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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
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『美晴』vs奈好菜


 「美晴にコスプレをさせる……『刑』?」

 「ブブー。全然違いまーす。それも面白そうではあるけどね」

 「つまり、どういうこと?」

 「それは『刑』の名前だよ。もっとよく読んでってば」

 「あ、あー……。なるほどね。理解したわ」

 「やっぱり、この『刑』の名前、変えた方がいいかな? ネーミングが悪い?」

 「いいえ、名前なんてなんでもいいわ。じゃあ明日、学級委員の仕事ってことで、カギを借りておけばいい?」

 「うん。お願いね」


 五十鈴は了承りょうしょうし、『刑』についてしるした紙をビリビリと破り、ぐしゃぐしゃに丸めた。


 *


 キンコーン。

 やっと4時間目までが終わった。次は腹ぺこな小学生たち待望たいぼうの、給食の時間となる。


 「……」


 みんなが楽しくランチタイムを過ごすなかで、『美晴』は今日も独りぼっちだった。周囲からはひそひそと笑われ、小さな口で給食をパクパクと食べ進めるも、結局最後には食べきれずに残し、6年2組で一番遅く昼休みを迎える。そんな美晴の日常を、風太は体験していた。


 (うぅ……今日も全然食べられなかった……。食べた量より、残した量の方が多いんじゃないかな)

 

 6年1組のそばの廊下ろうかを歩き、ざわざわと騒がしい教室の中をのぞく。

 当然、さがしているのは元の自分の身体だ。


 (美晴は……教室にはいない、か。できればこの昼休みのうちに会って、『ノート』のことを話しておきたいのに)


 少し落胆らくたんしたが、まだ昼休みの時間はある。その後、『美晴』は広い図書室の中を見て回り、窓からグラウンドのサッカーコートやドッジボールコートを見降ろし、最後に校舎の1階まで降りて体育館へと向かった。

 しかし、結果はみのらず……。


 (くそっ! 美晴のやつ、どこにもいない……!)

 

 体育館の裏にある石段いしだんに座り、『美晴』はうなだれていた。

 この場所は、数日前に『風太』と二人きりで話をしたときに使った場所だ。しかし今ここにいるのは、『美晴』一人だけ。

 ……いや、一人だけのハズだった。


 (なんだ……? 誰かいるのか?)

 

 視線しせんを感じる。

 顔を上げ、辺りを見回しても姿は見えない。姿は見えないが、やはり視線を感じる。

 

 (なんだか気味きみが悪いし、今日はもうあきらめようかな……)

 

 『美晴』はがっかりした様子で腰を上げ、体育館の裏から3階の教室へと向かって歩き出した。


 *


 一方いっぽうその頃、『美晴』が捜している人物は、校庭のすみにある「大三元だいさんげん」という建物の中にいた。

 たいそうな名前が付いているが、別にめずらしいものではなく、簡単にいうと「大きめのウサギ小屋」だ。最近新しく建てられたもので、「大三元」という名前は、中にいる三羽のウサギが、それぞれ「ハク」「ハツ」「チュン」という名前であることに由来ゆらいする。


 「風太くん、ほら見て? ハクちゃん可愛かわいいよー」

 「う、うん。可愛いねっ」


 雪乃が一羽のウサギを抱きかかえながら、『風太』のそばまでやってきた。


 「あれ? そういえば、風太くんは大三元に来るの初めてだったりする?」

 「そう……かも」

 「男子はウサギとか興味なさそうだもんね。特に、高学年の男子は。こんなに可愛いのにねー」

 「……」

 「というわけで、今日は風太くんに、ウサギの魅力みりょくを分かってもらうために、ここに来てもらったんだけど……。どう? 可愛いでしょ? でてみる?」

 「うんっ……!」


 風太も美晴も、普段ふだんここへは来ない。

 風太はウサギとたわむれるよりも、ドッジボールやサッカーをしている方が楽しいという少年だし、美晴はそもそも休み時間に外に出ない少女だからだ。


 (ウサギ、かぁ……。「不思議の国のアリス」の絵本、むかし何度なんども読んだっけ……)

 

 『風太』は絵本のことを思い浮かべながら、うっとりした表情で、ウサギの頭を優しく撫でた。

 

 「アリスが見たあわてんぼうのウサギも、こんな子だったのかな……?」

 「えっ? アリス?」

 「あっ! い、いや、なんでもないのっ! 思わず口に出ちゃって」

 「……?」

 「可愛いよ。この子、すごく可愛いっ!」

 「でしょー? 風太くんもいてみたい?」

 「で、できるかな……?」

 「ここと、ここを持って、優しくね?」

 「うんっ!」


 『風太』は雪乃に教わりながら、そっと、ウサギのハクちゃんを抱いた。ハクちゃんは、『風太』のがっしりとした腕の中で、気持ち良さそうにしている。


 「わあ……。やわらかくて、ちょっぴりあたたかい……」


 少年は、暖かさにゆだねてゆっくりと瞳を閉じ、心までアリスになった。

 そんな『風太』を、優しい時間に閉じ込め、雪乃は他のウサギと遊んでいる緩美ユルミ(雪乃の友達)のところへと向かった。

 

