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10/28書籍発売◆【web版】猫と仲良くお喋りしていたら、王子様に気に入られてしまった件  作者: 希代 海
第一章

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11 愚者の末路

※ギルバート視点。少し長めのお話です。

「殿下!これは一体どういうことですか!?説明していただきたい!」

「……どちらかと言うと、説明してもらいに来たのは私たちの方なんだけどね」


 卒業パーティーの翌日。コリンズ伯爵家にてレオンと俺を待ち構えていたのは、こめかみに青筋を浮かべて唇を噛み締めるご当主と、彼と似たような表情で客間の隅に佇み、こちらを悔しそうに睨みつける夫人だった。


 パーティーの後、レオンと俺は直々にあの異母妹への尋問を夜通し行い、大体の証言が取れたところで夜が明けたため、手早く書類をまとめてその足で伯爵家へ赴いた。


 レベッカは昨日から御母上の生家で過ごしている。本当は一晩くらい王宮に泊まっていけばいいだろうと考えていたのだが、パーティーが終わるタイミングでちゃっかり従兄殿が迎えに来た。しかも見たこともないほど満面の笑みを浮かべて、だ。あの野郎、本当にいつも癇に障ることばかりしてくれる。


 そんな腐れ縁の男のすまし顔を思い出し、眉間に皺を寄せていると、コリンズ伯爵の無駄に大きな声で一気に現実へと引き戻された。


「あの無能が……レベッカが、セルヴァン伯爵家へ養子入りするなど、私は聞いていない!そもそも当主以外の者が提出した文書だというのに、当主である私に確認もせず受理されるなど……!」

「でも文書を提出したのは屋敷の使用人だし、手続き上の問題はないよね。当主が直接提出しなければならないという法はないし」

「し……しかし私は父親ですぞ!?」

「……は、どの口が」


 伯爵のふざけた返答に思わず小さく吐き捨てれば、レオンの笑みが深まる。伯爵はピクリと眉を動かしたが、聞こえなかったふりをすることにしたらしい。わざとらしく咳払いを一つして、それからキッとレオンを睨みつけた。


「何故あのような文書を受理されたのです、しかもその日のうちに……!殿下が止めていただければこんなことには……!」

「何を言う。あなたの判もしっかり押してありましたよ、伯爵」

「それは……っ、あれは娘が勝手に押したのです!私は何もしていない!」

「へえ?」


 随分と支離滅裂なことを言っているが、自覚はないのだろうか。呆れを隠す気も起きず冷めた目でその光景を眺めていると、レオンから目配せがあった。続きは俺から話せということらしい。正直この男と会話をする意味があるのか甚だ疑問なのだが、レベッカのためならば仕方あるまい。

 それでも零れ落ちることを止められなかったため息に、隣でレオンが小さく吹き出していた。


「……コリンズ伯爵、貴殿にもう一つ確認したいことがある」


 ぎろりと音が付きそうな勢いで睨みをきかされたが、微塵も怖くはないし、何とも思わない。いや、正確に言えば会う前からずっと腹立たしくは思っているが、それ以上にこのような愚者たちにはほとほと興味が無いのだ。

 だからさっさと終わらせてやる。


「七年前、前夫人が亡くなったのは流行病だという話だったが……暇を出された元使用人から、気になる報告を受けている。夫人が亡くなる一年ほど前から、屋敷に頻繁に出入りする不審な人物がいた、と」


