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頼むから
本当に頼むから、不幸になってくれ
*
弾ける銃声。
飛び散る鮮血。
倒れる男。
新月機関のリタが続けざまに撃った6発の弾のうち、当たったように見えたのは1発だけ。丘の下を走り回らされていた凪の奴隷たちのうち弾が当たった男の体がズルズルと傾斜を転がっていく。
「ああ、へったくそ」
そう吐き捨ててリタは舌打ちをする。いつもよりも風が弱い日ではあったが、それでもタンクトップのシャツは寒そうに見える。
「向かって来ない的にはそうそう当たらんよ。一発でも当たったんなら上出来だ」
凪は言う。リタから空になった銃を受け取り、新しい方を投げ渡した。凪の〝フェミニスト〟と比べれば小型とはいえ十分に大口径の拳銃が空中舞う姿をテツジは意味もなく目で追う。
また、銃声。
月イチという射撃練習で、性犯罪者の命が使い捨てられていく。壊れすぎて動けなくなった者は弾になり、生きてても死んでもどうでもいい(と凪は言う)長期奴隷は的になる。
リタが撃ち切った後、凪も片手で彼の銃を構えて連射した。当たったのは3発。撃たれた奴隷たちは倒れるどころかほとんど吹き飛んでるようなもので、腕が千切れたり頭が潰れたりと悲惨な有り様で丘の上に転がった。
その死体を、運良く生き残った奴隷が回収している。
「いいなあ」
凪の銃口から立ち上る煙を見ながらリタが呟く。
「俺のが当たるのはただのチートだ」凪はリタではなく、おそらくテツジに説明する。「右の……色の抜けてる目の方が実は視力が良いし、夜でも見える。昔はちゃんと見えなくなってたが、なぜか治って、なぜかそうなった」
「クロエさんが潰した目な」
リタが口を挟んだ。
「ああ……そうだったな」
凪がテツジを見た。彼は黙って肩を竦めてみせる。
「なるほど、その辺りの話はもう知ってるのか」凪も頷いた。「まあそういうことだ。奴隷の体をここまで好きにできて自分の体を治せないわけがないってことなんだろう」
「この射撃練習、昔はうららちゃんもやってましたか?」
テツジは聞いてみる。
「うん」
凪より先にリタがすぐ答えた。
「一回きりだったけどな。でも撃ちもしなかった他の奴らよりは立派だろ」
「リタ」凪は顔をしかめている。
「使える武器は使って当たり前じゃん。どいつもこいつも情けないったらない。助けられて町に戻れてそれで安心とか、終わってる」
「リタ……」
「なんすか?」彼女は狼狽えない。「ゴミみたいな男のゲロみてえな精子を腹と喉いっぱいに流し込んできた、それが今の私たちの魔力の源だ。それが嫌ってか? ふざけんなよ。これは私の力だ。今は私のものだ。戦わなきゃホントに……何もかも奪われただけじゃねえか」
「強いですね、リタちゃん」
リタが、この日初めてテツジを振り向いた。赤毛の下に覗くブラウンの瞳は明けの明星のように鋭く光って見える。
「あんたが来る前はもうちょっとうららも強かったんだけどね」
そう言ってそっぽを向かれた。
「ったく、みんな腑抜けだよ。魔物は遠くなっただけだ。戦いはまだ終わってないのに……」
「僕の顔、そのゴミみたいな男に似てたりします?」
またリタが振り向いた。屁でも嗅がされたように眉をひん曲げている。
「あのクソデブと? 冗談じゃねえよ」
テツジに向けて銃を投げてきた。なんとかキャッチする。
「テッさんも練習したらいいんじゃないすか? 奴隷作れんだからいざってときは撃つでしょ」
ブツブツ言いながら丘を街のある方へ下っていく。そちらでアニーと新月機関の誰かが手を振って彼女を呼んでいた。
農地の向こうに広がる海。働かされているのが奴隷と知らなければ美しい景色だろう。
「今までで一番間抜けな質問だったぜ」見送りながら凪は笑う。「フクロウを殺った時に見た男の顔のことか」
「はい。太ってはなかったと思いますね」
あの日遭遇した魔物は、そのくちばしの形から、これまで何度か痕跡が見つかっている〝共喰い〟個体ではないことがわかっている。フクロウはダンジョン付近で時折見られる特殊個体であり、普段の攻略では前をゆく性犯罪者たちが『幻覚』を引き受けるので何一つ脅威とはならないらしい。
「ただの幻覚だったと思うのが自然だが、まあ、何が起こるかわからん世界だからな」 顎で銃を指す。「撃ってみるか?」
