メスガキの言葉
「嗚呼、ずるい……。ずるいじゃあないか。どうして何もしらないシルヴィ・ラヴィソンが【緋刃】の隣にいられる!? 何故信じてもらえるんだい!? 彼女が本当は缶人じゃないからかい?」
ルドヴィコは憤慨し、爛々と双眸を輝かせる。白い刀、黒いナイフ。不釣り合いな双刃を構えエストを睥睨した。
「僕は造り物だ。どれだけ取り繕っても思い出の通りにはいられない」
「造り物で何が悪いわけぇ!?」
ルドヴィコの叫びをかき消すようにシルヴィはより強く叫んだ。エストは沈黙し続ける。ただ彼の言葉を全て受け止めようとする。
ルドヴィコは構わず声を荒らげた。メスガキの声を更に上書きするように喉の奥、腹の底から声を振るわせる。
「嗚呼、なんでだろう。こうして師匠がようやく僕と本気で向かい合ってくれてるのに……悲しいよ。その女が妬ましいんだ……!!」
「私はあんたが羨ましいわ!? エストはザコになって、死にたくなるぐらいずっと想い続けてた! それにまだ一緒にお酒が飲めるんでしょ!? 私はもう飲めやしない! ジュースが最初で最後だったの!!」
未だ片付かない無数の便利屋共。虹に煌めく髪を荒ぶらせながら糸を縦横無尽に伸ばし巡らせる。レーヴェと一緒にどれだけ片付けた? わからない。けどもどかしくて仕方がなかった。
【緋の糸】からエストの意思が伝わってくる。燃えるような熱が、ただ殺されようとすることを辞めただけではないと理解からせる。
「殺し合ったことを無かったことにして一緒にいられる訳がないだろう!?」
怒り、嫉妬、羨望。ルドヴィコは激情を露わにしてエストから習わなかった剣戟を見せつけた。違う間合いの二つの刃による高速の剣舞。エストの一撃を黒い斬撃で受け止め、幻影の刃を複雑に絡め織り交ぜる。
だが届かない。炎を纏った一閃が全てを流し弾く。
しかしその程度のことは予測できていた。剣戟がいなされ腕が上がるその瞬間、義手の仕込み銃が弾丸を放つ。
「…………ッ」
罪悪感の鎖が回避を妨げた。無数にバラける弾丸が胴を抉り肋骨を砕く。多数の出血。ルドヴィコは血の気を引きながら誤魔化すように叫び、狂喜した。
「嗚呼、師匠! 見てください!! 僕の意思が! ようやく本当の【緋刃】を掠め――」
「燃やせ――【緋色の剣】」
【緋刃】(エスト)は躊躇いなく自身を焼いた。血色の烈火が広がり焦げた匂いと黒煙が漂う。文字通り、命を燃やし傷口を押し留める。
「……喜べ。これでまだ向き合える。普通の弾丸ではこの服を傷つけることもできないはずだ。どこの企業の特許技術だ」
「企業秘密さ……。冥土の土産にでもしたいのかい?」
凌ぎ斬り合い、繰り返される怒涛の斬撃。肉薄し、全ての刃が受け流されれば義手からの銃撃に転じる。ルドヴィコの剣と【緋刃】の剣戟は互角だった。
「……あああああ!!」
シルヴィは怒号を張り上げた。もどかしくて、妬ましくて【緋の糸】の根源、赤熱する指輪をぎゅっと握りながら牙を軋ませる。
――ルドヴィコはエストを殺すために剣を振るっている。けど、エストは違う。後悔をしないために剣を握ってる。
たった一人で企業の支配を揺るがす怪物が、真っ向から殺しにかかる敵を、殺さずに勝とうとしている。もう一度、同じ酒を飲むために戦っている。
負かされた気分になった。けどすぐに急がなければならないことを噛み締める。――互角のままじゃ敵わない。エストは信じてくれたんだ。私達の力がないと勝ち目がない全力の手加減に命を賭けているんだって。
