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10/28書籍発売◆【web版】猫と仲良くお喋りしていたら、王子様に気に入られてしまった件  作者: 希代 海
第二章

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13 歪な足音

 王都の外れ、人の寄り付かない暗い森の中にぽつんと佇む、古びた小屋。部屋の隅には大きな蜘蛛の巣が張っており、無造作に置かれた机と椅子には埃が積もっている。屋根はところどころに穴が空いていて、雨が降ればひとたまりもないだろう。

 もう誰も使っていないはずの薄汚れた小屋だが、今日は少し様子が異なっていた。


 窓からは仄かな明かりが漏れ、そして人影が一つ、ゆらりと揺れている。


「……完成だ」


 誰に聞かせるでもなく、ごくごく自然に口から零れ落ちた呟きには、隠しきれない歓喜が滲んでいる。


 埃まみれの机上には、乱雑に置かれた魔術書と、数多の魔法陣が描かれた古紙が十数枚。


「ちょっと時間かかりすぎちゃったな……でも、これでやっと会いに行ける」


 服に汚れがつくのも構わず、どさりと椅子にもたれ掛かり、全身の力を抜く。

 そうしてふわふわとした声色で独り言ちながら、何となしに視線を宙に投げ、少年はとても愉しげに笑う。


「待っててね、レベッカ・コリンズ。今度こそ……今度こそ上手くいくよ、きっと」


 闇夜を彷彿とさせる漆黒のローブからは、肩口で切り揃えられた癖のない真っ白な髪と、感情の読めない虚ろな藍色の瞳が覗いていた。



 ====================



 季節は春。

 第一王子の立太子に加え、第二王子の婚約発表、名門と謳われていた伯爵家の没落といったビッグニュースが貴族たちの間を駆け巡った、あの衝撃の卒業パーティーからおよそ一ヶ月後。


 王宮併設の魔術研究所に顔を出しつつ、王太子の補佐としてレオンとともに公務をこなす毎日を送っていたある日、執務室の扉が控えめにノックされた。


 レオンの許可が降りた後、ゆっくりと開かれた扉の少し低い位置から覗いたその顔に、俺は反射的に眉根を寄せる。


「レオンハルト殿下、ご無沙汰しております」

「これはエイデンどの。そうか、今日からか」


 どう考えても完全に目が合ったが、流れるように視線を逸らし、レオンに向かってお得意の儚げスマイルを披露するエイデン。

 そんな奴に対し白い目を向ける俺の隣では、レオンがいつも通り、全く隙のない完璧な笑顔を返していた。

 レオンは恐らく本心から喜んでいるのだろうが、側から見れば半端なく胡散臭い微笑みを湛えて向かい合う二人、という何とも茶番のような構図が完成している。



 何故エイデンが王宮にいるのか、と問われれば答えは簡単だ。セルヴァン伯爵が宰相へ復帰すると同時に、エイデンが次期宰相候補として宰相補佐に就任したからである。


 セルヴァン伯爵不在の間、代理を務めていたマーランド伯爵は、夫人の弟君にあたる。彼もなかなかの切れ者だったのだが、元々が自由奔放な性格のため、捌いても捌いても無限に湧いてくる業務に相当ストレスが溜まっていたらしい。

 セルヴァン伯爵が帰国するとわかった日には即座に辞表を書き、退任するまでずっと机上に置いたまま仕事をしていたそうだ。

 ちなみに彼の部下からの報告によると、辞表を書いてからは時間の割合にして三割が業務、残り七割は熱心に奥方との旅行計画を練っていたとか。今言ってももう遅いが、出来れば時間内はちゃんと業務をしていただきたい。


 そんなわけで、一切揉めることなく、宰相の肩書きは驚くほどあっさりとセルヴァン伯爵へと返還されたのであった。


 また、エイデンが宰相補佐という立ち位置であるのは、彼の健康状態を考慮した上での采配だ。

 確かに他国にいた頃とは見違えるほど元気になってはいるのだが、あくまで回復傾向にあるだけで、療養中なことに変わりはない。しかし年齢的にもそろそろ宰相の業務を引き継ぎ始めたいという伯爵の意向を汲み取り、レオンが直々に宰相の補佐役に指名したというわけだ。


 恐らくだが、もし伯爵からの申し出がなかったとしても、レオンの方からエイデンを推薦しただろうと思う。エイデンとは俺ほどの関わりはなかったとはいえ、レオンは前々から奴の能力を認めていたようだったから。


「貴殿のような優秀な文官がいてくれると、とても心強い。でも、無理はなさらないように」

「お心遣いありがとうございます。お恥ずかしながら、まだそれほど長い時間立っていられないので……まだ車椅子(これ)は手放せませんね」


 そう苦笑しつつ、エイデンは自身の腰掛けている車椅子を軽く叩いた。

 と、そこでようやく灰色の瞳がこちらを向き、次いでわざとらしく片眉が上がる。


「おや、きみもいたのかい」

「一番最初に思いっきり目が合っただろうが」


 そうだったかな?と言わんばかりのきょとんとした表情を浮かべ、少しだけ首を傾ける仕草をするエイデン。それでレベッカは誤魔化せても俺を誤魔化せると思うな、という意思を込めて睨みをきかせれば、相変わらず感情の読みにくい薄微笑で返された。


