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  恋愛相談(3)

本日3話まとめて投稿しています。

こちらはその3話目です。ご注意ください。

「本当に? ――本当にお兄ちゃんがそんなことを?」

「うん」

「……なんだか信じられない。人って本気で誰かを好きになると、こんなにも変わっちゃうものなんだね」


 コーヒーのマグカップを両手で包み、今日は香奈ちゃんの協力で俺の部屋に泊まりに来た咲良が、感嘆のため息をつく。


 この部屋に彼女がいることが自然に感じられるようになって、もうどのくらい経っただろう。


 遠くの兄に思いを馳せていたのだろうか。嬉しげに目を細めていた咲良がふわりと微笑み、また俺を見上げてきた。


「それで、守君の方は今どうなっているの?」

「守? あいつなりに頑張っているみたいだよ。今まで香奈ちゃんにまかせっきりだったことも、少しずつ自分でやるようになってきたらしいし」


 本当に、少しずつ。

 二人分書くよりも守に手取り足取り教えることの方が大変だと香奈ちゃんが苦笑していたが、これはいい傾向だろう。


「そうなの? すごいね、よっぽどその子のことが好きなんだ」

「まだそう日も経っていないから、どこまでその努力が続くかは分からないけどね。あと、たまに俺にも恋愛相談を持ちかけてくるようになった」

「それってさっき言ってた、どうやってキスに持ち込めばいいか、とか?」


 咲良が楽しげに目を輝かせる。


「いや、それよりかなり初歩的なこと。どこへ遊びに誘えばいいか、電話やメールはどのぐらいの頻度が好ましいか、とかね」

「やだ、守君可愛い! 意外すぎ」

「だろ? 香奈ちゃんにも『二人そろって初々しすぎて、見てる方が恥ずかしい』って言われてたよ」

「ふふ、香奈ちゃんがそれを言っちゃうんだ。……いいなぁ、私も見てみたい。今度香奈ちゃんに協力してもらって、こっそり教室に侵入できないかな。いきなり私がいるのを見つけたら、守君絶対逃げ出すよね」


 ニヤリと笑う咲良にとって、守は『からかいがいのある、ちょっぴり出来の悪い弟みたいなもの』らしい。


 その言葉の通り、顔を合わせるたびに逃げ腰の守を捕まえ、嬉々としてからかっている。


「ねぇねぇ他には? どんなことを相談されたの?」

「他? ……あぁ、そう言えば、メガネをかけた子とキスをするときにはどうしたらいいかって聞かれたこともあったな。メガネをはめたままでいいのか、外した方がいいのか」


 そんな具体的かつ小さなことをやけに気にしていたが、そういった状況にはまだまだ到達できないだろうというのが香奈ちゃんと俺の共通した見解だ。


 緊張のあまり目を合わせることさえままならない今の守が、そう簡単に手を出せるとは思えない。


「……それ、なんて答えたの?」

「ん? 気にせずそのままいけって言っておいたよ。邪魔だと思った時に外せばいい話だし」

「そうなんだ……」


 なぜか急に元気のなくなった咲良がマグカップを置き、黙り込む。

 そして膝を抱えて丸くなった。


「咲良? どうした?」

「うん……今、ちょっと反省してる」


 反省?


「反省って、何を?」

「人のプライバシーに立ち入る質問をしたことと、守君をいじめたこと。――多分、バチが当たったんだと思うの。小太郎君はメガネっ娘ともキスしたことがあったのかなぁなんて具体的に想像しちゃって、ちょっと落ち込んだ」

