8話「終わった少年と剣の竜」
ラボで丈太郎と冬子が話をしているころ。
鈴に会うとどうしても調子が狂うと感じた諒兵は訓練場まで足を運んでいた。
鋼鉄の牛の突進によってかなりのダメージを受けていた訓練場だが、最も被害が大きい場所は焼け焦げるか、溶けてしまっていた。
つまり、自分が吐いた炎のブレスの跡だ。
それが最も被害が大きいということを改めて感じ、諒兵は自嘲気味に笑う。
そんな諒兵に声をかけてくる者がいた。
「凄まじいね」
「あんたか」
諒兵に声をかけてきたのは誠吾だった。彼の視線もまた、諒兵が残したブレスの跡に注がれている。
「少し油断したみてえだ。ブレス吐くつもりはなかったんだけどな」
「伝承竜だったんだろう?」
「戦闘部隊はファフニールを撃退したんだろ。それに比べりゃ小物だ」
小物かどうかはともかく、単純に大きさを比較するなら、確かにまだ成長途上の竜であっただろう。
一人で倒したとはいえ、威張れるようなことではないと諒兵は思う。
「そんなのを倒すのにこんなブレス吐く必要はねえ。巧く戦えなかった結果だ」
「反省するのはいいことだ。安心したよ」
「何でだ?」
「こんな惨状、龍機兵でも慄く。これだけのブレスを吐ける龍機兵はいないからね」
ブレスは竜の標準装備であると同時に切り札とは以前に語っている。
ただ、龍機兵でも半竜体では吐けない者が多い。
特に頭が人間のままの場合、ブレスを吐くことは不可能といわれている。
ドラゴンブレスというだけあって、人間の頭の形では自分の顔に被害が出てしまうからだ。
諒兵も人間の姿のままでブレスを吐くことはできない。
その代わり、腕だけを竜化させて炎を操ることはできるのだが。
いずれにしてもブレスを吐けるのは成竜体以上の龍機兵だけである。
つまりは。
「あんただって変わんねえだろ。貫通力ならトップクラスのウォーターブレス吐けるのに、何を言ってやがる」
当然、誠吾もブレスを吐くことができた。
現代の科学では、大きな機械を用いて行われるウォータージェット。
誠吾はそれをブレスとして吐くことができる。
諒兵の炎のブレスが全てを呑み込むような強大な炎なのに対し、誠吾の水のブレスは一点を完膚なきまでに破壊し、ぶち抜く。
その威力はほぼ同等レベルということができるだろう。
「最強の火力を持つファイアーブレスを吐ける君にそう言われるのは光栄かな」
「総合的な威力なら兄貴のレーザーブレスがトップだろうけどな」
「さすがに『呑光』と比べるのはお互いにまだ早すぎるよ」
そういってお互いに苦笑する。
龍機兵団最高責任者でもある丈太郎は、光の息たるレーザーブレスを吐くことができる。
丈太郎クラスのブレス使いは世界でも数人なので、いまだ成長途上の龍機兵である二人には確かに比べるには早すぎた。
なお『呑光』とは、丈太郎のブレスにつけられた名称のことだ。
『八岐大蛇』の伝承で有名なのは、酒を飲ませられたということなので、そこからつけられたらしい。
余談が過ぎた。
いずれにしても、竜にとっても、龍機兵にとってもブレスは切り札。
成竜体以上なら使いやすいし、竜はけっこう頻繁に使ってくる。
ただ、それに頼りすぎれば、竜の力に呑まれる。
「だから、今回使っちまったことは、ちゃんと反省してんだよ」
「そうだね。ファフニール戦では僕や他のみんなも使ったから、あまり君を責める気はないけど、使わないで勝てるなら、そのほうがいい」
「肝に銘じとくさ。で、話は終わりでいいのか?井波の旦那」
「いや、せっかくだし、手合わせでもしようかと思ってね」
「手合わせ?」
と、諒兵が訝しげな表情を見せると、誠吾は両腕と両脚を竜化させた。
両手の指先の爪が外れ、青い刀身だけの刃を構成する。
「得意なやり方でいこう。ただし半竜体で」
