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83.空飛ぶカァちゃんの初めての仲間

 どのくらい眠ってしまったのか。

 佐倉は大好きな優しい母の声でもなく、いまだに猫かわいがりをしてくるブラコンの姉でもない、柔らかな声を聞いた。

 寝ぼけてぼんやりとしていた佐倉は思わず声を出して答えてしまった。


 「すみませんが、少しだけ声を落としていただけませんか。寝ている患者さんが、」


 ―――(佐倉さん、私です。私はここですよ。


 佐倉はすぐに椅子から飛び上がった。

 「えっ遠山さん?ああ!目が覚めたんですね、ああ、よかった!本当に良かったです。ちょっと待ってください、今すぐ先生を、」


 ―――(いいえ、待ってください。私、佐倉さんの頭の中に話しかけているんです。実は私、こういうことが出来るんです。驚かないでくださいね、山本先生や総理には知られたくなくて、隠していたんです。

 ―――(何度かこっそり知らない人にやってみたことがあるんです。その人は空耳かなって思ったみたいですけど、私は人の頭の中に直接声を届けられるみたいなんです。今私の声が聞こえますか?


 佐倉は背筋が凍るような気分になった。

 鼓動を押さえようと深呼吸をしてから佐倉は小声でこう返した。


 「はい。私の頭に響いてきました。よく聞こえます」

 「痛みはありませんか?遠山さん、何が起きたのか覚えていらっしゃいますか?」


 ―――(……はい、今さっき思い出しました。

 ―――(佐倉さん、本当に申し訳ありませんでした。私は、佐倉さんの言いつけを守らずに馬鹿なことをしてしまいました。

 ―――(私は、権藤さんと市谷さんを巻き込んでしまいました。お二人は、

 ―――(どう……今どのような状況になっているのでしょうか?私のせいでお二人は、大怪我をされたのではありませんか?

 ―――(権藤さんは何とか受け止められたのですが、スピードが出すぎてしまったようでして、壁に当たりそうになったんです。

 ―――(でもそうしたら、市谷さんが横から受け止めようとしてくださったんですよね?私、市谷さんが見えたんです。

 ―――(あの時確かに、市谷さんのことも一緒に()()()()()と思ったんですが、

 ―――(でもやっぱり速度が付きすぎて上に進めなくって、結局は壁にぶつかってしまったと思うんです。そうですよね?


 佐倉は空飛ぶカァちゃんがあの状況を把握していることに驚いてしまった。

 あのスピードで、あの時自分がどう動いていたのかを空飛ぶカァちゃんははっきり覚えているようだった。

 さて、佐倉は自分の鼓動を落ち着かせたくて、また深く呼吸をした。

 そしてまずは、自分の正体を空飛ぶカァちゃんに打ち明けることにした。

 たった今、佐倉は空飛ぶカァちゃんに『正直』という行いを先にされてしまった。

 佐倉はその行為を――()()()()()()()()()()()()()だろうと思うしかなかった。


 目をつぶった佐倉はひと言。

 「黙っていたことを謝ります」

 「遠山さん、いいですか……」


 佐倉はこう言ってからすぐに、自分の羽を空飛ぶカァちゃんの頭に向ってゆっくりと伸ばした。


 空飛ぶカァちゃんは、佐倉の頭から透明な美しい糸のようなものが一斉に飛び出す瞬間を見た。

 それは絹糸のように美しく、ふわりと虹を架けるように弧を描いて空飛ぶカァちゃんの額に向って伸びてきた。


 ―――(まさか!佐倉さん、佐倉さんもまさか!

 空飛ぶカァちゃんはこれしか言えなかった。


 佐倉の羽が空飛ぶカァちゃんの額を軽くつついた。


ーー(遠山さん、私の方こそ黙っていてすみません。私も同じことが出来るんです。政府の連中に知られないように隠していたんです。

ーー(私の声は聞こえますか?


 空飛ぶカァちゃんの頭からテグスが飛び出した。

 光り輝くあのテグスではない。

 静のテグスような艶のある糸が伸びてきた。

 ―――(はい。よく聞こえます。まさか、まさか佐倉さんが!

 ―――(もしかして、私のこのことをわかっていたんですか?

 空飛ぶカァちゃんは不安そうに訊ねた。


ーー(ええ。遠山さんの頭から時々それが見えていましたから。

ーー(でも信じてください。私は遠山さんの頭の中を覗き見したりしていませんよ?これだけは信じてください。


 ―――(はい。それはわかります。佐倉さんとお話ししていてそういう感じを受けたことは一度もありませんから。

 ―――(でも信じられないです。私、自分以外では初めてです。

 ―――(あの三人の能力者の方とは違うような気がしたのですが、佐倉さんのそれは私とよく似ていますね。

 ―――(佐倉さん、あの、伺ってもいいですか?佐倉さんは空を飛ぶのですか?

 空飛ぶカァちゃんは遠慮がちに訊いた。


ーー(まさか!

