7話「襲う竜と目覚める赤」
数日後。
しばらく竜の襲撃がないことから、兵団詰所では比較的穏やかな日々が続いていた。
鈴としては、もう一度諒兵に会いたいのだが、忙しい時間帯を狙っているのか、食堂に来ても話をする余裕がない。
かといって、さすがに諒兵の部屋まで行くわけにもいかない。
自分はあくまで一般人だからだ。
そんなわけで、話したくても話せない鈴は悶々とした日々を送っていた。
そんな鈴とは関係なく、その日は冬子が丈太郎のラボに食事を届けに向かった。
「入るよ」
「あぁ」
丈太郎の返事を聞くと、なれた様子でドアを開け、何だかわからないものが散乱している床をものともせずにスタスタと丈太郎が座る机まで歩み寄る。
そして食事の載ったトレイを置くと、ふうと息をつき、何故かそのまま近くにある椅子に腰を下ろした。
その視線が丈太郎の作業台にある、変わった形をした何かを捉える。
「何だいそりゃ?」
「新しぃ武器だ。分類としちゃぁ銃器になる」
そういって丈太郎が見せたものは、確かに拳銃に形が近いが、やけに尖ったところが多く、グリップ以外はとても握れそうにない。
「昔のテレビのヒーローものに出そうなデザインだねえ……」
「竜の殻を使ってっからな。何度も成形してんだが、すぐに戻りやがる」
どうにもこうにも、ここまでが限界らしい。
だが、限界まで成形したのは、これを使うのが龍機兵ではないからだ。
「人間に持てねぇ武器じゃぁ意味ねぇかんな。握りが何とかなって一安心だ」
「ああ。そいつは内地に送るんだね?」
「政府の連中が急かして来やがっかんなぁ。内地の近くにゃぁ龍機兵は置けねぇし」
単純に、竜の姿に変わる龍機兵を、普通の人間が恐れてしまうからだ。
見た目は竜とまったく変わらない以上、いつ自分たちを襲うかわからないと恐れてしまう。
それでは居住区の人間が安心して暮らせないため、居住区に龍機兵は置けない。
最前線と距離がある内地は特にその傾向が強く、近くにあるだけでも恐れられるため、防衛線はあくまで丈太郎が作った武器と、人間の兵士で固められているのである。
もっとも、それは冬子にしてみれば当然のことらしく、呆れた表情を見せた。
「ここで働いてるおめぇさんは何なんだ」
「アタシゃ龍機兵は好きじゃない。金のためだよ」
それが理由であることは間違いではなかった。
あくまでもお金のためである。
他に稼げる宛てがあるなら他に行くが、安全性と金額で言えばここが一番いいらしい。
「シェルターは一番硬いし、戦う連中としちゃ龍機兵が一番竜に強い。んで、金の払いもいい。それが理由だよ」
「わかりやすくていいこった」
そういって苦笑いする丈太郎を一瞥すると、冬子はため息をつく。
「姉さんが見切りをつけたのは正解だねえ。あんたやっぱりロクデナシだわ」
「坊主ぁ元気にしてんのか」
「他人の子をよく気にするね」
「感傷みてぇなもんだ。あのとき研究を選ばなきゃぁ、俺にもこんなガキができてたんかなぁと思ってな」
誰にも話したことはないが、冬子の姉が以前丈太郎の恋人だった時代があった。
冬子とはその頃に知り合っているため、竜の襲撃後、職を失った彼女のことを知った丈太郎がここの職場を紹介したのである。
もっとも。
「あんたに言わせりゃ夏樹が親を失ったのはあんたのせいなんだろ」
「あぁ」と、そういって沈んだ表情を見せる丈太郎に対し、冬子は少しばかり後悔している様子だった。
だが、実際のところ、夏樹の両親、つまり冬子の姉とその夫は、竜の襲撃によって喰われている。
丈太郎が竜の血を発見し、そのために竜が解き放たれたのであれば、丈太郎の責任だというのは決して間違いではない。
ただし、その遠因は冬子の姉にあった。
「脚の悪かった姉さんのためだったとしても、触れていいものと悪いものがあるんだよ」
冬子の姉は、幼いころの事故により右脚がほとんど動かなかったのである。
