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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十三章:風太と美晴と菊水安樹
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真実を映さない鏡


 *


 「安樹ちゃんとデートしたのっ!!?」

 

 給食の時間が終わり、もうすぐ昼休みが始まるという頃。

 衝撃の事実をげられた雪乃は、右手にコッペパン左手に牛乳を持ったまま、風太の前で声を上げた。


 「うん。昨日な。それよりさぁ……」


 風太は全く動じず、済ました顔でその話題を終わらせようとした。


 「うぅっ、ゲホゲホッ! のどに、のどにパンが……!」

 「うわあ、大丈夫か雪乃。あわてて食べるなって。それよりさぁ……」

 「『それよりさぁ……』じゃなーいっ! デートって、あの、本当にデート!!? 風太くんが、安樹ちゃんとっ!?」

 「ああ。その時、ついでに接骨院にも行って、右腕が治ったんだ。これで、今日からドッジやサッカーができるぞ」

 「いや、そんなことはどうでもいいの! デートって、その、い、意味分かってるの!? 安樹ちゃんから、こ、告白されたってこと!?」

 「あはは、勘違いするなよ。デートって言っても、そういうのじゃないから」

 「えっ? じゃあ、どういうデートなの?」

 「友達のデートだよ」

 「……?」


 風太が言ってることの意味が、雪乃には理解できなかった。

 仲の良い男女が二人きりの時間を過ごしたならば、それはもう、そういうデートなのではないか、と雪乃の頭の中では思考しこううずを巻いた。


 「だからさ、付き合ってもらっただけだって」

 「付き合ってもらった……!? 風太くんと安樹ちゃんって、そういう関係なのっ!?」

 「いや、そうじゃなくてさ。つまり、恥ずかしくないデートなんだよ」

 「分かんない……。風太くんの言ってること、全然分かんないよーっ!! あーっ、もう!!」

 「わっ!? お、怒るなよ」

 「モヤモヤする……! モヤモヤするーっ!! じゃあさ、わたしの質問に答えてよ! しょーじきにっ!」

 「お、おう? 質問?」

 「昨日、どこで何やったの!? 全部言って!」

 「え? 接骨院行って、プチ子の店行って、アイス食って……そのあとゲーセンで遊んで、解散したけど」

 「本当にそれだけ!?」

 「あ、ああ! 本当にこれだけだ……!」

 「……!」


 雪乃は、風太の目をじーっとみつめた。

 どうやら、風太はウソをついてはいないようだ。


 「次の質問! 昨日はずっと、安樹ちゃんと二人きりだったの?」

 「いや、ずっとじゃなかったな。途中でプチ子に会ったから、三人で遊んだぞ……」

 「プチ子ちゃん? プチ子ちゃんも一緒だったの?」

 「うん。接骨院のあとで合流して、そこから後は三人で……って、これも本当だからな! プチ子に聞けば分かる!」

 「分かった、そうする。あとは……安樹ちゃんの行動で、何か変なところはなかった? 最後にこの質問に答えて」

 「変なところ? あいつはつねに変だろ。例えばどんな行動だよ」

 「例えば、風太くんの身体をベタベタ触ったり……とか。身体を密着させたりとか!」

 「はあ? 別にそんなことはしてないぞ。普通に遊んだだけだ」

 「そ、そう……なんだ……。そっか……」


 やはり、風太の発言にウソはなさそうだ。

 雪乃はとりあえず一安心し、徐々に落ち着きを取り戻していった。食べかけの給食がしっかりとのどとおるくらいに、冷静に。


 「もういいよ。なんか、ごめんね。風太くん」

 「いや、おれも悪かった。せっかくだし、お前もさそえばよかったな。また今度、遊びに行こうな。雪乃」

 「え? わたしと風太くんで……?」

 「ああ! おれとお前と、もちろんみんなでさ。人数は多いほうが楽しいだろ?」

 「う、うん。ありがと。楽しみにしてる」

 

 雪乃は笑顔で風太に答えながら、本心を表に出さないようにした。

 「“みんなで”、じゃなくて、“二人きりで”、がいい!」なんて、素直に言えたら、どんなに楽だっただろう。


 (安樹ちゃんはもう、動き始めてるのに。わたしは、まだ何の準備もしてない……)


