第9・2節 毛利輝元と薬師の竹田
8月17日夕方、聚楽第より毛利輝元の使者が来た。
使者:「利休殿、明朝、大老の毛利輝元様がいらっしゃいます。よろしいですね。」
私:「断れない雰囲気ですね。」
使者:「毛利様がいらっしゃるのですから、断るなど有り得ないでしょう。熱でもあるのですか?」
私:「そうですね、断るなど有り得ないですね。」
使者:「では明朝、準備の怠りなきよう。」
私:「わかりました。」
なんとも高圧的な使者が帰ってから、私は宗恩に愚痴を言った。
私:「なんだ、あの使者は。」
宗恩:「関白様の覚えめでたい利休様に嫉妬される方は多いでしょう。あまりはっきりと物申されるのは、良くないかと思います。」
私:「なるほど。そうですね。石田三成殿の態度もかなり酷いですからね。」
宗恩:「では、明朝も懐石が必要ですね。」
私:「よろしくお願いいたします。麩の焼だけは、私の方で作りましょう。全て宗恩に任せたと言うと、何か言われそうですから。」
宗恩:「承知いたしました。」
翌朝、昨日の使者と一緒に毛利輝元が現れた。
使者の顔を見るとなんだかムカついてきた。
毛利:「いやぁ、利休殿、戦場では風邪を引かれたとか。その後、大事はありませんか。」
私:「使者殿に、熱でもあるかと言われるくらいなので、あまり芳しくないかもしれません。」
毛利:「それは良くないですね。後で薬師でも紹介しましょう。」
毛利輝元って、なんか、いい人のような気がしてきた。
私:「いえ、失礼しました。少々(しょうしょう)大人気ない対応をしてしまいました。毛利殿、本日はようこそお越しくださいました。どうぞ御ゆるりと、茶席をお楽しみください。」
毛利:「うむ。よろしくお願いいたす。」
私:「使者殿もいらっしゃるのですね。」
使者:「当然でしょう、利休殿。」
相変わらず感じが悪い使者を連れて、毛利輝元が茶席に入った。
他に御供が何人かいたが、茶席には入ってこなかった。
毛利:「元慶、挨拶せぬか。」
使者:「本日は我が主の為の茶席、大儀でした。しかし、こんな汚くて狭い部屋に、刀を置いて入れられるとは。」
毛利:「少し口が過ぎるぞ、堅田元慶。」
使者:「はっ、失礼いたしました。」
毛利は良い人、使者は悪い人で決定だな。
毛利:「利休殿、使者が失礼した。非礼を侘びよう。」
私:「もったいないお言葉。どうぞ、お気になさらずに。」
毛利:「ところで、あの釜の模様は珍しいですな。」
私:「よくお気づきで。あれは、我が師・武野紹鴎殿の青磁雲龍御水指の地紋を、私の方で筆写したものです。雲龍釜と言います。」
毛利:「おお、手ずから写されたと。どうりで素晴らしい。」
その後、懐石が終わり、縁高を出した。
私:「どうぞ、菓子をお召し上がりの上、中立を。」
毛利:「そうだったな。中立があった。それで何と言うのだったかな。」
私:「中立させていただきますが、用意が整いましたら、お鳴りもので、と言っていただければよろしいかと。」
使者:「我が主に対し、中立させていただくなどと、何を偉そうに。」
毛利:「元慶。」
私:「いいえ、気にしておりませんので。」
毛利:「そうか。では、中立させていただこう。して、鳴り物というのは銅鑼かな。」
私:「左様でございます。」
中立の後、濃茶点前が始まった。
毛利:「実はな、元慶が利休殿は熱が出ているというので、心配していた。念のため竹田という薬師を堺から呼び寄せている。後で診てもらうと良い。」
使者:「我が主、利休殿に熱でもあるというのは、言葉の綾。別に風邪を引いているという意味では。」
毛利:「そうか?だが心配だろう。先の戦でも風邪を引いて寝ていたのだ。」
使者:「どうせ仮病でございましょう。」