ーー(私にできるのはこうやって話すことと……そうですね、秘密ですよ?少しばかり思考が読めるとか、そういう感じのことがちょっと出来るくらいですよ。

ーー(遠山さんみたい飛べるならこの前みたいに部屋の中でおんぶして飛んでもらったりしませんよ。


 佐倉は今まで隠していたことを正直に打ち明けられたことでせいせいした気分になった。

 にこやかに微笑みながら佐倉は続けた。


ーー(本当にすみません。ずっと遠山さんに打ち明けなければと思っていました。

ーー(ですが、このことはあの場所においては絶対に隠し通さなければならない秘密でした。

ーー(遠山さんが一番ご存じでしょうが、とてつもなく危険ですから。

ーー(あなた一人を苦しませておいたんですから私は卑怯者です。

ーー(私を許していただけますか?


 ―――(そんなこと!佐倉さんは私をいつも助けてくださったじゃないですか!

 ―――(佐倉さんがいなければ私は、

 ―――(もうすっかりお話ししてもいいと思いますが、私、ずっと本当に辛くて、

 ―――(私は、子供たちがいなかったらきっと、

 空飛ぶカァちゃんはここで言葉を止めた。


 きっと光り輝くテグスの主と同じように、傷つけられ絶望に呑み込まれ叩き潰されてしまったと、空飛ぶカァちゃんはついそう言ってしまいそうになったのだろう。

 佐倉はすぐにこう返した。

 できるだけ明るい声をだそうと思った佐倉の声はひっくり返ったように裏返った。


ーー(いやっ、私は本当にとんでもない奴だと思いますよ自分でも。

ーー(あなたに言わなければならないことがとんでもなく山ほどあるんですから!

ーー(これこそ秘密のデパートってやつです。

ーー(もう本当にすっかりお話しますね。

ーー(実は、


 佐倉が静と英介のことを打ち明けようとした時に、ちょうど看護師が入って来た。

 「佐倉さん、遠山さんの様子はどうです?」

 この部屋付きの看護師はこう言うと「あっ!」と大声を出した。


 「佐倉さん、佐倉さん!遠山さんが目を覚ましましたよ!ほらごらんなさい。だから私が言ったでしょ?長年この仕事をしているとね、わかるんですよ!最初からそんな気がしたんだから。言ったとおりでしょ?」


 「はい。ずっとそうおっしゃってましたよね。よかった、本当によかったです」

 佐倉は毎日励まし続けてくれた看護師に深く頭をさげた。


 「今、先生を呼びますよ。待ってて、すぐ来させるからね!」

 看護師はすぐに医師を呼びに行った。


ーー(遠山さんごめん。先生に診てもらったらまたゆっくり話そう。

ーー(ああ、権藤さんと市谷さんはね、今この部屋にいるよ。二人共もう目を覚ましたんだ。

ーー(脊髄にも神経にも損傷はなかったんだ。きっとあなたが守ったんだ。

ーー(だから安心して。今はしっかり診てもらって。


 佐倉が二人の容態を知らせると、頭の中に聞こえてくる空飛ぶカァちゃんの声は震えていた。

 ―――(本当に?ああ!大丈夫だったんですね、よかった!

 ―――(すみませんでした。本当にすみません。


 とうとう涙を流した空飛ぶカァちゃんを見て、佐倉の目にも涙が浮かんだ。

 麹町がいたらまたギャアギャア言われただろうが、幸いなことに権藤も市谷もまだ眠っており、元気な看護師は佐倉の涙にはなれっこだった。

 この後、医師はすぐに飛んできて、慎重に丁寧に空飛ぶカァちゃんの体を確認していった。

 佐倉は部屋から出されて廊下で待っていたが、看護師に呼ばれて入室した時の医師の顔は晴れやかだった。

 

 「さあ、もう大丈夫だと思いますよ。本当に奇跡の三人ですよ!」

 医師は嬉しそうに佐倉の肩を叩いてきた。

 「いいですね、今日からはちゃんと眠りなさい。こちらの看護師に怒られたくなかったらね」


     ◇◇◇◇◇


ーー(痛みがあるでしょう?権藤さんも市谷さんも目が覚めた後、先生の診療あとはすぐ眠ってしまったんですよ。多分痛み止めかなにかの影響だと思いますけど。

ーー(また明日ゆっくりとお話しましょう。

ーー(ああそうだ、英介と静ちゃんは今私の実家にいるんですよ。権藤さんの息子さんと一緒に預かっているんです。だから安心してくださいね。


 ―――(えええ!どうして佐倉さんのご両親が子供たちを?

 

 空飛ぶカァちゃんは珍しく大きな声を響かせてきた。

 佐倉の頭の中にキンキンと響き渡った。


ーー(それもちゃんと説明しないといけないですね。でもそうなると夜通しかかりそうだ。

ーー(でもちょっとだけね。

ーー(遠山さん、あなたが眠っている間に、破壊遺産とあの総理は破滅しました。

ーー(ついでに釜谷の野郎もね。

ーー(あと喜んでください。あの最低最悪なトレーナーもとんでもないことになりましたから。

ーー(それと、党の最悪議員ももう終わりますよ。あなたを追い詰めて調子に乗ってた奴らは次の選挙で絶対に落ちますよ。


 ―――(ええええっ?それはどういう、何が起こったんですか?


ーー(それはお楽しみです。明日たっぷりお話しますからね。


 佐倉はここで声を出してこう言った。

 「遠山さん、黒田さんと私は失職しました。本当にせいせいしましたよ!だから安心しておやすみください」


 

 

お読みくださりありがとうございます。

次回も重い展開はないので安心していただければと思います。

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