 その話を出した途端、伯爵の顔色が変わった。サーッと血の気が引いていき、次いで忙しなく視線を動かし始める。本当にわかりやすい奴だ。


「何やら闇魔法に精通していた人物だったそうだが……詳しく説明願おうか、コリンズ伯爵?」

「さ……さて、なんのお話でしょう。そのような者に心当たりは……」

「まだしらを切るつもりか。言っておくが、お前の娘は全て自白したぞ」

「なっ……!?」


 この展開は流石に予想外だったのだろう、ギョッとしたように目を見開いたのは夫人も同時だった。

 蔑んでいた娘ではなく、可愛がっていた方の娘によって罪が明るみに出てしまうとは、何とも滑稽な話だ。まぁ俺には何一つ関係無いが。


「全て正直に話せば罪を軽くしてあげようと言ったらペラペラと喋ってくれてね、とても助かったよ」

「その者は他国の装いだったとか。髪色や瞳の色までわかっているならば、どこの国かくらいは予想がつく」


 レオンとともに追い討ちをかけてやると、とうとう伯爵の表情は憤怒に歪み、俺たち相手に取り繕うのも忘れたようで、眉を吊り上げてギリギリと歯軋りをし始める。


「あ……あ、あの、親不孝者め……!」

「あ、あなた……」


 と、これまでずっと壁際に佇み、話の行末を見守っていた夫人が、耐え切れなくなったように伯爵へ声を掛けた。

 その声を受けて弾かれるように振り返った伯爵は、血走った目でこれまた頓珍漢なことを叫んでいた。


「お前の……お前の育て方が悪いからこんなことになるんだ!これだから子爵家ごときの女は!」


(……あまりにも愚かだな。ここまできて、未だ己の罪を認めようとしないとは)


 夫人は一瞬、伯爵に言われたことが理解できなかったらしい。ぽかんと惚けた顔をしたが、それからみるみるうちに顔色が悪くなっていき、唇も震え出した。


「そんな、わたくしはいつも、あなたのためにと……!」

「ええい、やかましい!魔力量だけは十分だから少しは使えるだろうと置いてやっていたのに、恩を仇で返しよって!この役立たずどもめ!」

「な……ず、ずっと、そのように思っていたのですか……!?」


 あまりにも一方的な非難の言葉に対し、夫人の瞳はどんどん絶望の色に染まっていく。

 しかし事の成り行きを知る者ならば、伯爵の言い分の方がおかしいと誰だってわかるだろう。なるほど、あの娘の癇癪持ちは父親に似たのか。レベッカに遺伝しなくて本当に良かった。


「……ほんっと救いようのない屑だね、コリンズ伯爵」

「なんだと!?」


 レオンの呟きをしっかりと拾ってしまったらしい伯爵は、夫人への罵倒の勢いを保ったままこちらを振り返った。おいおい、俺たちが王族だって忘れてないか。

 流石に口が過ぎるぞ、と言いかけたところで、不意に隣から漂ってくる凄まじい冷気に気づき、一旦口を閉じた。


「――口を慎め、罪人」

「……ッ」


 これまでとは比べ物にならない程に温度のない声が室内に響き渡り、その場は一瞬で静まり返る。

 その一言だけで、誰も言葉を発せなくなった。


 目を見開き、パクパクと口を開閉するだけの人形と化した伯爵に、レオンは遠慮なしに底冷えするような視線をお見舞いしている。その顔には何の表情も浮かんでおらず、いつもの穏やかで柔らかな雰囲気は欠片も感じられない。


 ――そう、これが第一王子(レオンハルト)の本来の顔なのである。


「お前のような者と今こうして会話してやっているだけ有難いと思え。俺はこれでもかなり頭にきているんだ。……ハァ、くだらない戯言はもう飽きた、時間の無駄だ。続きは牢の中でやってくれる?」


 余程苛ついているのだろう、アメリアの前ですら滅多に口にしない「俺」という一人称を使ったレオンは、絶対零度の眼差しで伯爵をただ見下ろしていた。こうなった兄には関わらないのが一番である。


 と、伯爵は何とか声を出せるようになったらしい、顔を赤くさせたり青くさせたりしながら慌ててレオンに縋り始めた。


「お……お、お待ちください殿下!これは何かの間違いで……!」

「あー、うるさいから適当に黙らせといて。息してたらいいから」

「はっ」


 執念というか、厚かましさだけは一丁前なようだが、そもそもここで慈悲をもらおうなどという発想が出てくる時点で論外だ。

 衛兵に手刀で気絶させられ、ズルズルと引き摺られて退室していく伯爵を一瞥もせず、そのままレオンは壁際に呆然と突っ立っている伯爵夫人を振り返る。


「さて、夫人にもいろいろとお話を伺いたいから、ご同行願うよ。できれば静かにしていてくれると余計な手間が省けるのだけど」


 普段通りの穏やかな笑顔を貼り付けたレオンがそう告げれば、夫人は僅かに目をみはり、しかしすぐにストンと表情を失くした。それからふと視線を落とし、まるで全てを諦めたかのような、ひどく凪いだ声でレオンに答える。


