人魚の足
「……!」
『美晴』は蘇夜花を睨みつけた。
すると、蘇夜花は少し間合いを作ってから、こう言った。
「へぇ、まだその肩にはアザが残ってたんだね。もう治ってると思ってたよ。先週、界くんが殴った時にできたんだよね? それ」
やはり、この青アザもイジメによってできた物。内出血するほどの力で女子の肩を殴った「どこぞの界」のせいで、美晴は耐え難い激痛に苦しめられていたのだ。
しかし、風太は今そっちのバカではなく「この肩にぶつかった風太」の方に怒りを感じていた。
(やっぱり……おれとぶつかった時、美晴はガマンしてたのか……! こんなの、泣き喚いてもおかしくない痛みなのにっ……!)
心の中で、あの時のことをもう一度美晴に謝った。
そして蘇夜花は、美晴の水色のパンツを指に引っかけてくるくると回しながら、『美晴』に言った。
「安心して。わたしは、人を殴ったりするのがあまり得意じゃないから。刑だって暴力的なものばかりじゃないってことを、美晴ちゃんに教えてあげる」
*
月野内小学校の放課後。そろそろ夕方。
体育館の入り口付近には、トイレがある。入り口の周辺は最近改装されたばかりなので、トイレにはまだ目立つような汚れがなく、新築のような状態だった。
『美晴』は、その女子トイレの中に連れ込まれた。
トイレ内にはすでに3人の女子が待機しており、蘇夜花&五十鈴と合わせて敵は5人に増えた。
「はーい。じゃあこれから、『わたしの胸ぐらを掴んで殴ろうとした美晴ちゃんが、二度とそんなことをしないようにするための刑』を始めまーす」
「ちょっと蘇夜花。いつもなら、『デメ』とか『ハリ裂けミミズ』とか、刑にも名前をつけてるじゃない。今回は名前、無いの?」
五十鈴が蘇夜花に、素朴な疑問をぶつけた。
「ふっふっふ、さっき考えたよ。今回の刑の名前は……『彷徨い人魚』!」
「『彷徨い人魚』? 何よそれ。美晴が人魚ってこと?」
「当たりー。じゃあ、早速始めるよ。下着は、終わったらちゃんと返してあげるから、落ち着いて受刑してね。美晴ちゃん」
蘇夜花は一番手前の個室のドアを開け、そこにある洋式便器のフタを上げた。
「そこに座って? ショーツは降ろさなくていいよ」
「……」
抵抗することもできない『美晴』は、唾をゴクリと飲み込んだ後、指示された通りに便座に座った。腰を降ろすと、白いフリルのスカートがふわりと広がった。
次に、蘇夜花はポケットから銀色の手錠を取り出した。
「もちろん本物じゃないよ。パーティーグッズのお店に売ってたの。……リイコちゃん、サヤナちゃん。美晴ちゃんの足を人魚にしてあげて」
蘇夜花に名前を呼ばれ、リイコとサヤナという女子二人は迷うことなく『美晴』の足首に手錠をかけようとした。
そんなことをされたら、便座から動けなくなってしまう。『美晴』は脚を少し動かして、ささやかな抵抗をした。
しかし、それも虚しく……。
カチャリ。
両足首を繋がれてしまった。
開脚しようとしても、カチャカチャと音がするばかりで、拘束は破壊できそうにない。ただ、太ももだけが開閉できる状態だ。
「さて、次は美晴ちゃんのお手々かな。図工の時間に使ったこのヒモで……真実香ちゃん、お願いね」
そして、ヒモを手に持った真美香が個室の中までやってきて、『美晴』の両手も後ろで縛った。
*
体育館の入り口付近にある、女子トイレの個室。
そこの洋式便器に、一人の女の子がパンツを降ろさずに座っている。両手はヒモで縛られ、両足は手錠で繋がれているので、四肢の自由はない。
(くそっ、首の絞まりも強くなってきた……。しばらくは、大きな声を出せないな)
悪い予感しかしなかった。
今の『美晴』にできるのは、身体を捩らせることと、潰れた喉から声を絞り出すことぐらいしかない。まな板の上の鯉の方が、まだ希望が見える状況だろう。
「ふふっ……」
『美晴』から見える位置に、蘇夜花を除く4人の女子たちが集まった。
見下したようにクスクスと笑いながら、無防備な『美晴』を見ている。
(こいつら、おれをどうするつもりなんだよ……!)
『美晴』がその連中をギリッと睨み返していると、どこからか不思議な音が聞こえてきた。
シュゴゴゴゴゴ……。
蛇口から出る水の音。
誰かが、水道の蛇口をひねったようだ。
シュゴゴゴゴ……ビタビタビタビタビタ。
そして次は、シャワーを浴びている時のような、多量の水が床を叩いている音。
その音は、どんどん『美晴』に近づいてきた。
「準備できたよ、美晴ちゃん。覚悟はいいかな?」
開いた扉から、蘇夜花がひょこっと顔を出す。
音の正体は、そいつが手に持っているホースから出っぱなしの水だった。
「まずは水難。ちょっとぐらい濡れても平気だよね。美晴ちゃんは人魚だから」
蘇夜花はもう一度、ニッコリと笑った。




