シアラ視点7
1ヶ月弱の馬車の旅を続ければ、無事にスーリールに入国することができた。
途中で追手らしき者に遭遇することもあったけれど、私の結界魔法と、護衛、ジョージの戦闘力の高さでことなきを得た。
久しぶりに帰ってきた母国の安心感からか、無意識のうちに涙が溢れる。
景色、そこに住む人々、私の愛するこの国に戻ってきたのだとこの上ない喜びを感じた。
王都に近づくに連れ、懐かしい場所が次々と窓から見えて、しばらくの間学生時代の思い出に浸る。
彼への気持ちは、未だ捨てきれずにいた。
それはもう、10年ほど私の心の中にあるのだから、すぐに忘れられるわけがなかった。
もう私は忘れることを諦めて、彼と再会したときにきちんと対応できるように、ひたすらにそわそわとする心を落ち着かせていた。
王城が見えてきて、父と母、それに兄は元気にしているだろうか、と数年前の家族の顔を思い浮かべる。
それから、物理的に彼と近くなってきた気がして、嬉しさと共に、切なさに胸が苦しくなる。
彼を見たら私はどうなってしまうのだろう。どう思うのだろう。
彼のあの優しい笑顔が向けられていた若き日々を思い出す。
あの笑顔が他の誰かのものになっているのかと思うと……。
……本当にダメね。
いつまでも初恋を引きずり続ける哀れな女。
この気持ちが彼を困らせることは目に見えているのに、彼には幸せになって欲しいのに。自分の欲が引っ掻き回す。
「王女殿下、着きました」
ジョージの声がした。
「ただいま、戻りま……」
謁見の間にて、久しぶりに会う家族への挨拶は、壇上から駆け下りてきた母に抱きしめられたことで、最後まで言うことは出来なかった。
「お帰りなさい!! シアラ」
以前会った時からその美しさが衰えていない母は涙ながらに言う。
「シアラ、お帰り」
兄も近づいてきて、私をそっと抱きしめる。
もう立派な王太子である兄は父に似てきて、威厳が増してきた。
「シアラ……」
父はどうしたのだろう、と2人の間から覗けば、父は玉座で顔を覆っていた。
……泣いているのだろうか。
「お父様……」
と父に近づけば父は力一杯私を抱きしめた。
「本当に、すまなかった……」
「何をおっしゃるのです、お父様。こうして無事に帰ってきたではありませんか」
父は私をラシオンに嫁がせたことに責任を感じていたらしい。手紙でも何度も謝られ、大丈夫かと心配してくれた。
私が行くと言ったことなのに。
取り敢えず、部屋で休息をとりなさいと言われたため、私は約7年ぶりに自室へ戻る。
綺麗に掃除されていて、家具の配置も以前と全く同じなままだった。
本当に戻ってきたのだと実感する。
「……王女殿下、王妃様からお茶のお誘いが来ておりますが」
懐かしさに溺れた後、私の専属侍女だったロザリンドが訪れた。
「お母様から……?」
「……はい」
「行きましょうか」
母とのお茶会にもかかわらず、それから私は夜会の時並みの準備をさせられた。
湯あみをさせられ、香油を全身に塗られ、質の良いドレスを着させられ。
何かおかしいと思った。
それでも、おかしいと思うだけで、何が起こるのかは分からなかった。
ただのお茶会ではないことは分かったけれど。
私の予感は的中した。
「おかえり、シアラ」
案内された庭園にいたのは母ではなく、彼だった。
心の準備ができていないところで会ってしまい、動揺する。
……が、それを表に出さないように微笑んだ。
「久しぶりね、ウィル」
時は確かに流れていて、私が知っている彼よりかなり大人っぽかった。
その長身からは、学生の頃感じていたあどけなさなんてものは微塵も感じないし、侯爵家の人間としての風格が出てきていた。
それでも、その栗色の髪は相変わらず癖っ毛で、エメラルドのような瞳は昔と変わらず優しく輝いている。
私の名前を呼んでくれる声だって、全くと言っていいほど変わっていなくて……。
…………それが、とっても辛かった。
「私、お母様とお茶をするって聞いてたんだけど……」
「ごめん、俺が王妃様に頼んだんだ。シアラと話がしたくて……」
彼が私と話したいと言ってくれたことに素直に嬉しくなってしまう自分がいた。
しかし、今は少し我慢しなければならない。
「私と2人でお茶会なんて、いけないんじゃない?」
「え?」
自分で言っていて悲しくなる。
