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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「終わる世界の赤の竜」
9/94

9話「世界の敵と赤の竜」

訓練場にて、諒兵と誠吾は対峙していた。

「セァアァッ!」

「チイィッ!」

上段からの凄まじい連撃を、諒兵は両腕を使って捌く。

右に左に、時にはバックステップでかわしてのけた。

だが、決して受け止めるようなマヌケな真似はしない。

竜を倒すには、竜の力が必要だ。

それは本来は硬い外殻、鱗であり、爪であり、牙だ。

ブレスは、標準装備されてはいるが、その先にある特殊能力だといえるだろう。

つまり、身体を構成する金属が、まず強力な竜の力であるといえる。

そして、その身体を破壊するためには、同じ竜の力が必要となるのだ。

ゆえに、龍機兵は生まれた。

そんな龍機兵たちは鱗や爪、牙を使って武器を作る。

誠吾の刃もそういった形でできていることは既に語っている。

剣士である誠吾が竜の力で作り上げた刃、すなわち剣。

それは竜を倒せる剣だ。

いわば、本物の『ドラゴンスレイヤー』、竜殺しの魔剣なのである。

そんな武器をまともに受け止めるほど、諒兵は愚かではない。

爪や牙で傷つくのとはわけが違う。

まともに受ければ、竜化した腕であろうと切り落とされてしまうのだ。

だが、誠吾とて伊達に戦闘部隊の隊長を務めているわけではない。

捌かれるのであれば、手数でその上を行くか、捌けないほどの豪剣で力押しすればいい。

誠吾が選択したのは後者。

上段からの全力の剣は、竜化した腕の力でも捌けない。

「そんならッ!」

そう叫んだ諒兵は、左の上段狙いの後ろ回し蹴りを繰り出し、青竜景光の腹を叩いて弾き飛ばす。

「クッ!」と、声を漏らした誠吾。

諒兵の後ろ回し蹴りは、二段構えだったと気づかされたからだ。

左足が地に着いたとたん、即座に右足が跳ね上がってきたのである。

さすがにまともには喰らえない。

とっさにそう判断した誠吾は、諒兵の右回し蹴りに合わせるように、左脚を蹴り上げた。

その左脚のふくらはぎから、グルンッと何かがせり出してくる。

「たくッ、足癖わりいぜッ!」

「人のことは言えないだろうッ!」

諒兵が毒づくように叫ぶと、誠吾も叫ぶ。

誠吾の左脚のふくらはぎからせり出してきたのは、何と刃であった。

よく見ると、竜化した両脚のふくらはぎには、青竜景光ほどではないが、立派な刃が収納されていた。

蹴りと同時にその刃を繰り出してきたのである。

このままだと右脚を斬られると考えた諒兵は、刃を避けるように回し蹴りから踵落としへと変化させ、誠吾の左足を叩き落した。

そのまま、お互いに距離を取る。

「さすがにいい格闘センスをしてるね、日野君」

「剣士が蹴りだしてどうすんだよ、たく……」

「一刀流で真剣勝負をしてくれる相手はなかなかいなくてね。これも自衛のためだよ」

確かに誠吾のいうとおり、古竜が剣の勝負などしてくれるはずがない。

状況に応じて戦っているうちに見についた技なのだろう。

そういう意味では誠吾の剣は既に示現流ではなく、我流の剣といえた。

「戦うために自身を変えることを、特に僕たちは否定できないからね」

「そうだな。ま、こういうのは嫌いじゃねえ」

諒兵自身はマーシャルアーツを学んだといえど、ほとんど我流の格闘術だ。

変化することは嫌いではない。

変化させられることなら、という前提条件がつくが。

「うまくやってかねえと生き残れねえし」

「そういうことさ」

そう応えて少しばかり微笑んだ誠吾は、刃を下段に構えると地を蹴って間合いを詰めるのだった。




その日。

諒兵は一人で前線である海岸近くまで歩いてきていた。

丈太郎は、各国の兵団のまとめ役の会合とやらで出かけており、訓練するにも相手がいなかったのだ。

もっとも、戻せるようにということで竜化できるようなった部分の竜化と人化を繰り返すことはしていたが。

ただ、それでも、右腕だけは戻らない。

この腕に、バケモノであることを望む自分がいる。

