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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第三章:小箱蘇夜花
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憧れの人


 「な、なんで……?」

 「わたしのお母さん、離婚りこんしてからずっといそがしくてっ……! 毎日遅くまで働いてるから、過労かろうで倒れてしまったこともあるんです……。だから、わたしのことで、余計な心配をさせたくないんですっ!」

 「それで……病院にも……行ってないのか……」

 「病院どころか、担任の先生にも、保健室の先生にも、誰にも言ってないです。もし誰かに言ったら、絶対にお母さんの耳にも入っちゃうからっ」

 「まさか……、蘇夜花たちは……お前の……家庭のことも……知ってるのか……?」

 

 『美晴』の問いかけに、『風太』は悔しそうにうなずいた。

 

 「もしも……! もしも、お母さんがまた倒れたら、わたしっ!」

 「おい……! 落ち着けよ……!」

 「でもっ、わたし怖くてっ!! これ以上、お母さんに負担はかけられないって思って、だからっ……!」

 「落ち着けって……言ってるだろ……!!」

 

 『美晴』は小便しょうべんで濡れたパンツを掴んで、『風太』の顔面に投げつけた。

 

 「わぶっ」

 「落ち着け……」

 「は、はいっ」

 「お前の……身体のことは……、誰にも言わないし……見せない……」

 「きゃっ!? これ、わたしの下着っ!」


 『風太』は床に落ちたパンツを拾い、恥ずかしそうに袋の中へとしまった。

 『美晴』はそんな『風太』を無視しつつ、話を続けた。

 

 「でもさ……。お前……やっぱり……自分じぶん勝手かって……だよ……」

 「自分勝手……」

 「お前が……どれだけ辛くて……どれだけ耐えてきたかは……よく分かったけど……。おれを……身代みがわりにする……ことには……何とも……思ってないのか……?」

 「あ、あなたを巻き込んでしまったことはっ! わたしも望んでいなかったことで……!」

 「でも、お前は……もう……おれの身体を……返す気ない……だろ……。二瀬風太を……今すぐ……返して……くれるのか……?」

 「そ、それはっ……」

 「おれは……お前なんかに……なりたくなかった……。おれが……美晴で……お前が……風太で……ある限り……この気持ちは……変わらない……。おれは……絶対に……元の身体に戻る……ことを……あきらめないからな……」

 「ごめんなさいっ」

 「いいよ……謝らなくて……。そんなこと……より……、お前は……どうしたいんだ……?」

 「え……?」

 「ハッキリ……させて……おこう……! おれと……お前は……これから……どうしたい……のか……!」

 「わ、わたしは……」

 

 『風太』は、少しだけ大きく息を吸った。


 「わたしは、絶対に美晴には戻りたくない……! 入れ替わってから時間が経ちましたけど、元に戻りたいとは一度も思わなかったです……!」

 「へぇ……」

 「ずっとこのまま、入れ替わったままでいたいんです……! 風太くんなら、その身体も、わたしのお母さんのことも、大切にしてくれると思うから……!」

 「はは……。本当に……自分勝手……だな……」 


 『美晴』はあきれた。が、口には笑みを浮かべていた。

 もちろん意見いけんは違うが、お互いの本心をストレートにぶつけ合うのは、なんだか清々しい。


 「いいさ……。いつか……おれとお前は……必ず……ぶつかる……けど、それまでは……勝手に……やりたいことを……やってろよ……」

 「はいっ!」

 「おれも……勝手に……やりたいことを……やるぞ……。元に戻る……方法を……探すんだ……!」

 「えっ? 戻る方法……?」

 「入れ替わる……方法が……あるなら……、元に戻る……方法も……必ず……あるはずだ……! それを……見つけて……やる……!」

 「ほ、本気ですか!? 原因だってまだよく分かってないんですよ!? わたしも……それには協力はしないしっ!」

 「それでも……やるさ……! 望むところだ……!」

 「……!」

 

 まさに無謀むぼう

 いつでも無謀なことに挑戦しようとするのは、男子のサガであり、二瀬風太のざまでもあった。たとえ身体が女になったとしても、それは変わらない。 

 

 (そっか……。だから風太くんは、わたしの憧れの人なんだ……)

 

 その姿に、かれていた。


 「そ、そういえば、入れ替わったのは突然でしたよねっ」

 「え……? 急に……どうした……?」

 「あの日、なくなったものがあるんです。それが何か関係してるかもって思ってるんですけど」

 「美晴……!」

 「こ、これ以上、協力はしませんっ! 元に戻りたいなら、一人でがんばってくださいっ!」

 「充分だよ……。ありがとう……美晴……」


 *


 学校の外は、すっかり夜になっていた。

 

 道路はいつもより人通ひとどおりが多く、昼間と同じくらいにぎやかだった。

 いよいよ、明日からは大型連休ゴールデンウィーク。街の人たちもみんな、ウキウキしているのかもしれない。


 「じゃあ、さようなら。風太くん」

 