「ブレスは無しってことか。それにしちゃ『青竜景光』を作る辺り、けっこうマジっぽいな」
誠吾が握る刀身だけの刃には名前があった。
誠吾はもともと九州育ちで古流剣術の示現流を学んでいた。
そのため、剣士といってもいいような戦い方をする。
ゆえに、龍機兵となってから作ったのが『青竜景光』だ。
元のイメージは『小竜景光』
鎌倉時代末期から、南北朝の時代を生きた武将、楠木正成公が持っていたとされる日本刀で実在する国宝でもある。
龍機兵となった自分が持つには、竜の名を持つ刀が相応しいと考えての命名だった。
龍機兵と竜の違いは武器を作れるかどうかだ。
竜の武器はあくまで爪と牙、そして尻尾といった要は肉体の一部だ。
だが、龍機兵は人間としての想像力で、そこから武器を作り出すことができる。
もともと龍機兵が戦うための身体も金属で構成される。
それを再精製して武器を作るのである。
一番作りやすいのは刀剣類。爪や牙を変形させればいいのだから当然のことだ。
刀や剣以外にも、槍や斧、鎌や大槌といった武器を作る者もいる。
だが、中には変わった者もいて、弓矢や銃器、果ては重火器を作る者もいる。
複雑化するほど、イメージも精細なものが必要となるので、作れるものはそれなりに知識がある者に限られるのだが。
いずれにしても、誠吾が剣を持つのは自分がまだ人間であるという意識からなのかもしれない。
「真剣にやるなら、相応の武器が要るだろう?」
「その意見にゃ同感だ」
そういって、諒兵も両腕両脚を竜化させる。
だが、武器を作ることはない。
もともと諒兵は格闘技で戦う。
実のところ、丈太郎がどこで覚えたのか、マーシャルアーツを使うので、それを学んだのである。
ゆえに武器は作らない。
肉体こそ武器という考え方だからだ。
だが、竜のように、もっと言えば獣のように爪と牙を振り回すような戦い方を格闘技とは言わない。
肉体こそ武器というのは、肉体の使い方を理解しているということなのである。
それは、剣士が剣の使い方を理解していることとなんら代わりはない。
ゆえにその姿は、竜に酷似していても、竜ではないといえる。
もっとも、そんなことは今対峙する二人にとってはどうでもいいことだろう。
「行くぜ」
そう呟いて手を軽く上げ、軽くステップを踏む諒兵に対し、誠吾は剣を上段に掲げたのだった。
再び、今から半年前。
兵団に連れてこられた諒兵は、宛がわれた自室で鏡の中の自分を見つめていた。
もっとも、ナルシストの気など毛ほどもない諒兵が見ていたのは自分の顔ではない。
自分の喉元にできた奇妙な赤い玉だ。
丈太郎から、これがなんなのかは説明されている。
だが、にわかには信じられなかった。
「兄貴の言い分だと、今は俺の顔のほうが作りモノってことだよな……」
そう呟き、諒兵は丈太郎と話した内容を思いだす。
自分に何が起きたのか。
そのことを尋ねたとき、丈太郎はまず、隠していた自分の喉元を開けて見せた。
「そいつは……」
「おめぇの喉元にもあんだろ。こいつぁ『龍玉』っつってな。竜にとっての核にあたる」
諒兵は竜の血を飲んだことで自分の体内に竜となるための核を持ってしまった。
その核、つまり龍玉から分泌されるナノマシンが近くにある金属を吸収、精製し、竜の身体を作る。
「それが、この右腕か……」
「あぁ。おめぇにも金属を吸収した覚えがあんだろ?」
あのとき、自分の身体に突き刺さったナイフや鉄パイプなどを思いだす。
あれは、自分の中の龍玉が、竜の身体を作るために金属を呼び寄せたということかと諒兵は納得した。
「一度精製すりゃぁ後ぁ龍玉が維持する。何度も突き刺さったりゃぁしねぇ。慣れりゃぁ自分で金属を吸収、精製できるようになる」
「ありがてえけど、嬉かねえな」
