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Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
第1章 天魔の一角獣
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chapter 1-2 食い違う記述

 緊迫した状況が続く王宮ではスラッジオへの対応に追われていた。


 敷き詰められた床の上に魔法陣が出現し、レティシアが姿を見せた。


 王の庭と呼ばれる場所の中央には神々の銅像があり、隙間からは噴水が噴き出している。庭を囲むように王宮が建ち、一定の距離毎に設置された窓からは貴族たちが談笑する姿が見える。赤薔薇の女王がジャバウォックと思われる小さな龍に蛙の足を差し出し、蛇のような舌で触り、何の躊躇いもなく食らいつき、何度か咀嚼した後、顔を上に向けながら飲み込んだ。


 レティシアは動じることなく、無表情のまま口を開いた。


「また粛清ですか?」

「蛙の分際で妾のタルトをこっそり食べたのだ。して、何用だ?」

「アーソナ大陸で流行り病が発生し、大勢の患者が死に至ったとのことです」

「流行り病などよくある話ではないか。放っておけばよい」


 赤薔薇の女王はレティシアの顔を見ることもなく、ジャバウォックの硬い頭を撫でている。


 隣国で起こる厄災は攻めの好機である。王国軍はスラッジオの出現に備える一方で、大陸側でも軍備増強が進み、国境沿いに軍を配備し、緊張が高まっていた。


 しかし、スラッジオが隣国にも出現すると、一時的な討伐同盟を結び、関係は平行線を辿っていた。


「此度の流行り病は各地で非常に猛威を振るっているようです。全身が呪術を受けたかの如く、内側から腐り、体の至る箇所に黒い斑点ができ、次第に衰弱と壊疽を起こして死に至ります。アーソナ大陸南方が発生源であることまでは判明していますが、原因も治療法も未だ不明。既に大陸側に住む王国民からも死者が出ており、発生源では深刻な被害が報告されています」

「魔法では治せぬというのか?」

「……今のところは」

「王都民には伏せよ。それと大陸側からの侵入を試みる者は――首を刎ねよ」

「畏まりました」


 レティシアが頭を下げながら言った。赤薔薇の女王は口角を上げ、芝の上から段差のない白く染まった煉瓦の上にハイヒールを乗せると、耳を突く足音を鳴らしながら去っていく。


 ジャバウォックが後を追い、王宮内に入ると、空から液体が音を立てながら落ちてくる。


 次第に勢いが増してくると、白い煉瓦が段々と灰色に染まっていき、噴水に飾られている神々の目を伝っている。レティシアは赤薔薇の女王の後を追い、ジャバウォックと目が合った。耳を澄ませずとも聞こえるくらいの荒い息がレティシアの頬に触るように吹きかけられた。ジャバウォックはすぐそっぽを向き、赤薔薇の女王がいる所まで走り、レティシアは腹部の前で右手の上に左手を添える形で両手を結びながら小さくため息を吐いた。再び無表情に戻り、王宮の中へと歩き出したのであった。


 数日の時が過ぎた――。


 アリスは歴史から消えた王位継承戦争を調べ続けていた。


 魔法学担当教師でもあり、歴史にも精通しているレイシーでさえ、王位継承戦争の存在を忘れていることをアリスは不審に思い、アビサル・オブリビオンについて調べ始めたのだ。片っ端から御伽神話を漁るように探したが、結局望みの本は見つからなかった。


 チャールズに尋ねたところで、アビサル・オブリビオンにまつわる御伽神話は見つからず、王都に出向いた時に仕入れておくとだけ言われ、アリスは途方に暮れていた。


 今度は王位継承戦争にまつわる歴史書を漁り始めた。


 しかし、どの歴史書のページを捲ろうとも、赤薔薇の女王が単独で即位したとしか書かれていないことに苛立ちを覚え、呼吸が乱れるほどであった。授業にも出ることなく魔障院付属図書館に籠り、裏庭ではピクサーブが授業と授業の合間を過ごす魔障院生たちに剣と槍の稽古をつけている。


 魔障院は単位制であり、3ヵ月毎に行われる期末試験に合格すれば単位獲得となり、卒業単位に到達すると、周囲の市町村の掘り出し物市場に下級使用人候補として張り出される。雇い主の目に留まり、気に入られれば合格卒業だ。授業に出るかどうかは任意であり、試験は全て実技で行われる。アリスは卒業単位にこそ達していないが、一定の年齢に達すれば、使用人試験(サーヴァンテスト)を受けることはできる。掃除番は基礎魔法のみで間に合っているため、採用には至らない。