 雪乃が心の奥底で深く悩んでいても、それが風太に伝わることはなかった。風太はただ本心から、みんなで一緒に遊べることを望んでいた。


 「風太くん……!」

 「うん? どうかしたか? 雪乃」

 「えっと……あ、やっぱり、なんでもないっ!」

 「んん? なんでもないのか?」

 「うん。えへへ」


 雪乃のあせり。

 風太はそれにも気付かない。


 「ま、いいや。それよりさぁ……」

 「うん。風太くんの方は、何かあったの?」

 「おれの名札、どこにあるか知らないか? なくしちゃったみたいでさ」

 「名札? 学校の?」

 「そう。青いやつ」

 

 月野内小学校指定の名札。体操服と同様に、男子は群青ぐんじょういろ、女子は臙脂えんじいろ基調きちょうにしている。毎日名札をつけているのは、一部の真面目な生徒だけだが、学校行事がある時は、必ず全員つけるように先生から指示される。

 

 「いつもは机の中にしまってあるんだ。それが、さっき見たらなくなってて」

 「さあ。わたしは見てないけど……」

 「うーん、どっかに落としたかな? 買い直した方がいいかなぁ」

 「名前や学年が書いてあるものだし、落としたならそのうち誰かが拾って届けてくれるよ。もう少し待ってみたら?」

 「それもそうだな。探しながら待っていようか……」


 小学校では特に珍しくもない、小さな紛失ふんしつ事件じけん。風太は少し困ったものの、あまり大事おおごとには感じていなかった。

 しかしこの一件は、まだ序章じょしょうにすぎなかったのである……。

 

 *


 翌日。


 「あれ? ない! ないぞ!?」

 「どうしたの、風太くん」

 「雪乃、おれのコンパス知らないか!? 黒いやつ!」

 「え? わたし知らないよ」

 「ちゃんとケースに入れて、机の中にしまっといたのに……」

 

 *


 翌々日。


 「ない!? なくなってる!」

 「どうしたんだよ、風太」

 「健也、おれの国語こくご辞典じてん知らないか!?」

 「ああ、あれか。さっき食べちゃった」

 「つまらない冗談じょうだん言ってる場合じゃないぞっ! あれがないと、おれは……!」

 「困るのか? お前、いつもロッカーに置きっぱなしにして、全く使ってないじゃん」

 「そ、そうだけど……。いつかは困るだろ!」


 *


 さらにその翌日。

 の、放課後。いつもの保健室。

 

 「ウソだろ!? どこにもないなんて……!」

 「どうしたの、風太。深刻しんこくそうな顔して」

 「安樹……! お、おれの体操服……知らないか?」

 「体操服ぅ? さぁね。知らないよ」

 「昨日体育があって、今日持って帰ろうと思って、ロッカーに置いておいたんだ……」

 「ふむ。昨日は確実にあったんだね?」

 「やっぱり何かがおかしい……! 最近ずっと、こんなことばっかりだ……!!」


 風太は、数日前から続く紛失事件を安樹に語った。雪乃と健也に、それぞれたずねたことも。


 「名札、コンパス、国語辞典、体操服か……。他の3つはまだしも、体操服なんてかさばる物を、よく紛失したね」

 「それも毎日続けてだ! 一日経つごとに、おれの物が一つずつ消えていってるんだ! 絶対何かおかしいぞ、これ!」

 「おかしい?」

 「か、怪奇現象……! もしかしたら、何かの呪いかもしれないっ! 最後にはおれ自身が消えてしまう、恐怖の呪い……!」

 「あはは、それなら美晴に代わってもらえば? ほら、そのペンダントを引きちぎってさ」

 「いくら美晴でも、この世界から消えていいわけがないだろ……。っていうか、おれがまた『美晴』になっちゃうだろうが!」

 「フフッ、冗談だよ。……でも、まだ何とも言えないね。変な偶然ぐうぜんが、4回重なっただけかもしれないし。何か、心当たりはないのかい?」

 「心当たり? そんなこと言われても、何も思いつかないけど……。筆箱ふでばことか教科書とか、毎日家に持って帰ってる物は、なくなってないぐらいか」

 「ふーん、そうか。そうなんだね……!」


 風太の一言で、安樹はハッと何かに気が付いた。しかし、まだ風太本人は気付いていないようで、腕を組んでウーンとうなりながら、どこかに手がかりがないか探し出そうとしている。

