第11・5節 宗湛日記 ~抛頭巾肩衝について~
10月20日、二畳敷の茶室で一人、床の間にある大茶壺で唐結びの練習をしていると、玄関に誰か客が来た。
宗恩:「利休様、神屋宗湛様がお見えです。」
私:「どうぞおあがりください。」
宗湛:「お邪魔いたします。これは口切の茶事をなさっていたのですかな。」
私:「というより、この茶壺に唐結びをしていた所です。手が不自由になったので、中々うまく結べません。」
宗湛:「それは御気の毒に。利休殿が手足を負傷なさったことは聞きました。かなり悪いのですか。」
私:「昔のような点前はできませんが、茶の湯を楽しむことは出来ます。それで十分です。」
宗湛:「では私の方で結びましょう。網はここにある紺色のものを使えば良いのですね。」
私:「ありがとうございます。助かります。」
神屋宗湛は、あっさり壺に唐結びをして、網をつけて床の間に壺を飾った。
宗湛:「しかし立派な大壺ですね。何という壺ですか。」
私:「橋立という壺だそうです。今年は滝本坊実乗殿に茶壺を預けられなかったので、中身は空ですがね。」
宗湛:「では、茶はどうされるのですか?」
私:「実は細川殿に頼んで、茶を譲ってもらいました。今年はこれで大丈夫だと思います。」
宗湛:「もし足りなくなりそうでしたら、少しでしたらお譲り出来ますので、言ってください。」
私:「ありがとうございます。助かります。」
神屋宗湛は、書院にあった文台について質問してきた。
宗湛:「机の上に唐金の人形がありましたが、あれは何ですか?」
私:「ああ、人が片膝立てて座ったようになっているものですね。面白いので置いてあるのですが、何でしょうね。」
宗湛:「唐金の牛の人形も面白いから置いたのですか?」
私:「たぶん。」
宗湛:「それに、硯にすりかけのままの墨と、筆が放置されていましたね。あの筆は高麗筆かと思いましたが。」
私:「そうでした。今朝、書の練習をしようとして、そのままでした。」
宗湛:「利休殿、人形は良いとしても、硯は放置しない方が良いと思いますよ。」
私:「はい。すぐ片づけます。」
茶会が始まったが何となく空気が重い。
そこで、以前、細川に聞いた抛頭巾肩衝の話をすることにした。
私:「肩衝茶入に茶杓を置くのは、ご存知ですよね。この作為、実は村田珠光が考えた事なのですよ。」
宗湛:「そうなのですか。それは知りませんでした。」
私:「抛頭巾肩衝を用いて始めたそうです。仕覆の紐の長緒から、今の短いものにしたのも、抛頭巾肩衝の仕覆からだそうです。」
宗湛:「さすが利休殿、博識ですな。抛頭巾肩衝というと利休殿の娘婿・万代屋宗安殿が持っていましたな。関白様が喉から手が出る程、欲しがっているとか。」
そうなんだ、知らなかったとは言えないので、適当に誤魔化してみた。
私:「よく、ご存知ですね。そういえば、万代屋宗安殿とは、先日、有馬温泉の茶会で一緒だったんですよ。」
宗湛:「有馬温泉ですか。良い所ですよね。」
その後、壺の話になった。
宗湛:「今、そちらの橋立の大壺は、空なのですよね。よろしければ、よく見せていただいても良いですか?」
私:「もちろんです。今、お持ちしますね。」
私は網を外して、壺を宗湛に渡そうとしたが、手が滑って壺が床に落ちてしまった。
幸い、壺は割れなかった。
私:「あ、ごめんなさい。」
宗湛:「いいえ、気にしないでください。ですが、利休殿は、かなり手足が悪いのですね。」
私:「なんとも情けない限りです。」
宗湛:「そんなことはありません。ぎこちなさはありますが、点前もしっかりされていますし、何より一生懸命さが伝わってきます。」
私:「そう言っていただけると、助かります。」
その後の茶会は、和やかな雰囲気に変わり、最後に宗湛が面白い事を言い出した。
宗湛:「利休殿、今、私が書いている茶会記に、書院にある硯と唐金人形の絵を載せて良いですか。」
私:「良いですよ。いくらでも載せてください。なんなら、私が描いても良いですよ。」
宗湛:「それはありがたい。では、こちらの紙に描いてください。」
私:「これは、茶会記ですね。既に今日の茶会の内容が書いてありますね。これはすごい。」
宗湛:「この後ろの部分に、書いてください。」
私:「良いのですか?」
宗湛:「もちろんです。」
私は、まず硯の絵を描いてみた。
宗湛:「いいですね。次にその横に、人形を描いてください。」
私:「やってみます。」
私は、なんとなく不格好な人形と、牛の人形を描いてみた。
宗湛:「素晴らしい。利休殿、この絵は一生大切にしますね。」
私:「そんなに喜んで頂いて、光栄です。」
その後、私の描いた絵は『宗湛日記』として後世に伝わる事となる。
この作品は「YouTube(
https://www.youtube.com/watch?v=Os5CIqW83i0&list=PLH33wsaeFCZWtchkfIIltAH2CqFwbjcH8&index=19
)」にも掲載しています。




