犬はダメだ
「だからさー、空木。姫様は諦めろって」
休み時間。教室左後ろの、誰もがうらやむ黄金席。
身体を後ろに回した、彼――月宮大翔は憐れむような目を向けてそんなことを言う。
結局七度目の遅刻をかましてくれた雛に巻き込まれ、一緒に先生に怒られてしまった俺のことを想っての言葉だ。
「何度も言うが、月宮。諦めたくても諦められないのが現状なんだ」
「知ってけどさ、さすがにお前の正気を疑うぜ」
「ああ、俺も同感だ」
この会話から察せられる通り姫乃雛は、月宮……いや、俺以外の男子全員から恋愛対象として外されていた。
理由は言わずとも知れたダメダメさだ。
男子は、みな等しく彼女に癒されたい。だが、姫乃雛を彼女にしてしまうと、癒されるどころか疲れてしまう。それは俺を見ていたらわかると思う。
学校でも雛はダメダメ。教科書を忘れてくれるわ。道に迷ってトイレにたどり着けず、高校生にもなって危うくダムが崩壊しかけるわ。自販機で何を買おうか悩んで授業に遅れてくるわで、一緒にいたら目も当てられない。
一部そういうのもいいと言う同じクラスの奴がいたが、俺が胸を当てて自分の心に訊いてみろと、ある言葉を言ったらすぐに諦めた。
(それ、後輩のほうがよくね?)
(確かに!)
と。
だってそうだろ? あざとさや、守ってあげたいという気持ちは後輩、さらには小さい女の子の方がキャラとして当てはまっているだろ! つーかむしろ、ロリにこそ当てはまるべきだろ!
まぁ、そいつが同級生だったから言えたことだけど。もし、上の学年にも物好きな奴がいれば今度はどうするべきか。これもパパの件と同様、早急になんとかすべ――。
「うゔ~ハルちゃ~ん……」
き原因を作った姫様のご登場だ。
怒られた後、俺はしょうがないかと先生から早くに解放されたけど、雛は反省文も書かされていた。
だから一授業終了後の休み時間まで、雛はこの教室にいなかったのだ。
「ようやく終わったか」
「うん……」
潤んだ瞳に少し赤みを帯びた鼻先。
こうして見ると、雛はかわいい部類に入る。
すらっと、サラサラに伸びている亜麻色ロングの髪に、微かに輝いているように見える紅い、くりくりとした瞳。それを目立たせるかのように整った長いまつげ。艶のある唇には引き寄せられるものがあり、視る者を魅了するよう。
下へいけば、出ているところは出て引っ込むところは引っ込んでいる絶妙にバランスがよい体つきが見られる。
彼女を知らなければ、それだけでモテそうなのだか。如何せんダメダメだからなあ。
……ってか、身体以外を手入れしているの俺だし。
「ねぇ、いつものは?」
雛はもじもじと、なにかをねだるように目線を下から送り付けてくる。
やれ、なぜそういうことだけは忘れない。
教室の中、周りの目線が気になるが俺に断る権利はなかった。断ると雛が駄々をこねて、さらに人の目線を集めることになるから。
仕方がなく、俺は雛に寝転ぶように指示した。やがて、雛がお腹を見せてこちらを見てくる頃に、俺は覚悟を決め――
「よーし、よーし。いい子だ、雛!」
彼女を撫でまわした。
それは犬と戯れるかのように。
「くぅ~ん、くぅ~ん」
「えらいなー、がんばったなー」
言いながら、動き回る雛からいい匂いが香る。香水……なんて付けてやったことはないし、いつも使うシャンプーでもなさそう。きっと、雛自身が持つ香りだ。
「きゃん!」
と、無自覚に変態じみたことを考えている遥などつゆ知らず、笑顔プラス甲高い返事で喜びを表現する雛であった。