丈太郎はそのことを気にしたりするような人間ではないが、本人が苦労していることを見てきた。
そこで見つけたのが竜の血だ。
詳しくは省くが、その効果が動ける脚を冬子の姉に与える方法になるのではないかと考えたのだ。
もっとも、そのために研究に没頭する丈太郎についていけず、冬子の姉は別れを選択し、別の男性と結婚したのである。
その結果として、冬子の甥である夏樹が生まれたのだ。
「結局あんたは科学者としての自分のエゴを優先しただけだ。アタシゃあんたを許さないよ」
「許さねぇでくれていい。優しくされんのぁ性に合わねぇ」
そう答えると、丈太郎は食事に手をつける。
さすがに今は研究する気になれないということなのだろう。
「話ぁ終わりか?」
「いや、これからだよ」
「んあ?」
「あんた、鈴を焚き付けんのはやめとくれ」
いきなり、鈴の名前が出てきて、丈太郎は面食らったような表情を見せる。
まさか鈴の話題になるとは想像もしていなかったらしい。
「あのガキにくっつけようとしてんだろう?」
「くっつけるってぇか、せめて友達くれぇになってほしくてな。何でそれが焚き付けになる?」
「この鈍感、鈴はあのガキに惹かれてんだよ。まさか、鈴を龍機兵にする気じゃないだろうね」
丈太郎としては、あくまでも諒兵にとって救いになるようにという思いで鈴の存在を受け入れた。
確かに惹かれているのはわかっていた。
だが、だからといって一般人が龍機兵の恋人になれないことは丈太郎が一番理解しているし、諒兵もそのあたりは理解している。
また、鈴に対しては龍機兵になるべきではないと説明もしているのだ。
ただ、それでも丈太郎としては兄貴分として、諒兵に救いを作ってやれないかと考えていた。
「あんた、身内のことを考えてやれるわりにゃホント鈍感だねえ。あんたにその気がないとしても、鈴は暴走しかねないよ」
「暴走?」
「あの子は本当に情が深い。あのガキのために龍機兵になっちまうかもしんないんだ」
その時、丈太郎の脳裏に思い浮かんだのは、龍機兵になるための丸薬の原料の話を鈴にしたことだった。
鈴がそのことを他に言い触らすことはないだろうが、自分のために利用する可能性は十分にある。
「……やべ」
「おい」と、冬子はジト目で丈太郎を睨んだ。
何かまずいことをしたのだと見抜いたようだ。
「いや、ちぃと喋りすぎたことがある。女将、鈴川を見張っててくれ。絶対戦場に近づけるな」
「当たり前だよ」
一般人の鈴が戦場で何ができるわけでもない。
また、シェルターが壊されるような状況なら、他の兵によって避難させられる。
それでも、鈴は思いあまって諒兵のところに行ってしまう可能性がある。
それだけに、これは決して見放せないと冬子はため息をついた。
「しかし、あんたあのガキのことを随分気にしてんだね」
「まぁな」
「何でだい?」
「あいつぁ、俺が背負うはずだった業を代わりに背負っちまったかんな……」
そういって、丈太郎は思案に耽るような仕草を見せた。
今から半年前。
諒兵は小脇にまだ幼い少年を抱えたまま、必死に走っていた。
「にいちゃん、こわいよう」
「喋んなッ、舌噛むぞッ!」
抱えているのは、同じ孤児院で育った弟みたいな孤児だ。
迷子になった末、居住区の外に出てしまった弟分を、諒兵が探しに出たのだ。
そして、弟分を見つけると同時に、はぐれた竜に遭遇してしまったのである。
竜が出現して数ヶ月。
政府は予見していたかのように、生き残っている人間たちを居住区と呼ばれる場所に誘導。
さらに、竜と戦う力を持つ兵士、龍機兵を前線に投入した。
それにより、被害はある程度抑えられたが、龍機兵は絶対数があまりに少なく、逆に竜は数多い。
漏れてしまった竜が、居住区近くまで接近することがあった。
居住区には竜を撃退する砲台と、ドーム型のシールドがある。
そこまで逃げれば生き延びられるのだ。
そう思い、諒兵は弟分を抱えて必死に逃げていた。
だが。
『ギィァアアァァァアァッ!』