 そんな風太を見て、安樹はほんの少し嬉しくなった。


 「いいかい、風太? よく聞いてね」

 「どうしたんだ、安樹。何か分かったのか?」

 「まずは、二人で体操服を探そう。キミは男子更衣室を探して。ボクはそこには入れないから、他の場所を見てくるよ」

 「お、おう! そういえば、更衣室はまだ探してなかった! 体操服があるとすれば、そこだな……! よし、探してくる!」

 「うん。また後で合流しよう」


 風太は保健室を飛び出し、全力ダッシュで男子更衣室へと向かった。

 安樹は「ふぅ……」と溜め息をつくと、保健室から静かに出て、小走りで3階へと向かった。安樹の目指す場所はただ一つ、3階の6年1組の教室である。

 

 *


 ただの独り言。3階の廊下をてくてくと歩きながら、安樹は呟いていた。

 

 「推理……でもないか。普通、ものをなくしたら、誰でもその考えにはたどり着く」

 

 一歩、また一歩と、風太のクラスである6年1組の教室へと近づいていく。


 「偉いね、風太。『誰かに盗まれたかもしれない』なんて、全く口にしないで……。まぁそれは、友達をうたがうってことだもんね。風太は押し殺したんだ、そういう良くない感情を」


 教室の前までやってきた。

 安樹は教室の扉に手をかけ、ぐっと力を入れた。


 「『おれの知ってる人間に、泥棒どろぼうなんているわけない』……と、彼なら言うのかな。風太のそういうところ、ボクは大好きなんだ」


 ガラガラガラ……。

 扉を開けると、そこはまさしく犯行現場。正真しょうしん正銘しょうめいの“現行犯げんこうはん”が、そこにいた。


 「もしかしたら、風太はキミのことだって信じてたかもしれないのに。どうして、その気持ちを踏みにじっちゃうのかな」

 「ひぃっ……!?」


 “現行犯”は、突然現れた安樹にひどく驚き、腰を抜かした。そして、あわてて体勢たいせいを立て直し、自分の後ろに赤いランドセルをサッと隠した。


 「今日は何を手に入れたの? 戸木田美晴ちゃん」


 *


 犯人は美晴だった。

 風太のロッカーの前で、ぺたんと床に座り込んでいる。安樹には見られない位置に、自分のランドセルを置いて。

 

 「あ、あのっ……! あの人……は……!?」


 第一声。


 「風太ならいないよ。ここには来ない」

 「そ、そう……なん……だ……。良かったぁ……」

 「ああ、本当に良かった。彼がここにいなくて」

 「ふふ、ふ……」


 美晴は不気味ぶきみに笑った。ただでさえ不気味な顔なのに、さらに不気味になった。


 「笑える状況かな? まぁ、いいけどさ。今日は何をったの?」

 「盗った……? わたしが……? 何を……?」

 「あれ? シラを切るつもり? 現行犯なのに、それは無理があるんじゃないかな」

 「盗ったん……じゃ……ない……。返って……来たの……」

 「うん?」

 「わたしは……返して……もらってるの……!! あれも……これも……全部……わたしのもの……なんだからっ……!!!」

 「……!」


 美晴は語気ごきを強めた。

 その勢いに、安樹は少しひるんだ。


 「な、なんだ……? キミは、頭がおかしくなったのか?」

 「わたしが……本物の……二瀬ふたせ風太フウタ……なんだもんっ……!! だから……自分の物を……返してもらってる……だけ……!! 何も……おかしい……ことなんて……ないっ……!!」

 「キミは風太じゃない。鏡を見てみろ」

 「鏡……? ふふ、ふふふ……! 鏡を……見ながら……『おれは風太だ』って……言い続けてると……ね……、本当に……風太くんに……なれた気がして……、身体の……痛みも……なくなるの……! わたし……もう……男の子……だから……! ふふ、ふふっ……!!」

 「痛み? そうか、生理せいりのことか……」


 風太が生理前の女の身体を突き返したので、美晴は生理中の女の身体を受け取ったのである。美晴はその時の痛みを、強烈きょうれつ自己じこ暗示あんじによって攻略したと言っている。もちろん、まともな方法ではない。


