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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十四章:風太6歳 美晴4歳
108/127

雷鳥と呼ばれた男


 *


 休日の午前11時。

 バスに揺られて15分。『美晴(フウタ)』と『風太(ミハル)』は、総合市民体育館に到着した。

 総合市民体育館とは、その名の通り、バレーボールやハンドボール、卓球やバドミントンなど、主に屋内スポーツの大会を行うために使われる、観客席付きの大きな体育館である。


 ダム、ダム、ダム……! ボールが床を跳ねる音。

 キュッ、キュ、キュッ……! シューズが床に擦れる音。

 「エーイ、オウオォー! エェイオー!」 ウォーミングアップをする男子高校生たちの、謎の掛け声。

 

 本日行われているのは、バスケットボールの高校生大会だ。ひよこ高校、こがめ高校、とかげ高校、こねこ高校など、近隣の高校の男子バスケ部が、この会場に集まっている。

 午前中のプログラムが終わりに近づくなか、選手たちは爽やかな汗を流しながら、スポーツマンシップに(のっと)り正々堂々と、全力でバスケットボールの試合をしていた。


 今日は観客として。『美晴』と『風太』は、いくつかの空席が目立つ観客席で並んで座り、コートの中でめまぐるしく動く試合を、特に熱狂することもなくぼんやり眺めていた。


 《本当なのか? おまえのお母さんの話》

 「はい。少し前から入院してるんです。体調は順調に回復していて、もうしばらくしたら退院できるそうですけど」

 《でも、気になるな おれも、みはるのお母さんに、会いに行っていいか?》

 「もちろんですっ。ぜひお願いします。えっと、病院の場所は……」

 「ん……?」

 「えっと……」

 「美晴……?」

 「あっ!! い、いや、そのっ! ボーッとしてました! ごめんなさいっ!」

 《あやまらなくていい お母さんのことが心配で、落ちつかないんだろ? おれに何か手伝えることがあったら、えんりょなくいえよ》

 「あ、ありがとうございますっ」

 

 確かにお母さんのことも気がかりではあったが、『風太(ミハル)』はそれ以上に、お父さんが突然現れたことの方が気がかりだった。しかし、これはあくまで家族の問題であり、今の段階で『美晴(フウタ)』に余計な心配をさせたくないと判断し、『風太』は思い切って気持ちを切り替えることにした。


 「ところで、安樹(アンジュ)ちゃんは誘わなかったんですか? 今日は」

 《さそったけど、やめとくってさ 今日は、プチ子の店に、ペンダントをかえしにいく予定だって》

 「ペンダント?」

 《いれかわりペンダントだよ もともとの、もちぬしにな あんじゅのやつ、それがおわったら、しばらく家でゆっくり休むから、学校にも行かないってよ》

 「不登校になるってことですか?」

 《心配は、しなくてもよさそうだけどな アイツはアイツで、しっかりした考えがあるみたいだし》

 「いえ、あの人の心配してるわけではないんですけど……」

 「ん……?」

 「あ、いや、なんでもないですっ」

 

 一応、安樹とは手を結んだ。

 しかし、まだ完全に信用したわけではない。これまで何度もウソをつかれているので、『風太』は安樹の動きを常に警戒するようになった。

 

 「あの人、これからどうするつもりなのかな……」

 「え……?」

 「な、なんでもないですっ! こっちの話っ!」

 《おまえ、あんじゅと二人で、おれに何かかくしてるな? べつに、ムリヤリ聞き出そうとはおもわないけどさ》

 「あはは……。そうしてもらえると助かりますっ」

 

 『風太』は『美晴』からは見えない方を向いて、ホッとため息をついた。


 《おまえの方は、どうだったんだよ》

 「わたしの方? なんのことですか?」

 《ゆきのだよ おまえのほうは、ゆきのをさそったんだろ? 今日》

 「はい。でも、断られてしまいました」

 《りゆうは?》

 「たしか、友達とライブを見に行く予定があるから、って言ってましたよ。雪乃ちゃん」

 《ライブ?》

 「近くでやってるロックフェスのことだと思います。6年1組の女の子たちと、一緒に行ってるみたいですね」

 「女の子……たち……か……」


 『美晴』は横目でチラリと、自分の隣に座っている少年を見た。

 たしかに、そいつの現在の見た目は男子だが、中身は雪乃と同じ11歳の女子だ。“女の子たち”に、お前は含まれていないのかと、『美晴』は言いたくなった。


 《行かないのかよ みはるは》

 「えっ? ロックフェスに、ですか?」

 《おまえは、ゆきのたちとロックフェスに行っても、よかったんだぞ おれに、気をつかわなくても》

 「い、いえっ! 気を遣ってるわけじゃありませんっ! わたしは、自分の意志でここにいるんですっ!」

 「美晴……」

 「あっ、そ、そのっ! 向こうにも興味はありますけどっ! わたし、にぎやかな場所はあんまり得意じゃなくて……そ、それにっ!」

 「ここ……も……、にぎやか……だけど……な……」

 「それに……こっちの用事()の方が、今のわたしにとっては大事な気がして」

 「……」


 『風太』は、自分のひざの上に乗せたお弁当箱を見つめ、『美晴』もそれをじっと見つめた。

 弁当箱の中身は、風太の母親(二瀬守利)が作った、“愛情たっぷりスペシャル弁当”である。名前の通り、愛情と緑黄色の野菜がたっぷり入っている。ただ、今回それが届けられるのは、息子の風太へではなく、もう一人の息子へ、だった。