「えっ?」

「答え方がすごく慣れてる感じだった」


 何事かと思えば、俺が過去に付き合った女の子のことを気にしていたらしい。

 咲良がやきもちをやくなんてめずらしい。

 少し拗ねた様子が可愛くて、つい意地悪したくなってしまう。


「俺、メガネをかけた子とはキスしたことないけど?」


 素知らぬ顔で、そう言ってみる。


「今、メガネをかけた子とはって言った。『とは』って。絶対わざとだ!」


 咲良の素早い反応に、我慢できず頬が緩んだ。



「もう。人が落ち込んでいるのに、なんでそんな嬉しそうな顔で笑うかな?」

「それはもちろん、嬉しいから」

「……嬉しいの?」


 咲良がいぶかしげに問いかける。


「うん、すごく」

「どうして?」

「教えない」

「……小太郎君のいじわる」


 今度はむくれて見せるけど、そんな顔もやっぱり可愛い。


「意地悪だよ、俺。最初にそう言っただろ」


『――優しくないよ。好きな子には意地悪したくなるタイプかも』


 合宿での俺の言葉を思い出したんだろう。咲良が虚を突かれたように動きを止め、黙り込む。


 そして澄んだ瞳で、俺を真っ直ぐに見つめてきた。



「私のこと、好き?」



 この潔さ、素直さに、もう何度驚かされ、魅せられてきただろう。


 彼女は俺への気持ちを決して隠そうとしない。

 打算も何もなく、その表情や行動、そして彼女自身の言葉で、いつだって真摯に伝えてくれる。


 そのことに俺がどれだけ満たされ感謝しているか、素直じゃない俺はいつも伝えられずにいるけれど。



「今はもう……私だけだよね?」


 凛とした表情に見とれ、返事が遅れたのがまずかった。


 その瞳に僅かな不安がよぎったのを見て、罪悪感がこみあげる。

 咲良の腕を取って引き寄せ、抱きしめた。


「ごめん、咲良。もちろん好きだよ。からかいすぎた」


 腰のあたりまで伸びた滑らかな髪に、顔を寄せる。


 咲良は本当に温かい。

 こうして咲良に触れるたび、女の子らしい甘やかな香りと柔かな身体にたまらなく誘われる。

  

 腕を緩め、まだ少し不機嫌な桜の頬をなぞり華奢な首筋へと手を伸ばす。

 咲良が一瞬避けるように身を引いたけれど、逃がすことなく唇を重ねた。


「んっ……」


 抗議するように突っ張っていた腕から、少しずつ力が抜けていく。

 ためらいながらも、最後にはちゃんとキスを返してくれたことに安堵して解放すると、ごめんという気持ちも込めて、もう一度強く抱きしめた。



「……なんだか悔しい」


 咲良がそっと背中に腕を回し、俺の体に頬を寄せる。


「……悔しいって、何が?」

「小太郎君と付き合いはじめて、私は『分かりやすすぎる』って言われるぐらい変わったらしいのに、小太郎君は全然変わらない」

「……咲良?」

「いつだって余裕の態度で、私ばっかり手のひらの上で転がされてる」


 悲しげな声に、思っていた以上に傷つけていたのかと顔をのぞきこむ。

 でもそこにあったのは、弱々しい表情などではなく――


「モテる彼氏を夢中にさせるの、思っていたよりほんと大変」


 心底迷惑そうな顔できっぱり言われ、思わずまた吹き出した。



「笑い事じゃないよ、もう」

「ごめん、でも咲良が可愛すぎて。それに俺が意地悪したくなるの、咲良だけだよ」

「ほら、またそうやって簡単に人の機嫌直しちゃうの。ほんと悔しい」


 怒りが持続しないのも、咲良の数ある長所の一つだ。

 でも今日ばかりは、そう簡単にはいかないらしい。


「今度はお兄ちゃんに恋愛相談してみようかな。どうすれば私の彼氏を本気にさせられますかって」


 これならどうだと言わんばかりの咲良に、くすりと笑ってキスを落とす。

 司先輩の恋愛相談。そんな貴重なものが実現するというならば――


「それ、俺も隣で聞いてていい?」


「……っ! 絶対にダメ!」


 完全に拗ねてしまった咲良が、再び笑いだした俺を押しのけた。




【恋愛相談 完】




これにて「僕らアメフト同好会」番外編も含めて完結となります。

長い間拙い作品にお付き合いくださったこと、本当に感謝しています。


それでは、また次の作品でお会いできることを願って。

ありがとうございました。

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