 掃除以外の家事も始めたが、人並みに腕を振るうことはなかった。


 暖炉用に置かれた薪を睨みつけ、目にも止まらぬ速さで軽やかに剣を振るい、鞘に納めると、一瞬にして薪が真っ二つに割れ、魔障院生たちが拍手をし始めた。


「「「「「おお~っ!」」」」」


 感嘆の声を響かせる魔障院生たち。


 ふと、一瞬笑顔を浮かべるピクサーブ。甲冑を着用していない時の早さは随一だ。


 寝室へ赴こうと下を向きながら歩くアリスの姿が目に入った。背中からは覇気を感じない。


 アリスの寝室はいつもより静かであった。何の手掛かりも見つからぬまま、全てが赤薔薇の女王の想いのままになることが解せなかった。昼休みを迎えると、食堂に授業に向かい、メイベルと談笑する。


「ピクサーブって凄いよね。みんなで苦労してやってる薪割りを早く終わらせちゃったんだよ」

「あれくらい容易いことだ。剣の稽古にもなる。今晩は暖炉が使えそうだな」

「ねえねえ、午後からロバート先生の授業があるんだけど、一緒に受けようよ。まだ『魔障史上級編』の単位取ってないでしょ。卒業単位に達すれば、今よりも有利な条件で広告を貼ってもらえるわ」

「……そうね」

「どうかしたの? 最近ずっと授業に出てこないけど、何かあったなら教えてよ。友達でしょ」

「ありがとう」


 苦笑いを浮かべながらアリスが言うと、席を立ち、寝室へと戻った。


 メイベルは心配そうにアリスの後姿を目で追ったが、食堂から廊下へと渡ったところで、姿が見えなくなる。つまらなそうにため息を吐き、顎をテーブルに接地させながら両手を前に伸ばした。


 行儀が悪いと言わんばかりにピクサーブが睨みを利かせると、殺気を感じたメイベルはすぐに姿勢を正した。ピクサーブは焼きたてのライ麦パンを口に頬張り、メイベルの様子を見守っている。


「ピクサーブ、アリスは一体何を悩んでるの?」

「私が話すのはフェアじゃない。どうしても聞きたいなら、自分で聞き出すことだな」

「さっきも聞いたんだけどなぁ~。私のこと……友達だと思ってないのかな」

「そんなことはない。アリスは意地っ張りで無鉄砲なところはあるが、人の好意を踏み躙るようなマネはしない。私が保証する」

「どうしてアリスの護衛としてついてきたの?」

「スラッジオがリーフォレストに侵入した時、私はスラッジオに殺されかけた。猛毒に侵され、立派な戦死を遂げるはずだった。アリスに救われた命だからこそ、アリスのために使いたいと思っただけだ」

「よく分からないけど、異界で立派に冒険してたんだ。アリスらしいね」


 メイベルがクスッと笑いながら言った。


 ステンドグラスが明るくなり、窓越しに日差しが食堂に差し込んだ。気が進まないままであったが、メイベルに背中を押されたアリスは寝室に収納していた歴史学の教科書に加え、吸い込み口に変形させた箒の中から魔障史書マディーヒストリックスを取り出し、授業用鞄の中に入れた。メイベルと待ち合わせて掲示板を確認すると、1階の奥にある教室へと赴いた。


 しばらく待っていると、のっそりとした足音が聞こえた。


 1人の男性がずかずかと教室に足を踏み入れた。


 ロバート・ダトリーはアリスが所属するカエルレウムマレの寮監である。


 40代くらいの中年男性、性格は至って生真面目で、やや暗めで短く整った銀髪、黄色のネクタイに赤茶色の分厚い毛糸の服を着用している。アリスとは入学以来犬猿の仲である。自身が担当する実技試験では、奇想天外な発想で試験を乗り切ろうとするアリスを度々落としてきた。


 獅子のように鋭い目は生徒を震え上がらせ、これまでの苦労と経験を物語る顔の皺は見る者を寄せつけないほど厳格な印象であった。生徒からは堅物とあだ名され、不真面目を理由に単位を落とされた魔障院生は数知れず。アリスもまた、ロバートに目をつけられた1人だ。


