調査
アルケミア軍が戦争の準備を整える一方で、つららたちはスラム街へと赴く。弾痕だらけの壁に、地面に無造作にまき散らされたゴミ。路上にしゃがみ込む者たちは葉っぱを炙り、その煙を吸っている。そして露店では、いかにも質の悪そうな陶器や布が高額で売られている。
一目でわかる治安の悪さだ。
「麻薬組織の活動拠点は突き止めたのかい?」
つららは訊ねた。寧々は首を横に振り、それから辺りを見回した。彼女はまだ麻薬組織のアジトを突き止めてはいないが、何も考えずに行動しているわけではない。寧々は一旦、薬物乱用者と目を合わし、すぐに目線をつららの方へと戻す。
「路地裏に行けば、薬の売人に会えます。売人の記憶を把握すれば、麻薬組織の拠点を特定できるはずです」
「なるほどねぇ。案内は任せたよ」
「……はい」
魔法は適材適所だ。物事の調査において、彼女の魔法はあまりにも優秀であった。ダイナは二人の間に割り込み、寧々に声をかけた。
「スゲェ魔法だな。普段はどのくらい稼いでいるんだ?」
「案件によります。情報の価値は一定ではありませんので……」
「俺たちのところで働かねぇか? 良い戦力になると思うんだけど……」
「……今回の仕事が終わり次第考えます」
……彼女は良く言えば真面目だが、悪く言えば無愛想だ。しかし戦力としてはかなり期待値の高い人材でもある。
強いて懸念事項を挙げるならば、彼女が自力で自己防衛できないことだ。
無論、つららはダイナの提案に反対する。
「勝手な話をしないで欲しいなぁ。自分の身一つ守れない子は、便利屋の戦力にはなり得ないよ」
もっともな言い分だ。事実、彼女は懸賞金をかけられており、賞金首に追いかけ回されている身である。言うならば、つららは裏稼業に生きる「お尋ね者」なのだ。そんな彼女の側に身を置くことは、ほぼ自殺行為に等しいと言える。
「……わかったよ」
ダイナは渋々、寧々を勧誘することを諦めた。それから便利屋の二人は寧々についていき、路地裏にたどり着いた。
「……ご注文は?」
三人にそう訊ねてきたのは、黒いスーツに身を包んだ男性だ。おそらく、彼は薬物の売人であろう。
「……すみません、間違えて立ち入ってしまいました。すぐに戻ります」
寧々は即座にそう答え、その場から立ち去った。
それから彼女は二人を連れ、掃き溜めのようなスラム街を後にする。何やら次の場所に移動するらしい。
ダイナは訊ねた。
「ついに拠点がわかったのか?」
「本部はまだわかりません。しかし支部の特定はできました」
「なるほどな。つまり、今度は支部の人間の記憶から本部の在りかを特定しちまえば良いってわけだ」
「その通りです」
地道な作業ではあるものの、仕事は順調に進んでいる。三人はスラム街の近くにある小さな駅で切符を買い、その数分後に空に響き渡るような汽笛を耳にした。それから一時間ほど電車に揺られ、彼らは支部のある繁華街に到着する。
「この街にステアの支部があるんだね」
「はい。トイレなどは済ませましたか?」
「あ、すまねぇ。ちょっとトイレに行ってくるから、お前らはここで待っていてくれ」
移動前に用を足しておくことは大事だ。ダイナは駅のトイレに駆け込んだ。混雑する駅のホームに残された二人は、四方八方から飛び交う騒音に全身を揉まれている。寧々はさっそく、ダイナがいる時には出来ないであろう話を切り出した。
「つららさん。あなたが人体実験場で過ごしてきた日々は、やはりダイナさんには黙っておいた方が良いでしょうか」
「……そっか。君の魔法は、目の合った人間の記憶を把握することが出来るんだもんね。当然、つららさんの忌まわしい記憶も全て丸裸ってわけか」
「す……すみません……」
「つららさんの過去のことは、どうかダイナくんには内緒にしておいて欲しいな。彼のことだから、きっと余計な心配をしちゃうだろうしさ。寧々ちゃんも、つららさんのことを哀れむような真似だけはしちゃダメだよ」
「了解しました」
……彼女は情報屋だが、この場面で口止め料を請求するほど野暮な輩ではないらしい。寧々はドライな性格に見えて、人並みの人情を持ち合わせた少女でもあった。




