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利休になった日  作者: shoundo
第10節 湯治
103/150

第10・3節 有馬湯山御殿での茶会

10月4日、有馬にある湯山阿弥陀堂(ゆのやまあみだどう)にて、秀吉を亭主とした二畳敷(にじょうじき)での茶会が催された。

私が正客で、次客は小早川隆景(こばやかわたかかげ)、詰には知らない人が座っていた。

私:「関白様、本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。」

秀吉:「宗易よ、この後、5回ほど同様に茶会を催す、わしの後ろに座って、茶頭を務めよ。」

私:「かしこまりました。」

秀吉:「大老(たいろう)・小早川隆景殿よ。本日は三河岡崎城(みかわおかざきじょう)より遥々(はるばる)お越しいただき、感謝する。」

小早川:「ありがたきお言葉。関白様もご壮健でなによりでございます。」

秀吉:「家康殿はお元気かな?」

小早川:「はっ、先日の小田原征伐(おだわらせいばつ)の折に拝領した江戸の地を納めるべく、奔走(ほんそう)しております。」

秀吉:「そうか。詰は有馬則頼(ありまのりよし)じゃな。柴田勝家(しばたかついえ)らにわしが殺されそうになった時、遅れてきたそなたが、城門を押し通って護衛に来てくれたこと、未だに忘れてはおらぬ。一席目にそなたを呼んだのも、そのためじゃ。」

有馬:「このような大任。感謝の言葉もございません。関白様から頂いた、附藻茄子茶入(つくもなすちゃいれ)牧谿(もっけい)の絵は、大切に床の間に飾ってあります。」

秀吉:「ああ附藻茄子か。わしは、本能寺で焼けて釉薬の輝きが無くなったあの茶入を、あまり好かぬのでな。そちに与えた時にも、そう言うたであろう。床の間に飾らず、茶入として、使うと良いぞ。」

有馬:「はっ。」

秀吉:「さて、始めるか。宗易よ、わしの点前で何かあれば、いつものように言うてくれ。まあ、何もないと思うがのお。」

私:「かしこまりました。」


一席目の茶会が無事終わり、二席目の茶会が始まった。

詰には池坊(いけのぼう)がいた。

秀吉:「宗易よ、そなたはわしの後ろに控えよ。半東(はんとう)の席じゃな。」

私:「はい、かしこまりました。」

秀吉:「正客は善福寺(ぜんふくじ)住職(じゅうしょく)か。そなたが管理しておる有馬温泉は良いのお。先日の(いくさ)の疲れが癒される。」

善福寺住職:「ありがとうございます。どうぞ心行くまで、温泉にお泊り下さい。」

秀吉:「うむ。最近思うのじゃ、阿弥陀堂ばかり使っていたのでは迷惑かとな。そこでじゃ。来年以降の話になるのじゃが、湯山(ゆのやま)御殿(ごてん)を建てようかと思っておる。どうじゃ、阿弥陀堂(あみだどう)住職(じゅうしょく)よ。」