「今日は来たみたいだな。アリス、お前のことが王都で噂になっているが、一体何をした?」

「何もしてません。大した用事でもないので」

「今回は現代魔障史だ。魔障史書マディーヒストリックスの666ページを開け」


 集まった生徒全員が言われた通りに紙を捲り、分厚い本を開いた。


 現代魔障史ということもあり、全ページの最後に近いくらいだ。魔障史は政治情勢の影響を諸に受けているため、王室の歴史とも深い関わりがある。


 赤薔薇の女王にまつわる記述を確認する。


「では女王陛下の即位から1行目を……アリス、お前が全部読め」

「私がですか?」

「最近授業に出ていなかったろう。それとも補修がお好みか?」

「分かりました」


 呆れながら思わずため息を吐きそうになるアリス。周囲の生徒はクスクスと笑っている。


「傲慢王ハンクが崩御すると、2人の王女、モリーとベティーは異なる場所で戴冠式を行い、同時に即位した。これはルベルバス王国が建国して以来、初めてのことでした」

「おい、作り話をするのはよせよ」

「作り話じゃありません。ちゃんと書いてるじゃないですか」

「はぁ~、全く世話の焼ける奴だ。貸してみろ――!」


 アリスから魔障史書マディーヒストリックスを取り上げ、黙読するロバート。


 目を釘づけにし、自らが持つ魔障史書マディーヒストリックスとは異なる内容には、肝が冷えるように顔を顰め、開いた口が塞がらない様子であった。


「……アリス、寄りにも寄って教科書を改竄するとは何事かっ! しかも偉大なる先代王を傲慢王と書くとは何たる無礼! 自分が何をしているか分かってるのかっ!?」


 物凄い剣幕でアリスに歩み寄り、中年男性特有の臭いがアリスの鼻につく。


「表紙だってみんなと同じじゃないですか。何が違うのか教えてください」

「ならメイベルの魔障史書マディーヒストリックスを読んでみろ」

「メイベル、ちょっと見せて」

「いいけど……」


 メイベルが所有する魔障史書マディーヒストリックスの同じページを確認するアリス。


 内側には白薔薇が、それを包み込むように外側には赤薔薇が描かれ、薔薇の下にはタイトルが筆記体で鮮やかに書かれている。表紙だけは全く同じであった。


 しかし、黙読してみれば、アリスが持っている同じ表紙の本とは記述に食い違いがあり、1枚絵に至っては全く異なるものであった。アリスの本にはジャバウォックが炎を吐きながら反乱軍を瞬く間に制圧する様子が描かれているのに対し、メイベルの本には赤薔薇の女王による戴冠式のみが平和的に描かれている。白薔薇の女王のことは、まるで最初からいなかったかのように一切語られていない。


 ようやく違和感の正体に気づくアリス。


 ――玉座の間で見た王族の絵画、1人分の隙間があったけど、恐らくあれは……。


「先生、こんな法螺吹きの言うことなんて真に受けちゃ駄目ですよ」

「そうそう、先生をからかうなんて、毎度ながら肝が据わってるよな」

「アリス、廊下に立っていなさい。先代王を侮辱したばかりか、ありもしない王女を捏造するなど以ての外だ。王都なら首を刎ねられているところだぞ」

「私は……嘘なんか吐いてません」


 席を立ちながらロバートを睨みつけ、授業用鞄を持つと、周囲を寂しげな顔で見渡し、廊下へと向かって歩いていく。アリスには廊下に立つ気などない。自分だけが間違っていることを告げられ、ロバートは他の生徒を相手に淡々と注意喚起をすると、今度はメイベルの姿が目に映った。


 アリスを心配しながらも後ろを向いていたが、すぐロバートの視線に気づく。


 目が合うと、獲物を見つけたような目に、メイベルは苦笑いを浮かべた。


「メイベル、1行目から読みなさい」

「は、はい……」


 顔と並行するように本を持ち上げ、気を取り直して読み上げた。


「先代王ハンクから王位を継承したモリーは正統教に基づいた改革を行い、間違った考え方を持つ真正教の邪悪な異教徒たちを粛清し、王都ムウニ・ディンロの治安を劇的に改善させました。魔障院からの下級使用人を王都で採用することを建国以来初めて認め、財政再建の足掛かりとしたのです」

「よろしい。では次……テディ、続きを読んでみなさい」

「えぇ~」


 眼鏡をかけた魔障院生がめんどくさそうに顔を顰めた。


 アリスは自室のベッドに腰かけると、内に秘めた想いを目から零す。


 俯きながら鼻水を啜り、床には水滴が落ちている。魔障院生たちのアリスを見る目は入学当初から常に冷やかなものであった。周囲との常識のズレにはアリス自身も感づいていた。歩み寄ろうとしても距離を置かれ、見放されているとすら思うくらいだ。


 覆しきれない状況を前に、アリスは放心したまま沈黙するしかなかった。

 ブリスティアの語源は至福の喜び『bliss』と舵を取る『steer』から。子供時代に学んだ知識や技術を仕事に活かし、至福の喜びを目標に進路を決め、世の荒波に耐え抜き、人生の舵を取れるようにという願いが込められている。元々はルベルバス王国が建国した際、旧地名が人名として定着したものだ。


 ブリスティア魔障院生アシュリー・ブリスティアの著書『鞄語録』より

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