 「自分に催眠をかけるなんて……充分イカれてるよ。キミは」

 「わ、わたしは……おかしくなんて……ないっ……!! そもそも……全部……あなたの……せい……なんだから……!! 菊水きくみず……安樹アンジュ……!!」

 「ボクのせい?」

 「あなたが……現れてから……全てが……狂った……!! こんなはず……じゃ……なかった……のにぃっ……!! あなたのせいでっ……! あなたの、せいでっ……! うゔっ……うう゛あ゛あああぁんっ……!!」

 「うわっ、いきなり泣かないでよっ!」

 「もう゛いいっ……! ぐすっ……! 消えてっ……! どこかに……行ってよ……!! あなたと……話すこと……なんて……何もない……からっ……!!」

 「い、いやだ。ボクは消えない。ずっと風太のそばにいる。キミが消えたらどうなんだ」

 「……!」

 「なんだよ。今度は急に黙っちゃってさ」

 「分かった……。わたしは……消える……。さよなら……!」


 美晴はサッと立ち上がり、ランドセルを背負って教室を出て行こうとした。

 しかし、安樹はここに来た要件ようけんをハッと思い出し、自分の真横を通り過ぎようとする美晴の肩を、ガシッと捕まえた。


 「うわっ、待てっ!! 忘れてたっ!!」

 「きゃっ……! 何……!? やめてっ……!! 手を放してっ……!」

 「うるさい! キミ、今逃げようとしただろ。盗んだもの、ここに全部置いてかなきゃダメだ」

 「だから……、盗ってない……って……言ってるでしょ……!? いい加減に……してっ……!」

 「いい加減にするのはキミだよ! 風太が困ってることぐらい分かるだろ!?」

 「風太は……わたしっ……! わたしは……何も……困ってないっ……! それで……いいのっ……!!」

 「だから、そんなワケの分からないことを言うなよっ!」


 振り払おうとする美晴。絶対に放すまいと力を込める安樹。身体能力で言うと、ほぼ同じくらいの二人なので、実力じつりょく拮抗きっこうしていた。

 しかし、それもそう長くは続かなかった。


 「も、もうっ……! 放してっ……てばっ……!!」

 「えっ!?」

 

 安樹は、美晴のブラウスの襟元えりもとを掴んで、グイッと引っ張ると、そこで見た“何か”に驚き、すぐに両手をパッと放してしまった。

 いきなり力を抜かれたので、美晴は大きくよろけ、転びそうになった。


 「きゃっ……! たた……!」


 安樹は瞳を大きく見開き、口をおおっていた。まるで、何か背筋せすじこおるようなものを見てしまった時のように。


 「み、美晴……?」

 「はぁ、はぁ……。何……?」

 「それはもう、一線を超えてやしないかい? キミ、自分が何をしているのか、分かってるのか?」

 「何の……こと……?」

 「そ、そのブラウス、脱いでみてよ……!」

 「……!」


 見られてしまった。という風な顔をして、美晴は固まった。

 

 「……」

 「……」


 思わず、二人とも黙ってしまった。次の言葉が、なかなか見つからない。

 考えに考えた、先に美晴の方が気持ちに整理をつけ、次に言うべき言葉を発見した。

 

 「ふぅん……。見たんですね……。わたしが着てる……ブラウスの……下……。じゃあ、もう……隠さなくて……いいよね……。好きなだけ……見れば……?」

 

 美晴の態度は、開き直りだった。そして美晴は、ブラウスのボタンを上から三つほど外し、安樹に中を見せた。

 

 「これが……何……? 何か……おかしい……?」

 「ああ、そうか。やっぱり着てるのか。風太の体操服を」

 

 襟元えりもと袖口そでぐちが、群青ぐんじょういろ。それはまさしく、男子の体操服であるあかしだった。

 さらには、「6年1組 二瀬風太」と書かれた青い名札まで胸に付けている。しかし、服装が男子のものであっても、美晴の身体は女子なので、胸のふくらみに乗った名札は、少し上を向いていた。