だが、丈太郎にいわせれば、それは竜というバケモノに対する恐怖心がさせていることで、実際は一番弱い自分がここにいるということだ。

「さすがにムカつくぜ……」と、独りごちる。

そういわれたことよりも、それが事実であるということが理解できることに苛立ってしまう。

ゆえに、一人で前線まで出てきた。

今後、自分だけが戦わないというわけにもいくまい。

資格に厳しい条件を設けているだけあって、龍機兵はあまりに数少ない。

戦力は喉から手が出るほど欲しいはずだ。

そんな中、龍機兵でありながら、前線に投入されない自分は何の役にも立っていない。

そんな、弱い自分に腹が立つ。

「ッ?!」

刹那。

風を切る音と異様な、だが覚えのある気配を感じた諒兵は、とっさに右腕を構えて金属の塊の一撃を受け止めた。

「ウガァッ!」

だが、あっさりと弾き飛ばされてしまう。

廃墟と化した建物の壁にしたたかに打ち付けられた諒兵は、自分を弾き飛ばした相手に視線を向ける。

そこには、群れからはぐれたか、それとも一匹で餌を求めてきたのか、金属でできた四足で瓦礫だらけの地面を掴み、睨みつけてくる竜がいた。

「ケッ、一匹かよ」

姿はシェンロン型に近いが、大きさはせいぜい三メートルというところだろう。

先ほどは振り回した尾で諒兵を弾き飛ばしたらしい。

諒兵はまだ両腕両脚を竜化できる程度だが、大きさから見れば竜の血を呑んだ直後に倒した竜と変わらない。

せいぜい、成長途上の竜だろうと諒兵は判断した。

「初陣だ。俺の糧になれ」

そう呟き、両腕両脚を竜化させた諒兵は一気に駆け寄る。

一撃で頭を潰してやるつもりだった。

しかし。

「ガァアッ?!」

直後、頭上から落ちてきた塊が、諒兵を地面に叩き付ける。

「水ッ?!」

気づけば、自分と竜が対峙する場所を上から覆うように、直径二、三メートルほどの水の塊が無数に浮いていた。

それが諒兵の上に落ちてきたのだ。

水と侮るなかれ。

塊のまま何十メートルという高さから落ちてくれば、それはもはや鉄の塊と変わらない。

いかに、今の諒兵といえど、喰らい続ければ身体が壊されてしまう。

「何なんだこいつッ?!」

諒兵は知らない。

竜についての知識がないからだ。

明確な名がなかろうと伝承を持つ竜はいる。

目の前にいるのは少し形が変わっている程度の古竜ではなかった。

現在の長野県北信地方に伝わる民話『黒姫伝説』に出てくる『龍蛇』であり、れっきとした伝承竜だったのである。

その竜が伝説の中で行った、もしくは行おうとしたのが『水落とし』

伝わる伝説によっては、狭い地域であれ下界を潰したとまでされる伝説上の能力である。

龍蛇は諒兵が警戒するのを見るや否や、一気に無数の水を落としてくる。

それはまるで爆撃だった。

「クソッタレッ!」

竜化した脚で地面を掴み、諒兵は高速移動を駆使して水弾をかわす。

直撃を食らわなければ、ダメージはない。

ならば、とにかく避けまくって、接近すればいい。

そう考えた諒兵だったが、その攻撃は、水を狙った相手にぶち当てるだけのものではなかった。

「なッ?!」

ズルッと足が滑り、転んでしまう。

地面に当たった水は、瓦礫を弾き飛ばし、地表を顕わにしていた。

さらに、その地表の土が、水によって泥と化していたのである。

龍蛇は転んだ諒兵に素早く近づくと顎を開く。

立ち上がろうとするが、滑ってうまくいかないことに焦った諒兵は、必死に首を捻った。

「グアァアアァァアァァァァアァァッ!」

牙が肩口に食い込む。

噛まれた肩口がメキメキッと嫌な音を立てる。

龍機兵の身になっても痛みは感じるものだと知っていたが、龍蛇の牙は死を予感させるような強烈な痛みを与えてきた。

せっかく力を手に入れたというのに、このままあっさり死んでしまうのだろうか。

そう考えたとたん、諒兵の心に恐怖が襲いかかってくる。

眼前の龍蛇の形をした恐怖。その姿に諒兵は怯えてしまう。

だが。

「なんだ……?」

そこに、龍蛇という恐怖を飲み込んでしまうような大きく、そして真っ赤に燃える炎が現れた。

それを手に取れば、もはや何者にも負けない。

