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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第四章:風太と美晴と春日井雪乃
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ケンカはだめ


 玄関《げんかん》には雪乃が立っていた。


 「雪乃っ……!?」

 「美晴ちゃん、おはよっ! あれ? なんでホワイトボード持ってるの?」

 「これは……。昨日……たくさん……声を出した……から……、今日は……喉《のど》を……休ませてやろうと……思って……」

 「文字を書いておしゃべりするってこと!? じゃあ、ペン借りるね!」

 「え……」


 別にお前は筆談する必要ないだろ。と、『美晴』は思った。

 雪乃は勝手にペンを手に取り、おはなしボードにさらさらと文字を書いた。

 

 《みはるちゃん こんにちは》


 さっきおはようって言ったのに。と、『美晴』は思った。


 《ゆきの おはよう》

 「もしかして今日、忙《いそが》しい?」

 《べつに》

 「やったぁ! 遊びに来たよっ! 美晴ちゃん!」

 《どうやって この家に?》

 「ふっふっふ。それはねぇ、わたしの嗅覚《きゅうかく》で、美晴ちゃんの匂《にお》いをたどって……」

 《本当は?》

 「風太くんナビのおかげだよっ!」

 《風太くんナビ?》


 開いたドアの陰《かげ》から、雪乃が連れてきた「風太くんナビ」とやらが、そっと姿を現した。

 

 「こ、こんにちはっ」

 「おはよう……」

 

 申し訳なさそうにモジモジする『風太』に対して、『美晴』は少しムッとした表情であいさつを交《か》わした。

 

 「ねぇ、美晴ちゃん。わたしね、あなたのお家にすっごく興味あるの! もしよかったらー、そのー、なんというかー」

 

 そう言いながら、雪乃はキラキラした目で訴《うった》えかけてきた。相変わらず、下手くそな交渉《こうしょう》だ。

 やれやれと呆《あき》れながらも、『美晴』は雪乃を迎え入れることにした。

 

 《いいよ あがっても》

 「ほんとっ!? それじゃ、お邪魔《じゃま》しまーす!!」

 

 ドタドタと足音を立てながら、雪乃が家の中へと入っていく。

 それに続いて、さりげなく家に入ろうとしていた『風太』の姿を、『美晴』は見逃《みのが》さなかった。

 

 「おい……! お前は……待て……」

 「お、お邪魔しますっ」

 《そのことばやめろ ここはおまえの家だ》

 「で、でもっ! 今はあなたの家だからっ」

 《それなら なんで おれの家に ゆきのをかってにつれてきた?》


 『美晴』が不満《ふまん》に思っているのは、『風太』が雪乃を連れてきたことだった。

 入れ替わりのこと、イジメのこと……何も知らない雪乃の前では、『美晴《フウタ》』は美晴らしくしないといけないからだ。


 「ち、違うんですっ! 雪乃ちゃんの方から『一緒に美晴ちゃんの家に行こうよ』って、わたしを誘《さそ》ってきたんですっ」

 《ゆきのが? なんで?》

 「雪乃ちゃんは、『風太くんと美晴ちゃんを仲直《なかなお》りさせてあげたい!』って、思ってるらしくて」

 《なかなおり? 何の話だよ》

 「おそらく、保健室でわたしと風太くんが、掴み合いになった時のことだと思います。あれから雪乃ちゃんは、ずっとそのことを気にしていたみたいで」

 

 風太と美晴が入れ替わった初日の話だ。あれから色々なことがありすぎて、『美晴』には遠い昔の出来事《できごと》のように思えた。

 あの時、二人が掴み合いのケンカをしていたことが、雪乃にとってはショックだったらしい。彼女に余計な心配をさせているという罪悪感《ざいあくかん》は、『美晴』にも芽生《めば》えた。


 「もうケンカはしてない……って……雪乃に……言えよ……」

 「一度はそう言いましたけど、雪乃ちゃんはあまり信じてくれなくて。それに……」

 「それに……?」

 「風太くんは……やっぱりまだ、わたしに対して怒ってると思って。あなたにずっと嫌われたままなのは、イヤだからっ」

 「あのな……。それは……また別の話……だろ……。それを……解決したい……なら、おれの……身体を……今すぐ……返せよ……」

 「わ、わたし、風太くんとは仲良くなりたいんですっ!!」

 「だから……、それは……今……関係ないだろうがっ……! おれが……お前を……嫌ってるのは……そういう……意味……じゃなくてさ……! なんていうか……その……り、理解《りかい》しろよっ……! バカっ……!!」