 「雷太(ライタ)(にい)ちゃん……に……会うのか……。美晴……」

 「はい。会ってみたいですっ」

 

 『美晴』と『風太』は視線を上げ、体育館の中心に立つ一人の選手へと目を向けた。

 その男の名前は、ひよこ高校バスケットボール部の二年生エース、二瀬(ふたせ)雷太(ライタ)


 *


 「どんな人なんですか? 風太くんのお兄ちゃんって」

 「一度も……話したこと……ないのか……? 美晴は……」

 「はい。わたしが風太くんの家で暮らすようになってから、風太くんのお兄ちゃんはすぐに家を出たんです。高校の近くの(りょう)で、一人暮らしを始めたらしくて」

 「兄ちゃん……一人暮らし……したがってた……から……なぁ……。家から……高校……まで……が……遠すぎる……って、いつも……文句……言ってた……よ……」

 「ふふっ。可愛いところがあるんですね」

 「可愛い……? いや、雷太兄ちゃん……は……そんな……甘いモンじゃ……」


 『美晴』と『風太』の背後に、忍び寄る影。


 「こんにちは、男の子と女の子。もしかして今、二瀬雷太選手の話してた?」

 「「えっ……!?」」


 二人が振り返ると、そこにはメガネをかけた女子高生がいた。ひよこ高校指定のひよこ色ジャージを着ていて、右手には付箋(ふせん)がたくさん付いたファイルを持っている。


 「私は、ひよこ高校バスケ部マネージャーの、石切(いしきり)真音(マネ)って言います。マネさんって呼んでね♪」

 

 軽い自己紹介を終えると、マネさんと名乗る女子高生は、『美晴』の隣に座った。


 「ま、マネ……さん……」

 「ふふっ、よろしくね。あなたは、二瀬雷太選手……雷太くんのファン? さっき、彼について色々と話してたみたいだけど」

 「いや……、ファン……って……わけじゃ……なくて……。二瀬雷太……は……、おれの……兄ちゃん……なんで……す……」

 「ええぇーっ!? ら、雷太くんに、妹っ!?」

 

 衝撃の事実。マネさんはひどく動揺した様子で、持っていたファイルをばさばさとめくり始めた。そして、「まさか、雷太くんに妹がいたなんて……! いや、たしか雷太くん()の家族構成は、父母弟だったハズ。私の完璧なデータに狂いは……」と、ブツブツと独り言を(つぶや)きながら、深く悩みだしてしまった。

 

 「い、いや……間違い……です……! 間違え……ました……! おれの……兄ちゃん……じゃなくて……、こいつの……兄ちゃん……でした……! だよな……? 美晴……じゃない、『風太』……!」

 「そ、そうですっ! わたしのお兄ちゃんですっ! こっちの女の子は、ただのファンです!」


 二人で訂正した。

 すると、マネさんはまた元の状態に戻った。


 「なーんだ、びっくりしたぁ……! 私の知らない雷太くんの情報が存在するのかと思っちゃった」

 「「……」」

  

 この人、実はけっこうヤバい人かもしれない。

 そう思いつつ、少しだけ()きながら、『風太』はマネさんに尋ねた。


 「えっと……詳しいんですね。お兄ちゃんについて」

 「もちろん! マネージャーとして、雷太くんのことは、なんでも知っておかないといけないもの。もしかしたら、弟くんよりも私の方が詳しいかもね」

 「か、家族よりもっ!?」

 「ふっふっふ。特別に聞かせてあげる。私がこの一年で調べ上げた、二瀬雷太くんの全てを!」


 マネさんは、ファイルの中にある「雷太くん♡」のページをバサッと広げ、メガネをキラリと光らせた。


 「二瀬雷太、16歳。ひよこ高校の二年生で、男子バスケットボール部所属。身長190cm、体重77kg、ポジションはパワーフォワード。誕生日は10月21日。血液型はO型。好きな食べ物はカツカレーで、毎週金曜日に学食で必ず食べる。嫌いな食べ物はキウイで、見ただけでも冷や汗をかくほど。趣味は練習で、一年の大半をバスケットコートの上で過ごす。最近あった嬉しかったことは、念願の一人暮らしを始められたこと」