「……殿下の御心のままに。もう、どうでもよいですわ」

「おや、夫人は意外と冷静なようだね?」

「今さら取り繕ったところで意味などないでしょう、全てお話しますわ。……と言っても、フローラが話した内容と概ね変わらないと思いますけれど」


 光を宿していない昏い瞳が見据える先が、するりと窓の外へ移る。

 夫人は今にも降り出しそうな曇り空をぼんやりと見つめ、それと同時に独り言ともとれる呟きがぽつ、ぽつと落ちていく。


「本当に愚かな人……いえ、それはわたくしもね。いずれこうなる日が来ると、心の何処かではわかっていたのに……」


 どこか落ち着かない、妙な静けさに包まれた客間。しかしレオンも俺も何も言わず、ただ夫人の言葉の先を待っていた。


「……それでも、わたくしはどうしてもナディアが許せなかった。わたくしから全てを奪ったあの女から、今度はわたくしが全てを奪ってやろうと思った」


 ナディア。確か、レベッカの御母上の名だ。

 いつだったか、風の噂でコリンズ伯爵と現夫人が元々恋仲だったという話を聞いたことがある。もしかしたら彼女も、ある意味では被害者だったのかもしれない。しかし、だからといってレベッカへの仕打ちは決して許されるものではない。


 そんな俺の考えを読んだのか、いや、恐らく偶然だろうが、一瞬そう疑ってしまうくらいには完璧なタイミングで、夫人は俺たちにきっぱりと告げた。


「だから、後悔はしておりません。謝罪などしませんわ……絶対に」

「……貴殿も、なかなかに面倒な性格をしているね」


 皮肉を交えたレオンの返答に、夫人は感情の読み取れない薄い笑みを浮かべただけだった。


 ポツリ、と窓に小さな滴がひとつ、落ちた。



「……ふう、とりあえずこっちは片付いたかな。あとはシャーマン侯爵家だけど……」


 夫人が衛兵に連行されるのを見送った後、レオンが話しかけてきたその時。パタパタと廊下を走って来る音が聞こえたと思うと、客間の入り口から衛兵の一人がひょっこりと顔を出した。ぴしっと一礼した後、そのまま俺に何かを手渡してくる。

 広げてみると、渡されたものは報告書だった。一番下の署名を確認し、ざっと内容を把握すると、まさに今話題に上がったばかりの件に関するものだった。


「おや、それは宰相殿から?」

「ああ、ちょうどシャーマン侯爵家についての連絡だ。あっちはあっちで横領やら詐欺やら、叩けば叩くほど埃ばかり出てきたそうだ。この件は宰相に一任して、適当に処理してもらった方がいいだろう」

「ああやっぱり、ここ数年怪しいとは思っていたんだよね。数字の動きが異常だったし、何よりあの女狐……あれ、名前なんだっけ?まあどうでもいいか、あの女が身に付けていた装飾品が年々豪華になっていっていたようだからね。どうせ遊び呆けていたんだろう」


 あとは由緒正しき伯爵家へ無事に婿入りするための賄賂ってところかな、と世間話でもするかのような軽い口調でそう付け足すと、レオンはさも興味無さそうに伸びをする。そんな片割れを何となしに眺めながら、ふとここに来るまでの経緯を脳内で振り返った。


 正直な話、レベッカの春季休業中という短期間にここまで事を進められたのは、レオンの手腕に他ならない。こういうときに改めて実感する。「王の器」とはいかなるものか、と。


(俺だけの力では間違いなく無理だった。昔からそうだ、レオンは俺よりも聡く、そして強い。誰が見ても次期国王に相応しいのはレオンだった。……だから俺は、そもそも王位に興味を持つ必要がなかった)


 おかげで王位よりも興味のあった魔法に専念でき、他国への留学の夢も叶った。本人に言うと調子に乗るので絶対に言わないが、昔からレオンには頭が上がらない。


 そうして一人しみじみと思慮に耽っていると、急に横から「さてと!」という明るい声とともにパン!と手を合わせる音が聞こえ、反射的に肩が跳ねた。

 不覚にも驚かされてしまったことに眉間をきゅっと寄せて視線をやると、先程とは打って変わって満面の笑みを湛える片割れがそこにいた。逆に怖いからな、それ。


「無事王太子にもなったことだし、これを機に王家の膿を一掃しちゃおうかなと思うんだよね。外交問題も片っ端からチャチャッと片付けたいな。あと噂に聞いたんだけど、な〜んかリアの周りをウロチョロしてる蝿もいるみたいだし、その辺も放っておけないよね。ねぇ、ギル?」