阿弥陀堂住職:「迷惑などとは思っておりませんが、湯山には何十軒もの家があります。住民は移転させるという事ですね。」

秀吉:「不満か?」

阿弥陀堂住職:「滅相もございません。」

秀吉:「ある程度、住民の移転が済めば、土地を(なら)して御殿を建てるとしよう。」

阿弥陀堂住職:「はっ。では本年より対応いたします。」

秀吉:「池坊専好(いけのぼうせんこう)よ、よくぞ参った。ご子息は壮健(そうけん)かな。」

池坊:「はい。すくすくと育っております。」

秀吉:「幾つになった。」

池坊:「専朝(せんちょう)は15歳でございます。」

秀吉:「なんと、もうそんなになるか。月日が経つのは早いものよのお。さて、始めるか。宗易よ、わしの点前で何かあれば言うてくれ。まあ、今回も何もないと思うがのお。」

私:「かしこまりました。」


二席目の茶会も無事終わり、三席目の茶会が始まった。

正客は分からなかったが、次客に津田宗及(つだそうきゅう)、詰に瀬田掃部(せたかもん)が座った。

秀吉:「寺沢広高(てらざわひろたか)よ、そなたには、そのうち城の建設を任せようと思っておる。」

寺沢:「それは、普請役(ふしんやく)ということでしょうか。」

秀吉:「そうじゃ。わしもかなりの数の城を建てたが、そろそろ誰かに建て方を伝えねばならぬと思っていた。そなたなら、適任じゃろう。」

寺沢:「ありがたき幸せ。必ずやその大任、果たさせていただきます。」

秀吉:「うむ。さて、宗及よ、宗易同様、茶の湯で何かあれば言うてくれ。宗易は手足がしびれて、動作がままならぬようなのでな。」

津田:「利休殿なら口だけでも十分に茶頭(さとう)が務まりましょう。私などが、口を挟む必要はないかと思います。」

秀吉:「そうか?そうかのう。さて、詰は正忠か。」

瀬田:「はっ。」

秀吉:「では、茶会を始めるとしよう。」


四席目の茶会が始まった。

詰には薬師の竹田先生が座った。

秀吉:「正客は小寺(こでら)高友(たかとも)か。確か休夢斎(きゅうむさい)と号したと聞くが。」

小寺:「はい。おっしゃる通りでございます。」

秀吉:「そちは御伽衆(おとぎしゅう)じゃ、何か話でもせよ。」

小寺:「三年程前になりましょうか。利休殿が関白様の命により、松に鎖を下ろし、雲龍の小釜をかけ、白砂の上の松葉(まつば)をかきあつめて湯を沸かしたことを思い出しました。あれは見事な作為でした。流石でございます。」

秀吉:「おお、そんなこともあったのお。まあ、ほとんど宗易が考えたのじゃがの。しかし、もう三年も経つか。さて、次客は施薬院(やくいん)全宗(ぜんそう)か。そちも何か号を称していたな。」

全宗:「はっ。徳運軒(とくうんけん)と名乗らせていただいております。」

秀吉:「そなたの名も変わっておるよのお。施薬院(やくいん)と書いて、ヤクインと読ませるのだから。もう少しなんとかならなかったのかのお。」

全宗:「申し訳ございません。聖徳太子(しょうとくたいし)の時代よりそのように読む習わしでございます。関白様が御命令とあらば、改めますが。」

秀吉:「良い良い。1000年近い歴史を持つものを、容易(たやす)く変えることもあるまい。さて、詰は、竹田定加(たけだていか)殿か。宗易の状態はどうじゃ?」

竹田:「肺が悪いのは相変わらずです。手足のしびれは日常生活に対して支障はないと思われます。」

秀吉:「そうか。大々的に宣伝したが、良かったかのう。宗易は茶人が殺到すると文句を言っていたが。」

私:「文句というより、お願いだったのですが。」

秀吉:「あれは文句というのじゃよ。しかし、思ったほどひどい状態ではなさそうじゃな。竹田殿よ、今後は我が母・大政所(おおまんどころ)の診察も頼みたいと思っておる。良いな。」

竹田:「はい。(わたくし)でよろしければ。」

秀吉:「うむ。さて、始めるか。」


五席目が始まった。

三人共知らない人物だ。

秀吉:「長谷川宗仁(はせがわそうにん)万代屋宗安(もずやそうあん)、それと、樋口屋紹礼(ひぐちやしょうれい)だったか?」

樋口屋:「はっ。お名前を憶えていただき、光栄でございます。」

秀吉:「では、始めよう。」


そして、最後の席・六席目が始まった。

客は二人だった。

秀吉:「柘植與一(つげよいち)毛利吉成(もうりよしなり)か、まあ挨拶は良いだろう。すぐ始めるぞ。」


私は結局、半東(はんとう)の席と水屋(みずや)を往復するだけで、何も言わずに終わってしまった。

秀吉:「宗易よ、ご苦労じゃった。さて、風呂に行くか。」

私:「はい。お供します。」


秀吉の今日の態度に、私は一抹の不安を抱えていた。

今日の私は、茶の湯を指導する茶頭どころか、茶道具の説明をする半東すらしていない。

この状態が続けば、いつかは誰かが不審に思うだろう。

何か対策する必要があるのは確かだが、どうすれば良いか。

まずは、帰京したら、すぐ細川に相談しよう。

そう思いながら、秀吉と一緒に温泉にのんびり浸かっていた。

秀吉:「良い湯じゃな。」

私:「はい。本当に。」


この作品は「YouTube(

https://www.youtube.com/watch?v=n-1M3telrSo&list=PLH33wsaeFCZWtchkfIIltAH2CqFwbjcH8&index=13

)」にも掲載しています。

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