「遠慮しておきます」
「そうだな、それがいい」
凪の手に銃を返す。子どもと大人くらい大きさの違う手だった。
「リタちゃんは……ホントに強いですね。怒りにまっすぐ向き合って、嫌な思い出に正面から勝とうとしている。なかなかできることじゃない」
「間違いないな。だが難しい話でもある。そもそもこんな世界なんだから人を殺すことの定義も俺たちの世界とは違うだろうが……本当は、誰も、俺のようなことをするべきじゃない」
「ズルい言い分に聞こえますね」
「そうだな。ひどい失言だな」
「人を殺したことがあるっていうのが、うららちゃんが僕に隠したかったことでしょうか?」
凪の白んだ右目が、テツジの目を見た。
「……かもな」
顔を逸らし、未だ無意味に丘の下を走り回らされている奴隷たちを睨む。
「あの時うららは……俺の真似をしようとした。気持ちはわかるだろ? この世界に拐われたのは14の頃で、それから2年間は死んでないだけの毎日だ。で、現れたのが俺だよ。だから、なんというか、うーん……」
「思春期の子どもが半端な倫理観のまま眼の前の大人の行動を真似して〝ソレ〟になろうとするのは自然な流れだった、という話ですか?」
「お前には敵わんな」凪は力なく微笑む。「そう……そういうことだ。なんとか俺に馴染もうとしてくれたのさ。だが残念なことに俺は大人とは言い難い生き物だ。目を血走らせて、撃たせてくださいと言ってきたうららを、衝動的な行動だとわかっていてもまあ……止められなかった。前にも言ったが、俺は何もかも麻痺しちまって久しいんだ」
「うららちゃんは、それで、どうなりましたか?」
「しばらく平気なフリをして……で、ある日突然ダメになった。また魔物と戦えるようになるまで1ヶ月くらいかかった」
「可哀想ですね」
「ホントにな……悪いことをしたよ」
「僕も、うららちゃんには配慮が足りてませんでした」
雲が足早に流れている空を見上げる。
「……遠慮しすぎてましたね。自分で勝手に色々考えて、納得して、それで線を引いちゃってました。一方的に距離を置かれるのは傷つきますよね。良くなかったです」
「ああ……お前目線はそんな感じだったのか」
凪の手がテツジの肩に乗る。
「これも俺が悪いな。大事なこと言うの忘れてた」
「なんですか?」
「最初、俺がテツジに前科を問うた時、お前、『性犯罪とか考えたこともない』って答えたろ?」
「はい」
「そのことは新月機関のみんなに伝わってる。奴隷魔法中の質問には本音でしか答えられない」
「あぁー……」
「お前は、この世界で、一番安心感のある男だ。リタ含め、新月機関のみんなもお前に心証悪い感じしないだろ?」
「それは確かに、もうちょっと早く教えてほしかったかもしれません」
「すまん。ほんとすまん」
「いやでも……それを知ってても、距離作っちゃってたのは変わらないかな」
「まあ、距離感むずいのは仕方ないんじゃないか? レイプ被害者なんて聞かされて、挙げ句にありえないくらい美少女だ。トラウマ掘り返したくないって思ったら接し方よくわからんのはしょうがねえよ」
話しながら、恐ろしいほど自然に凪は片手でまた銃を撃った。下にいた奴隷の片足が吹き飛び、痛ましい悲鳴が上がる。
「あいつら見てみろよ。レイパーだぞ? お前が善意の裏目に悩んでる横で痴漢だの強姦だの……差があるってレベルじゃねえ。ああじゃないなら、みんないい人なんじゃねえのって俺は思うよ」
「……極端ですね」
「ああ、極端だ。もう繊細なものは何もわからん。だから、うららのことは頼むよ。俺は、ダメだった」
「精一杯がんばります」頷いた。「あと、一つだけ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「凪さんとクロエさんって……」
「俺はクロエを愛している」
彼は堂々と宣言した。
「一人の人間として、大切な女性として、この世の誰よりも尊敬している」
「かっこいいなあ」
「そう言われるとちゃんと恥ずかしいからやめてくれ」
はにかむ代わりに凪はわかりやすく表情をしかめる。
凪は、絶え間なく吹き上がり続ける怒りそのもののような人格だ。だが隣人として接する分にはとても気さくで親切で、そして素朴でもある。
(嘘ついてるのもわかりやすいなあ)
テツジはそう想った。




