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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 蔵入ミキサ
第一章:風太と美晴の入れ替わり
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再会の保健室


 『二瀬風太』が『美晴』の顔を、不思議そうに覗き込んでいる。


 「……」

 「……」

 

 お互いに一言もしゃべらず、見つめ合っている。大きく見開いた目で、『美晴』は『風太』をじっと見ている。そして『風太』も、『美晴』をじっと見ている。

 しばらくの沈黙の後、『風太』は無言のまま、『美晴』の長い前髪にそっと触れた。右手の指で優しくかき分け、おデコを露出させようとしている。

 そこには、痛々しい傷痕がある。


 「……っ!」

 

 ビクッと、『美晴』の身体が反応した。『風太』が指でなぞるように、その傷痕に触れたのだ。

 

 (痛ってぇ……!)

 

 『美晴』が眉間にシワを寄せると、目の前の『風太』は驚いて、伸ばしていた手をサッと引っ込めた。

 『美晴』は少しイラつき、静かに身体を起こした。そして、『風太』の頭からつま先までを、にらみつけながら確認した。


 (こいつが、風太……)


 さっきまでの自分。男子の体操服を着た、二瀬風太が立っている。

 しかし、こちらこそが本物の風太だ。

 

 (いや、風太はおれだ。誰がなんと言おうと、おれが二瀬風太なんだ。こいつは偽物だ。ニセ風太め……!)

 

 言いたいことはたくさんあったが、上手く声を出すことができない。そうしてるうちに、『美晴』よりも先に、ニセ風太が口を開いた。


 「風太くん……ですか?」

 「……!」


 『美晴』は「そうだ。おれが風太だぞ」と言わんばかりに、小さく首を縦に振った。

 ニセ風太は、本物の風太が美晴の姿になっていることを知っている。前髪で隠れたおデコに、傷痕があることも知っている。


 (つまり、このニセ風太の正体は……)


 予感は的中した。


 「わ、わたし……美晴ですっ」

 

 風太の姿、風太の声で、そいつは美晴だと名乗った。さっきぶつかった時とは違い、ハッキリと聞こえるように言葉を話している。

 これで、美晴の身体には風太の心が、風太の身体には美晴の心が入っていると、証明された。

 

 「わ、わたしのこと、覚えてますっ? さ、さっき、廊下でぶつかって。えっと、し、しゃべったことは、ありませんけどっ」

 

 『風太ミハル』は、どこかしゃべり慣れていないような感じで、少し早口になったり、大声になったりした。

 『美晴フウタ』が上手く言葉を話せないことを知っているのか、『風太』は無言のを埋めるかのように、さらに一方的に話した。

 

 「わたしと、ふ、風太くんの身体が、入れ替わってるんです、ね」

 

 「わたしは、目が覚めたら、そこのベッドに、い、いたんですっ!」

 

 「さっきべ、ベッドから抜け出して、トイレの鏡で、じっ自分の身体を見たら、あ、あなたになっててっ」

 

 「そ、それでっ! 戻ってきたら、わたしが、いえ、今は風太くんが、ここで寝ててっ」

 

 話しかけてくる『風太』を見て、『美晴』は「うわ……」と顔をしかめた。

 女っぽい言葉ことばづかいといい、モジモジした仕草といい、まるでオネエ系タレントだ。オネエになった自分を、目の前で見せつけられている。

 

 (おい、やめろよ! ほっぺたに手を添えるな! こんなところ、誰かに見られたらどうするんだ!)

 

 心の中で大騒ぎしながら、『美晴』はそいつに対して、違和感を覚えていた。

 突然、赤の他人と入れ替わってしまったという非常事態のハズなのに、『風太』からはあまり焦りや不安を感じない。やけにあっさりとこの状況を受け入れてるような、不自然な態度だ。

 

 「ど、どうすればいいのかなっ? わたしたち」

 

 『風太』は言葉の最後に、『美晴』に尋ねた。

 しかし、「どうすればいいか」なんて決まっている。答えは一つだ。『美晴』は息を吸って、言葉をひねり出した。

 

 「元の……身体に……、戻りたいっ……!」

 

 それを聞いた『風太』は、一瞬ハッとして、少し悲しそうにうつむいた。

 

 「そ、そうですよね。元に戻らないとダメですよね……」

 

 これもまた、『美晴』が予想していなかった、おかしな反応だ。

 

 (元の自分に戻りたいと思うのが、普通じゃないのか? 美晴だって、突然おれと入れ替わって困ってるハズだろ……?)

