婚約破棄
とうとう卒業パーティーがやってきた。
私は薄紫色のドレスを身につける。すみれの花をイメージしたそのドレスは私の一番のお気に入りだった。フィーが髪を結い上げてくれている間、私は鏡の自分を見つめる。
「フィー」
「何ですか? アリス様」
「後悔はしていないのね」
「はい、アリス様についていきますよ。私は」
「本当に?」
「はい」
フィーは庭から摘んできた花を散りばめる。
「完成です!」
鏡ごしにフィーは優しく微笑む。
「ありがとう」
振り返ってそう告げる。
「行きましょうか。アリス様」
「ええ」
「殿下はいらっしゃったかしら?」
玄関ホールにいた執事に問いかける。
「先程、アメリア様を連れて出発されました。アリス様のエスコートはしないと仰られていました」
「そう、ありがとう」
それだけ言うと玄関の扉を開け、停車してあった馬車に乗り込む。
「確定ね」
「はい、そうですね」
「準備はできているかしら?」
「ええ、ばっちりです」
「なんだか、いけないことをするみたいで楽しいわね」
「私も今から楽しみなんです」
そう言って2人は笑い合う。
日が沈んだ王都には灯がともり始めた。
「それでは行ってらっしゃいませ」
「行ってくるわ」
「お待ちしておりますので」
「ええ、またね。フィー」
馬車を降りてフィーと別れた私は会場へ向かう。
もう既に殆どの人が入場しているのか、人はまばらだった。
会場に入ると人々の視線が一斉にこちらを向く
10歳の時のお茶会が思い出された。
……やるなら、早めに終わらせてくださらないかしら。
メイドからオレンジジュースを貰い、アリスは周りを見渡す。
皆が私と距離を取る中、
「アリス」
私の名前を呼ぶ人がいた。
「シアラ様……」
振り返ってご挨拶をする。
「ごきげんよう」
「アリス、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。最後にシアラ様にお会いできて良かったですわ」
「ふふふ、その様子だと平気そうね。あれからやっぱり気が病んでしまっていたらどうしようかと思っていたけれど」
「ご心配をおかけしました」
「準備は?」
「万端です! ご安心ください」
「安心したわ」
2人の間に穏やかな時が流れる。
「良かったわ。あなたが幸せそうで」
「はい。これからの人生とっても楽しみですの。……シアラ様にお会いできなくなるのは寂しいですが」
そう、それなのだ。
今までは王子の婚約者としてシアラ様にお会いすることができた。
しかし、これからは会うのも難しくなるだろう。
私のことを気にかけ、沢山の知識を授けてくれたのはシアラ様だ。
私は最後だと思って、シアラ様の顔から目を逸らさなかった。
一秒一秒でも大切な時間だと感じる。
「私も寂しいわ……と言いたいところだけれど、大丈夫。また会えるわよ」
え?
「ここだけの話、私帰国計画を実行しようと思って」
「ええっ!?」
思わず声が出てしまったが、見逃してほしい。
「本当は20歳の時には実行しようと思っていたのだけれど、可愛い可愛い妖精ちゃんが困っていたから残ることなっちゃったのよね」
それって……
「アリスがお茶会を抜け出した日にこの子をここに置いていくなんて、って気が引けちゃったのよ。私と同じ瞳を持っていたから放って置けなくて」
「私のために残ってくださったのですか?」
6年間も……。
「あなたが気負うことは何もないのよ」
「でも……」
20代の貴重な時間を失わせてしまったのではないだろうか。
「ほんとよほんと。あなたと過ごす時間は楽しかったし。陛下の愚痴も聞いてくれたし。この6年間、とっても楽しかったわ。だからね、アリス」
花が咲くようにふんわりと微笑まれる。
「幸せになるのよ。あなたが幸せになってくれたら私も幸せなのだから。私が計画を終えたら、あなたに必ず会いに行くわ。だから何も最期の別れではないの。またすぐ会えるわ……ってアリス、泣かないで!」
「申し訳ありません」
「パーティー中よ、王子の婚約者が涙を見せるなんてあってはなりません」
「はい、すみません」
それでも、それでも目がじんわりとする。
暖かいものに触れた時、泣いてしまうのは困ったものだ。
「シアラ様」
「ん? なぁに?」
「ありがとうございます。私、シアラ様のことが大好きです」
そう言うと、シアラ様は優しく微笑まれた。
「私もよ。アリス、大好きよ!」
こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。
「アリス・スペンサー!!」
「お呼び出しよ、アリス」
「はい、では行ってまいります」
「行ってらっしゃい!」
私は声のした方に頭を下げる。
「何でしょうか。ジオルド様」
「俺は出会った時から今日までお前のことが大っ嫌いだった。それでも我慢してきたのだ」
……シアラ様はどうやって帰国なさるのかしら。あの方の計画……この上なく面白そうだわ!