 月野内小学校から少し離れた通学路つうがくろでは、少年が少女に別れのあいさつをしている。

 しかし少女は、すぐに少年を引き止めた。


 「あっ……! 一つ……お前に……聞き忘れてた……!」

 「なんですか?」

 「なんで……あの時……ガマンしたんだ……?」

 「あの時?」

 「ほら……、おれが……お前に……ぶつかった……時……」

 「図書室の前で、わたしと風太くんがぶつかった時、ですか?」

 「うん……。肩にアザが……あるなら……相当……痛かった……はずだろ……? でも……あの時の……美晴は……全然……痛がらなくて……」

 「そうですね。あの時は、ぶつかった相手が風太くんだったので、びっくりの方が大きかったですし。それに……」

 「それに……?」

 「風太くん、すぐに謝ってくれましたから。転んでしまったわたしのことを、心配してくれましたし」

 「それだけで……か? 普通の……こと……なのに……」

 「普通にせっしてくれることが、嬉しかったんです。今までは、誰かにぶつかっても、悪いのは全部わたしでしたから」

 「でも……痛みは……あったんだろ……? お前は……女子なんだから……、もっと……怒ったり……泣いたり……しても……よかったと……思う……」

 「ふふっ。あの時、わたしが泣いてたら、風太くんはどうしました?」

 「うーん……。それはそれで……困ってたかもな……。それにしても……お前って……けっこう……ガマンづよいんだな……」

 「そ、そうですか? そんなことないですよっ」

 「そうかな……。そんな……悪いやつじゃ……ないと……思うんだけどな……」

 「えっ? 誰がですか?」

 「この……身体……だよ……。そりゃあ……まともに声は出せないし……ケンカもすごく弱いし……ご飯もたくさん食べられないけど……さ……」

 「……」

 「ガマン強い……とか……、キレイな……ノートが……作れる……とか……。ちゃんと探せば……良いところも……あるんだよ……」

 「……!」

 「それでも……おれは……元の身体に……戻りたい……けど……」

 「ううぅっ……!」

 「うわっ……!? 美晴……!? ど、どうした……!?」

 「ごめんなさいっ! 急に、涙が、あふれてきてっ」

 「泣いてる……のか……!? お、おれの身体で……メソメソするのは……やめてくれよっ……!」

 「はいっ……」

 「泣いて……帰ったりなんか……したら……、おれの……母さんも……心配するから……」

 「わ、分かりましたっ! もう大丈夫、ですっ」

 「じゃあ……もう……帰るぞ……。さようなら……美晴……」

 「さようなら、風太くんっ」


 少女は、涙目なみだめになっている少年に、別れのあいさつをした。


 *


 その日のばんのこと。

 

 「美晴、先に入ったわよ」

 「うん……」


 『美晴』はクローゼットから寝間着パジャマを取り出し、洗面所へ向かった。

 そして、全ての汚れた服を洗濯機せんたくきに投げ入れ、『美晴』は下着だけの姿になった。


 「これで……よし……!」


 まだ慣れないブラジャーをがんばって外し、パンツをするりと脱ぐ。

 風呂場に突入とつにゅうすると、目の前には大きな鏡があった。さっき出会ったはだかの美晴と、そこで再会した。


 (これが、今のおれ……か)


 手のひらを鎖骨の辺りに置き、身体の表面をすべらせながら、ゆっくりと下へとおろしていく。

 

 (女の……胸……)

 

 全体的にほそっているが、胸にだけは二つの小さなふくらみがある。小さいと言っても、成人せいじん女性じょせいと比較しての話で、同じ年齢ねんれい雪乃ユキノと比べると、美晴のはかなり大きい。

 『美晴フウタ』は、この膨らみが男子の身体には現れないものだということは知っていた。

 

 (これ、どんどん大きくなっていくのかな)

 

 前にテレビで見たグラビアアイドルの人は、この部分がとても大きかったのを思い出した。もしかすると、このままこの身体で成長を続ければ、自分もあのセクシーな水着が似合う素敵な女性になるのかもしれない。


 (いや、違うっ! おれは男だから、ならないっ……!)


 少しずつ、手を下へすべらせていく。

 『美晴』が次に触れたのは、肌の色が変わっている部分だった。痛々しい火傷やけどあとで、まともな治療ちりょうを受けなかったせいか、皮膚ひふみにくゆがんで再生してしまっている。

 

 (醜い……か)

 

 かつての持ち主である、『風太ミハル』もそう言っていた。

 この身体は醜い、と。


 (言うなよ。そんなこと)

 

 そいつにとっては自嘲や自傷なのだろうが、『美晴フウタ』はその行為を嫌った。

 

 (まるで、いじめられた原因を探してるみたいに聞こえるんだよ。お前がこの身体の悪口を言うと)


 『美晴』は鏡の向こうにいる少女と手のひらを合わせ、彼女に訴えた。

  

 「もう……自分が悪いと……思うなよ……。美晴……」 


 *


 翌日。大型連休の初日。

 美晴のお母さんは朝から出掛でかけたらしく、『美晴』は自宅でひとりで過ごしていた。

 

 (せっかくの休みだし、みんなどこかへ遊びに行ってるのかな……)

 

 頭には、自分が男子だった頃の休日の過ごし方ばかり浮かんでくる。しかし、今の自分の環境では、そんな充実じゅうじつした休日を過ごすことは難しそうだ。


 「はぁー……」


 貴重きちょうな休日の時間を、ムダに消費しているみたいで、気分はあまり良くなかった。


 (元に戻る方法、早く考えないとな)


 そう思った矢先やさき

 ピンポーンと、この家のインターホンが鳴った。

 

 (げっ! 誰か来たっ!?)

 

 戸木田さんへの来客。

 今、この家にいるのは娘の『美晴』だけなので、娘らしく来客の応対をしなければならない。

 

 「は、はい……?」

 

 『美晴』はドキドキと緊張きんちょうしながら、玄関げんかんの扉を開けた。

 しかしそこには、見覚えのある女の子が立っていた。


 「美晴ちゃん、おはようっ! ……あれ? 今はもうこんにちは、かな?」


 春日井かすがい雪乃ユキノ

 風太のおさななじみだ。

 

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