ステアの支部
半壊した街の瓦礫は、半透明の物質に埋もれている。便利屋の二人と情報屋の少女は氷で出来た船に乗っているものの、この船が動く様子はない。粘り気のある物質は彼らの体にもこびりついており、肌を少しただれさせている。つららはこの液体の正体に気づいていた。
「……熱い。それに硬化もしている。これは間違いなく瞬間接着剤だね」
「そうなのか?」
「うん。瞬間接着剤は服などの繊維に浸透すると、急激に硬化することにより化学反応で熱が発生するんだよ。生地によっては約百度の熱さに達するんだ」
状況は極めて絶望的だ。彼らはほぼ全身に瞬間接着剤を浴びている。このままでは全身が火傷し、最悪の場合は死に至ることもあり得るだろう。
もっとも、それはつららが何の対策も講じていなかった場合の話である。寧々は焦っていた。しかし――
「つららさん! このままだと、私たち……」
「心配には及ばないよ。もう簡単に剥がれるから」
「……え?」
――つららはすでに行動を起こしていたようだ。寧々は半信半疑だったが、自分の全身から瞬間接着剤を剥がしてみた。特にこれといった問題もなく、綺麗に剥がれた。便利屋の二人も彼女の後に続き、まるで脱皮するトカゲのように瞬間接着剤を剥がしていく。
「……もしかして、除光液の氷か?」
「ご名答! これを融点ギリギリの温度の氷として作れば、瞬間接着剤の熱で溶けてすぐに液状になるからね」
「お前、本当に何でもありだな……」
「ただし瞬間接着剤が剥がれるようになるまでは少し時間がかかるから、結構火傷はしちゃったけどねー……」
「だけど、お前のおかげで助かったぜ。人の命を預かることは出来ないなんて、嘘っぱちじゃねぇかよ」
またしても、つららの魔法が役立った。無論、持ち前の魔法による活躍を見せるのは彼女だけではない。寧々は二人の肩をそっと叩き、それから遠方に指先を向けた。
「……お二人さん。あそこに残っているビルがステアの支部です」
「ふぅん……あれが支部かぁ」
「この後で本部にも行くんだ。急がねぇとな」
三人は支部のある方へと走っていった。この時、彼らはまだヘルガの魔法の正体を知らなかったが、つららは何かに気がついていた。
「さっきつららさんたちがハンマーを押し返してから、ハンマーはもう落ちてこなくなった。支部の人間は、何らかの方法でつららさんたちを監視しているはずだよ」
「確かにそうだな……」
「繁華街が崩壊した時に何が起きていたのかはわからないけど、ハンマーも瞬間接着剤も空から襲ってきたものだ。おそらく、敵は上空にいる。試しに、空に向かって思い切り炎を放ってみて欲しい」
「ああ、わかった」
仕事の相棒に指示された通り、ダイナは青空に向かって勢いよく炎を放った。その火力たるや、辺り一帯を眩く照らすほどだ。
「もっと。もっと出し続けて」
「お安い御用!」
彼の両手から、金色の竜巻のような炎が放たれ続ける。それから数分後、ステアの支部の最上階からはどういうわけか黒い煙が立ち始めた。
「……もう良いよ。どうやらこの街そのものが、ステアの支部の最上階と何らかの魔法でリンクしているみたいだね」
「なるほど。何かがまた空から迫ってきたら、その発生源に向かって火を放てば良いってわけだな」
「そういうことさ」
それから二人は寧々を守りつつ、空から迫りくる脅威に次々と対処していった。彼らは瓦礫の山を走り抜け、ようやくステアの支部に到着する。つららの氷魔法で鍵を作れば、扉を開けるのは簡単だ。三人は支部に乗り込み、最上階めがけて階段を駆け上がっていく。
そして最上階に到着した彼らは、ついにヘルガと対面する。
「か……金ならあるわ! いくらでも出すわよ! どうか許してちょうだい! お願いよ!」
……ヘルガは近距離戦に適した魔法を持っていない。ゆえに彼女は、至近距離まで詰められると許しを請うことしか出来ないようだ。だが便利屋の二人に容赦はない。
「そこにあるジオラマ……見覚えのある地形だねぇ。これが君の魔法なのかい?」
「床には焦げたハンマー……モニターの前には瞬間接着剤のチューブ。そしてジオラマからは煙が出てる。決まりだな。そのジオラマが本物の街とリンクしていたわけだ!」
「君の遺産は、君の死後に横領するから心配しなくて良いよ。寧々ちゃんはもう、コイツの記憶を把握したかい?」
つららは寧々の方に目を遣った。寧々は小さく頷き、右手でOKサインを作る。ヘルガはもう用済みだ。
「君の遺産は、決して無駄にはしないよ」
つららは氷の刀を作り、その切っ先をヘルガの喉に突き刺した。