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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第四章:風太と美晴と春日井雪乃
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ホットケーキの歌

 

 「わぁー! 美晴ちゃんの部屋だー!」

 

 美晴の部屋に入った雪乃は、全く中身の無い感想を大声で言った。


 「わたしの部屋より綺麗かもっ」

 「雪乃の……部屋……?」

 

 『美晴』は、雪乃の部屋に入った時のことを思い出していた。

 雪乃の部屋は、可愛い小物に洋服、雑誌やマンガ、そしてクッションやぬいぐるみなどであふれた、いかにも「遊び場」という感じの場所。やたら物が多く、全体的にピンク色なのが特徴。同じ歳の女の子の部屋だが、シンプルで地味じみな美晴の部屋とは正反対だ。

 雪乃はぐるりと部屋を見回して、本棚の前で止まった。

 

 「すごーい! 本がいっぱいだねっ! これ全部読んだのっ!?」

 「えっ……!? いや……! まぁ……うん……」

 「この『ロズリー姫の冒険』もっ!? とっても分厚ぶあつい本だけど」

 「うん……」

 「へー、本を読むのが好きなんだね。美晴ちゃんって」

 「まっ……まぁね……」

 「あれ? ところで、風太くんは?」

 「ちょっと……様子……見てくる……から……、この部屋で……本でも読んで……待ってて……」

 「うんっ!」

 

 本のことについて、根掘ねほ葉掘はほり聞かれるのはマズい。

 『美晴』は雪乃を部屋に残し、逃げるように廊下ろうかへ出た。


 *

 

 『風太』を見つけることには、それほど苦労しなかった。

 あまり広くないリビングで、何やら作業をしている。

 

 「おい……美晴……」

 「あ、風太くんっ」

 《何やってるんだよ へやに入らないのか?》

 「すいません、あと少しだけ待ってくれませんか? もうすぐ終わりますから」

 《そうじき つかってるのか?》

 「はい。休日はいつも、お掃除や洗濯をわたしがやっていたのでっ」

 《お母さんのためか?》

 「そうです。忙しいお母さんが、少しでも楽をできるようにしたいんです」

 「……」

 

 一生いっしょう懸命けんめい家事にいそしむ『風太』の横顔を、『美晴』はじっと見ていた。

 そして、少し考えてから言った。

 

 《おしえろよ》

 「えっ? 教える?」

 《そうじのやり方 せんたくのやり方 おれにおしえろ》

 「えっ!? い、いいですっ。そんなことまでしなくてもっ」

 《一応、今はおれが生活してる家なんだ せわになってるんだから、それくらいはする》

 「……!」

 《あと、みはるのお母さんに何かあったら おれも困るし》

 「風太くん……! ありがとうっ!」

 

 『風太』はほっぺたを赤く染めて微笑ほほえみ、両手を胸の前で重ねた。

 喜びのあまり出たポーズなのかもしれないが、男子がやるとなかなか気持ちが悪い仕草しぐさだ。

 

 《そのポーズ もう二度とするなよ》

 「あっ! は、はいっ!」


 * 


 「二人とも、ケンカとかしてないよねっ?」


 『美晴』と『風太』は家事を終え、雪乃が待つ部屋へと戻った。


 「うん。おれたち、ずっと仲良くしてまし……してた、ぜ。なぁ、み、美晴?」

 「そ……そうですね……。おれ……じゃなくて、わたしたち……ケンカなんてしてな……してません……わよ……。風太くん……?」

 

 二人は自分の身体の方に口調くちょうを合わせ、顔を見合わせた。

 

 「ふーん。まぁ、ケンカしてないならいいか。美晴ちゃん、このマンガおもしろいねー」

 「えっ……!? あぁ……そうですね……」

 

 二人を待っている間に、雪乃は美晴のベッドでくつろぎながら、部屋にあった少女マンガを夢中むちゅうで読んでいたようだ。

 監視かんしの目がないので、『美晴』はまたいつもの男口調に戻すことにした。しかし、声の大きさは、ベッドの雪乃には聞こえない程度で。

 

 「ふぅ……。そのまま……本に……夢中に……なっててくれ……」

 「あの、風太くん」

 

 『風太』も『美晴』と同様に、本来の女口調かつ小さな声で話している。

 

 「なんだ……? 美晴……」

 「今もそうですけど、おはなしボードを使う時と、使わずに話す時がありますよね?」

 《あるけど なんだよ》

 「何か違いはあるんですか? その、使い分けの」

 《まだなれてないんだよ これ使うの》

 「慣れてない、ですか?」

 《やっぱり 字をかくより 口で言う方が早いから》

 「そうですよね……。普通に生きてきた人にとっては、その身体は不便ですよね。力も弱いし、皮膚ひふみにくいし」

 「……!」


 また『風太』が自虐じぎゃくを始めたので、『美晴』はムッとした表情になった。


 《やめろ》

 「え……?」

 《それ言うの やめろ》

 「な、なんでですか……?」

 《だからいじめられるんだって、言ってるように聞こえる》

 「……!」


 『風太』は少しだけハッと驚いたが、またすぐに暗い顔になった。


 「そうですよ。ふふっ、その通りですね」

 《ちがう》

 「違わないです。その身体はみにくい。不気味だし、気持ち悪いし……まともに声も出せない身体で、ごめんなさ」

 「やめろって言ってるだろ……!!」

 

