第5・5節 茶碗の清め方(割り稽古)~未来人・東陽坊長盛について~
私:「そういえば、未来から来た人には、どんな方がいたんですか?」
細川:「では、東陽坊長盛殿の話をしましょう。未来人・早乙女瞳と入れ替わったのは1585年2月です。1598年まで生きてもらう予定でしたが、2年前の1588年に巧妙に毒殺されました。」
古田:「渡月橋が丹朱に塗られて再建されたと聞き、一人で見に行った時の事です。川辺で呆然としている僧侶・東陽坊長盛殿を見つけました。利休殿の弟子として、共に茶道を学んでいた仲だったので、声をかけたのですが・・・。」
私:「古田殿のことがわからなかったと。」
細川:「古田殿は、東陽坊長盛殿が未来人と入れ替わったことに気づき、彼を私の元まで連れて来てくれました。そして、古田殿と二人で利休殿に怪しまれない程度の茶人へと育てます。」
古田:「未来人・早乙女瞳は、女子高の茶道部部長で、簡単な点前は既に身に付けていました。炭の熾し方に感動したのか、炭の組み方をよく私に質問しては、自分の寺である京都真如堂の炉で、いろいろ試していたようです。そして、1587年11月1日の北野大茶会を迎えます。それは些細なことでした。」
細川:「長盛殿は足袋を履いて、茶会に参加したのです。利休殿に注意され、すぐに足袋を脱ぐのですが、翌日から命を狙われ始めます。最初は、建材が倒れてくるなど、事故死に見せかけようとしたみたいです。そのうち、数人の浪人に囲まれるのですが、たまたま通りかかった瀬田掃部殿に救われます。瀬田殿は、東陽坊長盛殿に夜は出歩かないようにと言っただけで、何も聞かなかったそうです。」
私:「かっこいいですね。」
古田:「そうですね。その後、私と細川殿の他に、瀬田殿も真如堂近くを見回っていたようで、しばらくの間、直接的な襲撃はありませんでした。翌1588年2月、炉の前で倒れている長盛殿を寺小姓が見つけます。長盛殿の遺体は侍所が調べ、死因不明なまま火葬されます。」
細川:「香に毒が入っていたようで、長盛殿の遺体には、青酸ガスで死亡した場合にできる鮮やかな紅色の死斑が出ていました。この安土・桃山時代に、本来、青酸ガスは存在しないはずです。兄・山田一郎が何らかの方法で、長盛殿の香に細工をしたのでしょうね。香は燃えてなくなるため、証拠も残りません。」
私:「香を焚く時も注意が必要なのですね。」
細川:「というより、香の管理に注意してください。練香は自分で作るか、使わない方が良いでしょうね。」
私が暗い雰囲気になりかけた時、古田は茶碗の清め方について説明をはじめた。
古田:「では、茶碗を茶巾で清めましょう。茶筌と茶杓は使いませんので、こちらに置いてください。茶碗から茶巾のふくだめを右手で取り、親指が茶碗の外になるようにして、茶巾を茶碗の縁に掛けます。茶碗の縁を茶巾ごと親指と人差し指で挟み、残り三本の指を軽く添えます。左手は、親指を縁に、残り四本の指は高台に掛け、茶碗をしっかり持ちます。」
私:「持ちました。」
細川:「利休殿、しっかり持つとは言うものの、あまり力は入れ過ぎず、自然体で持ってください。」
古田:「茶巾を手前に三回半回し、茶碗を清めます。正面を正し、茶巾を抜き取ります。茶碗の底に茶巾を当て、向こうから手前に三分の一程度折り、親指を逆手にして、茶碗の内側を拭きます。このとき、裏千家では平仮名で『い』『り』と書くように茶碗の底の外側と内側を拭きます。他流派では平仮名の『ゆ』と書く場合もあります。どちらにせよ、茶碗をしっかり清めることが大切です。最後に、茶巾を返して最初の形に戻し、茶碗を右手に持ち替えて膝前に置きます。」
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