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日本語検定一級に合格(予定)したが

 知り合いの狐たちがついに出産した、冬と春の境目の時期のことだった。私は某クイズをノックする方々の動画で日本語検定の存在を知った。


注:文を読むのが面倒な場合------部まですっ飛ばすとよろしいかと。


 外国人向けではなく、私たち日本人の日本語力を問う検定だ。動画の主役である有名クイズグループの、あの「漢字博士」のYさんさえ、ノー勉強のぶっつけ本番とはいえ最高位の一級に届かず、準一級に甘んじていた。あの頭のおかしい漢検1級(褒め言葉)の合格者が。私は衝撃を受けると同時に、好奇心を刺激された。一体どれほど難しいのだろう、どんな重箱の隅をつつく問題が出るのだろう、と。挑戦を決意するのに、さほど時間はかからなかった。


 初挑戦でいきなり一級を狙うのは、随分と思い切った振る舞いに見えるかもしれない。だが、公式サイトに公開されていた二級の過去問が、私にはいささか簡単過ぎた。

 二級の目安は「高校卒業程度」とある。なるほど、道理で易しいわけだ。学生時代、◯統模試における国語の偏差値はマーク・記述問わず常に70を超えていたし、大学に入ってからはアルバイトで小論文の添削を請け負っていた。担当した子の国語を、60までは必ず引き上げる鬼家庭教師でもあった。

 そういう意味では、1級基準の【高度な日本語を扱う職務】に半歩足を踏み入れていたと言える。今でも毎年、新聞に載っているセンター模試~共通テストの国語で遊ばせてもらっているが、9割は取れている。ちゃんと昔取った杵柄が通用する科目だ。

 つまり日本語力、特に読解力と添削力には、それなりの自負とその根拠がある。凡人たる私は、もちろんぶっつけ本番などではなく、古本で問題集を揃えて事前に対策した。


 そんなわけでつい先日、一級の試験に臨んできた。手応えとしては、9割を切ったくらいの感覚だった。成果としては新たな語彙が二つ増え、いくつかの単語の精度が上がった。日常生活で絶対使わんだろうけど。1級は「なんぞそれ」という単語がほいほい出てくる。


 そして昨日、解答速報が出たので自己採点して今に至る。


「来月の私へ、合格おめでとう」


 182点満点中、失点は24点。一級の合格ラインは8割(145点前後)だから、36点までは落としてもいい計算だ。



 そんなことはどうでもいいんじゃよ。



 前振りが長くなってしまったが、私は今、「速報ー! これ、本当に誤答じゃないんかーい!」という猛烈な叫びをどこかに吐き出したくて、文字をタイプしている。なお、これから挙げる疑問がどちらに転んだところで、私の合否に影響はない。後日修正されてひっくり返るなら、点数がほんの少し上がり、正答率が90%を超える。ただそれだけ。


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 全文要約:日本語検定1級受けました。自己採点では、余裕を持って合格ラインをクリアしてました。つまり点数がやばいから難癖つけてるわけじゃありません。この正答にもやっとするので、公式の解説が待ち遠しいなー、ってことです、以上。


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 どうにもすっきりしないのは、以下の二問だ。


■疑問その一:問い3より(敬語・適切性の判断)

【シチュエーション】

店主は客の姿を見かけて急いで追ったが、追いつけなかった状況。

「声をおかけしようと急いだのですが、……」に続く文として適切なものは?


速報の正答:「ご健脚ぶりには恐れ入りました」


私の解答:選択肢3「到底追いつけませんでした」


 正答とされたものは、一見相手を褒めているように見える。しかし、追いつけなかった理由(責任)を遠回しに相手に置いている。何より、原文の「急いだのですが」に続く文として、因果関係の断絶というか、文脈のねじれに近いものを感じてしまう。

 また、目上の存在である客に対して、不用意にその能力を「評価」するような物言いも引っかかる。このように、日本語検定自体の解釈傾向として、忌避される要素が三つあったため、私は3の「到底追いつけませんでした」を選んだ。一番無難で、ねじれ感が無い。



■疑問その二:問い3より(敬語の主客)

・客に対して応援する店主の言葉


 速報の正答:私どもも「及ばずながら、お力添えできれば」幸いです。


 私の解答:選択肢3「微力ではございますが、お支え申し上げられれば」


 そもそも「お力添え」という言葉を、自分側から相手への助力の表現として用いてよいのだろうか。「お力添えをいただく」のように、相手からの助けを敬って使うのが本則ではないか。

 お力添えする、とした場合、「お」は別に不適ではない。敬意の対象へと向かうものに「お・ご」を足す美化語なので、自敬的表現には当たらない。では何をもって私は違和感を感じているのか。

 「添える」の部分である。力を「添える」。全然、頑張ってる感がない。尽力してない。及ばずながら、微力ながらと言いながら添えるだけなんかい、という感覚だ。少なくとも私はこの形で使う気になれない。

 もしかして添え物と謙遜している判定なのか?

 これはこれで「お力添えいただきたく」の方の説明がつかなくなる。却下だ。

 事実として、「自分自身からの助力に対して用いてはならない」と明記しているビジネス系サイトが多い。いやほんと、ありなの? なしなの? どっちなんだい。

 言語的にセーフでも、そういうサイトが多い以上、現実では使用を避けたほうが無難だろう。誤用と認識している人間が、少なからず存在しているのは間違いない。敬語とは「辞典ではOKって書いてあったもん」、だけで通るものではないからだ。


 選んだ選択肢3は二重敬語ではないが(例:お待ちする→お待ち申し上げる お祈りする→お祈り申し上げる)やや過剰感はある。「お支えする」ではいささか踏み込みすぎではないか、という気もする。「お力添え」の判定次第だ。どっちが正解でも、微妙なもやっと感が残りそうだ。

 



――現時点では自己採点でしかないが、スコアにはとりあえず満足している。しかし、私の心はちっともすっきりしていない。公式の解説が公開される日が待ち遠しくてたまらない。私のこの燻る疑問を綺麗に晴らしてくれるのか、それともさらなる物言いをつけたくなるのか。本当の意味での「検定」は、まだ終わっていない。

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