 「ねぇ、緩美ちゃん。あれ見て」

 「あれは、風太くん? なんだか、とっても幸せそう……」

 「ウサギの力だよ! ウサギは、この世に平和をもたらすんだよ!」

 「えへへ。雪乃ちゃんと風太くんが、ウサギのことを好きになってくれるのは、嬉しいな」

 「緩美ちゃんは、相変わらずウサギが大好きだね。ねぇ、明日の昼休みも、またここに来ようよっ」

 「うんっ……! 三人で来ようね」


 雪乃と緩美は約束をして、その後は昼休み終了のチャイムが鳴るまで、三人でずっとウサギ小屋で遊んでいた。昼休みの間、大三元は終始しゅうしなごやかなムードに包まれていた。


 *


 その一方で、『美晴』の状況はなごやかにはならなかった。


 「こっ、故障こしょうちゅう……!?」


 体育館の入り口。『美晴』は、以前「彷徨さまよ人魚にんぎょ」が行われた例の女子トイレに来ていた。

 前回とは違い、今回ここへ来た目的は、普通にようすことだ。昼休みが終わる前に、トイレに行っておこうとした矢先やさきの出来事だった。


 (故障中、閉まってる、閉まってる、故障中……)


 トイレ内にある4つの個室の状況だ。真ん中の二つは扉が閉まっていて、はしの二つは扉に「故障中」の貼り紙がしてある。

 ようするに、どこにも入れない。


 (ここはダメか。まだ、場所を変える余裕よゆうくらいはあるけど……)


 自分の尿意にょういと相談したところ、まだそこまで切迫せっぱくした状況にはなっていないらしい。

 しかし、確実に近づいては来ている。『美晴』は一度トイレの外に出て、近くにある別のトイレを頭の中で探した。


 (残るトイレは、校舎1階、2階、3階にそれぞれ一つずつと、プールに一つ……。どうしよう。校舎1階のトイレに行ってみるか……?)


 体育館のトイレをのぞくと、残りのトイレは計4つ。

 『美晴』が次に向かったのは、ここから一番近い1階のトイレだったが……。


 (故障中、故障中、閉まってる、閉まってる……! ここもダメか……!)


 そうなると、もう次は2階へと上がるしかない。じりじりと迫ってくる尿意をおさえながら、『美晴』はそちらのトイレへ向かった。


 (閉まってる、閉まってる、故障中、故障中……! おいウソだろ……!?)


 尿意はかなり近づいており、『美晴』のあし次第しだいにモジモジし始めた。


 (おれは、ションベンがしたいだけなのに……!)


 待っていても、閉まっている個室はきそうにない。もし美晴と身体が入れ替わらなければこんな苦労は……と、考えているヒマさえなさそうだ。すぐさま、次の判断をくだす必要がある。 


 (次は3階……いや、戻ろう。体育館のトイレに戻ろうっ……! 閉まっていた個室が、もう空いてるかもしれない)


 自分に優しい言葉をかけながら、『美晴』はまた、体育館の入り口にある女子トイレへと向かった。

 誰かに見張みはられているような視線は先ほどからずっと感じていたが、そちらに気を回している余裕はなかった。


 (閉まってる、故障中、閉まってる、故障中……!? もうヤバいぞっ! 漏れ……そう……だ……!)


 希望の光が、見えなくなりそうだった。はぁはぁと呼吸を荒くして、腹に力を入れながら、まだダメだと必死にこらえる。

 しかし、それと同時に、『美晴』はおかしな点にも気がついた。


 (あれ? この個室って、さっき見たときは閉まってたよな? でも、今は故障中……)


 『美晴』は不思議に思って、故障中の個室の扉を開け、そこのトイレの水を流してみた。


 シュゴッ、ジュゴゴゴゴゴゴ……。


 (な、流れるっ……!? まったりもしてないっ! なんだこれ、故障してないじゃないか!)


 とにかく一刻いっこくを争う。使用可能ならば、使わない手はない。

 『美晴』はズボンを緩め、腰から降ろそうとした。しかし突然、そんな『美晴』に向かって、誰かが叫んだ。


 「待ちな! 美晴っ!」

 「待てるかよ……!!! 黙ってろ!!!!」


 『美晴』は、誰かの叫び声を一言で黙らせると、個室のカギを閉めて便座べんざに座った。

 そして急いでパンツを降ろし、最後にぎゅっと引き締めていた腹の力を、スッと抜いた。


 チョロロロ……。


 「はぁー……はぁー……。よかった……間に合った……」


 押さえつけていたものは、解放された。排出する時の感覚は、男女問わず気持ちがいい。

 安心感と解放感に包まれ、『美晴』は精神の緊迫きんぱくを解いた。個室の外からは乱暴な音がするが、自分だけの空間にいる『美晴』は気にならなかった。


 ドンドンドン!


