赤い荒野にて
エピローグ:赤い荒野にて
薄っすらと霧に霞み淀んだ朝焼けの空。陽光の橙に濁った青空。覆う雲は薄く、色に染まっていた。踏みしめるたびに赤い砂利の音と枯れ草の音が鳴っていく。鼻腔に入る嗅いだ事もない乾いた臭い。
「ぜぇ……ぜぇ…………」
街の外に道なんてものはなかった。急勾配、足を掬う砂の地面。必死に歩き続け追いついた矢先、身長ほどある岩石に突き当たっていた。息を果てさせながら、シルヴィはなんとかよじ登っていく。
最中、眼の前に手が差し出された。見上げると、威圧的なガスマスクが視界に入る。
「……平気か?」
「いっそ、またおんぶでも抱っこでも、脇腹で抱えてもいいんだけどぉ……? 女の子を好きな形で……持てるチャンス♡」
減らず口だけは保てていた。
「その様子ならまだ問題はないな」
エストは淡々とあしらうとシルヴィの体を岩の上まで引っ張り上げた。
「ん……ありがと。手取り足取りされちゃった♡」
素直に礼の言葉を口にすると眼差しが向かい合う。途端に恥ずかしくなって、すぐに顔を俯けた。
「離したほうがいいか?」
「ち、違う……!! そのままでいいよ! ……そのままで♡」
翻弄されている気がして、牙が浮いたようにむず痒い。レーヴェの視線にじんわりと罪悪感が湧いた。少しだけ。
――巨大な砂岩を登りきった。満たされたような感覚と疲労感に額を拭う。じんわりと汗が流れ落ちていた。日差しの所為か、あまり種としての身体能力を引き出せない。
「……少し休憩をする」
休むべきだとか、そんな提案はしなかった。有無を言わさずエストは断言すると、近くの倒木に腰を下ろした。
「異界の怪物も今はいなそうです。師匠」
レーヴェは四方に警戒を巡らせた後、自然な仕草でエストの隣を陣取った。
「はは……。師匠、そのメスガキの依頼は街の外まで連れ出してってことだろう? もう仕事は達成してるじゃあないか」
ルドヴィコは人間の部分の顔で嘲り笑うと、シルヴィの前に塞がり悪びれなくエストの隣に座り込んだ。
「仕事が終わったからぁ、プライベートで一緒にいるだけだよ? それに同胞達は私が一緒にいたいって要求したから牙を収めたの。私が離れたら彼女達をぉ……完全に敵に回すことになっちゃう♡ いい?」
ルドヴィコは舌打ちを響かせた。翡翠の片眼で鋭い睥睨をくべながら、不快感を隠す様子もなく顔を歪める。
「嗚呼……なんでこんな奴にさぁ…………」
「あーあー……! そんなことを言うぐらいなら誰のおかげでその師匠の隣に座れてるのかぁ……考えたらぁ?」
「師匠の強さが僕を超えたからさぁ。考えなくてもわかるだろう? 嗚呼、けど君の口先も、うん称賛には値するよ。ハハッ。嗚呼、けど思い出すだけで体に熱が蘇るなぁ……心臓が熱くなってくるよ」
飄々と、何事も無かったかのようにべったりとエストに寄り掛かる。満たされたように僅かに目を閉じながらも、見せつけるように薄っすらと眼差しだけをシルヴィへ向けた。
「アハ♡ そこでいいんだ? 案外、子供っぽいね」
シルヴィは動揺することなく嘲り返した。口元を覆いながら口角をあげて笑い、牙を垣間見せる。エストの背に背を合わせ寄りかかった。遠慮なく肩に頭を置いて体重を預ける。
「私はぁ……ここ♡」
「……遊ぶな」
エストのぼやきは誰にも届かない。シルヴィは息を整えながらエストにもたれ、来た道を遠くまで見渡した。
赤い荒野は果てがない。摩天楼は僅かな影を残してもう跡形だって見えそうになかった。砂と岩の大地は遠くから観ていたときよりも赤くはなく、やや褐色が混じっていた。点々と立ち枯れる木々。どうやって生えていたかもわからない。
ひゅうひゅうと、風が強く吹き荒み耳元を撫でた。髪が遠くまで靡き塵が広がっていく。都市の支配はここにはなかった。
爛々と輝いていたネオンの光も、足元を汚す注射器の空も、ドブの臭いもしない。ただ荒廃としていて先が見えない。淀んだ雲さえ貫く陽光が燦々と、痛いくらいに視界を眩ませている。
