表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
57/127

クッキーがない!


 キンコーン。

 とどこおることなく時間は流れ、4時間目までの授業が終わった。次は、給食と昼休みの時間だ。


 (今朝けさのおむつは、ゴミ箱に捨ててやったけど……。あれ以降いこう、奈好菜から何か仕掛けてくることはないな)


 昨日と同じように一人で給食を食べ、昨日と同じように給食を半分近く残した。

 何も変わらない日々のように見えて、実際はわずかながら変わり始めている。『美晴』は少し嬉しくなって、机の中からクッキーをこっそり取り出した。


 (これが希望だ。ここから、変わっていくんだ……!)


 ポジティブな確信をして、また遠くにいる奈好菜の方を振り向いた。

 向こうもこちらを見ていたらしく、一瞬だけ目が合うと、奈好菜はあからさまに視線をそらした。

 それを見た『美晴』は、満足げにフッと笑い、クッキーを机の中にしまった。


 (よし。そろそろ美晴を探しに行くか)


 食べるのが遅いせいで、昼休みの残り時間はあと10分ほど。この機会をのがすと、後はもう放課後しかない。

 『美晴』は「二瀬風太が昼休みに行きがちな場所」を中心に、もう一度いちど捜索そうさくしてみようと決心して、立ち上がった。ただ……残念ながら、その「場所」の中に、ウサギ小屋は入っていなかった。

 

 「へぇ……」


 そして、ポニーテールの少女は、『美晴』と奈好菜の様子を、静かにながめていた。


 *


 キンコーン。

 昼休みが終わり、5時間目が始まった。

 『美晴』が在籍ざいせきしている6年2組の隣には、『風太』が在籍している6年1組がある。6年1組の5時間目の教科は、国語。


 「じゃあ、第一段落をソラくん。第二段落を実穂ミホさんに読んでもらいましょうか。はい、立って」


 いつものように、6年1組担任の森鍋モリナベ先生は、教科書を持って教室内を巡視じゅんしし、挙手きょしゅをした生徒に音読指名をしている。

 そんななかで、おしゃべりがしたくなった雪乃は、隣に座っている『風太』に、ヒソヒソと小声こごえで話しかけた。

 

 「今日もウサギ可愛かわいかったね。風太くん」

 「うん。大三元だいさんげんで、ウサギたちと自由にふれあえることを教えてくれた緩美ユルミちゃ……緩美には、感謝してるよ。もちろん、さそってくれた雪乃にもね」

 「えへへっ」

 「ところで、大三元って、いつからこの学校にあるの? わたしたち……お、おれたちが入学したころは、なかったよね?」

 「えーっと、確か去年だったと思うよ。『小三元しょうさんげん』がもうボロボロだって、ウワサになったのが二年ぐらい前だし」

 「『小三元』?」

 「うん。体育館の裏の、さらに奥へ行ったところに、まだあるハズだよ。からっぽのウサギ小屋が。それが『小三元』」

 「つまり、古くなって現在は使われていない、もう一つのウサギ小屋があるってこと?」

 「そうそう、そういうこと。あんまり人が通らなくて、日当ひあたりも悪い場所に建ってるから、『小三元』はちょっぴり不気味ぶきみなの。そんなところに閉じ込めるなんて、ウサギちゃんたちがかわいそうだから、大三元が新しく建てられたってワケ」


 と、雪乃がそこまで言ったところで、突然、森鍋先生が叫んだ。


 「ふぅうた(風太)くんっ! ゆぅきの(雪乃)さんっ! 授業中におしゃべりはいけませんっ!!」

 「「は、はいっ!」」


 見つかってしまった。

 先生の、九官鳥きゅうかんちょうみたいなかん高い声に反応して、周りの生徒たちはクスクスと笑った。

 怒られている『風太』と雪乃は、必死に申し訳なさそうな顔を作ったが、そんな小細工こざいくで先生の気は収まらなかった。

 