「だが!! 先日、学園でアメリアを階段から突き落としたそうだな! 俺の愛するアメリアに嫉妬して危害を加えるとは何と愚かな女なんだ、お前は!!」
……これが終わったら、シアラ様の母国、スーリール王国にでも行ってみましょうか。
「お前のような冷酷非道な女を国母にすることはできない!! よって、お前との婚約を破棄する!!」
……私、シアラ様と出会えて良かったわ、本当に。こんなにも素敵な方に出会えるなんて。……あら、どうしましょう。悲しくないのに涙が……。
「聞いているのか!?」
……この16年間、殿下と婚約して6年間、辛かったけれど、シアラ様には感謝しかないわ。
「何か答えろ!!」
……シアラ様と出会わせていただけて、こればかりは国王や王子に感謝しなくてはね。
「アリス・スペンサァー!!!」
ん?
「はい」
私は顔を上げる。
ジオルド王子と、王子にもたれかかるアメリア。
綺麗な顔を歪ませた彼らは私の顔を見るなり、馬鹿にしたように笑った。
「ははっ、なるほど。泣いていて声が出なかったのか! 仕方ないな! お前は俺の婚約者以外何の取り柄もないからな!」
「はぁ」
ジオルドさまぁ、アメリア、と互いの名を呼びイチャイチャし出す2人に呆然とする。
「何のお話でしたか? 申し訳ありません。(シアラ様のことで一杯で)よく聞こえませんでした」
確信はあるけれど、念のためね。
もし、もし違う内容だったら問題だわ。
「そうだな! ショックすぎて体が拒絶したんだろう。もう一度はっきりと言おう! 俺はお前、アリス・スペンサーとの婚約を破棄する!!」
「畏まりました」
もう帰ってもいいかしら。
「それでは、殿下……」
「待てっ!」
ん?
あぁ、公爵様でしたか。
「アリス・スペンサー、お前は長年の間我が公爵家に恥をかかせた。その上、愛らしいアメリアを階段から突き落とすなど言語道断! 今日この時をもって、お前を勘当する! お前はもう公爵家の人間ではない!」
「畏まりました。それで……」
「これでお前は身寄りが無くなったわけだ」
アメリアの腰に手を回したジオルド様が仰る。
まだ、何か?
「貴族令嬢が1人で平民として生きるなど不可能だ! そこでだ! お前を特別に俺の側妃にしてやろう! これでお前は生きていけるし、国のために役にたてるのだ!」
……は?……え。いや。
あぁ。
……なるほど。
私は全てを理解する。
婚約破棄をするという噂を、疑ったことはなかった。しかし、あれほどリーララピスに固執していた国王が果たしてそれを手放すのか、それが不思議だった。
王子が国王に婚約破棄について話していない説を推していたが、違ったようだ。国王は側妃として私が嫁ぐことで合意したといったところだろうか。
……アメリアの代わりに公務を行えと、そう仰るのですね。確かに、学園にいる間王子様に媚びることしかしなかったアメリアでは公務は無理ですね。でも、公務を代わってあげるほど私はお人好しではありませんの。
「お断りいたします」
「何だとっ!?」
「ですから、お断りいたします」
「殿下、おそらくこの娘はあまりの出来事に思考が追いついていないのです」
「なるほどな。では、1日お前にくれてやる。明日もう一度俺の前に跪くが良い。これが俺からの最大の温情だ。感謝しろ!」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
私は足早に会場を後にする。
急いでフィーのところに行かなくてはっ!
王宮の長い廊下を駆け抜ける。
廊下を走るなど淑女としてはいけないことだが、今はそんなこと気にしていられない。
王宮の廊下にコツコツというヒールの音が鳴り響く。
婚約破棄した瞬間に側妃になれ、など考えもしなかったわ。そうね……、そういえばあの人は15歳の公爵令嬢に公務を押し付ける、常識が通じない人だということをすっかり忘れていたわ。
……それにしても、この状況は少しまずいわね。時間が足りないわ。
普段あまり運動をしない私は100メートルほどの最後の廊下を懸命に駆け抜けた。
馬車に続く庭園もそのまま走り切ろうとした時、視界に入ってしまった。
苦しそうな呼吸をしながらふらふらと歩いている人間を。
婚約破棄まで来ました!!
ここまで読んでくださった方、評価してくださった方、ブックマークしてくださった方、本当にありがとうございます!
これからも拙い文章ではありますが、更新を続けていきます。どうぞ、よろしくお願い致します!!