 「わたしの……スカートの中も……見たい……? 男子の……青い……短パン……はいてる……だけ……だけど……」

 「いや、もうたくさんだ。風太の体操服の上からブラウスとスカートを着て、今日一日を過ごしたのかい?」

 「コンパスと……国語辞典も……使ってるよ……。だって……わたしのもの……だもん……。何も……おかしくない……。これが……普通なの……!」

 「もう本当に、美晴に戻る気はないのかい?」

 「バカなこと……言わないでっ……!! わたしの……ことなんて……何も知らないくせに……!! お母さんが……入院にゅういんして……本当のひとりぼっちに……なっちゃった……わたしの気持ちなんか……分からないくせにっ……!!」

 「キミのお母さんが……!?」

 「この……学校に……来てるのは……ウソの……わたしなのっ……! 家で……ひとりで……風太に……なってる時……だけ……が……、本当の……わたしなの……!! その時間だけが……今のわたしには……大切なの……」

 「……風太がそれを聞いたら、どう思うかな」

 「き、嫌われても……いいもん……。気持ち悪いって……思われても……構わないっ……。どうせ……わたしは……もうすぐ消えるから……」

 「え……? キミが、消える……?」

 「100ノートに……ね……。わたしは……願いを書いたの……。『戸木田美晴をこの世界から消してください』……って……」

 「ウソだろ……!? それが、キミの願いなのか……!? キミは悪魔に、自分を消してくれと頼んだのか!?」

 「あはっ、あはははっ……。だって……わたしが消えたら……みんな幸せだから……。悪魔は……わたしになった……風太くんを……消したかった……らしいけど……、そうならなくて……よかったね……。予定通り……ちゃんと……消えてあげるから……、わたしのことは……もう……放っておいて……」


 美晴は安樹に背を向け、立ち去ろうとした。

 しかし、安樹はその背中に向かって、大きな声で叫んだ。


 「待って!! 最後に1つだけっ!」

 「……」

 「もしも、万が一、風太の私物を返す気になったなら、明日の朝、保健室に来て! そこにはボクしかいないし、他の誰にも見られずに受け取ることができるからっ! それでっ……」


 安樹が言い終わらないうちに、美晴は黙って去ってしまった。

 今の言葉が、しっかり伝わったのかどうかは分からない。ただ、信じるのみである。


 「おーい、安樹ー!」

 「あ、風太」


 美晴と入れ違いで、風太がやってきた。

 安樹はなんだかホッとして、口元に笑みを浮かべた。


 「更衣室にはなかった。そっちはどうだ?」

 「うん? んーっと、まぁ……」

 「えっ!? もしかして、あったのか!? おれの体操服っ!」

 「いや、まぁ……。重要な手がかりは見つけた、かな。もう少しだけ、待ってくれる? 集めた情報を整理するから」

 「お、そうか! 頼りにしてるぜ、安樹」

 「う、うん。あはは……」


 *


 そして、次の日。今日の天気は晴れ。

 今朝けさからにぎわいを見せる場所は、6年2組。月野内小学校の中で、一番イジメがさかんなクラスである。

 

 その主犯とも言えるポニーテールの女子生徒、蘇夜花ソヨカは、前の席に座る学級委員の女子生徒、五十鈴イスズと、のんびり楽しく談笑していた。


 「それでさー、五十鈴ちゃん」

 「ふふ、なぁに? また変なロボットの話?」

 「ううん、それは一旦置いといて。次はねぇ、美晴ちゃんの話ー!」

 「えっ……!?」


 五十鈴の表情が、一瞬にして変わった。

 その一方で、相変わらず蘇夜花はニコニコと笑っている。


 「『刑』の話だよ。そろそろ進めようと思って」

 「そ、そうね……。でも、最近の美晴は大人しいわ。あなたに逆らうつもりはないんじゃないかしら」

 「別に、逆らうとかそういうのじゃなくてさ。最近の美晴ちゃんを見てると、けっこう面白いんだよー? 給食の時、男子みたいにガツガツ食べてるの。それでも結局食べ切れなくて、残しちゃってさ」

 「チッ……! 目立つ行動はやめろって言ったのに。美晴のバカ」

 「うん? 今何か言った?」

 「い、いえ。何も。それで、どうするの?」

 「もちろん、『刑』やりまーす! 期待して待ってる人もいるだろうし、それに……」

 「それに?」

 「ちょっと、確かめたいことがあるんだよねー。泥棒どろぼう疑惑ぎわくが本当なら、おもばつを与えないとね!」

 「うん……?」


 五十鈴は首をかしげ、蘇夜花は怪しく微笑ほほえんだ。

 

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