「エルクスが命を捨てた仕事をオレ達で終わらせてやる!」
エストに近づこうとすると便利屋が立ち塞がる。黒装束に二本のナイフ。あの下水道にいた便利屋の……部下? 同僚? わからない。けど、
「人間ごときがッ! 邪魔しないでよ!!」
糸も無限に使い続けることはできない。【緋色の剣】が命を燃料にして燃え上がるように、指から伸びる深紅色は返り血と自分の血を啜り続ける。
みっともない満身創痍。肩で息をつきながら眦を決して糸を紡いでいく。肉薄する腕を裂き、飛来する弾丸を防ぎ――切れない。
弾道は宙で飛散した。敵を殺すためではなく骨を砕き肉を殴打し無力化するための散弾。シルヴィは痛みを覚悟し牙を食い縛る。
「ッぁああ…………!!」
シルヴィの眼前、レーヴェは割って入った。
エストから預かった外套で銃撃を正面から受け止め、苦悶の声を漏らしながらも刀は決して離さないまま、強く、強く、言葉にならない声を張り上げて敵を撫で斬る。
音を斬り裂く一閃が肉をバラすことはない。血を飛び交わせることもない。ただ斬られた便利屋が力なく倒れ伏していく。
「ごめんね。シルヴィちゃん、師匠を助けて。わたしは力を貸すことしかできない。師匠を動かしたのはなーんにも知らなかったあんたなの。だからルドヴィコのやつが目の敵にしてるのも……わたしじゃなくてシルヴィみたいだし」
悲しいような、寂しいような。穏やかな声でレーヴェは言った。爛々と目を見開き剣戟をぶつけ、刀身を激しく摩擦しながら。
レーヴェは敵のナイフを力ずくで打ち上げ、そのまま地を強く蹴り込んだ。宙を回転しながら態勢の崩れた敵を袈裟斬り、平然と着地して見せる。
シルヴィは唖然としながらも強く頷いた。“知らなかった”、そんな過去形の言葉が意思をより強く赤熱させる。唇は蠱惑的に笑みを描いた。
毅然とした眼差しでエストとルドヴィコを視界に捉える。動きは常に掠れ、無数の緋と白、黒の軌跡が苛烈に交ざり合う。
シルヴィは冷や汗を流し頬を引き攣らせた。――どうすればエストの力になれる? 糸を無作為に伸ばせば斬撃はたやすく【緋の糸】を寸断して見せるだろう。さもなくば二人の邪魔になるだけだ。
「嗚呼、羨ましいんです。どうしてそのメスガキだけが師匠に大切にされたんだい!? 少し見ただけでも理解できるんだぁ……。大切にされてきた人の目だ。なんとかして師匠を助けようとしてる目さ」
血と傷に汚れた顔を歪めルドヴィコは声を上擦らせる。エストは黙ったまま耐え続けた。研ぎ澄まされた刃と刃の激しい衝突。金属音と火花が凄烈に軋み響く。夜闇を炎の飛沫と白い燐光が飛び散る。
「私の目なんかよりその師匠とやらのお目々を見てあげたら? ガスマスクで隠そうたってあんたには見えてるはずでしょ。エストは大人なのにぃ、あんたのことでみっともなく泣いてぇ……私に甘えた♡」
【緋の糸】で絡め取る隙はない。だから作るしかなかった。感情を露わにするルドヴィコに最も効果的な言葉の刃。シルヴィをメスガキたらしめる口撃。
今までエストにしてきたように、言葉で揺さぶり、抉り、本心を剥き出しにさせる。
「私に甘えた? 師匠が弱っているところに付け入った泥棒らしい淫売のセリフじゃあないか。……っ、お前なんかに言われなくても師匠と僕はずっと向かい合ってるんだ。泣きたいくらいに、煙と熱が熱くてさぁ……!!」
言葉が否応なく眼差しを向かい合わせる。赤く濁ったレンズのなか、涙の乾いた双眸を前にルドヴィコは僅かな嗚咽した。




