第4話
「きえぃぃぃ! あんたはぁ! いつになったら私の名前を覚えるのよぉぉぉ!!」
夜会会場の床に伏し、嗚咽と絶叫を繰り広げるエレノアの姿は、あまりにも凄絶で哀れだった。
事態を重く見た学園の警備兵とバートレット伯爵家の親族が駆けつけ、泡を吹いて倒れ込んだエレノアを慌ただしく抱え上げて去っていく。
「バートレット伯爵家には後日、しかるべき対応を求めましょう。他者への危険な魔法具の使用および夜会の進行妨害……相応の処分は免れません」
ヴィンセントは氷のように淡々とそう告げると、視線を手元のクロエへと戻した。
その途端、先ほどまでの冷酷な空気は霧散し、蕩けるような甘い眼差しへと変化する。
「……ヴィンセント。あの赤いリボンさん、結局誰だったのかしら」
「覚える必要はありませんよ、クロエ。あなたの貴重な記憶の領域を、そのような雑音で満たす必要はありません。あなたが覚えていていいのは、魔法薬の知識と、私のことだけです」
「そうね。覚えるのも大変だし、ヴィンセントだけ覚えていれば困らないもの」
クロエが何気なく口にした言葉に、ヴィンセントの眉根がピクリと動いた。
普段は決して感情を表に出さない無表情なイケメン公爵令息が、一瞬だけ息を飲み、愛おしさのあまり耳の先端まで真っ赤に染め上げる。
「……クロエ。それは、私を独占してくれるという意味ですか?」
「え? うん。私のお世話をしてくれるのはヴィンセントだけだし、私のお肉を小さく切ってくれるのも、ハーブティーを淹れてくれるのもヴィンセントじゃないと嫌だわ」
クロエにとっては、幼少期からずっと当たり前に注がれてきた彼の甲斐甲斐しいお世話に対する素直な感謝と好意だった。
しかし、彼女を心の底から愛し抜き、誰よりも深く執着してきたヴィンセントにとっては、これ以上ない「求愛」に他ならなかった。
「……承知いたしました。生涯をかけて、あなたを私だけのものにし、死ぬまで完璧にお世話をし抜くと誓いましょう」
ヴィンセントはクロエの手を取り、その手の甲に誓いの口づけを深く落とした。
◇
数ヶ月後。
学園の騒動はすっかり落ち着き、エレノア・フォン・バートレットは領地での長期謹慎処分が下され、静養という名目で姿を消した。
今日も今日とて、学園のカフェテリアでは変わらぬ光景が繰り広げられている。
「クロエ、今日の新作パスタです。熱いのでふーふーしてくださいね」
「ふー、ふー……ん、美味しい」
「口元にソースがついています。拭きますね」
「ありがと、ヴィンセント」
他人に一切興味を示さず、相変わらず他人の顔と名前を一切覚えられない無関心ヒロインと、彼女を甲斐甲斐しく甘やかし続ける無表情スパダリヒーロー。
二人の世界を邪魔できる者は、この先も永遠に現れそうにないのであった。
(完)
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