諒兵はそう感じ取る。

「そいつを寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

まるで世界中に轟くような大声で叫んだ諒兵は、その炎を竜化したままの右腕で奪い取った。

すると。

「ウガァアァァアアアァアァァアアッ?!」

竜の血を呑んだときのような、まるで全身が溶鉱炉と化したような熱さが襲いかかる。

それだけではなかった。

顔から、胸から、腹から、今度は諒兵の全身から、血のように真っ赤な金属の鱗が生えてくる。

全身が変わる。

人からバケモノへと変わる。

怯えたかのように諒兵から離れる龍蛇の目の前で、かつて日野諒兵と呼ばれていた少年は、全身が血のように真っ赤な竜へと変化する。


『グルァアァァアァァアァァァッ!』


雄叫びと共に凄まじい熱気を放った血のように赤い竜。

すると、上空に浮かぶ水弾は一気に蒸発し、泥と化していた地面は一気に焼け野原にまで変わった。

『グゥアァァアァァアァァアアッ!』

心が猛る。

殺せ、殺せと叫んでくる。

眼前のすべてを殺せ、無に帰すまで焼き尽くせ、と。

その衝動に抗う様子も見せず、血のように赤い竜は、龍蛇に襲いかかる。

慌てた様子で空へと飛び立つ龍蛇。

だが、逃がしはしないとでも言いたげに、血のように赤い竜も背中の翼を広げて飛び立つ。

そして血のように赤い竜が振るった右腕は、龍蛇の金属の身体を容易く切り裂き、砕く。

『ジャアァオォオォオォォォンッ!』

龍蛇がここに現れて始めてあげた声は、恐怖による悲鳴のようだった。

だが、簡単にはやられはしないとでもいうのか、龍蛇は再び無数の水弾を生み出し、血のように赤い竜に向けて落としてくる。

しかし、それは最後の悪あがきに過ぎない。

攻撃の気配を感じ取るや否や、血のように赤い竜は、その顎を大きく広げた。


『グルアァアァァアアアァアァァァッ!』


そこから放たれた強大な炎は、水弾はおろか龍蛇そのものも飲み込み、青空を赤く染める。

後に残る静寂の中、血のように赤い竜は再び雄叫びをあげ、唐突に現れた凄まじい殺気に振り向いた。


『呑光』


目の前にあったのは、今の自分すらも飲み込めそうなほど大きな顎を持つ大蛇の頭。

最後に見たのは、そこから放たれる強烈な光だった。



数十分後。

目を覚ました諒兵の目に映ったのは、先ほど来たときと変わらないような青空。

そして。

「目ぇ覚めたか?」

無精ひげを生やした自分の兄貴分の顔だった。

複雑そうな表情で覗き込んできている。

「気分ぁどうだ?」

「目を開けて最初に見たのが兄貴の面だぜ。いいわけねえだろ」

「憎まれ口叩けんなら、そこまで酷くぁねぇな」

そういうと、苦笑いしながら、丈太郎は横たわる諒兵の近くに腰を下ろす。

「殺す気でぶっ放したろ」

「じゃなきゃぁ、あのおめぇは止めらんねぇかんな」

「さっきのが兄貴の竜の姿なのか?」

「そのうちの一つだ。あれと同じ頭が八つある」

「八岐大蛇みてえだな」

「みてえじゃねぇ。まんまそれだ。それが俺だ」

「マジかよ……」

竜が存在すること、その中に伝承を持つ竜が存在することは聞いていたが、まさか自分の兄貴分がその一人だったとは思わず諒兵は呆れてしまう。

「さっきの竜も似たようなもんか?」

「ありゃぁ、黒姫伝説の龍蛇だな。まさか勝手に伝承竜に出くわすとぁ思わなかったぞ」

「あれも力を持つ竜だったんか……」

なるほど苦戦するわけだと諒兵は納得する。

だが、それ以上に驚かされたのは、否、今もなお、恐怖を感じさせるのはそれではない。

「兄貴、俺は『何』だ?」

「気づいたんか……」

「心の中にあったでかい炎を奪い取ったらああなった。後は『何もかもぶっ壊せ』っつう声に振り回された」

力を使ったとはとてもいえない。

大きすぎる力に振り回されただけだった。

ゆえに諒兵は思う。

自分は、自分の『竜の力』を知らなければならない、と。

知らないままに戦い続ければ、自分は本当に何もかも壊してしまう。焼き尽くしてしまう。

それはきっと竜だけに留まらない。

人も、獣も、草花や、木々も。

