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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
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雨降る前に地固まる


 月野内小学校の午後。

 奈好菜たちは、午後の授業を体操服に着替えて受けるハメになった。周囲が事情を尋《たず》ねてもごまかすばかりで、彼女たちは本当のことを隠《かく》し通していた。


 (へへっ、言えるわけないよな。おれ一人に負けたなんて)

 

 『美晴』はその情けない様子を見て、心の中で笑っていた。

 先ほどまで苛《いら》立《だ》ちと鬱憤《うっぷん》を溜め込んでいた分、勝利による喜びの反動は大きい。


 (この身体で、おれはあいつらに勝ったんだ……! 美晴に話したら、なんて言うかな)

 

 この喜びを共有できる唯一の人間である『風太』に、『美晴』は一層《いっそう》強《つよ》く会いたいと願った。

 空は相変わらずどんよりとしていたが、『美晴』の心はずっと晴々としていた。


 *


 キンコーン。


 本日の全《ぜん》課程《かてい》が終了した。

 放課後になり、『美晴』は赤いランドセルを背負って帰路《きろ》についた。しかし、いつもの『美晴』とは違い、今日は軽い足取りでしっかり前を向いて、横断歩道を渡っている。


 (結局、放課後になっても美晴には会えなかったな。……まぁいいや。明日こそは、学校で会えるだろうし)

 

 顔が前向きなら、気持ちも前向きだ。「まぁいいや」なんて、言っている余裕があるのかどうかも分からないのに、気分が良すぎて楽観的《らっかんてき》になってしまっている。

 あまり調子に乗るのは良くないと、本人も分かっていたが、『美晴』の顔から笑《え》みは消えなかった。


 「ただいまー……!」


 戸木田家の玄関口に、娘《むすめ》のあいさつが響き渡る。

 しかし、お母さんはまだ帰ってきていないので、当然返事はない。


 (あ、誰もいないんだった。何やってるんだ、おれは。あはは)


 浮《う》かれている。誰が見ても分かるくらいに、『美晴』は浮かれている。

 少女は照《て》れて頭を少し掻《か》き、靴《くつ》を脱いで家の中へとあがった。


 *


 数時間後。『美晴』は、激安《げきやす》スーパー「アンタレス」にいた。

 自宅のダイニングテーブルの上に、「美晴へ もし学校から帰ってきて時間があったら、お買い物をしてきてください。お金とリストは、ここに置いておきます」というメモがあったからだ。成《な》り行《ゆ》きとは言え、戸木田家で生活するなら、美晴としての任務《にんむ》も遂行《すいこう》しなければならない。


 (この前のおつかいでは、足が痛くて大変だったけど……。今は足が完全に治ったし、気分もすごく良い。もう少し見て回ろうかな)


 リストにあったものを見つけて、買い物かごに入れながら、スーパーの中を散歩した。平日の夕方なのでそれなりに人はいるものの、混雑しているというほどではない。

 商品《しょうひん》陳列棚《ちんれつだな》の森の中を順調《じゅんちょう》に巡《めぐ》り、『美晴』はお菓子売り場までやってきた。


 (ガム……グミ……チョコ。いや、やっぱりアメだな。これは自分へのご褒美《ごほうび》にしよう)


 『美晴』は袋入りのキャンディを手にとり、買い物かごに入れた。

 そして、再びヒマになった右手を自然に降ろすと、突然《とつぜん》何者《なにもの》かにその手を握《にぎ》られた。


 「ん……!?」


 小さな女の子だ。

 身長は、藤丸《フジマル》と同じくらい。

 年齢は、おそらく4歳か5歳。


 「おねぇちゃん、あたしさっき……」

 「お姉ちゃん……?」

 

 女の子は『美晴』の右手を握ったまましゃべり、もう一方の手で棚の商品を掴むと、こちらに顔を向けた。


 「あれ? おねぇちゃんじゃない!!」

 「えっ……?」

 「このひと、おねぇちゃんじゃない!!」

 「な……なんだ……?」

 「おねぇちゃん! おねぇちゃんはどこ!?」


 察《さっ》しがついた。


 (あっ! こいつ、おれを誰かと間違えてるんだ……!)

