、戦いが終わったあとでこそ本領発揮だった。


 支配者を作らない、協力し合う土壌を作る、それでいて個人の自由を尊重する……。


 夢物語のような平和をこの島に実現した彼女の存在こそが、凪さんと並ぶこの世界にとっての奇跡だろう。


 リタも、片手に麻痺は残ってしまったけれど、生きている。すっかり覇気を失い、無気力な毎日を送っているが、ちゃんと生きている。


 それに、新月機関の胸だって、凪さんがいなくなってから5年くらい経った頃から、みんな少しずつ治り始めた。それに僕が関係あるのか、ただ単に時間で解決できる話だったのかはわからないが、出産ができた機関員さえいる。アニーもその一人だ。


 僕には今、息子がいる。アニーと僕の子。


 奴隷魔法も、今のところ使わなければいけないような裁判は二件しか起きてない。


 とても平和だ。


 クロエさんは、成し遂げたのだ。


 そして——。



 結局、うららちゃんには、全く関係ない話だ。



 これが、これこそが凪さんのテーマだったんだと、今更に僕は痛感している。


 うららちゃんはただ犯されて殺された。


 少し思い出すだけで、僕は今でも、発狂しそうになるくらい頭を掻きむしりたくなる。あの男の……性犯罪者のおぞましさを、僕は、一瞬でも性欲を向けられたことで、理解できてしまった。


 本当に、最低の気分だった。


 その最低の中でうららちゃんは死んだ。

 

 どれだけ痛かったんだろう。


 どれだけ辛かったんだろう。


 どれだけ悔しかったんだろう。


 生きている僕らは、永久に知ることができない。


 ……凪さん。


 僕はもう、あなたを責めることができない。あなたを間違えていると言うことができない。


 あの時、あの男を僕の前に突き出したあなたを見て、僕は心の底から、あなたがいてくれてよかったと思ってしまった。


 助けてもらえたからじゃない。


 殺してくれるって思ったからだ。


 本当に卑怯だし、あまりにもざまあないと思う。僕はたっぷり予防線を張って、偉そうに道理を並べて、凪さんの狂気を()()()()()()()()()()()()。理解しきれないことを理解している、そんな気だった。

 実際にうららちゃんが狙われて、実際に殺されて、それで本当に、僕は認識が変わった。


 当たり前の結果すぎた。


 言い訳のしようもない。



 ——凪さんがいなくなって8年くらいした頃、僕はリタやクロエさんたちと一緒に、魔王城まで調査に行った。


 残されていた大量の死体の上に、一人だけ、最近まで生きていたとおぼしき、目玉と鼻が切り裂かれた男の亡骸があったのを僕らは見た。

 うららちゃんとミシェルを殺した男だと、すぐにわかった。どうやら残った魔物の死体を歯で解体する作業をずっと続けていたようだ。


 どうやってそんな改造をしたのかはわからないけれど、ともかく凪さんは、やはり約束を果たしてくれていたのだ。


 凪さん。


 僕はずっと、あなたを間違えていると言ってきた。理屈は今でも変わっていない。あなたはやっぱり狂った人間だ。


 それでも僕は……何度考えても、あのときあなたを頼らない選択肢がない。それを正しいと思えない。あなたがいなかったら、あの男がせめて苦しんで死んでなかったらと思うと心の底から寒気がする。


 加害者を、悲惨に殺す。


 しかもその責任を、僕らの誰にも押し付けず、一人で、徹底的にやり遂げる。


 あなたは僕にとってのヒーローで、この罪は、()()()()()()()()()()()()()


 あなたは全ての人類にとっての、ヒーローだ。


 そう思ってしまった以上、僕の物語もここで終わりだと思う。自殺をする気はもうないけど、ハッピーエンドだなんて言うつもりもない。


 僕は救われた。


 うららちゃんは、救われなかった。


 永遠に、変わることはない。






 そういえば、もう少しだけ、どうでもいい話がある。

 いつか、うららちゃんとミシェルのお墓の前で、クロエさんとこんな会話をした。


「クロエさん。異世界の人間を呼び出すのには、異世界人が生み出す宝珠が必要ですよね」

「ええ、そうですね」

「ところで、異世界の人間同士の子どもは、異世界人に含まれるのでしょうか」

「含まれていたと、私は思っています」

「では、凪さんをこの世界に呼んだ宝珠は、堕胎させられたうららちゃんとクズ勇者の子どもの宝珠なんですね?」


 それを聞くと、クロエさんはニッコリと笑った。


「テツジさんもそう考えたのなら、やはりそうなんだと思います」

「じゃあ、偶然『個人』と呼べる程度にまで成長した胎児が、母体のうららちゃんの願いを継承して宝珠を使った、ってところでしょうか」

「なるほど」

「ということは、僕のことを呼んだ宝珠は、うららちゃんと凪さんの子どものものということになりますね」

「はい。お腹から掻き出すお手伝いをしたのは私でしたから、間違いないです。転生者同士ならあるいは生まれてくれるかとも思ったのですが……残念でした」

「では、その宝珠を神殿で使ったのは、クロエさんですか」

「ええ」クロエさんはあっさり頷いた。「うららちゃんの願った人が来ますようにと思ったのですが、あなたを見ていると、もしかすると私の願いも反映してしまったかもしれませんね。恨んでいますか?」

「まさか」


 僕は肩をすくめた。どの話も、本当に今更どうでもよかったのだ。


「でも、じゃあ、結局不思議なのは凪さんとミシェルですね」僕は言った。「誰が神殿で宝珠を使ったのか……」

「……女神像ですよ」

「え?」

「宝珠を〝使う〟対象は女神像、〝召喚される〟場所は女神像に一番近い神殿です。そして女神像には、女性の骨が埋まっています」

「つまり……」

「死産した女児の遺体はそれ自体が女神像たり得ると、私はそう考えています」

「ああ……なるほど」納得して頷いた。「ならミシェルは、凪さんよりも先にこの世界に来ていたのですね」

「はい。せめてうららちゃんと再会を果たせたことは、幸運だったと呼ぶべきなのかもしれませんね」

「そうですね」


 聞きたいことが聞けたので、僕は満足して海の方を見た。新しくできた干拓地で家畜が草をみ、遠くでは漁船の上で若い男たちが釣りの腕を競っている。


 あれは、そう、ちょうど10度目の祝祭の季節だった。


「……クロエさんは、凪さんと最後に、話せたんですよね?」


 僕は聞いた。


「はい」

「あなたとこの世界から逃げることにしたあの人に、怒らなかったんですか」

「まさか。凪さんにこんなに平和な世界は無理だったでしょう。せめて感謝だけでも伝えられて良かったです」

「怒ってほしかったでしょうね」

「ええ」


 あまり見たことのない茶目っ気のある表情で、彼女は微笑んだ。


「ざまあみろですね」





Fin

 

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