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Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
第1章 天魔の一角獣
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chapter 1-10 断罪の黒豹

 翌日のこと、朝早くから外の騒ぎ声がアリスの耳に響いた。


 インギルドリーにアリスがいることを知った王都民たちが放っておくはずもない。


 魔障院の掃除番は、一夜にして王都の救世主となったのだ。


 起きたばかりのアリスが両手を伸ばし、体を解してベッドから降りると、既に身支度を済ませ、鏡で自らの顔を見つめるピクサーブが片手に鞄を持ちながら佇んでいる。


 アリスが起きたことに気づくと、顔をアリスの方へと向けた。


「やっと起きたか。いつもながらぐっすり寝ていたな」

「昨日は魔力を使い過ぎたわ。外がうるさいようだけど、何の騒ぎ?」

「アリスの姿を一目見ようと王都民が集まっているようだ。私はしばらくの間、ドリーと話して、人間界のことを色々と教わった。知れば知るほど面白い世界だ。リーフォレストにはない発想を持っているばかりか、流行り病が王都を襲っていた時も、人間界の者たちは至って冷静だった。相当慣れているあたり、あのようなことは何度も起こっているのだろう?」

「そうね。でも今回の流行り病は不自然よ。まるでどこかから持ち込まれたような気がしたわ。新聞にはスラッジオが上陸して暴れていたことが書かれていて、すぐに感づいたけど」

「細かいことは分からんが、人間界がスラッジオに狙われているのは確かだな。これからどうする?」

「グラシード市場を見に行くわ。ゴブリンのクビが懸かっているから」


 首を傾げるピクサーブ。アリスは何かを思い出したように外へ赴いた。


 箒を召喚し、吸い込み口から魔障院制服を取り出し、青いパジャマを中へと放り込んだ。


 外は火が消えたように静かであった。ドレッシングのかかったサラダには賽の目に切られた人参や林檎をフォークに刺して頬張った。パンの耳が切られ、四等分されたホットサンドを噛むと、上下に挟まっているとろけ出たチーズが何枚にも重なっているピンク色のビアハムを包み、サクッとした噛み応えのある食感と音に魅せられた。カップに淹れられた赤茶色の紅茶を飲み干し、受け付けを担当していたドリーに部屋の鍵を渡すと、ドリーはアリスとピクサーブを外まで送っていく。


「ありがとねー。うちで良かったら、いつでも空けとくからー」

「助かるわ。ハムサンドも美味しかったわよ」

「でしょー。当店自慢の名物メニューよ。ソルカリガから取り寄せた豚肉を使ってるの。でも貿易封鎖令が解けないと、もうすぐ売り切れちゃうのよねー」


 おっとりとしながらも、目を下に向け、不安を滲ませるドリー。


「心配ないわ。その内解除されるはずよ」


 王都民がインギルドリーの前に集まり、出て来たばかりのアリスを称賛するかと思えば、騒ぎを聞いて駆けつけたトランプ兵たちによって収まっているところであった。


「早く立ち去れ! 通路に集まれば反逆集会と見なすぞ!」


 トランプ兵長が槍の石突で床を突き、王都民たちを追い払い、散り散りとなっていく。


「アリスを護衛する手間が省けたようだ」

「勘違いするな。私は王都の治安を守るために仕事をしているだけだ」


 甲冑越しにピクサーブに向かって睨みを聞かせるように言うと、トランプ兵長が立ち去っていく。


 後に続くように、トランプ兵も隊列を組みながら足を動かした。


 この時、流行り病の警戒レベルが大幅に引き下げられ、レティシアを通してアルバンの許可を貰ってから王都の外に出ると、アリスは早速グラシード市場へと赴いた。思わぬ形で流行り病が解決し、アリスの評判が急激に上がると、アルバンは危機感を募らせていた。


 グラシード市場はアリスが通い詰める『グラシード村』にある。


 ブリスティア魔障院から王都までの道中にある村を通過して行き来するが、多くの通行人にとっては王都に着くまでの休憩所にすぎない。1000人程度が住む小さな村は、いくつかの魔障院が身近にあり、買い出しに訪れる者も多く、魔障向けの道具が売られている数少ない穴場でもあった。


 人口200万人を誇る王都ムウニ・ディンロには遠く及ばないが、通行人が多く、旅人からの商品買い取りを認めていることもあり、極稀に大きな掘り出し物が破格の値段で買い取られることもある。


