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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第四章:風太と美晴と春日井雪乃
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おんぶします


 大型ショッピングモール「メガロパ」で、雪乃が迷子になったかもしれない。


 「ど、どうしましょう! 風太くんっ!」

 

 少年がおろおろとあわてふためく。


 「でも……、あいつが……道に迷う……なんて……考え……にくいな……。ここには……よく……来てるし」

 

 それに対して、少女は比較的ひかくてき冷静れいせいだった。


 「な、何か事件に巻き込まれたってことですか!?」

 「まだ……、そうと……決まった……わけ……じゃないけど……」

 「トイレ、トイレに行くって言ってましたよね、雪乃ちゃんは」

 「ああ……。おれは……女子トイレを……さがす……。お前は……さっき……回った……店を……さがしてくれ……」

 「はいっ!」


 *


 休日のお昼のショッピングモール。

 人でにぎわっているので、当然モール内のトイレも全て混雑こんざつしており、行列を作っている場所すらある。

 『美晴』はいろんな場所の女子トイレを見て回ったが、どこを捜しても雪乃の姿はなかった。


 「だめだ……。トイレには……いない……」

 「お、お店にもいませんでしたっ」

 「うーん……。他に……雪乃が……行きそうな……場所と……いえば……」

 「誰かに聞いてみませんか? 雪乃ちゃんの姿を見た人がいるかもしれませんっ!」

 「そうか……、そうだな……! じゃあ……店の人に……。いや……、こういうことを……聞くなら……警備員けいびいんさん……かな……?」

 「確か、1階のぐち付近ふきんに、ずっと立ってる警備員さんがいたはずですっ! その人に聞いてみましょうっ」

 「よし……、そうしよう……! 案外あんがい……たよりに……なるな……お前……!」

 「へっ? い、いや、わたしも雪乃ちゃんが心配ですしっ」

 「うん……、おれも……心配だ……! 急ごうっ……!」

 

 そう言って、『美晴』が二歩、三歩と走りだそうとした瞬間しゅんかん


 ぐきっ!!

 

 「わっ、あっ、うわぁっ……!!」

 

 右足をひねった。

 『美晴』はバランスを崩し、盛大に前方へとすっ転んでしまった。長い黒髪はバサッと広がり、花柄ワンピースのスカートがふわりと舞う。

 

 「ふ、風太くんっ!?」

 

 すかさず、『風太』は転んだ『美晴』のそばにけよった。


 「痛てて……」

 「だ、大丈夫ですかっ!?」

 

 『美晴』は正座せいざを横に崩したような体勢で床にペタンと座り、すぐに右足の様子を確認した。

 ひざを少しりむいたが、目立つような外傷がいしょうはない。捻った痛みも、それほどひどくはない。しかし、すぐに立ち上がることはできなかった。


 (あぁ、足がだるい……。こんなにつかれがまってたのか)


 気持ちは前に進んでいるのに、身体がついていかない。インドアで運動うんどう不足ぶそくな少女の細いあしは、もう限界だった。

 

 (くそっ! この美晴の身体、弱すぎるって……!)

 

 『美晴』が女の身体に絶望していると、男の身体の『風太』が、『美晴』の目の前で背を向けてしゃがんだ。

 そして、大声で叫んだ。


 「せ、背中せなかに乗ってくださいっ! わたしがあなたを、おんぶしますっ!」

 「は……?」

 

 イラッ。

 『美晴』は気合きあい根性こんじょうで立ち上がると、『風太』の横にしゃがんだ。そして、ありったけの力を込めて、腹立はらだたしいそいつの左耳を、千切ちぎれそうなほどに引っ張った。


 「きゃああああっ!! い、痛いですーっ!!」

 「調子に……乗るなっ……!! バカっ……!!」


 『美晴』は手を放し、さらなる気合と根性で前へ歩き出した。

 

 「はぁ……。ほら、いくぞ……」

 「風太くんっ! わ、わたしは真剣に言ってるんですっ!」

 「女のくせに……男のおれを……おんぶしようと……するな……。そういうこと……やりたいなら……、別のやつに……やれ」

 「で、でもっ! わたしの身体だと、もう限界のハズですっ!」

 「美晴の……身体……だけど……、心まで……美晴になったつもりは……ない……! おれは……歩くぞ……!」

 「む、無理しないでっ」

 「無理してでも歩くんだよっ……! おれは……男だからっ……!」

 「……!」


 男として、弱さを見せたくなかった。

 『美晴フウタ』は、自分の足で雪乃を迎えにいくことを望んだ。


 「それと……、あと……もう一つ……!」

 「えっ?」

 「もし……おれを……おんぶ……したら……。今……おれを……背負せおったら……、また……興奮するぞ……お前……」

 「えぇっ!?」

 「絶対……やめとけ……よ……。こんなところで……興奮したら……恥ずかしいぞ……。お前も……おれも……」

 「ふ、風太くんっ!! そういうこと言わないでくださいっ!!」

 「じゃあ……、もう……おれの……心配は……しなくて……いいからな……。行くぞ……!」

 「はいっ……!」

 