 にこにこと人懐こい笑顔を浮かべているが、後半になるにつれどんどん声のトーンが低くなっていた。わかりやすく不機嫌が出ている。……いや、これはわざとか。


「はぁ……どうせ一番の理由は最後のやつだろ」

「あはは、どれが一番なんてないよ、全部重要なことだからね。死ぬほど目障りなのは事実だけど」

「目が笑ってないんだよ……」


 レオンと同様、俺もアメリアとは幼馴染だが、彼女を恋愛対象として見たことは一度もない。というかそもそも、出会った当初からレオンとアメリアの間には誰一人として入り込める隙間など無かった。


 初めてアメリアに会った時、俺は彼女がレオンに一目惚れする瞬間をこの目で目撃したのだが、それと同時に、完全に獲物を捉えた肉食動物よろしく瞳をギラギラ輝かせて彼女を見つめる片割れの姿も視界に入ってきたため、一目散に逃げ出したい衝動に駆られたのを今でもはっきりと覚えている。初対面の場だというのに、どう考えても俺はお邪魔虫だった。


 実を言うと、留学の話に飛びついた理由の一つはこれだったりする。案の定、俺が国を出ている間にちゃっかり想いを通わせていた二人には呆れを通り越して虚無感に見舞われすらしたが、順調に交際を続けているようならば何よりだ。


 かと言って、もしレオンがいなかったとしても、俺がアメリアを好きになることは無かったと思う。

 何故ならレオンほどではないにしろ、彼女も相当な切れ者であり、完璧な笑顔を湛えつつその腹に一物も二物も抱えているような末恐ろしい女だからである。これを本人に言うと返り討ちに遭いかねないため、絶対に口には出さないが。


(アメリアのような強く逞しい女性こそ、王妃に相応しいのだろう。だが俺は、凛とした美しさと無垢な素直さを兼ね揃えたレベッカのような女性の方が……いや、レベッカが、いいんだ)


「……まあ確かに、いい機会ではあるか」

「うんうん、これからのレベッカ嬢とのハッピーイチャイチャライフ、邪魔されたくないもんね!」

「お前と一緒にするな!」


 食い気味に反論するも、痛くも痒くもないらしい兄はけらけらと笑うだけで、何故か戦ってもいないのに負けた気分になった。


 と、レオンは何かを思い出したらしく、急に「ああ」と抑揚のない静かな声がその場に落ちる。


「それと……例の闇魔法の術者についても調べないとだね」

「……そうだな。他国の者だという話が本当なら、かなり厄介な話になってくる」

「まったくだよ、思い当たる人物がいるのはいるけど……もしそれが当たっていた場合、我が国にとっては一大事……最悪の事態になりかねない」

「……」

「……戦争はしたくないなあ」


 参ったな、と乾いた笑い声を漏らしたレオンだが、その目はひどく真剣で、静かに揺らいでいる。その言葉の意味を正しく理解できる俺もまた、上手く言葉が見つからない。

 今はただ、俺たちの予想が外れてくれることを祈り、真実を突き止める他ない。


「――ところで、結局神殿には行くの?」


 いきなり明後日の方向に話を振られ、しっかり三秒ほど反応が遅れた。

 毒気を抜かれたような何とも言い難い気持ちで、何とかその問い掛けの意味を咀嚼する。が、それが単なる揶揄いの類であるとわかった途端、目の前の胡散臭い笑顔がさらに胡散臭く見えた。


「…………レベッカのためだ、仕方ない」

「相変わらずめちゃくちゃ嫌そうな顔するなあ。ギルって昔からほんと、ああいう格式ばった場所とか式典とか苦手だよね。王族なのに」

「うるさい。……身体がゾワゾワして落ち着かないんだよ」


 決まりが悪くなって視線を逸らしたが、幸運を祈るよ!と言いながら、清々しいほどの笑顔でわざわざ改めて視界に入り込んできた兄に、思いっきり睨みをきかせてしまったのは仕方がないと思う。

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