第10・3節 有馬湯山御殿での茶会
10月4日、有馬にある湯山阿弥陀堂にて、秀吉を亭主とした二畳敷での茶会が催された。
私が正客で、次客は小早川隆景、詰には知らない人が座っていた。
私:「関白様、本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。」
秀吉:「宗易よ、この後、5回ほど同様に茶会を催す、わしの後ろに座って、茶頭を務めよ。」
私:「かしこまりました。」
秀吉:「大老・小早川隆景殿よ。本日は三河岡崎城より遥々(はるばる)お越しいただき、感謝する。」
小早川:「ありがたきお言葉。関白様もご壮健でなによりでございます。」
秀吉:「家康殿はお元気かな?」
小早川:「はっ、先日の小田原征伐の折に拝領した江戸の地を納めるべく、奔走しております。」
秀吉:「そうか。詰は有馬則頼じゃな。柴田勝家らにわしが殺されそうになった時、遅れてきたそなたが、城門を押し通って護衛に来てくれたこと、未だに忘れてはおらぬ。一席目にそなたを呼んだのも、そのためじゃ。」
有馬:「このような大任。感謝の言葉もございません。関白様から頂いた、附藻茄子茶入や牧谿の絵は、大切に床の間に飾ってあります。」
秀吉:「ああ附藻茄子か。わしは、本能寺で焼けて釉薬の輝きが無くなったあの茶入を、あまり好かぬのでな。そちに与えた時にも、そう言うたであろう。床の間に飾らず、茶入として、使うと良いぞ。」
有馬:「はっ。」
秀吉:「さて、始めるか。宗易よ、わしの点前で何かあれば、いつものように言うてくれ。まあ、何もないと思うがのお。」
私:「かしこまりました。」
一席目の茶会が無事終わり、二席目の茶会が始まった。
詰には池坊がいた。
秀吉:「宗易よ、そなたはわしの後ろに控えよ。半東の席じゃな。」
私:「はい、かしこまりました。」
秀吉:「正客は善福寺の住職か。そなたが管理しておる有馬温泉は良いのお。先日の戦の疲れが癒される。」
善福寺住職:「ありがとうございます。どうぞ心行くまで、温泉にお泊り下さい。」
秀吉:「うむ。最近思うのじゃ、阿弥陀堂ばかり使っていたのでは迷惑かとな。そこでじゃ。来年以降の話になるのじゃが、湯山に御殿を建てようかと思っておる。どうじゃ、阿弥陀堂の住職よ。」
阿弥陀堂住職:「迷惑などとは思っておりませんが、湯山には何十軒もの家があります。住民は移転させるという事ですね。」
秀吉:「不満か?」
阿弥陀堂住職:「滅相もございません。」
秀吉:「ある程度、住民の移転が済めば、土地を均して御殿を建てるとしよう。」
阿弥陀堂住職:「はっ。では本年より対応いたします。」
秀吉:「池坊専好よ、よくぞ参った。ご子息は壮健かな。」
池坊:「はい。すくすくと育っております。」
秀吉:「幾つになった。」
池坊:「専朝は15歳でございます。」
秀吉:「なんと、もうそんなになるか。月日が経つのは早いものよのお。さて、始めるか。宗易よ、わしの点前で何かあれば言うてくれ。まあ、今回も何もないと思うがのお。」
私:「かしこまりました。」
二席目の茶会も無事終わり、三席目の茶会が始まった。
正客は分からなかったが、次客に津田宗及、詰に瀬田掃部が座った。
秀吉:「寺沢広高よ、そなたには、そのうち城の建設を任せようと思っておる。」
寺沢:「それは、普請役ということでしょうか。」
秀吉:「そうじゃ。わしもかなりの数の城を建てたが、そろそろ誰かに建て方を伝えねばならぬと思っていた。そなたなら、適任じゃろう。」
寺沢:「ありがたき幸せ。必ずやその大任、果たさせていただきます。」
秀吉:「うむ。さて、宗及よ、宗易同様、茶の湯で何かあれば言うてくれ。宗易は手足がしびれて、動作がままならぬようなのでな。」
津田:「利休殿なら口だけでも十分に茶頭が務まりましょう。私などが、口を挟む必要はないかと思います。」
秀吉:「そうか?そうかのう。さて、詰は正忠か。」
瀬田:「はっ。」
秀吉:「では、茶会を始めるとしよう。」
四席目の茶会が始まった。
詰には薬師の竹田先生が座った。
秀吉:「正客は小寺高友か。確か休夢斎と号したと聞くが。」
小寺:「はい。おっしゃる通りでございます。」
秀吉:「そちは御伽衆じゃ、何か話でもせよ。」
小寺:「三年程前になりましょうか。利休殿が関白様の命により、松に鎖を下ろし、雲龍の小釜をかけ、白砂の上の松葉をかきあつめて湯を沸かしたことを思い出しました。あれは見事な作為でした。流石でございます。」
秀吉:「おお、そんなこともあったのお。まあ、ほとんど宗易が考えたのじゃがの。しかし、もう三年も経つか。さて、次客は施薬院全宗か。そちも何か号を称していたな。」
全宗:「はっ。徳運軒と名乗らせていただいております。」
秀吉:「そなたの名も変わっておるよのお。施薬院と書いて、ヤクインと読ませるのだから。もう少しなんとかならなかったのかのお。」
全宗:「申し訳ございません。聖徳太子の時代よりそのように読む習わしでございます。関白様が御命令とあらば、改めますが。」
秀吉:「良い良い。1000年近い歴史を持つものを、容易く変えることもあるまい。さて、詰は、竹田定加殿か。宗易の状態はどうじゃ?」
竹田:「肺が悪いのは相変わらずです。手足のしびれは日常生活に対して支障はないと思われます。」
秀吉:「そうか。大々的に宣伝したが、良かったかのう。宗易は茶人が殺到すると文句を言っていたが。」
私:「文句というより、お願いだったのですが。」
秀吉:「あれは文句というのじゃよ。しかし、思ったほどひどい状態ではなさそうじゃな。竹田殿よ、今後は我が母・大政所の診察も頼みたいと思っておる。良いな。」
竹田:「はい。私でよろしければ。」
秀吉:「うむ。さて、始めるか。」
五席目が始まった。
三人共知らない人物だ。
秀吉:「長谷川宗仁、万代屋宗安、それと、樋口屋紹礼だったか?」
樋口屋:「はっ。お名前を憶えていただき、光栄でございます。」
秀吉:「では、始めよう。」
そして、最後の席・六席目が始まった。
客は二人だった。
秀吉:「柘植與一と毛利吉成か、まあ挨拶は良いだろう。すぐ始めるぞ。」
私は結局、半東の席と水屋を往復するだけで、何も言わずに終わってしまった。
秀吉:「宗易よ、ご苦労じゃった。さて、風呂に行くか。」
私:「はい。お供します。」
秀吉の今日の態度に、私は一抹の不安を抱えていた。
今日の私は、茶の湯を指導する茶頭どころか、茶道具の説明をする半東すらしていない。
この状態が続けば、いつかは誰かが不審に思うだろう。
何か対策する必要があるのは確かだが、どうすれば良いか。
まずは、帰京したら、すぐ細川に相談しよう。
そう思いながら、秀吉と一緒に温泉にのんびり浸かっていた。
秀吉:「良い湯じゃな。」
私:「はい。本当に。」
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