 

 なんとなく、噛み合わない。

 

 「美晴……は……?」

 

 『美晴』がそう言いかけたところで、保健室の入り口からパタパタと誰かが入ってくる音がした。

 

 「あっ! ま、またあとでっ」

 

 『風太』はヒソヒソ声でそう囁くと、『美晴』のベッドのカーテンを手早く閉め、こっそりと自分のベッドへと戻っていった。


 *


 「先生、早く来てっ!」

 

 雪乃の声だ。せわしなく保健室に入ってきたのは、雪乃だった。校医の先生を引き連れてやってきた。

 

 「春日井雪乃さんっ、ちょっと待って」

 

 校医の柴村先生だ。性別は女性。

 二人の足音は、まず『美晴』が寝ているベッドへと近づいてきた。

 

 「ほら、ここだよ!」

 

 雪乃が、勢いよくベッドのカーテンを開けた。

 続いて、その後方にいる柴村先生が保健室の戸棚を開け、そこから何かを取り出した。

 

 「とりあえず、熱があるかどうかをみましょうか。春日井さん、これを渡してあげて」

 

 そうして雪乃が受け取った物は、体温計だった。ごく一般的な、脇に挟むタイプのものだ。

 

 「おはよう、美晴ちゃん。ピピッって音が鳴るまで、はさんでおいてね」

 

 雪乃は体温計を『美晴』に手渡すと、ベッドのカーテンを勢いよく閉めた。

 さすがに熱はないかなと思いつつも、『美晴』は雪乃に言われるがまま、体操服の臙脂えんじ色のえりを引っ張り、ひんやりと冷たい体温計を脇へ挟もうとした。

 

 「あ……」

 

 そこでようやく、『美晴』は自分の胸に何かが巻かれていることに気がついた。サポーターのような、コルセットのような、布でできた何か。

 

 (これ、まさか美晴の……)

 

 だいたいの察しがつくと同時に、風太はあまり自分の胸を見すぎないように、顔を上げた。

 

 (あ、あれか……?)


 エロだ。

 しかし、エロはダメだということは、風太も分かっていた。男子がこういう物を見ようとすると、女子からの好感度が下がると言われている。例えば雪乃なんかは、男子の下ネタやエロい考えなどが大っ嫌いだ。

 周囲のカーテンは閉まっているので、雪乃や『風太』にその様子を見られることはないが、『美晴』は襟元をしっかり押さえながら、きょろきょろと左右を見回した。そして、意識すればするほど気になってしまうので、『美晴』はこれについては一旦忘れることにした。


 (ふぅ……。何も見てない、何も見てない)


 頭を切り替え、体温計がピピッと鳴るのを静かに待っていると、カーテンの外から雪乃の騒ぐ声が聞こえてきた。

 

 「あっ! 柴村先生、風太くんってここにいるんだよねっ!?」

 「フウタくん? ああ、二瀬風太くんね。そっちのベッドで休んでるはずよ」

 「ほんとっ!? ちょっと見てきてもいい?」

 「そうねぇ。じゃあ、起きてるかどうかを確認してきてくれる? もし起きてたら、体温計を渡してあげて。もし寝てたら、そのまま静かに寝かせてあげてね」

 「はーいっ!」

 

 『美晴』がいる場所からはカーテンで見えないが、話し声は届いてくる。

 

 「風太くんっ! 起きてるー?」

 

 向こうのベッドの、カーテンが開く音がした。

 

