第11・3節 口切の茶事 ~口切と壺の拝見について~
10月17日朝、私は細川邸へ向かった。
細川:「おはようございます。利休殿。まずは家に上がって下さい。古田殿は既に来ていますよ。」
私:「はい。おじゃまします。」
玉子:「利休殿、朝食は食べてきましたか?」
私:「はい、今日はちゃんと食べてきました。」
細川:「玉、利休殿は、お吟殿のような12・3歳の子供ではないのですから、そのような事を聞くのは失礼ですよ。」
私:「そうなのですか?」
細川:「そうなのです。しっかりしてくださいよ、利休殿。」
茶室に行くと、古田が私に正客になるよう促した。
古田:「今日は口切の茶事を行います。今日の茶事は、特に内口切と言います。」
私:「口切とは何ですか?」
細川:「春、新茶を摘んで茶壺に入れて封印し、半年程寝かせると茶の風味が向上します。その茶壺の封印を解く所作を口切と言います。だいたいこの時期に行います。炉の時期に使う茶葉は、この茶壺に入ったものになります。利休殿も本来は茶壺に茶を詰め、半年寝かせるという作業をする必要があったのですが・・・。」
古田:「ちょうど、小田原征伐と重なったため、私達が利休殿に説明できませんでした。聚楽第の大壺へ茶を詰めるよう指示は出せたのですが、本当に申し訳ない。」
私:「そんな、謝らないでください。そういえば、前に千家にある茶壺を古田殿がのぞいていましたね。」
古田:「中身が殆どなくなっていて、気にはなっていたのですが。初春に茶葉を封印していないので、ああなるでしょうね。」
細川:「では後ほど、私の家から口切していない茶壺をお分けします。」
私:「ありがとうございます。」
古田:「では、口切の所作を覚えてください。何度か利休殿にもしていただくことになりますので。」
私:「はい。よろしくお願いいたします。」
口切の茶事が始まった。
細川:「口切の茶事は、客の前で壺の口を切り、詰茶の所望を尋ねて取り出す神聖な所作です。利休殿の師・武野紹鴎殿は茶人の正月は口切にありと言っています。この天正年間に入り、特に口切の茶事が盛んに行われるようになりましたね。」
私:「茶壺への封印は、本来いつ頃するのですか?」
細川:「茶壺には、大壺と渡し壺の二つがあります。新茶を詰めるのは大壺です。そして冬季から春季にかけて使います。夏季から秋季は、新茶を壺に詰めるために茶師へ送るので、大壺は使えません。そこで、大壺から少し小ぶりの渡し壺に、茶葉を入れ替えます。」
私:「そうすると、私の家にある壺は、大壺ということですか?」
細川:「それなら私達も、気づいたのですが、どうやら前の利休殿は1月のうちに、既に茶葉を渡し壺に詰め替えていて、大壺を使っていなかったようなのです。迂闊でした。」
私:「そんな、何も知らない私が悪いのですから。ただ、何故、1月には渡し壺に茶葉を入れ替えていたのでしょう。」
古田:「おそらく利休殿は、小田原征伐に関白様と同行するだろうと、既に予想されていたのでしょうね。誰かに茶壺を渡す予定もあったかもしれません。」
私:「そういえば、滝本坊実乗というお坊さんが、ルソンの壺を持ってやってきた時、盛夏の折に茶壺を預かっているとか言っていたような。」
細川と古田は顔を見合わせた。
古田:「おそらく、利休殿はその時に茶壺を預けようとしていたのでは?」
私:「滝本坊殿は偶然、千家に来た訳ではないということですね。」
細川:「滝本坊殿が来なければ、呼ぶだけでしょう。」
古田:「さて、内口切を続けますよ。茶師が詰めた茶壺の口を、最初に切るのが内口切です。それ以降は、自分で封をして、必要な時に必要なだけ取り出します。それが口切です。では葉茶上合を持ってきます。」
古田は水屋から葉茶上合という台形型の木枠と、かなり大きめの棗を2個、他にも色々と葉茶上合に載せて戻ってきた。
古田:「まず、壺の下座に葉茶上合を置き、口覆を取って、壺の右肩に置きます。二つある棗のようなものは挽家と言います。この挽家の蓋を上合の前に置き、美濃紙を小刀と印と朱肉、封紙や糊などの諸道具を載せたまま、挽家の前に置きます。挽家の蓋を左右同時に取り、それぞれの脇におきます。では、ここまでやってみましょうか。」