 「いいでしょう。第三段落を風太くん、第四段落を雪乃さんに読んでもらいます」

 「「そんなっ……!」」

 「ええい、問答もんどう無用むようですよ! ほら、風太くんお立ちなさいっ! すぐお立ちなさいっ!」


 森鍋先生にかされ、『風太』は国語の教科書を持って立ち上がった。

 笑い声がんで静かになった教室の中で、現在クラスメートの注目は、『風太』に集まっている。


 (みんな、わたしを見てるっ……! 緊張しちゃう……。うまくできるかな……)


 『風太』が戸木田ときた美晴ミハルだったころは、教科書の音読の指名を受けることなど、ほとんどなかった。

 授業中に挙手はまずしないし、友達がいないので、私語しごばつでやらされるという経験もない。そして先生側も、戸木田が言葉を話さない系の女子であることは、ある程度ていど承知しょうちしていた。


 (声は……出せる……)


 元の身体なら、こういう場面では、勝手に首がまって息をするのも苦しくなってしまうのだが、今は身体が入れ替わっているので、そのような異変いへんは起きない。


 (大丈夫、落ち着いて。わたしは今、男の子だから……風太くんだから、目立っても気にしなくていいの。緊張もしないし、声を出すことだって簡単にできる……!)


 自分にそう言い聞かせ、のどの調子を確かめる。


 「お、オホン。あ、あ、あー」

 「準備はいいですね? では、六二ページの第三段落から、おぉ願いしますっっ!」

 「よしっ!」


 『美晴』は、いつも図書館で藤丸フジマルに絵本の読み聞かせをしている時のように、優しく感情のこもった声で、教科書の音読を始めた。


 「──『陽子はペットショップに行き、クワガタを見つけると、お母さんに向かって大声で叫びました。「お母さん! 私、あれ欲しい!」「陽子、ハムスターを買いに来たんじゃなかったの?」』──」


 *

 

 第三段落が終わった。

 読み終わった少年は、教科書を机に置き、二瀬ふたせ風太フウタの席に腰を降ろした。

 彼の横には、先ほどとは全く違いニコニコと笑顔を浮かべた、森鍋先生がいた。


 「いぃですねぇ! 素晴らしいっ! みなさん、風太くんにしみない拍手をぉ!」


 ぱちぱちぱちぱち……。

 森鍋先生はこのように、感動を与えたり素晴らしい結果を出した生徒に、クラス全員で拍手をさせるくせがある。それが、たかが国語の教科書の音読であっても。


 「え? え、え!?」


 教科書の中の物語に夢中になっていた『風太』は、ふとわれに返って、周囲を見回した。森鍋先生の言った通りに、みんなこちらに笑顔と惜しみない拍手を送っている。

 困ったような恥ずかしいような顔をしている『風太』に、一つ前の席に座っている健也が、後ろを向いて声をかけた。

 

 「ははっ。風太、なんだそれ」

 「わ、わたし、何か変だった? 一生懸命やったつもりなんだけど……」

 「『わたし』?」

 「あ! いや、お、『おれ』っ!」

 「無意識むいしきにやってたのか? 今の音読」

 「夢中……だったからっ……」

 「へぇ。じゃあ、これからは今みたいに夢中になってくれよ。保育園ほいくえんの先生みたいで、面白い読み聞かせだったぜ」

 「ほ、保育園の先生っ!?」


 その後も、雪乃やクラスの友達は、『風太』の音読を褒めたりからかったりしたが、何を言われても『風太』は顔を赤くしてずっと下を向いていた。もちろん恥ずかしさはあったのだが、その中に不快ふかいな気持ちは全くなかった。


 (上手くいったんだよね? みんな、わたしの音読を褒めてくれてるし。……えへへ、嬉しいな)


 みんなからの注目がなくなった後、『風太』は胸に両手を重ねて、うつむいたまま小さく微笑ほほえんだ。


 *


 キンコーン。


 ところ変わって、こちらは6年2組。

 掃除そうじと帰りのホームルームも終わったので、生徒たちは帰宅を始めていた。

 週末の予定をワイワイと話し合う騒がしい教室の中で、『美晴』は一人、あせっていた。


 (ない! ないぞ!? クッキーが、どこにもないっ!!)