 引《ひ》き裂《さ》く。


 「ケンカはだめーーっ!!!!!」


 突然、雪乃が二人の間に割って入り、マンションの全室に聞こえるくらいの大声で叫んだ。


 「「!!?」」


 『美晴』と『風太』は、驚愕《きょうがく》の表情のまま、大声の発信源《はっしんげん》の方に顔を向けた。

 その発信源は、眉間《みけん》にぎゅっとシワを寄せて、ほっぺたをぷっくりと膨らませている。

 

 「風太くんも、美晴ちゃんも、ケンカはだめっ!」


 ぷん、すか、ぷん。


 「……」

 「……」

 

 『美晴』と『風太』は顔《かお》見合《みあ》わせ、一度アイコンタクトをした。

 そして、気迫《きはく》を放《はな》つ雪乃に対し、まずは『風太』が声をかけた。

 

 「ゆ、雪乃?」

 「何? 風太くん」

 「わたしと風太く……おれと美晴は、ケンカなんてしてないよ?」

 「ウソついてもだめだからねっ! 今してたでしょ!」

 「今のケンカは、その……前のケンカとは違うケンカだよ」

 「どんなケンカでも、ケンカはだめなのっ! お互いに傷つくだけなんだよ?」

 「そ、そうだね……」

 

 『風太』は雪乃にあっさり敗北《はいぼく》した。

 見ていられなくなって、今度は『美晴』から雪乃に声をかけた。

 

 「雪乃……。あのな……」

 「何? 美晴ちゃん」

 「おれと……こいつの……ケンカは……、そういう意味の……ケンカじゃ……なくて……」

 「待って!」

 「えっ、何……?」

 「『おれ』とか『こいつ』とか、男の子のしゃべり方を真似《まね》するのはだめっ!」

 「は……? な、なんで……?」

 「男の子の真似をするから、男の子みたいに激《はげ》しいケンカになっちゃうんだよ! もっと優しい言葉を使って!」

 「どういう……理屈だ……」

 「美晴ちゃんは女の子なんだよ? 試《ため》しに、もっと女の子っぽくしゃべってみて。そしたら、ケンカもなくなると思うの!」

 「違う……。おれは……」

 「ねぇ、風太くん。風太くんもそう思うよね? そっちの美晴ちゃんの方が、かわいいよね?」


 雪乃は『風太』に話を振《ふ》った。

 当然、入れ替わったままでいたいと考えている『風太』が、それに異論《いろん》を唱《とな》えるはずもなく。

 

 「う、うんっ。もっと女の子らしくした方がいいと思う」


 『風太』は雪乃側についた。

 

 「こ……この野郎っ……! 裏切《うらぎ》ったな……!?」

 「『この野郎』はだめっ! ちゃんと『風太くん』って、呼んであげて! 優しい言葉にしてっ!!」

 「……っ!」

 

 屈辱《くつじょく》だった。まるで、名前まで奪《うば》われたような気持ちだった。

 しかし、ここでケンカを続けたとしても、雪乃が悲しそうな顔をするだけで、何も良いことはない。

 『美晴』はできるだけ前髪で顔を隠しながら、その小さく可愛い声で、ぼそぼそっと言った。

 

 「ふ……」

 「ふ?」

 「風太……くん……」


 『美晴』は悔《くや》しくて仕方がなかったが、それを聞いた『風太』と雪乃は大喜びした。

 

 「な、名前で呼んでくれてありがとうっ、美晴っ!」

 「やったね! はい、じゃあ仲直りの握手《あくしゅ》!」

 

 雪乃は、『美晴』の右手と『風太』の右手を掴むと、手のひら同士を触れさせ、握手を促《うなが》した。

 『美晴』はその手に力を入れようとしなかったが、『風太』は満更《まんざら》でもない様子で手を握ってきた。

 

 「じゃあ、まず風太くんから。ごめんなさいして?」

 「お、おれも悪かったよ。ごめんねっ」

 

 『美晴』の目の前にいる「この野郎」は、ムカつくくらいにあっさりと、謝罪の言葉を述《の》べた。述べやがった。

 この状況で、今さら『美晴』だけが拒否《きょひ》することはできない。

 

 「わ、わたしの……方こそ……、ごめん……なさい……」


 この平和的で素晴らしい結果に、雪乃は大満足《だいまんぞく》だった。

 

 「よーし、ケンカはおしまい! 改《あらた》めてお邪魔しまーす!!」

 「お邪魔しますっ!」


 バタンッ!!

 『美晴』は二人の来客が家の中に入るのを見届けると、玄関の重い扉を、やつあたりのフルパワーで閉めた。

 

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