私:「はい。」
古田は壺と葉茶上合を元の状態に戻し、私の前に置いた。
私は、見様見真似でやってみた。
古田:「良さそうですね。では、次に茶壺の封印を改めて、小刀を取り、茶壺を支えながら口造りと蓋の間の封紙に刀を入れます。ここで、封紙を切って小刀を戻すのですが、今はフリだけをやってみましょう。」
私:「はい。」
小刀で封紙を切るフリをして、小刀を鞘に戻した。
古田:「では、実際に口切しましょう。この後、いずれの茶を差し上げましょうか。と尋ねますので、茶銘を答えてください。例えば、無上などですね。また、亭主に選択を任せても構いません。どうされますか?」
私:「では、お任せします。」
古田:「細川殿はどうされますか?」
細川:「私も、古田殿にお任せしたいと思います。」
古田:「わかりました。では封を切ります。」
細川:「利休殿。問答が始まったら、古田殿にお任せします、と答えてください。」
私:「はい。」
古田は、小刀で封紙を切った。
古田:「いずれの茶を差し上げましょうか。」
私:「では、古田殿にお任せいたします。」
古田:「では、別儀にさせていただきます。この後の作業は、茶葉を痛めるので一度しかしません。よく見て覚えてくださいね。」
私:「はい。」
古田は、上合の上に壺を傾け、何袋か詰茶を出し、別儀の袋だけを持ち上げた。
古田:「この別儀の詰茶は濃茶用です。右の挽家に入れて蓋をします。他に薄茶用の詰茶があります。これは左の挽家に入れ、残った詰茶は壺に戻します。そして蓋を閉めます。ここまで良いですか。」
私:「なんとか。」
古田:「では茶壺に封をします。この後、何回か封をしては封を切るという作業を繰り返しましょう。」
私:「ありがとうございます。」
古田:「美濃紙上の糊板を畳の上に置き、右手に糊篦、左手に封紙を持ちます。紙を手前に引きながら、糊板の上で紙に糊をつけます。壺を回しながら茶壺と蓋の合口へ封をし、亭主の捺印をします。後は、諸道具を上合の上に戻して終わりです。では一度、小刀で封を切りますので、利休殿もやってみましょう。」
私:「はい。」
始めはひどく不器用な封をしていたが、五回目くらいから、まともに封ができるようになった。
古田:「そんな感じで良いでしょう。次に茶壺の拝見をします。亭主は、口覆を壺に被せ、前向こうと回して、印を客正面に向けます。正客前に持っていき、葉茶上合を片づけます。では、利休殿は正客の席に戻って下さい。客の所作を一緒にやってみましょう。」
私:「よろしくお願いいたします。」
葉茶上合を水屋に片づけ、古田が戻ってきた。
古田:「正客は次礼してから、壺全体を拝見した後、口覆を両手で取って拝見します。口覆を上座に置き、壺を持って拝見します。この時、両手の指先だけで持ちます。これは、壺に体温が伝わって、湿気を呼ぶのを防ぐためです。また、壺は決して持ち上げず、軽く傾けて拝見します。正客は正面が下座を向くように回しつつ、拝見してください。次客以下は、逆回しになります。拝見したら口覆を戻し、縁外で次客に送ります。では、やってみてください。」
私:「はい。」
私が細川に壺を渡すと、さっそく壺を拝見し、両手で持って立ち上がり、私の前に置いた。
古田:「詰まで壺の拝見が終わったら、口覆を取って、封印を改めます。前、向こうと回して置いて下さい。その後、亭主が取りにきます。」
私:「こうですね。」
古田:「最後、亭主が口覆を外し、封印を改め、口覆をしなおし、網で壺をくるみ、水屋に持って下がります。これで口切の壺に関する所作は終わりです。利休殿は大丈夫そうですね。」
私:「なんとか。」
古田:「では初炭をして、懐石料理を食べましょう。もうすぐ昼ですしね。」
私:「はい。待ってました。」
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)」にも掲載しています。