わざわざ彼を遠ざけるようなことを言っているのだから……。
だからこそ、驚いたように声を上げる彼に少し苛立ってしまう。
「あなたの奥様に対して不誠実でしょう!? そんなことも分からないの!?」
感情のコントロールが利かなくなり、私はみっともなく声を荒げていた。
ラシオンに嫁ぐ時だって、国王に執務を押し付けられた時だってこんなに心が乱れたことはないのに……。
知らない自分に私がびっくりする。
「シアラ……」
もう彼の顔は見れなかった。
彼がどんな顔をしているのか分からなくて怖いなんて、そんな滑稽な理由に本当に戸惑う。
「帰るわ……」
帰りたくなどないのに、もっと話したいのに、私は彼に背を向けていた。
自分の心が分からない。これほどまでに何が何だか分からなくなることなど今までになかった。
やっぱり、彼と会うにはまだ早かったのだ。
もう少し時間をおかなければならなかったのに……。
部屋に戻ろうと歩き出した私だったが、すぐにその足は止まった。
……止められた。
「シアラ」
「ウ、ウィル!?」
背中に彼の体温を感じる。耳元で囁かれた名前は頭の中を反響していく。
彼に背後から抱きしめられた私はいきなりのことに、びっくりする。
「ちょ、ちょっと、何しているのよ!?」
いつまでも離してくれない彼に抗議する。
必死に暴れても、彼のしっかりとした腕は振り解くことが出来なかった。
……泣きたくなった。
彼の存在が近くに感じて、私の心は喜んでいる。
けれど、どうせ突き落とされるなら、そんなに私を幸せにしないでくれと思う。
今がこの上なく幸せだからこそ、それが無くなってしまった後の想像が嫌になる。
「シアラが、俺の話を最後まで聞いてくれるまで離さない」
そう言われ、私は抵抗を諦めた。
いくら頑張ってもこの腕は振り解けないと直感したからだ。
「……分かったわ。あなたの話を聞く」
落ち着いてくると、改めてこの距離の近さに心臓がドキドキする。
ダンスの時以上に密着している今の状態に、恥ずかしさが込み上げてくる。
……何やっているのよ。もう大人でしょ、私。
「まずは、おかえり」
「それは、さっき言ったでしょ」
「これは、本題の前の前置きだから」
「それなら、さっさと本題に入りなさい!!」
おそらく、顔が真っ赤になっている私は、彼にそのことを気づかれたくなくて、早く解放されたくて、そう急かす。
「分かった。それなら本題に入る」
「そうして頂戴」
彼は、大きく息を吸い直した。
その雰囲気に、予想していたより重大な話なのだと分かる。
「……シアラは誤解しているみたいだけれど、俺には妻も婚約者も恋人もいない」
「はっ!?」
いきなり、何を言い出すのかし…………、って、え?
「俺が好きなのは昔から1人だけだ」
……何の、は、なしよ……。
「俺と結婚してほしい」
……い、ま、……なん、て言った……?
「…………え」
「だから、俺の妻になってほしい」
さっきよりも確かに聞こえた彼の声は、私の全身に染み込んでいく。
「ほ、んとに……?」
「ああ、本当だ」
予期していなかった事態に非常に混乱する。
「返事は貰えないだろうか?」
黙り込んでしまった私に彼が優しく問いかけた。
「……そんな、すぐに王族が返事を出来るわけがないじゃない」
「その点は心配いらない」
「お父様に無許可で返事はできないわ」
「国王陛下にはお許しを頂いている」
「お母様は知らないわ」
「王妃様もご存知だ。……こうして君をここまで連れてきてくださったんだから」
「……お兄様は」
「王太子殿下にも勿論話は通してある」
反論できなくなり、口を噤む。
「……だから、シアラ。君の、君自身の気持ちを知りたい」
私の意見を尊重すると言わんばかりに、抱きしめられていた腕が少し緩くなった。
抜け出そうとすれば、抜け出せる力加減だ。
こう言うところは昔から変わらない。
どこまでも優しくて、私のことを第一に考えてくれる。
今回だって、私が嫌がれば、彼はそれを受け止めるだろう。
……私には無用な配慮だったけれど。
あまりのことに涙腺が緩んでしまう。
……本当にどうしてくれるのよ、明日、目が腫れるじゃない。
緩くなった彼の腕をもう一度抱き寄せ、彼の方へそっと寄りかかれば、彼から息を呑むような気配がした。
「私だって、1人……ウィルしか愛していないわ」