――とっくに終末を迎えた世界の姿が広がっていた。
確かなものは自分自身と……エスト達だけ。
「ねぇ? エスト。…………仕事の依頼、してもいい?」
「何故だ。必要なことではないだろう。それともルドヴィコに言われて不安になったのか?」
珍しく見透かされた。シルヴィはうぅ、と弱々しく呻く。むず痒くて、自分の髪先をくりくりと摘み撫でた。
「不安は……いつまで経っても不安だよ。だって、ずっと外に出たことなんてなかったし。それにさ、便利屋と依頼者ってわかりやすい関係だよね?」
くるりと身を捻り、エストの肩にあごを乗せた。文字通り、眼と鼻の距離にまで顔を近づけて耳元で囁く。エストには無意味なはずだった。
「……今更何を言っている。岩を登るために手を貸したことも、ここまで同行していることも、最初に助けたことも仕事ではない。初めから全うな関係ではなかった。自分でも言っていただろう。居候のメスガキでいいだとか」
「……ッ、覚えてたんだぁ。忘れちゃったかと思ってた。ご褒美ほしい? ぎゅーって。……いつだって求めてくれていいからね♡」
もはや条件反射だ。猫撫で声で甘えて恥じらいを取り繕う。頬は妖艶に緋に染まる。
「それに原因はどうであれシルヴィ、お前は仕事に関係なく力を貸してくれているだろう。今更依頼を挟む必要があるのか?」
「…………っ、それって」
さも当然のことのようにエストは尋ねたが、シルヴィは完全に虚を突かれ惚けたようにジッとエストの顔を覗くことしかできなくなった。
今まで自分から体を密着させるだとか、口元を撫でるだとか、色々してたくせにどうしようもなく恥ずかしくなって、真っ赤になった顔を反らす。
ルドヴィコと目が合ったが……眼力だけで黙らせた。
――便利屋だとか、仕事だとか。そういう関係にかかわらず一緒に“いてもいい”。ただそう伝えたいだけだ。絶対そうだ。
すぐにいつもの態度を取り戻した。したり顔を浮かべ、きゅっと強く結んだ口元をこれ以上見られないように、再び背と背を合わせて座り込む。しおらしく脚を閉じた。
「アハ♡ 照れちゃってぇ。そーんなに一緒にいてほしいなら、まぁ…………一緒にいてあげるけど。エストの……弟子とかじゃなくて、私として」
「………………」
気持ちが良いほどの沈黙。シルヴィはぎゅっと自身の胸元を掴み、鼓動に乗るように目を閉じ静寂に耳を傾けた。だがそれも数秒。
「嗚呼……師匠、そんなことより一杯どうだい? 師匠が僕のために造ってくれてたお酒をさぁ、いくつか持ったままなんだ」
ルドヴィコの言葉が静けさを打ち破る。煤けたうえに灰に汚れた魔法瓶を取り出すと、まもなくしてツンとしたアルコールの匂いが軽快な音と共に弾け漂っていく。戦闘時の高熱で揮発したらしい。
「もらおうか」
エストは即答した。ガスマスクを外さないくせに。ルドヴィコは素直に微笑むと溢れるまで蓋に注いでいく。レーヴェの分と自分自身の分も。
「てっきり師匠と自分の分しか用意してないと思ってた。気が利くじゃん」
「余分に取っておいただけさ」
レーヴェのからかいを気難しそうにいなすとシルヴィの睥睨に目を合わせた。
「……私の分は?」
「あの甘ったるいやつかい? もう君の口には合わないだろう? ……あるけど、本当にこんなお子様のジュースでいいのかい?」
ヘラヘラとルドヴィコは口角を釣り上げる。嘲りというよりも、純粋に今の状況を楽しんでいるだけにも見えた。エストは金属蓋の盃を持ったまま、そっとシルヴィへ腕を伸ばす。
「エストは平気なの? 結構な量の血、飲んじゃう気がするけど」
「…………だから休憩しているんだ。それよりも飲まずに倒れられる方が困る。……理解してくれたと思ったのだが。シルヴィ、君には一緒に居てほしい。何かあれば……嗚呼、ショックを受けるだろう」
――沈黙。開いた口を塞ぐのに時間が掛かった。熱と共に湧き上がった何かがどうしようもなく目を泳がせる。双眸の光輝を抑えられそうになかった。