そういって、諒兵は戻らない右腕を見つめる。
「で、どうすりゃ戻せるんだ?」
「おめぇが戻せねぇのぁ、そもそも竜化を知んねぇからだ。だから竜化を教える」
「りゅうか?」
「竜に化身すんだよ。人によって差ぁあんが、おめぇは間違ぇなく全身を竜に変えられるはずだかんな」
「何でだ?」
「……いずれ説明してやらぁな」
そういった丈太郎の表情は酷く沈んでいた。まるで、苦痛に耐えるかのような表情にも見えた。
それからしばらくして、竜化の訓練で自分の両脚を竜化させることができるようになった諒兵はある疑問を持った。
諒兵は、戻らない自分の右腕は、竜の鱗を鎧として纏っているようなものだと思っていた。
腕に関してはそれでも納得できるのだ。多少無理があるとはいえ。
だが、竜の脚は人の脚というより、獣の脚だ。
人と獣の脚は構造からしてまったく異なる。
だが、諒兵は竜の脚と化した自分の脚にまったく違和感を持たない。
鎧のように身に纏っているのなら、動かせるはずもない構造をしているはずの脚に対して。
「いいトコに気づいたな」
「どういう意味だ?」
「わかりやすくいやぁ、それが俺たち龍機兵と竜の違いだ」
「違い?」
「俺たちが人の姿に戻れんのぁ、人の意志を保ってられっかどうかだ」
「人の意志だと?」
「あぁ。竜の本体は龍玉っつぅ核だっつったな」
「ああ」
「今の俺たちの本体ぁ龍玉になっちまってんだよ」
つまり、龍機兵、今の諒兵や丈太郎は、既に身体からして人間ではないということなのである。
龍玉、すなわち竜にとっての核にあたる部分が、人間の姿に擬態させているということだ。
諒兵は言葉を失った。
喉元にある小さな赤い玉。これが今の自分そのものだと丈太郎がいったのだから。
もっとも、そこまでではないと丈太郎は否定する。
「龍玉で身体を構成してんのが、今の俺たちだ。けど、実際に動いてんのぁ肉体だ。だから肉体のほうも本体っていえらぁな」
ゆえに、傷つけられれば痛みを感じるし、実際に物を考えているのは自分の頭だという。
ただ、身体構成において、龍玉を中心になされているのが今の諒兵や丈太郎、すなわち龍機兵なのである。
「んじゃあ、さっきの脚になったときは……」
「龍玉におめぇ自身が命令して、身体の構成を変えたんだ」
核から分泌される粘液でありナノマシン、つまり竜の血によって、鋼鉄の外殻を動かしているのが竜であると説明している。
龍機兵が身体の一部を竜化することができるのは、龍玉から分泌される粘液、つまり竜の血によって肉体の構成を変え、竜の外殻を身につけているということができる。
「つまり、あのときの脚は竜の血の固まりになって、殻を被ってたってことか?」
「そういうこった。それが竜化だ」
だとすれば、何で元に戻ったのかが不思議になる。
簡単に戻れるものなのだろうか、と諒兵は疑問に感じた。
だが、それこそが丈太郎が「いいトコ」だといった部分であった。
「おめぇ自身の人としての心が、今のおめぇの姿を構成してんだ」
「俺の心が……?」
「おめぇは人だ。人であることを忘れんな。右腕が戻らねぇのぁ、バケモンになりてぇっておめぇ自身が思ってっからだ」
心の持ちようで自分の姿は変わる。
それは普通の人間でも同じだ。善人、悪人という違いだけでも見た目は変わる。
どんな殻を被ろうが、本質を消すことはできないからだ。
それが顕著に現れるのが龍機兵だという。
「人の心を持ってりゃぁ人に成る。失くしゃぁ人じゃなくなる」
「つまり、この状態が続けば、俺は竜に成るのか?」
「そういうこった。だが、竜に変わろうが、人の心を持ってりゃぁ戻れる」
要は人としての心を失わずに戦えるかどうか。
龍機兵になるために厳しい資格を設けているのは、人の心を失うような弱い人間を区別するためだと丈太郎は説明する。