「というか前々から思ってはいたんだが、何でレオンには敬語なんだ」

「当たり前じゃないか。相手は王太子殿下だよ?不敬に当たるだろう」

「その理屈でいくと俺は第二王子だが?」

「きみは後輩だから別」

「月に一度か二度しか出席していなかった奴が一丁前に先輩面するな」


 ああ言えばこう言う。いちいちツッコむのも面倒になってきて、呆れを含ませた盛大なため息をこれ見よがしに吐いてやるも、全く気にする素振りも見せず飄々としているものだから、余計に腹が立ってきた。

 と、そんな俺たちの会話を楽しそうに眺めていたレオンは、珍しく軽快な笑い声を上げた。


「ギルとエイデンどのは本当に仲が良いねえ」

「良くない」

「良くはないですね」


 俺たちの返答がハモったところでツボに入ったらしい。とうとう顔を逸らして肩を震わせ始めたレオンはこの際無視することにした。


 と、ここでふとエイデンが何かを思い出したらしく、急に真面目な顔つきになった。


「ところで殿下、件の闇魔法の使い手とやらは見つかったのでしょうか?事態が進展したという話を聞かないもので」


 その言葉に、室内の空気がガラリと変わる。

 瞬時に笑いを引っ込めたレオンは、警戒を露わにして周りにサッと視線を巡らせた後、声の音量をかなり落として囁くように告げた。


「難航している、というわけではないよ。本当のところ目星はもうついているんだけど……相手が、ね」

「……では、あの噂は本当なのですね」


 ぽつりと落とされた返答に、レオンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。きっと今、俺も同じような表情をしているだろう。

 脳裏に思い浮かんだ人物は、恐らく皆同じ。それが意味するのは、これは一歩間違えれば国同士の争いの火種となりかねない、極めて深刻な事態であるということ。


 ()に会ったことのある俺としては、俄には信じ難い話なのだが、ここまで状況証拠が揃っているとなると、正直認めざるを得ない。

 次の言葉が出てこず、逃げるように窓の外へ視線を移す。そんな俺の様子に目敏く気づいたらしいレオンが、少し言いづらそうに、けれど俺の代わりにちゃんと詳細の説明をしてくれた。


「それにここ最近、周辺国で貴族の不審死が相次いでいるという報告も上がっている。どうもきな臭くてね……少し慎重にならざるを得ない状況なんだ」

「なるほど。つまりその事件にも闇魔法の関与が確認された、といったところでしょうか」

「理解が早くて助かるよ」


 困ったように笑うレオンだが、その目には緊張と怒りがありありと滲んでいる。実はその不審死を遂げた貴族の中には、俺たちと関わりのある人物も少なくなかった。

 つまり、これがもし同一犯による連続殺人であった場合、その魔の手は既に我が国に及ぶ一歩手前まで来ているという意味にも取れる。


「……この件は、レベッカにはまだ伏せている。前夫人の死因は病死ということのまま、伯爵は他国の反王国派の貴族と精通していたとして、国家反逆罪に問われたと説明した。だいぶこじつけではあるが……しばらくはこれで誤魔化すつもりだ」

「そうだね……新しい環境にようやく慣れてきたかどうか、という時期だろうし。彼女には、もう少し状況が落ち着いてから話した方がいいと思う」

「そうですね。私も今は黙っておきます」


 レベッカへの対応についての認識は無事統一でき、三人で目配せをして頷き合う。全員が強張った表情をしていたが、しばらくして突如その空気を霧散させたのはエイデンだった。


「……そういえば、ギルバートくん」

「……なんだ」


 これまでとは打って変わり、どこか揶揄いの色を含んだ声で話し掛けられ、なんだかとても嫌な予感がした。が、無視をするわけにもいかないため、渋々と口を開く。

 その途端にニッコリと微笑んだ奴を見て、これからその予感が的中することを瞬時に悟る。


「父上から聞いたのだけど、今度は()()()()()()がうちへ留学するって話、本当なのかい?」

「……」


 ほら見ろ、碌な話じゃなかった。

 咄嗟に誤魔化すこともできず、無言で明後日の方を向くと、完全に面白がっている雰囲気がひしひしと伝わってくる。しかも二方向から。おいレオン、お前までふざけるなよ。


「へえ、本当なんだ。それはレベッカにはちゃんと説明しておかないとだね」

「わかっている。余計なお世話……」

「もしかしたら泣いてしまうかもしれないけどね。そうなったらきみ、今後しばらく出禁ね」

「お前本当にいつも一言多いな!」


 勢い任せに言い返すも、正論ではあるため大した反論ができないことが悔しい。

 行き場のない苛立ちを持て余して拳をぷるぷると震わせていると、込み上げてくる笑いを必死で抑えているらしいレオンが「まあまあ」と若干震えた声で介入してきた。お前、王太子なんだからもうちょっと隠せ。


 などと内心で毒づいている場合ではないと、この後即座に思い知らされることになったのだが。


「水を差すようで悪いけど、もう伝わっていると思うよ。今日はリアがレベッカ嬢と二人だけのお茶会をすると張り切っていたし、多分話しちゃってるんじゃないかなぁ」

「……アメリア、あいつ……!」

「リアのことだから、そこまで悪いようには言わないと思うけど。僕も、レベッカ嬢には後で直接フォローを入れておくことをオススメするよ、ギル」

「……うるさい」


 その後もニヤニヤと厭らしい笑顔を向けてくる二人は相当鬱陶しくはあったが、俺はそんなことよりも、レベッカへどう事情を説明すべきかということでしばらく頭がいっぱいだった。

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