「ここは王都に来る時も通ったが、王都にはない物まで置かれているな」

「私が箒を買ったのも、このグラシード市場よ。お金に困った時は、採取した作物をここまで売りに行くのよ。売値も物価も安いわ」

「他の魔障院生も同じことを言っていたな」

「ここはルヴァ島由来のジャガイモを仕入れているの。後は農園を在り処さえ分かれば」

「ジャガイモの味が落ちた原因を突き止められるわけか」

「あら、アリスちゃんじゃない!」


 少し離れた場所から声が聞こえた。


 若い女性の正体は、八百屋『フルータブル』店主、ヘレン・サリヴァンであった。


 グラシード市場で八百屋を営む傍ら、旅人が採取した物を鑑定士ジョアンナ・ケラーが見定め、物価に沿った価格で交渉の末に買い取り、生計を立てている。


 団子のようにまとめた黄色い髪のヘレンは茶色を基調としたエプロンを着用し、銅色のツインテールを靡かせながら黄土色を基調としたエプロンを着用するジョアンナが佇んでいる。アリスを始めとした魔障を寛容に受け入れ、ブリスティア魔障院にとっては得意先の市場である。


 奇しくも人口の3割程度が魔障であり、物理的に家事をこなす者も少なくない。


「ヘレン、ジョアンナ、久しぶりね」

「久しぶり。この頃全然来ないけど、流行り病は大丈夫みたいね」

「ええ、色々あったわ。昨日は王都のお掃除だったけど」

「聞いたわよ。王都民を苦しめていた流行り病を掃除魔法で全部お掃除したんだってね。全く大したもんだわ。アリスは私たち魔障の誇りね」

「ふふっ、持ち上げても何も出ないわよ」

「あら残念――エルフ族の友達?」

「我が名はピクサーブ、訳あってアリスの護衛を務めている者だ」

「へぇ~、護衛が付くなんて偉くなったねぇ~。私はフルータブル店主のヘレン・サリヴァン、こっちは鑑定士のジョアンナ・ケラー」

「よろしく。あたしで良ければ、いつでも【鑑定(アプレイザル)】してあげるわ。本物かどうかくらいなら分かるから安心してね」


 ピクサーブと握手を交わすヘレンとジョアンナ。


「ああ、よろしく頼む。其の方らからは魔力を感じないが、アリスと同様に魔障なのか?」

「ええ、あたしは鑑定魔法しか使えないわ。基礎魔法はさっぱり」

「私も固有魔法の【豊穣(ファータイル)】で作物を早く立派に育てられるくらいで、基礎魔法はいくら練習してもできないし、固有魔法の魔力も強くないからねぇ~。王都まで出稼ぎしようにも、魔法が使える前提の仕事ばかりだから、グラシード村で八百屋と鑑定業を始めたってわけ」

「あたしたち、ブリスティア魔障院の卒業生なの。とは言っても、合格はできなかったから、成人卒業なんだけどね。これから魔障院に戻るところだったりする?」

「それもあるけど、協力してほしいことがあるの」


 アリスはマウルタッシュ公爵家で起こった出来事を話した。


 ルヴァ島はジャガイモの名産地である。しかしながら、飢饉が訪れた場合は真っ先に枯れる脆さもあるために物価の変動が激しく、仕方なくサーマス島のジャガイモを仕入れる場合がある。


 サーマス島は不毛の地とされ、島民はいるが生活は貧しく、ルベルバス王国の領土でありながら王族からはほとんど干渉を受けず、有力な公爵家が監視役として駐在しているくらいで、ジャガイモの質はルヴァ島のジャガイモよりも劣り、味がしないばかりか、食材としても間に合わせで使われている。


 フルータブルではサーマス島のジャガイモが店頭に置かれている。


「へぇ~、あのマウルタッシュ公爵夫人に喧嘩を売るなんて、何というか、恐れを知らないというか」

「何も悪いことしてないのにクビになるって聞いたら、居ても立っても居られなくなったのよ」

「アリスは昔っから正直で曲がったことが嫌いよね。そういうところも好きだけど、ゴブリンの使用人のせいじゃないことを証明できなかったら魔障院退学でしょ。だったら力を貸すわ」

「ありがとう」


 口元を緩ませながらアリスが言った。


「アリスは作物の味が劣化した原因を知りたいのよね?」

「ええ、ルヴァ島のジャガイモはあるかしら?」

「今はないわ。どこもかしこもサーマス島から輸入したジャガイモがあるだけで、貿易封鎖令が出てからはサーマス島からの輸入もできなくなったわ。見た目だけは同じなんだけど、味は全然違うわ。早いとこ原因を突き止めないと、またジャガイモが高騰するわね」

「ジャガイモが採れる農園はあるかしら?」

「得意先の農園なら、港町ドゥブリスにあるわ。ここから東の方だけど、今は移動が禁止されてるわ」

「困ったわね。移動さえできれば、どうにかなるのに……」


 肩を落としながら下を向くアリス。


 道路沿いにいくつもの轍がある。小さい子供の靴がすっぽりと埋まるくらいにぬかるんでいて、降り積もる雨もあり、湿り気が市場を支配しているほどであった。


 ジャガイモを1つ買おうかと考えていたところに、1頭の焦げ茶色の馬が道幅いっぱいになるほどの大型馬車を引き、通り過ぎる際に土を跳ねてしまい、フルータブルの野菜と果物にかかってしまった。