 

 幼《おさな》い子によくある、人《ひと》違《ちが》いだろう。

 男であることを捨てる気はない『美晴《フウタ》』にとって、「おねぇちゃん」と呼ばれるのは不本意《ふほんい》だったが、そんなことを言っている場合ではなさそうだ。


 「お、おねぇ、ちゃんっ……! どこぉ……!? ふぇっ、ふぇぇ……」


 女の子はきょろきょろと周囲を見回し、『美晴』の手を握ったまま泣きそうになっている。「とりあえず手を放してくれ」とは言えるハズがなく、幼子《おさなご》のパニックを抑える方向に動くしかなさそうだ。

 『美晴』は女の子の目線までしゃがみ、あまり積極的に出したくはない「優しいお姉さんボイス」を出した。


 「どうした……の……?」

 「あのねっ、お、おねぇちゃんがね、まいごなのっ!」


 「迷子なのはお前だろ」という言葉を、ぐっと飲み込む。


 「おねぇちゃん……と……はぐれちゃった……の……?」

 「そうなのっ! ふえぇっ、どうしよぉ……!」

 「だ、大丈夫っ……! おれも……じゃなくて、わたしも……捜《さが》すの……手伝って……あげる……から」

 「おねぇちゃんが……? おねぇちゃんが、おねぇちゃんをさがしてくれるのっ?」

 「そう……おねぇちゃんがおねぇちゃんを……って……、紛《まぎ》らわしい……な。とにかく……君の……名前は……?」

 「あたし、スズナ」

 「スズナちゃん……か。つまり……、わたしが……スズナちゃんのおねぇちゃん……のところまで……連れて行って……あげる……ってこと……」

 「ほんとにっ!? ありがとう、おねぇちゃん!」

 「よし……。じゃあ……行こうか……」

 「うんっ!」


 お菓子売り場を離れ、今度は二人でスーパーの中を歩き回った。


 *


 それから数分後。

 大型ショッピングモール「メガロパ」で、迷子の雪乃を捜《さが》した時みたいに、大捜索《だいそうさく》になることも『美晴』は覚悟していたが、その予想に反《はん》して、捜し人はあっさりと見つかった。もしかしたら、捜すのを手伝う必要はなかったんじゃないかと思うぐらいに、あっさりと。


 「あ、あそこっ!」

 「あれが……スズナちゃんの……おねぇちゃん……?」

 「うんっ!」

 

 日用品《にちようひん》のコーナーにいた「おねぇちゃん」は、こちらに背を向けて、先ほどのスズナのようにきょろきょろと周囲を見回している。

 スズナは『美晴』の手を放して、その「おねぇちゃん」の元へと駆け寄った。


 「おねぇーちゃーんっ!!」

 「あっ、スズナ!! どこ行ってたの!?」


 迷子といってもたったの数分間なので、「姉妹二人、涙の再会」とはならなかった。しかしそれでも、姉が妹のことを心配していた様子は、遠くで見ていた『美晴』にも伝わってきた。


 「ホントにもうっ! めちゃくちゃ捜したんだからねっ!!」

 「ご、ごめんなさいっ」

 「あたしの手ぇ放しちゃダメって、いつも言ってるでしょうが!」

 「だってぇ……。おねぇちゃんかとおもったら、ちがうおねぇちゃんでぇ……」

 「ほら、行くよ。これからどっか行く時は、まずあたしに言いなさい」

 「うんっ、わかった!」

 

 姉妹が再び手を繋いだのを見届けると、『美晴』は何も言わずに、その場を立ち去ろうとした。「男は黙って去るものだぜ……」という、男子《だんし》特有《とくゆう》のカッコつけだ。

 しかし数歩《すうほ》進《すす》んだところで、後ろから追ってきたさっきの「おねぇちゃん」に、『美晴』は肩を叩かれた。


 「すいません。妹が、あなたにお世話になったみたいで」

 「いや……。別に……たいしたことは……」


 カッコいい台詞《せりふ》を吐きながら、『美晴』はくるりと振り返り、スズナの姉と顔を合わせた。


 「「あぁっ!!?」」


 思わず、大きな声が出てしまった。二人とも。


 「み、美晴っ!!?」

 「奈好菜っ……!!?」


 少しの間、時間が止まっていた。

 こんな形での再会は、二人とも予想していなかった。


 (奈好菜、だったのか……)