 二人はふたたび、1階の警備員がいる場所を目指して歩きだした。


 *


 これより、一時間ほど前のこと。


 「~♪」


 雪乃は、ショッピングモール1階の入り口付近にある女子トイレから出てきた。空いているトイレを探しているうちに、こんなところまで来てしまったのだ。


 「ふぅ。早く戻らないとっ」

 

 雪乃は、『美晴』と『風太』が待つ場所へとダッシュで向かっていた。

 しかし、1階の家電かでん量販店りょうはんてんの前を通り過ぎたあたりで、一人の青年せいねんに呼び止められた。小太りで身長が低く、リュックサックを背負っている青年だ。

 

 「あっ、ちょっと」

 「ふぇっ? わたし?」

 「そう。君、ちょっといいかな?」

 「すいませんっ。わたし、急いでるからっ」

 「あれ……? 君、月野内小学校の子でしょ?」

 「えっ? そうですけど……」

 「6年2組に、『牟田ムタ』っていう男子がいるの知らない? ぼくねぇ、その子のお兄さんなんだよ」

 「わたし、6年1組だから、他のクラスの男子はあんまり知らない」

 「へー。でも、これも何かのえんじゃない? ということでさ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」

 「でも、わたし……」

 「大丈夫、大丈夫。そんなに時間かからないから、ね? 君のお友達のお兄さんだよ? 僕だからいいよね? ね?」

 「わ、分かりました……」

 

 なか強引ごういんに、牟田くんのお兄さんと名乗る青年は、雪乃を家電量販店の中へと連れていった。


 *


 「ほら、ここだよ」


 牟田くんのお兄さんは、雪乃をマッサージチェアやルームランナーなどが体験できるコーナーへと案内した。

 

 「わたし、何をすればいいの?」

 「いやあ、僕は大学でスマホなどのアプリの研究をしていてね。僕が大学で試作したアプリを、君に評価してほしいんだ」

 「え? それだけ?」

 「そうだよ。しかも、協力してくれるなら、スペシャルキャンディを君にプレゼントしちゃうよ」

 

 牟田くんのお兄さんは、リュックサックからキャンディが10個ほど入っている透明とうめいなラッピングを取り出した。ハート型や星型のキャンディが、一つ一つ袋に小分こわけにされている。

 誰にも守られていない無防備むぼうびな雪乃は、そのキラキラしたかわいいキャンディにあっさりられた。

 

 「わぁー! キャンディだー! 協力しまーすっ!」

 「はい、プレゼントだよ」

 「わーいっ!」

 

 雪乃はそれを受け取ると、自分のポケットにしまった。

 

 「あっ、食べないんだね。今ここで食べてもいいんだけど」 

 「うーん、おなかってからにしますっ!」

 「そうか……。ちょっと残念だけど、まあいいか。じゃあ、このタブレットの画面を見てね。そこのマッサージチェアに座ってよ」

 「えっ? そこ……ですか?」

 「まぁ、どこでもいいんだけどさ。座って見るなら、そこがいいかな、と思ってさ。本当、どこでもいいんだけどね。いや、座るならちょうどいいよね? そこのほうが見やすいでしょ? 僕はそう思うなぁ。ね? 思うよね?」

 「わ、分かりました……」

 

 雪乃はマッサージチェアに深く座り、牟田くんのお兄さんから白いタブレットを受け取った。

 そのタブレットの裏側には「催眠アプリ研究会専用端末」と書かれているが、雪乃はそれに気付いていなかった。


 (あれ……? なんだか……眠たくなってきちゃった……)


 アプリの催眠映像と、マッサージチェアの気持ち良さとの、相乗そうじょう効果こうか

 じっと画面を見ていた雪乃は、ものの数分もしないうちに、スヤスヤと眠りにちてしまった。

 

 「むふふ。僕の将来の夢は、催眠アプリを開発して世界中の女の子を僕に従わせること。まだ人を操ることはできないが……子どもを眠らせるくらいは簡単さ。さて、少し楽しませてもらおうかな」

 

 そうつぶやき、牟田くんのお兄さんはスマホのカメラアプリをこっそり起動した。

 

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