この地にあるすべてを焼き尽くし、何もかも消してしまいかねない炎。

それが自分という竜が持つ力なのだと諒兵は心で理解できた。

ゆえに再び問う。

「兄貴、俺はいったいどんな『竜』なんだ?」

その問いに対し、丈太郎はため息をつくと思い悩むように黙り込む。

長く続くかと思われた沈黙は、意を決したのか、丈太郎の言葉で破られた。

「おめぇは『赤の竜』って呼ばれてる」

「赤の竜?変な言い回しだな」

赤い竜、赤き竜といった言い方なら聞いたことはあるが、『赤の竜』とはおかしな言い回しであるといえよう。

「赤い色の竜自体ぁ世界中にある。ただ、おめぇぁ違う」

有名どころでは、イギリス、ウェールズに伝わる伝説のウェルシュドラゴン。

アーサー王伝説にも出てくる有名な『ウェールズの赤い竜』だ。

日本にも、赤に近い色ならば、紅龍の伝説がある。

また中国では、燭陰しょくいんという神が赤龍の代表格として知られる。

だが、わざわざ『赤の竜』などという言い回しはしない。

「普通じゃぁねぇかんな」

「あ?」

「おめぇの竜の力、『赤の竜』は俺たちが使う俗称だ。本当の名前ぁ、縁起が悪すぎんでな。だが赤い竜っつうと、他の龍機兵に迷惑がかかっちまうんで、わざわざ作ったんだ」

「人を縁起物扱いすんな」

思わず突っ込む諒兵だったが、丈太郎は気にすることもなく話を続けた。


「おめぇの力の名ぁ『サタン』、一神教に出てくる七つの大罪の一つ『憤怒』、その化身といわれる魔王の力を持つ竜だ」


さすがに、諒兵も言葉を失った。

自分がまさか魔王の化身と呼ばれるような存在になっていたとは思わなかったからだ。

「何で、そんなもんが……」

「あぁ、不思議でなんねぇ。伝承竜の力ぁ土地に縛られるかんな」

「どういうこった?」

「詳しくぁ省くが、俺が八岐大蛇なのぁ日本人だからだ。イギリス人ならイギリスの、中国人なら中国の、アメリカ人ならアメリカの伝説に出てくる竜の力を持つ」

ゆえに、ヨーロッパの伝説とも言える憤怒の化身の力を、日本人である諒兵が持てるはずがない。

だから、諒兵が龍機兵となったとき、土地に縛られる以上の『何か』が働いてしまったのだろうと丈太郎は説明する。

そして、『赤の竜サタン』とは、ただ単に人を襲うだけではなく、すべての竜も焼き滅ぼす力だという。

つまり、人にとっても、竜にとっても、さらに言えば龍機兵にとっても敵だ。

それどころか生きとし生けるものすべての敵だといえる。

言うなれば『世界の敵』たる竜なのだ。

「赤の竜ぁただの竜じゃねぇ。人も竜も滅ぼすって言われてる。おめぇが完全に竜になっちまったら、この世ぁ終わりだ」

「俺は……」

「だからだ諒兵。力に呑まれねぇでくれ。俺ぁおめぇを殺したくぁねぇ」

そういって頭を下げる丈太郎の姿に、諒兵は大きな苦しみを感じ取る。

何故竜が世界に解き放たれたのか。

丈太郎はその原因か、もしくは近いところにいるのは間違いないと思う。

だが、その業を背負ってしまったのは自分だった。

これ以上の罪を、業を背負うのは、さすがに丈太郎でも辛いのだろう。

「俺はどうすりゃいい?」

「強くなれ。その力で何か一つでも守れるくれぇに」

「……考えとく」

そのとき、諒兵はそう答えた。




あのときそう答えたからこそ、今の諒兵がある。

だから。

「僕の勝ちかな?」

「チッ、てめえの未熟を思い知るのはいい気分じゃねえな」

「それは成長の糧になるものだよ」

誠吾との手合わせで惜敗した諒兵は、その言葉を素直に受け取る。

同じ孤児院で育った兄貴分が、頭を下げて頼むほど辛いことである自分が『赤の竜』になった事実。

その事実をもう変えることができないというのなら、この力を使いこなすか、もしくは自分で死に場所と死に時を決めるかしかない。

「力を欲しがったのは俺自身だかんな……」

「そうだね。どんな力であれ、欲しがらなければ手に入らない。その力は君が求めたものだよ」

「わかってるさ」

その答えを聞いた誠吾が背を向けて歩き出すのを、諒兵はただ眺めていた。






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