 机の中には、ない。

 ランドセルの中にも、ない。

 何度なんど念入ねんいりに探しても、奈好菜ナズナからもらったクッキーが見当たらない。立ち上がり、机の周りのゆかを探すが、見える範囲には落ちていなかった。

 『美晴』がどうしようかと悩んでいると、そいつは実にマヌケなあいさつをしながらやってきた。


 「やっほー、美晴ちゃん。元気?」

 「蘇夜花ソヨカ……!」


 ポニーテールの少女は、ニヤニヤと怪しく笑っている。


 「ダメだよ。学校にお菓子なんて持って来ちゃ」

 「お前の……仕業しわざ……か……!」

 「ひどいなぁ、仕業だなんて。もっと落ち着いて話をしようよ」

 「うるさい……! くだらない……こと……するなよ……! さっさと……クッキーを……おれに……返せ……!」

 「あれ? わたしに、そんな口をきいていいの?」

 「は……?」

 「先生に言っちゃお。『美晴ちゃんが、学校にお菓子を持ってきてます』って。証拠しょうこもあるし」

 「……!!」


 クッキーを持っていることが、もし先生にバレたら、おそらく好意的こういてきな受け取り方はしてもらえないだろう。


 「チッ……。ど……どうすれば……いいんだよ……」

 「んー? まずは言葉ことばづかいから、かな?」

 「どうすれば……いいんです……か……?」

 「ふふふ、あんまり調子に乗らないでね。ほら、1個だけ返してあげる」

 「!?」


 蘇夜花は突然、袋に入っていないじかのままのクッキーを1つ、『美晴』に向かって放り投げた。

 そして『美晴』は、驚きながらも上手くそれをキャッチした。


 「おー、ナイスキャッチ」

 「他の……も……返して……下さい……!」

 「まだダメ。まずは、そのクッキーを処理しょりした方がいいんじゃない?」

 「え……? 処理……?」

 「うん! 美晴ちゃんがクッキーを持ってると、先生に言っちゃいたくなるんだよね。わたし」

 「なっ……!?」

 「まずは証拠しょうこ写真しゃしんを撮りまーす」

 「わっ……! や……やめろっ……!」


 蘇夜花はスマートフォンをサッと取り出し、『美晴』にカメラを向けた。

 いきなり被写体ひしゃたいにされた『美晴』は、白いパウダーがかかった四角いクッキーを、あわてて口の中へと「処理」した。


 「うっ……! むぐっ、ゴクリ……」

 「あーあー、のどにまっちゃうよ。噛まなきゃ」

 「はぁ……はぁ……」

 「面白いね、美晴ちゃんは。口に入れずに、窓の外にでも捨てれば良かったのに」

 「そんな……こと……できるかよ……! このクッキーは……!」

 「このクッキーは?」

 「と、とにかく……大事なもの……なんだ……!」

 「へぇ、そうなの? じゃあ、残りのクッキーも大事?」

 「当たり前……だろ……! だから……返せ……!」


 何の迫力もない可愛い声で『美晴』がすごむと、蘇夜花は納得したようにニッコリと笑いうなずいた。


 「もちろん返すよ。ここにはないけど」

 「はぁ……!?」

 「探してみてね。かくしちゃったから」

 「ふざけんなっ……!」

 「おっと、わたしにいかりをぶつけてるヒマは無いよ。急がないと」

 「な……何を言って……」

 「クッキーは、校舎の外に隠したんだ。今は下校時間だし、誰かが先に見つけちゃうかな? それとも、鳥や虫に食べられちゃうかも? そろそろ雨も降ってきそうだし、急いだ方がいいよ」

 「バカ野郎っ……!」


 一言ひとことぶつけたものの、これ以上いじょう罵倒ばとうの言葉を並べているヒマはない。

 『美晴』はフレアスカートをひるがえしながら、荷物も持たずに教室の外へと全力で駆け出した。

 

 去っていく『美晴』をながめた後、蘇夜花はスマートフォンで誰かに電話をかけた。


 「そっちも準備は大丈夫? じゃあ、新しい刑『バニーガール』を始めるよ」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