「おめぇはまだ若ぇ。力に引きずられっちまう可能性が高ぇんだ」
だから、戦場には出せないと丈太郎はいってきた。
少なくとも、全身が竜と化し、そこから完全な人間に戻れるようにならない限りは戦場には出せないという。
「だからだ、心までバケモンになっちまったら、俺がおめぇを殺す」
そういって、丈太郎は殺気を叩きつけてきた。
思わず諒兵の全身があわ立つ。
気づけば、先ほど戻ったはずの脚が、再び竜化していた。
「少なくとも、俺の殺気程度でビビるようじゃぁ、この先何年かかっかわかんねぇぞ」
「チッ、わかったよ」
自分の右腕が竜化したままなのは、竜そのものに怯えているからだ。
力に怯え、竜に怯えている結果が、戻らない右腕だ。
心の弱さを認め、強くなろうという意志がなければ、人には戻れない。
なら、意地でも戻せるようになってやると諒兵は決意した。
時は戻る。
丈太郎の言葉を聞いていた冬子がポツリと呟いた。
「バカだねえ……」
「だなぁ」
「あんた、最後は死ぬつもりで龍機兵になったのかい……」
「あぁ」
丈太郎は自分の原罪、この世に竜を解き放ってしまった罪を許すことができない。
ゆえに、全てを終わらせるか、終わらせられる目処が立ったときには、自らの命を絶つ覚悟を持っていた。
それが、自分に相応しい結末だと考えているのだ。
「俺の意志に応えたのか、手に入った力ぁ『八岐大蛇』だった。英雄に殺される竜だ。お誂え向きだと思ったぜ」
「でも、なんだかわかんないけど、それ以上にヤバいのが生まれちゃったわけか」
冬子の言葉に、丈太郎は顔を曇らせる。
「それも、よりによって同じ孤児院で育った兄弟分がそうなっちまったかんな」
何の因果か、丈太郎の罪が生むはずの業を、自分の弟分である諒兵が背負ってしまった。
何の関係もなかったにもかかわらず。
「世の中、上手くいかねぇなぁ」
そういって自嘲気味に笑う。
そんな丈太郎の顔を見て、冬子はため息をついた。
「アタシゃあんたを許さないし、龍機兵は好きじゃない。だから、鈴みたいな子があのガキに近づきすぎるのは見過ごせないよ」
「見過ごさねぇでくれ。俺ぁ鈴川をこっち側に引っ張り込む気ぁねぇ」
それは間違いなく丈太郎の本音である。
諒兵が背負ってしまった業を、少しでも軽くしてやりたいという気持ちはある。
ただ、そのために鈴が犠牲になってしまうようなことにはなってほしくない。
龍機兵になるということは簡単なことではない以上に、人としての死を意味してしまう。
丈太郎はそう考えているのだ。
自分は覚悟して龍機兵になった。
むしろまともな人間に殺されるのならば幸運だとすら思える。
そういった『既に人としては終わった人間たち』を選別するためのものが龍機兵の資格なのである。
その後の『人生』など、最初っから考えてはいないのだ。
だから、諒兵が龍機兵になってしまったことが辛い。
諒兵はまだ十分に未来がある少年だった。
その少年を人として終わらせてしまったことが、丈太郎は辛いのだ。
「どんなに願ってももう遅いだろ。あんたは後悔を積み重ねて生きてくしかないんだ」
「わかってらぁな」
「竜の被害は減らない。未来を失った子どもたちなんてたくさんいる」
「あぁ……」
「その恨みを受けるのは、あんたの義務だよ」
容赦のない冬子の言葉が突き刺さるが、まだそのほうが幸福だと思えた。
罪を受け入れる罪人ほど辛い者はいない。
それでも、丈太郎はその罪から逃げることはできない。
「後で取りに来るから、そんときゃシケた面は見せないどくれ」
そういうと、冬子は部屋を出て行った。
冬子がいなくなった部屋で、丈太郎は運ばれてきた食事に手をつける。
「冷めちまったな……」
そんなことを呟きながら。