「い、いてもいい。じゃなくてぇ……居てほしいってこと?」
「…………さっき自分で言っていただろう。これ以上の確認が必要とは思えないが」
エストはなんてこともない態度で、威圧的に言い切った。
シルヴィは呆れてため息をつくか、ムカつきのまま叫んでやるか数瞬悩み――あざとく頬を膨らませてみせる。すぐ横でルドヴィコの舌打ちが響いていた。知ったこっちゃない。
「もっと分かりやすく言ってくれないと血、絶対飲まない♡」
あくまでも仮面を被ったままムカついたことを曝け出す。エストは僅かに鼻で笑うと魔法瓶の蓋を皆に向けるように持ち上げた。
「こういう時間がときどきでいい。あれば嬉しいと考えている。何も喋らなくたっていい。……簡単な望みだ。一緒に乾杯をしよう」
「師匠……! 街に着いたらすぐに密造酒のための材料をかき集めますからね」
――随分と素直で、澄み切った言葉だった。レーヴェが歓喜に目を輝かせる。【緋刃】の鋭さ、暴虐さの全てがガスマスクに押し込まれて、そこにいるのは便利屋としてでもないエストそのものだった。……元より、表裏一体だ。
「聞いててぇ……私が恥ずかしくなっちゃった♡ 私への言葉は二人きりのときにぃ……改めて聞かせて?」
にぱぁと口を大きく開けて牙で腕を撫でた。催促するようにエストを見上げる。レーヴェも、ルドヴィコも。合図を待つように沈黙に身を置いた。喜々とした視線が向かう。
「――――今日ぐらいはこんな場所で飲むのもいいだろう。…………乾杯」
砂塵が吹き荒むのも構わずに、四人は酔うこともできない生暖かい熱を飲み込んだ。じんわりと、喉を伝っていく。
シルヴィは牙を食い込ませ舌を押し付けた。体液が混ざり合う。痺れさせる側のはずが、じんわりとほだされるみたいに口元から腹部へと痺れが巡っていった。
「ぷはっ……ぁ」
色艶やかに、一度飲み切った。ぐしぐしと血のついた口元を拭い、ガスマスクをつけたままのエストと、空になった蓋を交互に睨む。
「…………どうやって飲んだの?」
「…………」
エストはからかうように沈黙したまま、方法を理解らせてはくれなかった。
静寂のなか、心地良い時間が過ぎていく。
さして変わった事もなかったが――。
胸の高鳴りを鎮めるには短すぎるぐらいだった。
まずはここまで読んでくださり本当にありがとうございます。14万文字ほどですのでおよそ小説一冊分よりちょっと多いぐらいですね。閲覧数は最初こそ投稿して34とかでした。まじで。先の展開とか、伏線とか、色々考えているうちにパンクしそうになりましたがそのたびにブックマークや感想、レビュー。イラスト。沢山のものが支えになりました。
リアルでも色々アドバイスやら助言やらを受けたので、様々な方面に感謝しかありません。レーヴェが登場した経緯も、女キャラが貧乳しかいないから大きい子も出すべきという意見が発端だったりします。
メスガキが完全に主軸に置かれたギャグではない作品って本当に少ない……もはや皆無に等しいレベルでした。なのでメスガキがメスガキとして出来ているかどうかが不安で、このサイトで受けた感想はそうした点で特に自信になりました。ルドヴィコとの決戦もそうです。嬉しい。
次作もまた、終末の~シリーズで書く予定ですが、山場なのでこちらを先に書き上げると言い訳して最新話投稿が出来ていないもう一作も再開していく予定です。
終末世界観や便利屋の物語が気に入って下さった方! もしよろしければ次も応援してくださると本当に、本当に活力になりますので。楽しみに待っていますb。
この作品にも感想、ブックマーク、レビュー、いいね、Twitterとかでおすすめとか。してくれると本当に狂喜しますのでもしその気があったら嬉しいです。
新作です↓
https://ncode.syosetu.com/n6828ik/
https://ncode.syosetu.com/n8838ig/