毛利:「口が過ぎるぞ、元慶。それにもう薬師は呼んでいるのでな。」
私:「お心遣い痛み入ります。では後ほど、薬師の竹田殿に診ていただきたいと思います。」
使者:「ふん。こんな坊主、放っておいても良いでしょうに。」
茶席が終わり、毛利輝元が帰る事となった。
ところが、使者が変なことを言いだした。
使者:「我が主、私どもは、茶道具に関して、少々、利休殿とお話したいと思います。」
毛利:「おお、茶道具に興味を持ったか。良い良い。わしは先に帰るので、利休殿の話を聞いて、勉強してまいれ。」
使者:「ありがとうございます。では利休殿、よろしくお願いいたします。」
私:「それで、どなたがお話されるのでしょうか。」
使者:「私、堅田元慶と、佐世與三左衛門、奈良崎孫右衛門、宍戸善兵衛です。何か問題でも。」
私:「いいえ、問題ありません。」
毛利:「くれぐれも問題など起こさぬようにな元慶。この後、薬師が来るのだから。」
使者:「承知いたしております。」
毛利:「では、帰るとしよう。今日は楽しかった。利休殿、またいつか茶会を催してくだされ。」
私:「はい、お待ちしております。今度は供を連れずにお越し下されば幸いです。」
毛利:「はっはっはっ。そうだな、考えておこう。」
毛利が帰り、堅田元慶たちが茶席に入ってきた。
彼らは何をするでもなく、一つ一つの道具を見て回った。
使者:「どうやら毒などは、入っていないようだな。全く、こんな部屋で茶を飲ませるなど、坊主は、服装だけでなく心もみすぼらしいと見えるな。」
私:「茶の湯は心を写すもの。澄んだ心で見れば、これほど安らぐ空間はございません。濁った心では、濁った空間に見えるのでしょうね。」
使者:「言わせておけば。」
険悪な雰囲気になったちょうどそのとき、宗恩が玄関の方から声をかけて来た。
宗恩:「利休様、堺より薬師の竹田様がお見えになりました。」
私:「わかりました。」
使者:「命拾いしたな、坊主。では帰る。」
私:「そうですか。」
使者たちと入れ替わりに、薬師の竹田と他二人が茶室に入ってきた。
薬師:「私、竹田と申すものです。なにやら険悪な雰囲気でしたが、大丈夫でしたか。外まで声が聞こえていましたよ。」
私:「御見苦しい所をお見せしました。この通り五体満足です。」
薬師:「では、口を開けて、喉の様子を見せてください。どれどれ、少し喉が腫れていますね。では少し触診しますよ。どれどれ、心拍がかなり乱れていますね。先ほど興奮しすぎたのですね。ですが、肺の方は少し気になりますね。では薬を調合します。」
私:「調合?」
薬師:「そうです。目の前で調合するのは珍しいかもしれませんね。このように、何種類かの薬草をつぶして粉にします。独自に調合するので、少々時間がかかるのが難点ですね。」
私:「では、よろしければお茶を差し上げたいと思います。丁度、お昼ですし、懐石料理も準備させましょう。」
薬師:「それはありがたい。懐石が終わるころには、薬の調合も完了していることでしょう。食後に薬を飲んでくださいね。」
私:「はい。先生。」
薬師の御供の二人は、茜屋という縮緬問屋の人で、名を道壽、宗純と言った。
三人共、気が利く人たちで、使者との険悪な雰囲気を忘れされてくれた。
そういえば、水戸黄門は越後の縮緬問屋の隠居だったような。
薬師:「今日は楽しい時間をいただきました。ありがとうございます。」
私:「いいえ、こちらこそ。楽しませていただきました。」
薬師:「私は、しばらく京都におります。利休殿は肺がお悪いご様子。風邪もこじらせると死に至ります。調子が優れない場合、すぐお呼びくださいね。」
私:「はい、先生。」
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