という雄叫びと共に、一匹の竜が振るった爪が、諒兵の背中を切り裂く。
「ぐあぁッ!」
「にいちゃんッ!」
痛みを堪え、諒兵は弟分を放り出す。
「早く逃げろッ、俺は大丈夫だッ!」
「にいちゃんッ!」
「逃げろッ!」
剣幕に押され、弟分は必死に走り出す。それを見た諒兵は安堵の息をつくが、状況は最悪だ。
『ギアァァァッ!』
自分を餌だと思っているのか。
目の前の異形、竜は醜い顎を開く。
殺される。
殺されたくない。
諒兵はそう思った。
竜が出現してから今日までに、大半の人間がなすすべもなく殺されていったからだ。
自分もそうなるのか。自分の人生はここで終わるのか。
諒兵はそう思う。
「イヤだ」
声が漏れる。それは、心の声だったかもしれない。
死にたくない。殺されたくない。
殺されるくらいなら、殺してやる。
お前が人を殺すのなら、俺はお前たちを殺すバケモノになる。
『グヴォェアァッ?!』
気づけば、諒兵は目の前の異形たる竜に対し、右手を口の中に突っ込んでいた。
「ふざけんなッ!」
肩口まで突っ込んだことで、却って噛むことができなくなってしまったらしい。
竜は人にはとてもわからない戸惑いと怒りの表情を見せた。
困惑しているのだ。
餌が反撃してきたことを。
だが、自然界では当たり前のことだ。
草食動物は常に肉食動物に喰われるわけではない。
反撃し、撃退することもある。
人は、竜に喰われるだけの存在ではないことを、諒兵が証明した。
そして諒兵は竜の目玉を目がけて左手の指を突き刺す。
声を上げられぬ竜は、残った目を怒りの色に染めて睨みつける。
だが。
「食われてたまっかよッ!」
ただ生き延びるために必死だった。
しかし、その必死さが、諒兵に人の限界を超えた力を与えた。
人は、通常は本来の力の三割ほどしか出していないというが、そのときの諒兵に奇跡が起きたのだ。
火事場の馬鹿力とでも言うべきものだろう。
一瞬だけ残りの七割を解放し、竜の下顎を左手で掴み、勢いをつけて引きちぎったのだ。
引きちぎられた竜の身体から真っ赤な鮮血が噴き出す。
諒兵は恐怖と怒りでカラッカラに渇いていた喉を、その血で潤おした。
とたん、喉元に赤く輝く玉が現れる。
「ぐぁッ、グアァアァッ?!」
何かが突き刺さる痛みで、諒兵は雄叫びにも似た悲鳴を上げる。
気づけば、体中に鉄筋やナイフ、鉄パイプといった金属が突き刺さっていた。
「なッ、なんダッ?!」
突き刺さっていた無数の金属は、そのまま溶けるように諒兵の身体に侵入してくる。
全身が熱くなる。まるで身体が溶鉱炉のようになっているようだ。
その熱さに苦しみ、暴れようと右手を振ると、竜の身体が引き裂かれた。
そのまま、竜の身体が砕け散る。
信じられないことに、諒兵は竜を殺したのだ。
「なッ……?」
だが、それ以上の驚きがあった。諒兵の右腕が、まるで竜のようになっている。
鮮血のように真っ赤なその右腕は鉄のように固い鱗で覆われ、ニ回りは大きくなり、指先からはまるで剣のような固い爪が伸びていた。
「なんだこりゃあ……?」
「にいちゃん……」
その声に驚いて振り向くと、逃げたはずの弟分がその場に立っていた
だが、その顔は恐怖に染まっている。
「にいちゃん、バケモノになっちゃったの……?」
「あっ……違う。俺は……」
そう呟き、諒兵が右手を伸ばそうとすると、小さな弟分は悲鳴を上げて逃げだした。
その姿を諒兵はただ呆然と見つめていた。
それから数日後。
諒兵は竜の腕と化した自分の右腕を見つめていた。
この腕になってしまってから、諒兵は孤児院の子どもたちを寄せ付けないようにしていた。
実際、寄り付く子どももいないのだが。
諒兵は孤児だ。親の顔は知らない。
父親が刑事らしかったことと、母親が何か問題を抱えていたこと自体は聞いているが。
それでも、赤ん坊のころからこの孤児院『百花の園』にいた諒兵にとっては、父も母も、他人に近い存在だった。