 「へぇ……」

 「定期テストの成績は最低クラス。数学が特に苦手で、分数が絡むと計算できなくなる。しかし体育は得意で、運動神経はひよこ高校ナンバー1。バスケ部のエースとしても活躍し、冬の大会ではひよこ高校を全国大会の準々決勝まで導いた。プレースタイルは、(そら)()けること怪鳥のごとく、()()けること雷のごとし。そんな彼を……人は皆、“雷鳥(らいちょう)”もしくは“雷鳥(サンダーバード)”と呼ぶ……!!」

 「ら、雷鳥っ……!?」

 

 『風太』はもう一度、コートに立つ雷太を見つめた。

 雷鳥……かどうかは分からないが、激しく展開する試合の中で、確かに一人だけ圧倒的な実力を見せつける男がいた。まるで翼を持っているかのように跳び、雷のように走って敵を抜き去る、一人の男が。


 「あれが、風太くんのお兄ちゃん……!」


 『風太』は目を輝かせ、雷太に会いたいという気持ちを強くしていった。

 しかし、その隣に座っている実の弟『美晴』は、やれやれと呆れ返ったような視線を、『風太』とマネさんの二人に送っていた。


 「ふーん……。あの……雷太兄ちゃん……が……、サンダー……バード……か……。へぇー……そうか……」

 「どう? あなたも、一層好きになったでしょ? 雷太くんのこと」

 「別に……。雷太兄ちゃん……は……、雷太兄ちゃん……だし……。鳥……じゃなくて……人間……だし……」

 「あらら、ウケが良くなかった? 私はカッコいい通り名だと思うけど、小学生の女の子にはあんまりピンと来ないのかな?」

 「お、おれは……女じゃない……って……!」

 「えっ?」

 「あっ……、いや、その……! 今の……は……ナシで……! と、とにかく……マネさんが……雷太兄ちゃんの……ことに……すごく……詳しい……ってことは……分かった……よ……!」

 「うふふ、そうなの。だから……同じ雷太くんのファンとして、あなたたち二人とは仲良くなりたいなって、思ってるの」

 「友達……に……? そ、そういうこと……なら……こっちも……嬉しいけど……」

 「ありがと。じゃあ、お名前を教えて? ちゃんと覚えておきたいから」

 「おれは……風太……。じゃなくてっ……! 今は……アレだ……、美晴……」


 マネさんはそれを聞くと、紙に「荒田(アレだ)美晴(ミハル)」と書き記し、自分が持っているファイルに挟み込んだ。


 「よろしくね、美晴ちゃん。あ……ちょっと耳を貸して? 言っておきたいことがあるの」

 「ん……?」


 そしてマネさんは、『美晴』の耳元に口を近づけ、とても小さな声で(ささや)いた。


 「あなた、さっきからちょくちょくパンツ見えてる。良くない注目を集めちゃうから、あんまり脚を広げて座らない方がいいよ」

 「な、なぁっ……!!?」


 今日のコーデは、花柄のワンピース。ウカツな開脚(かいきゃく)は禁物だ。

 『美晴』はスカートの裾をバッと押さえ、真っ赤になりながら周囲をキョロキョロと見回した。


 *


 それから一時間が経ち、お昼の12時。


 「風太くん、ここですっ。ここで待っていましょうっ」

 「お、お前……。なんだか……張り切ってる……な……」

 「はいっ! 早く風太くんのお兄ちゃんに会いたいですからっ」

 「あんまり……期待は……しない……方が……いいと思う……ぞ……」


 『美晴』と『風太』は、マネさんに手回しをしてもらい、「ひよこ高校控え室」の前で雷太を待つことになった。

 ここで雷太にお弁当を手渡すことが、本日の最重要ミッションである。妙に冷静な『美晴』とは対照的に、『風太』はドキドキと昂ぶる気持ちを抑えきれずにいた。


 「まだかな……! き、緊張しますね、風太くんっ!」

 「おれは……別に……」

 「そ、そうですよねっ。弟だから、お兄ちゃんと話すくらい、普通ですもんねっ」

 「あのな……。一つ……言っておくぞ……。これから……雷太兄ちゃんに……会うけど……、兄ちゃんに……何を……言われても……」


 ガラガラガラッ。

 控え室の扉が開き、身長190センチメートルほどの大男が、ヌッと現れた。試合中のユニフォーム姿ではなく、黒いジャージを羽織(はお)っているが、顔つきが二瀬風太そっくりであるため、『風太(ミハル)』はすぐにその大男が雷太だと気付いた。

 念願の、初対面である。


 「あ、あのっ……!」

 「……!」

 「これ、お弁当っ! お母さんが作ったのを、持ってきたの!」

 「……」

 「お母さん、早起きして朝から一生懸命作ってて! お、お兄ちゃんが、試合で活躍できるようにって!」


 雷太は弁当箱をじっと見つめ、そして『風太』の顔を見て、呟いた。


 「あの()()()()()()()(つか)い、というわけか」

 「え……?」


 さらに言った。


 「それを持って()()せろ。出来損ないの哀れな弟よ」

 

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