 

 いつものおだんご頭ではなく、髪を降ろしているので、『美晴』もすぐには「おねぇちゃん」が奈好菜だと気付かなかったのだ。

 しばらくの沈黙《ちんもく》の後、先に口を開いたのは奈好菜だった。


 「美晴、だったの?」

 「ああ……」

 「あんたが連れてきたのは、あたしの妹だよ?」

 「スズナちゃん……だろ……?」

 「うん……。そうだけど」


 お互いに、なんとも言えない気まずい空気になった。相手のことと自分のことを改めて確認すればするほど、発《はっ》するべき言葉が、どんどん分からなくなっていく。

 色々と悩んだ挙《あ》げ句《く》、今度は『美晴』が沈黙を破った。


 「なかった……ことに……しようか……?」

 「何を?」

 「今……ここで……、わ、わたしとお前が……会ったこと……」

 「じゃあ、迷子になったあたしの妹を助けてくれたのは誰?」

 「迷子も……なしだ……。お前の……妹は……迷子に……ならなかった……ってことで……」

 「何? あたしは、あんたなんかに気《き》を遣《つか》われてるってワケ?」

 「そういう……受け取り方を……するなよっ……! こっちも……どうしたら……いいのか……分からないんだよ……!」

 「うるさいっ!! あたしは、お礼を言いたいだけなのにっ! それだけなのに、なんであんたなんかが……!」

 「奈好菜……」

 「……っ!!」


 奈好菜は逃げるように、この場を去った。

 両手に拳《こぶし》を作り、悔しそうに走り去って行く彼女を、『美晴』はただ見ていることしかできなかった。先ほどまで感じていた勝者の喜びは、すっかり消えてなくなり、モヤモヤとした何かだけが心に残った。


 *


 翌日。今週最後の一日だ。

 今日の天気は、昨日に引き続き、どんよりと曇《くも》り。しかも、午後には雨が降りだす可能性もあるので、小学生たちは雨具を持って登校している。


 水色の傘《かさ》を傘立てに置き、『美晴』は今日も6年2組の教室へと入った。

 今朝は美晴のお母さんが服を用意してくれたので、数日ぶりにスカートをはいている。


 「……」

 

 昨日のことが忘れられず、『美晴』は複雑な感情のまま、席に着いた。そして、いつものように赤いランドセルを机の上に置き、机の中を確認する作業に入る。


 (あ、おむつだ。今日もおむつが入ってる)


 昨日の朝と同じ、特大サイズの紙おむつだ。同じ手口なら、きっと犯人も同じだろう。

 さりげなく奈好菜が座っている席を見ると、彼女は昨日と同じメンバーで楽しそうに談笑《だんしょう》していた。こちらの方を気にかける様子はない。


 (うーん……。やっぱり、こうするしかなかったよな……)


 紙おむつを取り出し、ゴミ箱にでも捨ててやろうかと考えていると、その紙おむつの中に何かが包まれていることに気がついた。

 

 (ん? なんだこれ……?)

 

 誰にも見られないように、自分の背を盾《たて》にしてから、ガサゴソと包まれている物を取り出してみた。


 (クッキーだ! しかもこれ、全部手作りか!?)


 青いリボンの可愛いラッピングに、星や犬の形をしたクッキーが入っている。手作《てづく》り感《かん》漂《ただよ》うクオリティなので、市販《しはん》の物ではないだろう。

 そしてラッピングには、メッセージが書いてあるメモも添《そ》えられていた。『美晴』は、そのメッセージを声に出さずに読んだ。


 (『これで借《か》りはなしね。昨日はスズナを助けてくれてありがとう』)


 クッキーをランドセルの中にしまい、『美晴』はもう一度、奈好菜の方を見た。

 おだんご頭の彼女は、一度だけこちらと目を合わせ、後は何事《なにごと》もなかったかのように友達との会話に戻った。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 最新話まで読みました。 面白い話だと感じますが、やっぱりダークですね。小学生の話にしては……。 登場人物はみんな大人びた感じなので気を抜いたらつい高校生だと思っちゃいました。 それに入…
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