逃走の始まり
私は無意識のうちに足を止めてしまった。
本当なら一分一秒時間を無駄にはできない。
でも……それでも放っておくことはできなかった。
……回復魔法ならすぐに終わるわ。
そう思って男性に近づく。
月光に反射する金髪はそれはもう美しかった。高価そうな上着からそれなりの身分であることがわかる。
「ごきげんよう」
私が声をかけると彼は振り返った。
「君は……」
以前より少しやつれて見えるその美貌は相変わらず見るものを惹きつける。留学生にして満点を取った天才……。
……アラン・アルテミスだ。
……いやいや、見惚れている場合ではないわ。
とっとと回復させて立ち去るのよ!
「失礼しますね」
そう言って彼の手を両手で包むと、彼はあからさまに動揺した。
「アフェクトリーベ」
そっと囁くと包んだ手から白い光が漏れる。
彼の呼吸は徐々に落ち着いていった。
もう大丈夫だろう、そう思ったところで手を離す。彼の目が驚きに見開かれていた。
「君は……」
「それでは失礼します!」
軽く礼をすると私は一目散に駆け出した。
後ろから私を呼び止める声がしたけれど、申し訳ないわ。今は時間がないのよ。
馬車が停車している広場まで辿り着くと、大きな鞄を二つ持ったフィーを見つける。
「フィー!!」
「アリス様!」
私はタタタッとフィーに駆け寄る。
「ごめんなさい、お待たせして」
「いえ。大丈夫ですよ。……それで、どうでした?」
「予定通り、婚約破棄されたし、公爵家から勘当されたわ」
「左様ですか……」
「一つ計算違いが起きたの」
「それは……」
「あの王子、私を側妃にすると言ってきたわ。公務を押し付けるためにね。明日までに猶予をやると言われたのだけれど、私が逃げたと分かったら捜索されそうだわ」
「では、国外へ逃亡しなくてはなりませんね」
「ええ、時間が無いわ」
「アリス様、この王都から国境までは、何日かかかると思いますがどうしましょう。国境の方にアリス様を国外に出さないよう通達されては逃げられません」
「そうなのよね……」
私とフィーは考え込む。
「スペンサー家のご令嬢」
その声にパッと振り返る。
……追いかけてきたのかしら。
そこには彼がいた。
「申し訳ありません。お話が聞こえてしまったもので……」
その言葉にフィーが警戒する。
「どうか今のは秘密にして頂けるかしら?」
「良いでしょう。誰にも言いません。……ご令嬢は国外に逃げる必要がある、それは確かですか?」
「ええ」
もしよろしければ……
「私の馬車に乗って行きませんか?」
……はい?
「この王都から最短で国外に出る場合、一番近いのはアルド帝国です。私は今からこの地を出てアルドに向かいます。ですので、私の馬車に乗っていけば国境の方へ向かえますよ。今から街に馬車を手配するより、早いと思いますが」
……この提案、一刻も早く国境に行きたい私にとっては素晴らしいものだわ。
……でも、彼のことを信用しても良いのかしら。
途中で王の手下に差し出されたりしないかしら。
「この提案、私にとっては嬉しいです。ですが、あなたがこの提案をするメリットは何ですの?」
「学園の時から思ってはいたが、頭の良いご令嬢だ。……そうだなぁ、僕の望みは国を出た後に少し協力してほしいことがある」
「それは? 無理な要望には応えられません」
「君の光魔法で、病気を治して欲しい人がいる」
深く美しい青色の瞳には嘘は映し出していなかった。真剣そのものだった。
「……フィー、アルテミス様の馬車に乗せて頂こうと思うのだけれど、どうかしら?」
「私はアリス様がそう仰るなら、反対はしません」
「ということで、お願いしてもよろしいでしょうか」
「勿論だ」
そう言って彼は微笑んだ。
昼もさることながら、夜の彼もそれはそれは美しかった。