それでも、別に寂しいと思ったことはない。
にぎやかな孤児院だけに、家族はとても多かった。
しかし、今は一人でいる。誰も、自分には寄り付かなくなってしまっていた。
「何をいじけてやがる」
「兄貴……」
声をかけてきたのは、だいぶ前に孤児院を出て行った兄貴分の丈太郎だった。
「兄貴はわかるのかよ、これがなんなのか」
「……まぁな」
そう答え、丈太郎は、今、竜と戦う『龍機兵』が持つ力と同じだといってくる。
竜と戦うためには、竜と同じ力を得るしかない。
その力で『龍機兵団』は人々を守っているのである。
「龍機兵になるにゃ、面倒な試験とか訓練がいるんじゃねえのか?」
「あぁ。だがな、力を手に入れるだけなら誰でもできる」
「んだと?」
「俺らが試験や訓練をしてんのぁ、力に呑まれない心を持ってっかどうかを見てんだよ」
龍機兵になるための丸薬を飲みさえすれば、竜の力は得られる。
だが、その力は人の心を変質させてしまう。
ゆえに、力に呑まれないような強い心を持っているかどうかが重要で、そのために試験や訓練があるのだという。
「つまり俺は裏口入学しちまったのか」
「そういうこった」
「なんでだ?」
「……お前ぁ丸薬と同じ成分でできたもんを飲んじまったんだよ」
そういわれて思い出したのは、引きちぎった竜の身体から噴き出した赤い液体。
つまり、竜の血だ。
「ハッ、バケモノに殺されたくねえって思ってたら、マジで俺自身がバケモノになっちまったのか」
そういって諒兵は自嘲気味に笑う。
それでも、不思議と後悔はなかった。
むしろ、今まで逃げることしかできなかった相手を倒せるように、否、殺せるようになったことを喜んでいる自分がいた。
「おめぇがバケモンになるかどうかぁ、これからだ」
「なんだよ?」
「その力を制御する方法ぁある。おめぇにゃぁそれを叩き込む」
「どうやってだよ。てか、兄貴にできんのか?この腕は竜だって引きちぎれるんだぜ」
そういって、獣じみた笑みを見せる諒兵に、丈太郎は冷たい視線を向け、右腕を掲げた。
ベキベキッという音を立てて、丈太郎の右腕が変化する。
緑色の金属の鱗が生え、腕全体を覆っていく。
それは色こそ違えど、諒兵と同じ竜の腕だった。
「なッ?!」
「おめぇに殺されるほど弱かぁねぇぞ。調子に乗ってんならここで叩き潰す」
「どういうこったッ?!」
諒兵の疑問も当然だろう。
今まで普通の人間だと思っていた自分の兄貴分が、いつの間にか今の自分の同類になっていたのだから。
「こいつぁ俺の罪の形だ。ガキがいきがんな」
チッと舌打ちして、諒兵は俯いた。
少なくとも、丈太郎は今の自分が勝てる相手ではないことを理解したからだ。
「この腕は治んのかよ?」
「治すのぁ無理だ。だが、戻すこたぁできる」
それが、制御するということだと丈太郎は右腕をいつもの人間の腕に戻して説明してくる。
「俺と来い。龍機兵団でおめぇを預かる」
どのみち、他にいく場所はない。
居場所だった孤児院は、もう自分がいるべき場所ではなくなった。
バケモノが生きられるのは、バケモノがいる場所しかない。
歩きだした丈太郎を追い、諒兵も立ち上がって歩きだした。
目を開いた諒兵は、いつもどおりの殺風景な自分の部屋を見る。
「夢か……、まだ見られるんだな……」
丈太郎について行った日から半年。
諒兵は力の使い方を学び、一気に全身まで竜化することができるようになった。
そして自分が何者になったのかを知った。
だから、今ならば理解できる。
竜に殺されかけたあの日、人間だった日野諒兵は確かに死んだのだ。
でも。
「あいつの手、あったたかったな」
鈴と出会ったとき、握った彼女の手は温かかった。
人の温もりを感じられることに諒兵は驚く。
だからこそ、これ以上に自分に近づけさせるわけにはいかないと思う。
もう戻れない自分が、まだ平穏に生きられる鈴を巻き込んではならない。
諒兵はそう思っていた。