 「出てきな美晴っ! あんた、キモいんキャのくせに、あたしにそんな口のきき方するなんてっ!」

 「キモ……陰キャ……?」

 

 キモ陰キャ。聞き覚えのある単語だ。確か今朝、そんなことを言っていた女が一人、いたような。

 『美晴』は、個室の扉の向こう側にいるであろうそいつに、話しかけた。


 「奈好菜ナズナ……か……? 奈好菜……だろ……、お前……」

 「ふんっ、今更いまさら気が付いたの? さっきからずっと、あんたの後をつけてたのに」


 謎の視線の正体は、どうやら奈好菜だったらしい。


 「何の……ために……そんな……こと……を……?」

 「決まってんじゃん。あんたを漏らさせるためだよ」

 「は……?」

 「バカ。女子トイレの個室がこんなに故障中になってるなんて、おかしいと思わなかったの?」

 「お、お前の……仕業しわざ……だった……のか……」

 「その通り。あたしたち三人のね」


 おそらく、奈好菜と仲の良い女子グループのことだろう。


 「まず、あたしが美晴を監視かんしして、行きそうな女子トイレをさぐる。そして、あたしの連絡を受けた二人が先回りして、女子トイレの個室にもったり、故障中の貼り紙を貼ったりして、美晴にトイレを使わせないようにするっていう計画だったワケ」


 奈好菜は、ご丁寧ていねいにベラベラと全部しゃべってくれた。

 きっとこいつはそんなに頭が良くないのだろうと、『美晴』は思った。


 「へぇ……。その……計画は……蘇夜花ソヨカ発案はつあん……か? 『刑』とかいう……やつ……か?」

 「違うよ。ほぼ、あたしのオリジナルの『刑』だ。界のアイデアも少しあるけど」

 「そっか……。バカが……集まって……くだらないこと……考えたんだな……。作戦……失敗……ご苦労くろうさま……」

 「なっ!? ちょ、調子に乗るんじゃないよ、美晴っ!!」


 奈好菜は、『美晴』がいる個室のかべをガツンとった。いかにもな反応に、彼女の悔しがる顔が目に浮かび、『美晴』はクスクスと笑った。

 「おれの勝ちだ……!」と、そう思ったのもつかの


 ジョボボボボ……ビチャビチャビチャビチャ。


 「!!?」

  

 聞いたことのある音だ。こちらへ近づいてくる。

 確かこれは、ホースから出た大量の水が、トイレの床に打ち付けられている時の音。


 「キモいんだよっ! ずぶれになれっ!!」

 「なっ……!?」


 『美晴』が顔をあげると、個室の上からヘビのようなホースの口先が、水を噴出ふんしゅつしながら現れた。これはマズい。


 「ばっ、バカ野郎っ……! 何考えてるんだ……お前っ……!!」

 

 『美晴』はすぐに排尿をませ、下半身の衣類を身につけた。このかん、わずか5秒ほど。

 そして、『美晴』は個室のカギを開け、右足で扉を強く蹴り押した。


 ガゴッ!!!


 「ぎゃっ!?」


 読み通り。

 勢いよく開いた扉は、ホースを持って立っていた奈好菜に激突げきとつし、その勢いのまま奈好菜を突き飛ばした。

 奈好菜はトイレの床に尻もちをつき、手に持っていたホースをポトリと落としてしまった。『美晴』はすぐに個室から出て、床に落ちている水が出っぱなしのホースを拾った。


 「へへっ……。形勢けいせい……逆転ぎゃくてんだな……! 濡れるのは……お前たちの……方だ……。ざまあみろ……バァーカ……!!」


 気持ちよく悪態あくたいをついた後、『美晴』は1秒もためらうことなく、奈好菜とその後ろにいる子分のような女子たちに向けて、放水ほうすいした。


 「「「きゃあーーーっ!!!」」」

 

 ドタドタ、バタバタバタ……。


 連中は衣服を濡らしながら、我先われさきにとトイレから逃げだした。

 今度こそ、本当に勝った。美晴という少女の弱っちい肉体で、陰湿なイジメに、初めて打ち勝ったのだ。


 「やった……!! はははっ、おれの……勝ちだ……!! おれは……あいつらに……勝ったんだ……!!」


 女子トイレの鏡は、この時の全てを映していた。

 髪の長い陰気な少女が、初勝利の喜びを感じて、ほがらかに笑うところも。

 

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