 「あーっ! 起きてるーっ!!」

 「え、えっと、その……」

 「どーしたの? わたしが分かる? ほら、この顔だよーっ! やわらかほっぺの雪乃だよー」

 「あの……こんにちは」

  

 おそらく、あの二人にも面識はない。

 

 「風太くん、ひょっとして記憶喪失? こんにちはって、おかしくない?」

 「えっ、いや、そのっ! ごめんなさいっ、雪乃ちゃん」

 「なーんか、しゃべり方も変じゃない? わたしのこと、雪乃『ちゃん』って」

 「あっ……! ち、違うよ。雪乃」

 「あーっ! 分かった!!」

 「えぇっ!? な、なにがっ?」

 「わたしの本、返すの忘れたから、悪いと思ってるんでしょ? だから、記憶喪失のふりしてるんだ!」

 「本……? 何の話?」

 「いいよ、気にしなくて。体調が悪かったんだね。無理させてごめんね」

 「う、うん……」

 

 『風太』は雪乃に詰め寄られたが、なんとか上手くごまかしているようだ。

 確かに今の『風太』が、「わたしは実は美晴なんです」なんて言っても、信じてはもらえない。雪乃や柴村先生を混乱させないためにも、今は身体に合わせた演技をした方がいい……ハズ。

 

 「はい、これ! 風太くんも!」

 「体温計……?」

 「ピピッって、音がなったら終了ねっ。はい、よーいドンっ」

 「え? 雪乃?」

 「風太くんが不正をしないように、わたしが見張ってまーすっ」

 「体温計で、不正……?」

 

 『風太』の困惑こんわくをよそに、雪乃はなんだか嬉しそうに話をしている。意識的に差を付けているわけではないのだろうが、今の雪乃の声はさっきより少し高く、そして大きい。

 

 (そいつはおれじゃない。美晴なんだ。お前が心配してくれている「風太」は、おれなんだよ……!)

 

 そんな想いが、伝わるはずもなく。『美晴』はとてもみじめな気持ちになり、疎外感を強く感じていた。

 右手で襟元をぎゅっと掴み、自分に言い聞かせる。

 

 (いや、大丈夫だ。身体さえ元に戻れば、雪乃はおれを間違わない。身体さえ……元に戻れば……)

 

 ピピッという音を聞き、『美晴』は体温計を脇から取り出した。それと同時くらいに、向こうのベッドでも『風太』が計り終わった。

 

 「よし、OK! 風太くん、体温計貸して!」

 「はい……」

 「36.6……かな。うん! これなら先生も、家に帰っていいよって言ってくれるよ!」

 「えっ!? か、帰るのっ!?」

 「そうだよ? もしかして、まだここのベッドで寝るつもりー? 健康な人は、帰らなきゃダメだよ」

 

 雪乃はそう言ったが、まだ帰るわけにはいかないだろう。と、『美晴』は思っていた。

 

 (まずは元に戻らないとな。美晴だって、自分の身体をおれに預けたまま帰るなんて、絶対に嫌だろうし……。とにかく、雪乃を先に帰らせて、またこっちへ来てくれないかな)

 

 まだまだ話し合いが必要だ。今は雪乃の相手をしている場合じゃない。と、『美晴』は思っていた。

 が……。

 

 「い、いや……。帰るよ」

 「じゃあ、一緒に帰ろっ! 風太くんっ!」

 「うんっ。帰ろう」

 

 想定外の返答に、『美晴』はあわてた。

 

 (は……!? 帰る!? 美晴が、おれの家に!? そんなの、どう考えてもおかしいだろっ! だって、そんな……身体が入れ替わってるんだぞ!? この状況をおかしいと思ってないのかよっ! このまま帰れるわけないだろっ!?)


 嫌なイメージが、次から次へと頭に湧いてくる。

 

 (まさか……。あいつ、元に戻る気がないのか!? このまま、風太になるつもりなのか!?)


 最悪の展開。


 「ダメ……だ……!」

 

 かぼそい声でそう呟くと、『美晴』はベッドから降りて、爪先を雪乃たちがいる方へと向けた。

 

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