想いの刃
苛立ちを露わにした加速。二つの刀身による連撃は動揺をかき消さんと鋭く、凶暴に斬撃の円弧を複雑不規則に織り交ぜる。一寸の間合いの過ちも許さない肉薄。
【白影】の刀身が幻影を用いて白く眩い光を瞬かせた。突き刺す閃光が視界を塗り潰さんとする。エストは僅かに眦を細めながら【緋色の剣】を共鳴させるように強く光輝させた。刃から零れ出る緋蓮の猛火が白い光を裂いてみせる。
「……確かにエストは酷いことをした。身勝手な理由であんたを作っておいて放置プレイ。弱々なルドヴィコちゃんにはきつかったぁ? 私は沢山かまってもらえたけど♡」
シルヴィは言葉を続けた。戦火のなかを堂々と立ち続け、周囲の敵や弾丸に目もくれない。レーヴェが全て払い除けると信じているからルドヴィコを見据える。見据え続ける。
「嗚呼、沈黙こそ師匠の愛さ。僕を前に苦悩し、罪悪感に苛まれる。無視しようとして無視しきれない……! 言葉は喋れば喋るほど重みを失って価値を無くすからさぁ……君が何を言おうとも師匠の沈黙に勝さる物はないんだ」
口を開くほど焼けるような熱が呼吸を拒んだ。だが、ルドヴィコは沈黙することなど出来ない。自身に言い聞かせるように言葉を連ねる。
「へぇ、随分ぺらぺらと熱く語るのね? エストの炎で火照っちゃった?」
「キミを生かして捕まえるのが仕事なのが不幸で仕方ないよ。このムカつきを呑み込まなきゃいけないんだから。嗚呼、けどキミがなんと言おうとさぁ…こうして向かい合って師匠の全力と対峙できるのは僕だけじゃあないか」
「全力のぉ……本気の手加減♡」
「……!」
その一言がルドヴィコを蒼白とさせた。炎色の唸りが灼熱を帯びているというのに、背筋が凍りつくような錯覚を覚える。
今一度、瞳が向かい合った。くすんだ灰が舞い飛ぶなか、強い決意に滲んだ眼差しを前にルドヴィコは嗚咽を呑み隠す。
「別に……復讐が目的じゃないんでしょぉ? 無理だと思うけど、もしエストを殺したとしてあんたは何がしたかったわけ? それともそうやって戦うことだけが目的なの?」
シルヴィは、殺意のなかに踏み込んだ。ルドヴィコは強く地面を踏み込んで、生じかけた躊躇いを押し潰す。偽物を殺した瞬間に過った途方もなく胸が空いた感覚を考えまいと強く柄を握り締めた。
「せめて、せめて殺してくれると思ってたんだ……そうすれば、僕という傷は永遠に師匠のなかに居座り続けると思ったからさぁ……! 嗚呼、師匠の存在が僕のなかで一生残り続けたって……全然良かったんだ」
エストが殺さずに殺し合いを終えようとしていることを理解して、しかし振り下ろした無数の斬撃を、鋭い円弧を止めることなどできなかった。
露わになった激情に振るわれて切っ先を向け続ける。急迫し、軋みを上げる肉体で刀身をエストへ伸ばす。
「――――まだ、戦わなきゃいけないわけ? まだ、私以上にエストを苦しめなきゃいけないわけ? それともエストが苦しめた分だけ苦しめてやりたいの? ……違うでしょ!? 復讐じゃない」
シルヴィは眩く瞬く炎に目を細めながら問い詰める。
――ルドヴィコはムカつく奴だけど。エストの悲壮な背も身を焦がす後悔の炎も、もう見たくないから。メスガキの仮面が剥がれたとき、エストの言葉に助けられたから。
「これしか僕にはないのさ……!! これ以外にどうやって師匠と向き合えって言うんだい!?」
殺意。殺意。殺意。エストが本気で殺さずに勝とうとしていることを理解して狂喜が湧き上がる。嬉しくて、心臓が強く跳ねる。炎に当てられて熱ばかりが身体の芯にまで染みていく。
反して斬撃は加速し続けた。感情を、言葉ではなく刃に載せる。ぐちゃぐちゃになった思考を切っ先一寸に注ぎ込む。
「……おぞましいんだ。僕は師匠が想っていたルドヴィコ・アーヴェじゃない。剣を下ろすことなんてできないんだ。だって、剣を向けるルドヴィコ・アーヴェは僕だけだろう!?」
ルドヴィコは想いを、刃を、届かせるようにただ鋭く、疾く剣を薙いだ。それ以外の関わり方などわからなかった。敵を傷つけることもなく、痛みを与えることもない美しい刃の軌跡同士が荒々しく衝突する。
「……エストは死んだ人のためにお酒なんか作らない。……あんたがまだ、エストのことを想ってるなら――命賭けてることぐらいちゃんと見なさい。信じなさい。その目があんたを見てないと思うの!?」
シルヴィの叫びが響き渡る。らしくもない言葉だと想って、すぐに小さな手で、【緋の糸】を見せつけるように口元を覆った。ゆらりと視線を光輝させ、蠱惑的な笑みを見せる。
「まぁ、あんたが本気で殺そうとするなら殺せばいい。そのときはエストが傷ついて雑魚雑魚のところを私が甘やかしてぇ、食べちゃうだけ♡」
「嗚呼、君に何が分かるんだい!? 偶然関わっただけのメスガキ風情にッ! 何が分かる!!」
「あんた達が二人して苦しんでる大馬鹿ってことだけはハッキリわかるわ!!」
「苦しんでる? ……僕は嬉しいはずさ。師匠と剣を交えることが苦痛な訳がないだろう!? 殺し合うことを望んでいたはずなんだ。だからあり得ない……こんな想いは断ち切らなきゃあならない。顕現しろ! 【白影】!!」
自身が握る異界道具、その奥の手とも言える力を行使するためにルドヴィコはらしくもなく叫び唱えた。
刹那、幻影だった無数の刃が実体を持った。まやかしでしかなかった光の流れの全てが致命の斬撃へ転換し空気を斬り裂きながら糸のように四方を巡る。
ルドヴィコは動揺に震える瞳でエストを捉え、逃げ場を詰めるように炎の中へ踏み込んだ。肌を焼き、煙を飲みながら渾身の一撃を振り下ろす。
――想い、間合い、呼吸、膂力、……技。自身にできる全てを振り絞った必殺の剣技が光の残滓を置き去りにして全てを寸断する斬撃となる。
「塗り潰せ! 【緋の糸】!」
今しか無かった。血を対価にして指輪から、か細い糸の刃が縦横無尽に張り巡る。【白影】の能力によって顕れた実体を持つ幻影を押さえ、絡め、相殺していく。
だが、緋色の炎を裂いて放たれた一条の白閃は――至高の剣技は容易く糸を寸断した。
シルヴィは真紅の双眸を見開いて、見惚れるような斬撃を前に吐く息を震わせた。目の当たりにするだけで時間が止まるような感覚。
――これが初めてではなかった。
「…………」
沈黙のなかエストは確かに剣を強く握りしめた。【緋色の剣】がゆらりと色褪せ赤熱を失い熱による空気の歪みが消える。
切っ先は寸分狂いなく【白影】と向かい合い、過去へ決別をくれてやるように。今のルドヴィコ・アーヴェと全く同じ斬撃を正面から切って激突させた。
刃と刃が弾け重々しい鐘音が戦場を切り裂いた。静寂が訪れる。時間さえも切り落とされたように何もかもが静止していた。
ただ一つ、【白影】の刃先だけが宙を飛び、地面に突き刺さった。




