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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 蔵入ミキサ
第一章:風太と美晴の入れ替わり
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おれはお前なんかに


 「えっ? 風太くんと美晴ちゃんは、知り合いじゃないの?」

 「うん……。ちょっと、よく分からない……」

 

 ウソだ。真っ赤なウソ。『風太』は平然と、雪乃にウソをついた。

 『美晴』は耳を疑った。この裏切りは、何もかもを狂わせる。

 

 (分からないわけないだろっ! この姿は、この身体は、元々お前のものなんだからっ!! この野郎っ、ふざけやがって!!)

 

 言いたいことはたくさんあったが、口より先に身体が動いた。

 

 「お前っ……!!」

 「きゃっ!?」

 

 ベッドから降りた『風太』に、『美晴』はつかみかかった。

 

 (その驚いた顔も、元々はおれの物だっ! おれから奪った物、全部、返せっ……!!)

 

 ケンカをしたことくらい、いくらでもある。親友の健也とだって、今までに何度もやってきた。そのたびに、雪乃から「ケンカはしちゃダメっ!」と、怒られてきた。

 だから『美晴』は、胸ぐらを掴めば相手を殴りやすいことを知っていた。裏切り者である『風太』のシャツの襟元をねじり上げ、ギリッと鋭くにらみつけた。

 

 「……!」

 

 しかし、『美晴』の急襲きゅうしゅうに対して、『風太』は少しも抵抗しなかった。

 

 (なっ、なんだ!? その目はっ!)

 

 自分は殴られても当然、とでも言っているかのような。恐怖も、度胸も、闘争心も感じられないかなしい目をして、『風太』はただ立っていた。

 

 (こっちはケンカを仕掛けてるのに、どうして何もしないんだ!? おれに殴られるのを待ってるのか……!?)

 

 おそらく、殴られることに慣れている。突然の暴力に対しても、それを受け入れるように生きてきたのだろう。

 しかし、美晴みたいな「弱い女子」が、殴られることに慣れているなんて、風太には到底理解できなかった。「弱い女子」は守られるべきものであり、「弱い女子」は暴力をしないし、暴力を受けることもない……というのが、風太の騎士道きしどう的な常識だ。

 

 (くそっ、なんだよそれ……! ズルいじゃないか……! 今から殴る相手の気持ちなんて、考えたくないのにっ……!!)

 

 それに加えて。

 

 「美晴ちゃん、やめてぇっ! け、ケンカしちゃダメだよっ!」


 雪乃がそばにいる。必死に、このケンカを止めようとしている。

 雪乃が見ている前で、無抵抗の女子をぶん殴る……なんて、できるわけがなかった。雪乃の心を傷つけるような男には、絶対になってはいけないのだ。

 

 (すごく悔しいし、すごくムカつくけど、美晴は殴れない……!)

 

 『美晴』は『風太』の胸ぐらを掴んだまま、それ以上何もできなかった。そして、何もせずにいると、今度は『風太』の方から行動に出てきた。

 

 「風太くん……!」

 

 『風太』は、自分の胸ぐらを掴んでいる『美晴』の手首を、ギュッと掴み返した。

 

 (痛っ……!?)


 『風太』は男子なので力が強く、『美晴』は女子なので手首が細い。軽く握られただけなのに、『美晴』の手首には激痛が走った。

 さらに身体を引き寄せられ、もう一方の手首も捕まり、両手の自由を封じられた。現在の『美晴』は、無理やり直立させられた犬みたいな、マヌケなポーズをしている。


 「お願いっ! 美晴ちゃんも風太くんも、ケンカはやめてーっ!!」

 

 見ていられなくなり、雪乃は大声で叫んだが、もう二人にその声は届いていない。

 『美晴』は、自分の呼吸が荒くなっていくのを感じていた。反撃をするべく、拘束を振りほどこうと身体をひねってみたが、『風太』は『美晴』の両手首を強く握ったまま、決して放さなかった。


 「風太くん、聞いてっ……!」

 

 『風太』が何か言おうとしているが、『美晴』は聞こえないふりをして、顔を伏せた。

 

 「あの……! あのっ、わたしっ!」

 

 『風太』は、目の前の相手にしか聞こえないくらいの声で話している。


 「風太くんのこと、ずっと前から知ってて……! 風太くんは、わ、わたしのあこがれでっ……!!」

 

 「そんなの、おれの知ったことじゃない」と、『美晴』は心の中で『風太』に反論した。

 こちらからすれば、さっきぶつかっただけの女子だ。別に仲良くないし、一緒に遊んだ想い出もない。「ずっと憧れていました!」なんて言われても、ずいぶん自分勝手な話だ。

 さらに『風太』は続けた。

 

 「どうして身体が入れ替わったかなんて、わたしにも分からないけど、風太くんならきっと、わたしを……!」

 (やめろ、やめろ! もう一言もしゃべるなっ! お前がおれをどう思ってるかなんて、聞きたくないっ……!!)