「ちょっと! うちの商品に何してくれんのよ!」


 ヘレンが声を張り上げると、大型馬車から1人の貴族と思われる青年男性が下りてくる。


「あぁ? 誰に向かって口利いてんだ? 平民ごときがうるせえんだよ! 俺様は貴族だ! 大体こんな通り道に店構える方が悪いんだろうが!」

「貴族でもやって良いことと悪いことがあるでしょ! 大型馬車は他の道を通らないといけない決まりのはずよ! どう責任取ってくれるわけ?」

「俺はこの国じゃ名の知れた貴族のはずなんだがな、流石にこんな廃れた村の住民は知らねえか。貴族に逆らったらどうなるのか知らねえなら、俺が教えてやろうか?」

「どうなるっていうのよ?」

「こうなるんだよ。【拷問(トーチャー)】」


 貴族の男が手から土留色の電撃をヘレンとジョアンナに向かって放った。


「「ああああああああああっ!」」


 喘ぐように断末魔を上げるヘレンとジョアンナ。


 全身に激痛が走り、膝をつき、音を立てながらほぼ同時に倒れ、頬から足までが地に着いた。


 息は荒く、体の至る箇所には切り刻まれたような傷がつき、患部からは鮮やかな血が飛び出し、周囲を慄かせた。一瞬にして、全身を土留色の雷が駆け巡るように走った。


 魔法を受けた後でさえ、痛みのあまり、話すこともままならない。


「おい、あれモードレッドじゃねえか?」

「嘘だろ……こんな所まで来るなんて」

「ヘレンもジョアンナもついてねえよ。寄りによって黒豹を怒らせちまうなんて」


 村人たちが声を震わせながら口々に噂をし始めた。


「ルベルバス王国ルスッカ貴族、モードレッド・ワイアットを知らないからこうなるんだぜ」


 栗色の波状毛、漆黒の背広に袖を通し、背には貴族由来の大剣が小さな鞘に収まっている。


 モードレッドの手の平には【拷問(トーチャー)】による土留色の雷がピリピリと走り、首の表面が切れて酷く流血しているヘレンをニヤケ顔で見下ろしながら近づいた。


拷問(トーチャー)】はモードレッドが持つ固有魔法にして、雷が相手の全身に激痛を与えながら体の中を駆け巡り、表皮には切り傷をつけ、意識さえ朦朧とさせる。


 古代より拷問官によって使われ続けた末、一度は使用そのものが禁止化された。


 しかし、祖先が拷問官であったワイアット家では、先祖代々の固有魔法として残った。


「おやおや、どうやら運悪く大動脈まで切れちまったらしい。早く王都の医療院まで行った方がいいと告げようと思ったが、手遅れのようだな。まあ、貴族に逆らった自分が馬鹿だったと、あの世で悔い改めることだなぁ~。はははははっ!」

「【聖水掃除(ウォータースイープ)】」


女神の箒(ゴッデスイーパー)】を召喚していたアリスが吸い込み口となった穂先をヘレンとジョアンナに向け、吸い込み口付近に出現した水玉から聖水を放出する。異常なまでの魔力を誇る聖水が2人の全身の切り傷を綺麗に洗い流し、完膚へと戻っていく。ヘレンとジョアンナは全身を確認するように触りながら立ち上がり、顎から水滴を垂らし、お互いの姿を見合った。


 今度は【聖水掃除(ウォータースイープ)】を真上に飛ばした。


 雨を降らせるように野菜や果物についている泥を洗い落とし、汚れを浄化させていく。


「もう大丈夫よ。傷は洗い流したし、商品も聖水で洗っておいたわ」

「……あ、ありがとう」

「助かったわ」


 箒を強く握りしめたまま、モードレッドを睨みつけるアリス。


「ほう、面白い魔法を使うね。魔障院制服を着ているあたり、魔障のようだな」

「最近の貴族様は女性にも手を上げるよう躾けられているのね。大した英才教育だわ」

「同感だ。私もリーフォレストに伝わる由緒正しき貴族の生まれだ。貴族は平民の生活を守る責務の上に成り立っている。お前の立ち振る舞いは貴族の風上にも置けん」


 睨みを利かせることが意味を成さないと悟ったモードレッドは鞘から大剣を抜いた。


 ピクサーブもまた、鞘から剣を抜き、矛先を前へ構えた。

 インギルドは宿屋『inn』と商業団体『guild』から。人々の交流が盛んな地域では宿に泊まりたがる人も少なくないことから、宿屋にギルドの登録場所を置くことが義務付けられた。各職業の紋章が描かれたガラス看板を必ず建物に設置しなければならないが、同一の宿屋に登録するだけで同地区ギルド所属となる。税負担が減ることもあり、各国の都市には必ず存在する。


 ブリスティア魔障院生アシュリー・ブリスティアの著書『鞄語録』より

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