おんぶします
大型ショッピングモール「メガロパ」で、雪乃が迷子になったかもしれない。
「ど、どうしましょう! 風太くんっ!」
少年がおろおろと慌てふためく。
「でも……、あいつが……道に迷う……なんて……考え……にくいな……。ここには……よく……来てるし」
それに対して、少女は比較的冷静だった。
「な、何か事件に巻き込まれたってことですか!?」
「まだ……、そうと……決まった……わけ……じゃないけど……」
「トイレ、トイレに行くって言ってましたよね、雪乃ちゃんは」
「ああ……。おれは……女子トイレを……捜す……。お前は……さっき……回った……店を……捜してくれ……」
「はいっ!」
*
休日のお昼のショッピングモール。
人で賑わっているので、当然モール内のトイレも全て混雑しており、行列を作っている場所すらある。
『美晴』はいろんな場所の女子トイレを見て回ったが、どこを捜しても雪乃の姿はなかった。
「だめだ……。トイレには……いない……」
「お、お店にもいませんでしたっ」
「うーん……。他に……雪乃が……行きそうな……場所と……いえば……」
「誰かに聞いてみませんか? 雪乃ちゃんの姿を見た人がいるかもしれませんっ!」
「そうか……、そうだな……! じゃあ……店の人に……。いや……、こういうことを……聞くなら……警備員さん……かな……?」
「確か、1階の入り口付近に、ずっと立ってる警備員さんがいたはずですっ! その人に聞いてみましょうっ」
「よし……、そうしよう……! 案外……頼りに……なるな……お前……!」
「へっ? い、いや、わたしも雪乃ちゃんが心配ですしっ」
「うん……、おれも……心配だ……! 急ごうっ……!」
そう言って、『美晴』が二歩、三歩と走りだそうとした瞬間。
ぐきっ!!
「わっ、あっ、うわぁっ……!!」
右足を捻った。
『美晴』はバランスを崩し、盛大に前方へとすっ転んでしまった。長い黒髪はバサッと広がり、花柄ワンピースのスカートがふわりと舞う。
「ふ、風太くんっ!?」
すかさず、『風太』は転んだ『美晴』のそばに駆けよった。
「痛てて……」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
『美晴』は正座を横に崩したような体勢で床にペタンと座り、すぐに右足の様子を確認した。
膝を少し擦りむいたが、目立つような外傷はない。捻った痛みも、それほど酷くはない。しかし、すぐに立ち上がることはできなかった。
(あぁ、足がだるい……。こんなに疲れが溜まってたのか)
気持ちは前に進んでいるのに、身体がついていかない。インドアで運動不足な少女の細い脚は、もう限界だった。
(くそっ! この美晴の身体、弱すぎるって……!)
『美晴』が女の身体に絶望していると、男の身体の『風太』が、『美晴』の目の前で背を向けてしゃがんだ。
そして、大声で叫んだ。
「せ、背中に乗ってくださいっ! わたしがあなたを、おんぶしますっ!」
「は……?」
イラッ。
『美晴』は気合と根性で立ち上がると、『風太』の横にしゃがんだ。そして、ありったけの力を込めて、腹立たしいそいつの左耳を、千切れそうなほどに引っ張った。
「きゃああああっ!! い、痛いですーっ!!」
「調子に……乗るなっ……!! バカっ……!!」
『美晴』は手を放し、さらなる気合と根性で前へ歩き出した。
「はぁ……。ほら、いくぞ……」
「風太くんっ! わ、わたしは真剣に言ってるんですっ!」
「女のくせに……男のおれを……おんぶしようと……するな……。そういうこと……やりたいなら……、別の奴に……やれ」
「で、でもっ! わたしの身体だと、もう限界のハズですっ!」
「美晴の……身体……だけど……、心まで……美晴になったつもりは……ない……! おれは……歩くぞ……!」
「む、無理しないでっ」
「無理してでも歩くんだよっ……! おれは……男だからっ……!」
「……!」
男として、弱さを見せたくなかった。
『美晴』は、自分の足で雪乃を迎えにいくことを望んだ。
「それと……、あと……もう一つ……!」
「えっ?」