 

 怒りの火が、消えてしまいそうになる。

 『美晴』は語りの声を遮り、全身の力を振り絞って、ハッキリと『風太』に伝えた。

 

 「この……、お前の……身体っ……!!」

 「えっ……?」

 「全然……うまく……しゃべれない、しっ……! 力も、弱いしっ……」

 「……」

 「お前の……気持ちは……知らないけどっ……! おれは……お前なんか、に、なりたく……なかった……!!」


 *

 

 「ちょっと、何をしてるの!? あなたたちっ!!」

 

 校医の柴村先生が、間に割って入ってきた。

 先生の後ろでは、雪乃が泣きそうな顔で『美晴』と『風太』を見ている。どうにか二人のケンカを止めたくて、先生を呼んだのだろう。

 先生は、落ち着いた口調で言った。

 

 「どちらが悪いのかは知らないけど、ケンカはいけないわ。お互いに、頭を冷やしなさい」

 

 『美晴』はもう一度、雪乃の様子をうかがった。

 雪乃は、ケンカをしていた二人に目立った外傷がなくて、ひとまず安心している様子だった。

 

 (そうだ……。雪乃は常に、おれたち二人の心配をしてくれてたんだ……)

 

 『美晴』は少し、雪乃に申し訳ない気持ちになった。

 

 「二瀬風太くん。あなたは熱もないし、体調も悪くないみたいだから、今日はそのまま帰って、自宅で安静にしてなさい」

 

 先生がそう言うと、『風太』は黙ったまま、黒いランドセルを肩にかけた。それを背負って、「赤の他人の家」に帰るつもりらしい。

 『美晴』としては、このまま『風太』を帰すわけにはいかないという気持ちがあるものの、これ以上はどうすることもできない。

 

 「返せっ……!」

 「ごめんなさいっ……」

 

 『美晴』の悪あがきのようなセリフにはそう答えて、『風太』はそそくさと保健室から出て行った。そして、雪乃もピンク色のランドセルを背負い、こちらにひと声かけてから、『風太』の後を追った。

 

 「風太くんと仲良くしてね。じゃあね、美晴ちゃん」


 *


 保健室には、『美晴』と柴村先生だけが残った。

 先生は、『美晴』の頭や首をペタペタと触り、一通り体調の確認をした後、最後におデコのことについて触れた。

 

 「熱はないみたいね。だけど……あなた、この『おデコ』どうしたの?」

 

 間違いなく、あの傷痕のことだ。しかし、この傷については、おデコに最初からあったものなので、聞かれても分からない。

 先生にウソをつくわけにもいかないので、『美晴』は正直に首を横に振った。

 

 「そうねぇ。最近できた傷には見えないし。戸木田ときた美晴ミハルさんは何か……私に相談したいこととか、あるかしら?」

 (戸木田美晴……? ああ、美晴のフルネームか)

 

 相談したいことなら、確かにある。「おれは戸木田美晴じゃなくて、二瀬風太なんです! 元に戻るには、どうすればいいですか?」だ。

 しかし、誰かに相談したところで、こうなるだけだと『美晴』は思った。

 

 ①

 風太「おれ、美晴じゃないんです! 風太なんです! あいつと身体が入れ替わってるんだ!」

 柴村先生「あらあら、それは大変ね。入れ替わった相手にも、お話を聞いてみましょう」

 ②

 美晴「知らないよ。おれが本物の風太だ。こんな女の子は知らない」

 柴村先生「そうよね。そりゃあ、そうよね」

 ③

 風太「違う! おれが風太なんだ! あいつが美晴なんだ!」

 柴村先生「そうね、そうね。病院を紹介してあげるわ」

 ④

 風太「おれは病人じゃない! ここから出してくれー!」

 美晴「さようなら。『美晴ちゃん』」

 

 ……。

 考えすぎかもしれない。

 しかし、さっき雪乃に真実を話そうとして失敗しているだけに、どうしても慎重になってしまう。もし強制入院なんてさせられたら、今度こそ本当に終わりだ。

 『美晴』はじっくり考えてから、また首を横に振った。

 

 「そう。それならいいのよ。でも、何か悩み事があるなら、いつでも私に相談してね?」

 

 先生のその言葉をあまり気に留めずに、『美晴』は保健室を後にした。


 *


 外はすっかり日が落ちていて、校舎内でも電灯がついていない教室は真っ暗だった。

 風太は、この身体の家へ帰ることにした。……というより、そうするしかなかった。今日だけは『美晴』として、美晴の家に帰るしかなかった。


 (とりあえず、体操服から着替えよう……)


 まずは更衣室を目指した。

 3階にある女子更衣室までは問題なくたどり着いたが、そのドアを開けることには、少しだけ抵抗があった。


 (この中か……!)


 雪乃たち女子が、いつも着替えている場所。普通の男子なら、6年間入ることのない場所だ。

 『美晴』は意を決してドアを開けたが、当然、中には誰もいなかった。


 (いやいや、誰かいる方が困るけど……)


 薄暗い女子更衣室の中で、美晴の私服を探す。

 昼間ぶつかった時に見たので、美晴の服装は覚えている。確か、女子トイレのおばけが着ているような服だ。「学校の怪談コーデ」だ。

 

 (もしも、トイレの個室から美晴が「うらめしやー」なんて言って出てきたら、みんなチビるだろうな。あいつ髪の毛も長いし、おばけとしての才能があるよ)

 

 そんなくだらないことを考えながら、美晴の服を探したが……ない。更衣室の全てのロッカーを開けても、どこにも服が見当たらない。


 (あれ? おかしいな)


 女子更衣室の電気をパチンとつけ、もう一度よく探そうとすると……あった。ずっと探していた美晴の服が、そこに落ちていた。


 (なっ……!?)


 服があった場所は、更衣室のゆか。キレイに畳まれておらず、ぐちゃぐちゃのまま、ほったらかしで。美晴がだらしなく脱ぎ散らかした……というわけではなさそうだ。

 

 (間違いない……! 誰かがこれをやったんだ……!)

 

 そうとしか考えられなかった理由は、その服の惨状さんじょうにあった。

 

 チョークの粉だ。

 黒板の下に溜まっているようなチョークの粉が、美晴の服にぶちまけられている。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう男女入れ替わりものは面白いですね。私はこのような物語が好きです。 [気になる点] ただしここまで読んで正直言うと、主人公たちが小学生だという設定はやっぱり違和感が大きいです。 小…
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