青い髪の少年
寧々は次の目的地――ステアの本部の在りかをつららたちに伝えた。
「トライア州ルタイル市で一番大きなカジノの向かいにある漆色の高層ビル……そこがステアの本部です」
「結構わかりやすい場所にあるんだね」
「考えたな。警察どもは大きなカジノが目について、かえって本部に目がいかねぇってわけか」
本部の向かいには、よく目立つランドマークがあるらしい。これなら迷う心配もないだろう。アルケミア国の裏社会を牛耳る麻薬組織の本部へと向かうべく、三人は支部の正面口の扉を開けた。
――――扉の向こうでは、青い髪の少年が彼らを待ち受けていた。
彼の右手には、金色に輝くナイフが握られている。
「どうやら君たちは、無事にヘルガを倒したらしいね。それじゃあ次は、僕と遊ぼうよ」
少年の声は穏やかで、その顔立ちは比較的整っていた。その容姿と声に反し、彼はどことなく危険な雰囲気を醸している。つららは真剣な眼差しで寧々に訊ねた。
「……アイツは、どういう魔法を使うんだい?」
「彼はステアの幹部――エド・マクスウェルです。好きな場所に存在出来る魔法を使えます。つまり相手の攻撃をかわしたり、相手の死角に一瞬の間に潜りこんだり出来るということです。いくらつららさんでも、彼には手こずることでしょう」
「そいつはかなりまずいね」
「加えて、彼の持っているナイフは、この世で最も頑丈な金属……オリハルコンで出来ています。氷魔法で破壊することは難しいでしょう」
「……寧々ちゃんとダイナくんは、先に本部に向かってて。つららさんも後で追うからさ」
彼女はたった一人で強敵の相手を引き受けた。寧々はダイナを連れ、すぐにその場を去ろうとする。
そんな彼らの背後にエドは現れ、ナイフを振り下ろそうとした。
二人は背後から迫る危機に気が付いていない。つららは咄嗟の判断で氷の鎖を生み出し、間一髪のところでエドの手首を拘束した。
「エド・マクスウェルくん……だっけ? 君の相手はつららさんだよ」
「そっか。とりあえず、そうだなぁ……僕に五分間欠伸の隙を与えなかったら、褒めてあげるよ」
「そりゃあどうも」
二人は睨み合い、周囲には緊迫した空気が立ち込める。寧々はこの隙に、ダイナの手を引きながらその場を離れた。
……ここからは一対一の戦いだ。
エドは瞬時にその場から消え、氷の鎖を抜け出した。彼はすぐにつららの背後に現れ、彼女の背にナイフを突き刺そうとする。
「まずい……!」
背後からの攻撃を見切った彼女は、振り向きざまに氷の盾を生み出す。致命傷は免れたものの、彼女の脇腹は金色のナイフにかすめられるように切りつけられる。かつてない強敵を前にして、つららは息を呑んだ。
(油断なんてしてられない……隙を見せたら殺される!)
どの一瞬を切り抜いても、そこに余裕などというものは無い。彼女は一心不乱に強敵を凍らせていくが、そのたびに別の場所に存在されることにより攻撃を回避されていく。絶え間ないいたちごっこが繰り広げられる中、彼女は常に自分の周囲に警戒しなければならない。死角から迫りくるナイフ。こちらの攻撃を瞬時にかわす敵対者。そして、激しい攻防の中で蓄積されていく疲労。戦況はまさに絶望を極めていたが、つららは強敵の唯一の弱点に気づいていた。
彼女は自分の周囲を氷で埋め尽くし、エドを凍らせた。
エドは瞬時に氷から抜け出し、氷の外に姿を現した。つららの周囲が氷に覆われている以上、彼は彼女に接近する手段を絶たれているも同然であろう。それこそが彼の最大の弱点であり、つららに残された唯一の突破口であった。しかし彼が持っているナイフはオリハルコン――最強の金属によって出来ている。
「そんなことをしても、時間稼ぎにしかならないよ」
彼は氷を切り刻むように掘り進め、相手との間合いを徐々に詰めていく。早急に次の手を打たねば、つららは命を失うことになるだろう。
「ふぁーあ……退屈で欠伸が出ちゃうよ。そろそろ終わりにして、帰って寝ようかなぁ」
エドは大きな欠伸をした。言うならば、彼はこの瞬間、敵対者にわずかな隙を見せたのだ。
(今だ!)
つららはこの隙を見逃さなかった。エドの頭上の氷は魔力の状態に戻り、彼の全身には怪しげな液体が降りかかる。
(最強の毒蛇……ナイリクタイパンの毒液で出来た氷を、融点ギリギリの温度で設置しておいた甲斐があった。それを融点五十八度の液体――酢酸ナトリウム水で出来た氷の天井で温めて溶かしておけば、頭上から猛毒が降り注ぐ仕掛けを用意出来るってわけだ)
つららは勝利を確信していた。