「もし……おれを……おんぶ……したら……。今……おれを……背負ったら……、また……興奮するぞ……お前……」
「えぇっ!?」
「絶対……やめとけ……よ……。こんなところで……興奮したら……恥ずかしいぞ……。お前も……おれも……」
「ふ、風太くんっ!! そういうこと言わないでくださいっ!!」
「じゃあ……、もう……おれの……心配は……しなくて……いいからな……。行くぞ……!」
「はいっ……!」
二人は再び、1階の警備員がいる場所を目指して歩きだした。
*
これより、一時間ほど前のこと。
「~♪」
雪乃は、ショッピングモール1階の入り口付近にある女子トイレから出てきた。空いているトイレを探しているうちに、こんなところまで来てしまったのだ。
「ふぅ。早く戻らないとっ」
雪乃は、『美晴』と『風太』が待つ場所へとダッシュで向かっていた。
しかし、1階の家電量販店の前を通り過ぎたあたりで、一人の青年に呼び止められた。小太りで身長が低く、リュックサックを背負っている青年だ。
「あっ、ちょっと」
「ふぇっ? わたし?」
「そう。君、ちょっといいかな?」
「すいませんっ。わたし、急いでるからっ」
「あれ……? 君、月野内小学校の子でしょ?」
「えっ? そうですけど……」
「6年2組に、『牟田』っていう男子がいるの知らない? 僕ねぇ、その子のお兄さんなんだよ」
「わたし、6年1組だから、他のクラスの男子はあんまり知らない」
「へー。でも、これも何かの縁じゃない? ということでさ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「でも、わたし……」
「大丈夫、大丈夫。そんなに時間かからないから、ね? 君のお友達のお兄さんだよ? 僕だからいいよね? ね?」
「わ、分かりました……」
半ば強引に、牟田くんのお兄さんと名乗る青年は、雪乃を家電量販店の中へと連れていった。
*
「ほら、ここだよ」
牟田くんのお兄さんは、雪乃をマッサージチェアやルームランナーなどが体験できるコーナーへと案内した。
「わたし、何をすればいいの?」
「いやあ、僕は大学でスマホなどのアプリの研究をしていてね。僕が大学で試作したアプリを、君に評価してほしいんだ」
「え? それだけ?」
「そうだよ。しかも、協力してくれるなら、スペシャルキャンディを君にプレゼントしちゃうよ」
牟田くんのお兄さんは、リュックサックからキャンディが10個ほど入っている透明なラッピングを取り出した。ハート型や星型のキャンディが、一つ一つ袋に小分けにされている。
誰にも守られていない無防備な雪乃は、そのキラキラしたかわいいキャンディにあっさり釣られた。
「わぁー! キャンディだー! 協力しまーすっ!」
「はい、プレゼントだよ」
「わーいっ!」
雪乃はそれを受け取ると、自分のポケットにしまった。
「あっ、食べないんだね。今ここで食べてもいいんだけど」
「うーん、お腹減ってからにしますっ!」
「そうか……。ちょっと残念だけど、まあいいか。じゃあ、このタブレットの画面を見てね。そこのマッサージチェアに座ってよ」
「えっ? そこ……ですか?」
「まぁ、どこでもいいんだけどさ。座って見るなら、そこがいいかな、と思ってさ。本当、どこでもいいんだけどね。いや、座るならちょうどいいよね? そこのほうが見やすいでしょ? 僕はそう思うなぁ。ね? 思うよね?」
「わ、分かりました……」
雪乃はマッサージチェアに深く座り、牟田くんのお兄さんから白いタブレットを受け取った。
そのタブレットの裏側には「催眠アプリ研究会専用端末」と書かれているが、雪乃はそれに気付いていなかった。
(あれ……? なんだか……眠たくなってきちゃった……)
アプリの催眠映像と、マッサージチェアの気持ち良さとの、相乗効果。
じっと画面を見ていた雪乃は、ものの数分もしないうちに、スヤスヤと眠りに堕ちてしまった。
「むふふ。僕の将来の夢は、催眠アプリを開発して世界中の女の子を僕に従わせること。まだ人を操ることはできないが……子どもを眠らせるくらいは簡単さ。さて、少し楽しませてもらおうかな」
そう呟き、牟田くんのお兄さんはスマホのカメラアプリをこっそり起動した。