 おはなしボードを放り捨て、『美晴』は『風太』の胸ぐらをガッと掴んだ。


 「きゃっ!」

 「謝るなよ……! お前が……悪いんじゃ……ないだろっ……!!」

 「で、でもっ! 他のみんなは、わたしが悪いって言ってますっ! 全部、わたしが悪いから、こんなことになってるんだって!!」

 「ああ、もう……! なんで……美晴は……そんなに……バカなんだよっ……!! なんで……おれが……こんなに……悔しい気持ちに……ならないといけないんだよっ……!!」

 

 熱量が上がり、二人の声はどんどん大きくなってしまっていた。

 そしてまた、争う二人を少女が引き裂いた。


 「はーいストップ! ケンカはダメですよー、皆さーん」


 少女マンガを読み終えた雪乃。『美晴』が出した大声に反応してやってきたらしく、言い争いの内容まではおそらく分かっていない。

 雪乃は、床に落ちているおはなしボードを拾い上げ、裏表うらおもて破損はそんがないかを確認した。


 「投げちゃだめだよ。こんなに可愛かわいいのに」

 「可愛い……?」

 「うん。このフレーム、写真立てみたいで可愛いよ。美晴ちゃんの手作りでしょ? これ」

 「……」


 雪乃は『美晴』にたずねたが、その質問には『風太』が答えた。


 「はい……。お母さんと一緒に作ったんです。海で拾った貝がらや、キラキラしたビーズなんかを集めて、素敵なかざりつけにしようねって」

 「えっ? 風太くん、なんで知ってるの?」

 「……っていう話を! 美晴から聞いたんだよ! だよね、美晴っ!」

 

 しかし、話を振られた『美晴』は、それに同調どうちょうしなかった。

 その代わりに、おはなしボードを静かに受け取り、さらさらと文字を書いた。


 《ごめん もっと大切にする》

 

 そして、全員に見せた。

 それを見た『風太』は、おはなしボードを静かに受けとり、イレーサーで文字を消してから、またさらさらと文字を書いた。


 《ごめん もっと大切にする》


 何も知らない雪乃は、二人の謎の行動にハテナマークを浮かべた。


 「なんで書き直したの?」

 「違います。大切にできていなかったものが、お互いにあったような気がして」

 「え? なにそれ。二人の友情ってこと?」

 「いいえ。風太くんなら……じゃなくて、美晴なら分かると思う」

 「まぁ、仲直なかなおりしたならいいけど……。なんだか気になるよー! もうーっ! 二人だけにしか分からない話とか、やめてよーっ!」


 ぷんすかと怒る雪乃を後目しりめに、『美晴』と『風太』は顔を見合わせて小さく笑った。


 * 


 ダイニングテーブルの上の置き時計は、長針ちょうしん短針たんしん共に、てっぺんをしめした。

 今日はそれほど暑くも寒くもなく、誰でも快適にすごせる気温だ。


 「ホットケーキ~♪ 素敵すてきなケーキ~♪ フフフーンフーン♪」

 

 『風太』の提案ていあんで、家にある物を使って簡単な食事を作ることにした。何を作るのかは、食器しょっきならがかりである雪乃の鼻歌はなうたの通り。


 「雪乃……ちゃん……。もうすぐ……できるって……さ……」

 「センキュー、美晴ちゃん。あとはキッチンの風太くんにまかせていいの?」

 「あいつ……じゃなくて、風太くん……ホットケーキは……よく作るから……れてる……らしい……ですよ……」

 「へぇー、なんか意外だね。4年生の時の調理実習だと、たまごきすら失敗してたのに」

 「あっ、あの時は……! お前が……砂糖さとう……入れすぎたから……だろ……!?」

 「えっ? 美晴ちゃん、なんで知ってるの?」

 「……っていう話を……! 風太くんから……聞いたんです……!」

 「それはウソだよ、美晴ちゃん。あれは絶対、風太くんがわのミスなんだから!」

 「へ、へぇー……。そう……なん……ですね……」


 二人で飲み物やフォークを並べながら、『風太』がキッチンで作っているホットケーキを待つことにした。


 「そういえば、あの時は何を言おうとしてたの?」

 「あの時……って……?」

 「ほら、図書室でわたしに会った時。『信じてもらえないかもしれないけど、実は……』って言って、途中で終わったよね?」

 「……!」

 

 昨日のことだ。

 チャイムにさえぎられて言えなかったことを、『美晴』は思い出した。

 

 「雪乃……!」

 「なぁに? 美晴ちゃん」

 

 きょろきょろと辺りを見回す。『風太』はまだ、キッチンでのホットケーキ作りに集中している様子だった。

 今、ここには自分と雪乃しかいない、と『美晴』は確信した。

 

 「実は……その……」

 「え?」

 「し……信じて……もら……え……ないかも……しれない……け……ど……」

 「うん?」


 緊張すると、また首の絞まりが強くなる。ただ今は、筆談で休ませておいたおかげか、いつもよりのど状態じょうたいが悪くない。

 本当のことを話すなら、今しかない。

 

 「おれ……風太なんだ……!」

 

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