警備
あれから約一ヶ月の間、つららとダイナは様々な仕事をこなしてきた。見世物小屋や奴隷市場の警備に、象牙や薬物の密輸。時に死体を運ぶのを手伝うこともあれば、死体の処理を手伝うこともあった。引き受けた仕事は必ずしも汚い仕事ばかりではなかったが、二人は金のためならなんでもやってきた。
今日の便利屋たちは、闇オークションの会場を警備している。
今回彼らが警備を任されたのは、奴隷を保管する地下室だ。薄暗い部屋には鳥籠のような檻がいくつも並べられており、そのほとんどに「人間」が入れられている。ダイナは辺りを見回しつつ、己の中の良心を垣間見せる。
「まったく、命に値段なんかつけやがって……命の価値は平等だろ。なあ、つらら。お前もそう思うよな?」
意外にも、彼は命を平等だと考えているらしい。もとより、彼が氷の魔術師をビジネスのパートナーに選んだのもその性分ゆえのことだろう。一方で、つららはダイナの意見に賛同できない様子だ。
「……命は平等じゃない」
「え?」
「命なら必ずしも存在することが正しいなんて、そんなの絶対にありえない」
そう言い放った彼女の顔つきは、いつになく真剣そのものだった。彼女は握り拳を震わせつつ、歯を食いしばっている。
「お、おい……どうした?」
何やら不穏なムードを感じ取ったダイナは、つららの顔色をうかがった。命は平等ではない――という持論自体はさして異質なものでもないだろう。しかし彼女の場合、そこに何らかの感情がこもっていることは明白だ。二人の周囲に並べられた「商品たち」もまた、どことなく不安になる雰囲気を噛みしめて動揺していた。つららは一度深呼吸をし、すぐに愛想笑いを浮かべた。彼女の横顔には言い知れぬ哀愁が漂っている。
「ううん、ごめん。なんでもないよ」
「……少なくとも、俺にとってはお前が存在することは正しいぜ。そうじゃなかったら、お前とコンビを組もうなんて思わねぇよ。闘技場の連中は氷属性ってだけでお前を邪険にしていたけど、間違っているのはアイツらの方だ」
「別にそういう話じゃないんだよ。それに、なんでもないって言ってるじゃないか。この話はもう忘れよう」
「あ、ああ……わかった」
漠然と、ただ漠然と違和感が残る。しかしダイナは、その正体に探りを入れはしなかった。ただ何となく、彼女の本心に触れるべきではないと考えたからだ。それからしばらくの間は沈黙が続き、気まずい空気が立ち込める。一秒一秒に重みがある。この時、ダイナは一刻も早くこの空間から抜け出したいという気持ちに駆られていた。
しかし、つららに便利屋の結成を提案したのは、他ならぬ彼自身だ。こんなことで仕事を降りるわけにもいかないだろう。
彼は意を決し、沈黙を破った。
「なあ。いつか金と時間に余裕が出来たら、スキー旅行にでも行かねぇか?」
「良いけど、つららさんはスキーなんかやったことないよ? ちゃんと教えてくれるんだろうねぇ」
「心配すんな。基礎くらいなら教えられるから」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
そう答えたつららは、屈託のない微笑みを浮かべていた。一ヶ月の歳月をもってして、彼女はようやく唯一無二のビジネスパートナーに心を開き始めたようだ。そんな彼女につられるように、ダイナも自然と笑みを零す。両者の間には、利害を超えた絆が着実に結ばれ始めていた。
この日は特に変わった刺客も現れず、二人は警備の仕事を全うした。
*
便利屋の二人に大きな仕事が転がり込んできたのは、あれから三日後のことだった。
彼らのもとを訪れたのは、一人の小柄な少女だ。彼女は客人用の席に腰を降ろし、ダイナと話を進めていく。
「私は情報屋の羽衣寧々です。今日はあなたがたに、私の護衛を依頼したいと思いここを訪ねました」
「……ボディーガードか。追われている身なのか?」
「いいえ。実は、これからアルケミア最大の麻薬組織……ステアについて調査しようと考えているのです。私は目の合った相手の記憶を把握する魔法を持つのですが、あいにく戦闘は苦手なもので……」
「その魔法の存在が本当かどうか、今この場で確かめさせてもらうぞ。俺がつららとした約束の内容はわかるか?」
「虹の架かった空を、また二人で目にすること……ですね」
寧々と名乗る少女は、便利屋の二人の交わした約束を言い当てた。この情報屋は本当に、他者の記憶を把握できるらしい。




