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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「終わる世界の赤の竜」
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6話「想う少女と赤の竜」

戦闘部隊が戻ってきてから、鈴は地獄を見た。

控え室でぶっ倒れてしまい、さすがに寮のほうへ行こうなどとは思えなかったくらいである。

「すご……」

「大戦闘があった後はいつもこうだよ。覚悟が足りなかったねえ」

そういって、冬子はくすくすと笑う。

そんな冬子に対し、文句をいう気にもなれないのが、今の鈴である。

「全員、いつもの三倍は食ってましたよね?」

「そうだね。あいつら、大戦闘の後は物凄く食べるんだよ」

「まさか、みんなが不安だったのは、こっちのせい?」

「かもねえ」と、冬子は再びくすくすと笑った。

ちなみに、龍機兵たちがいつも食べる量は、平均で常人の三倍である。

つまり今回は常人の九倍の量の食事を作り続けたのだ。

疲労もしようというものである。

「でも、大戦闘って、戦闘部隊のほうも大変だったんですか?」

「ちょっと聞いてみたら、向こうはこっちに来たヤツの三倍以上の大きさの伝承竜が上陸しようとしてたらしいよ」

「なっ?!」

「そんなのを撃退してきたんだ。腹も減るさ」

諒兵が倒した鋼鉄の牛ですら、相当な脅威に感じたというのに、戦闘部隊はそれ以上の竜を相手にしていたというのだ。

確かに、相当な大戦闘だったのだろうと思う。

「すごいんですね、他の人たち」

「アタシゃ、一人であの牛を倒したガキのほうがおっかないけどね」

「でも……」

「感謝はしてるさ。こうして生きてられんのはあいつのおかげだかんね」

それは間違いのないことだから、と、冬子は呟く。

ただ、龍機兵に対する感情を、それで済ませていいわけではないと感じているらしかった。

「鈴、前に蛮場のラボに飯を届けにいったとき、資格の話は聞いたかい?」

「資格?」

「龍機兵になる資格だよ」

「そんなのあるんですか?」

と、初耳の鈴は首を傾げる。

その様子で話を聞いていないことを悟った冬子は、簡単に説明した。

「ちゃんとあるよ。確か二十才以上で強靭な精神を持つ男性ってのがそうだったはずさ」

「男限定?」

「らしいね。少なくともうちの龍機兵に女はいないし」

そういえば、と、鈴は思いだす。

食事に来る龍機兵の中に女の姿はない。

なりたがる女はいないのだろうかと疑問に思っていた鈴だが、兵団のほうが受け付けていないというのであれば、いないのも納得がいく。

さらに、冬子の言葉を反芻してみて、おかしな点に気づいた。

「アレ?諒兵、二十才じゃないですよね?」

「十五だそうだ」

「へっ?」

「学校に行ってれば高校生だとさ」

ちなみに、鈴も学校に行っていれば同じ高校生になる。

年も変わらない。

なお、高校、というか学校自体はまだ存在しているが、一部の地域に限られている。

内地で安全性の高い土地のみ、学校が存在しているという状態だった。

それはともかく。

年齢を考えると諒兵は明らかに資格を得ていないことが理解できる。

「じゃあ、何で?」

「どうやってなったのかはアタシゃ知らないよ。ただ、あのガキは龍機兵だとしても真っ当な方法でなったわけじゃないってことさ」

冬子の言葉に、以前丈太郎がいっていたことを思いだす。

若すぎるために、竜の力に呑まれてしまう可能性が高いといっていたことを。

最初から資格がなかったのだとすれば、周りが危険視するのも仕方がないのだろうか。

それだけではないと冬子は語る。

「龍機兵自体、アタシゃあんまり好きじゃないけどね。それでも真っ当な方法でなったんならまだいいさ。けど、あのガキは真っ当な方法でなったわけじゃない」

「けど、私たちのために戦ってくれてるじゃないですか……」

「気持ちの問題じゃないよ。真っ当じゃないのに、あんな馬鹿げた力がある。それがおっかないんだよ」

最後に繰りだした攻撃。

それがブレスと呼ばれる竜や龍機兵の切り札であることを鈴は知った。

自分の三倍はあった鋼鉄の牛を丸呑みにするほどの強大な炎。

凄まじいという以外に言い表しようがない。

冬子が馬鹿げた力というのも理解はできる。

資格がない、つまり本来なら龍機兵になるには未熟な諒兵が力だけは特級レベルのモノを持っている。

それが、危険でないはずがないと冬子は語る。

「鈴、最後に決めるのはあんた自身だ。でも、忠告はしといたよ」

そういった冬子は、あとはゆっくり休むようにと告げて、立ち去った。

甥っ子である夏樹の相手をしてあげるのだろう。

冬子自身が、鈴の目から見てもいい人であることがわかるだけに悩んでしまう。

そこに。

「あれ、浅見さんは?」

「あ、夏樹くんのところに行ったみたいですよ」

「あちゃ、参ったなあ。大食いが来たってのに」

「へっ?」

「鈴ちゃん、相手してくれる?」

手を合わせて頼み込んでくる同僚の女に、鈴は苦笑を返す。

もともと定食屋の娘であった鈴だが、この厨房で鍛えられたせいか、責任者の冬子が一目置くレベルの調理スタッフになっていた。

先ほどのイナゴの群れのような連中なら逃げ出したいところだが、一人二人なら何とかなるだろう。

それに、疲労感はあるが、こうして同僚に頼られるのは悪い気分ではない。

「わかりました。任せてください」

「ごめんねー、あの大食い相手じゃ私たちじゃ厳しくって」

そういって、同僚の女は、厨房の向こうの食堂のある一点を指差す。

そこには相当にお腹を空かせたのか、テーブルに突っ伏している赤い髪の少年の姿があった。



最初は面食らってしまった鈴。

だが、此処に連れてこられて以来、まともに話もできなかったというのに、いきなりチャンスが舞い込んできた。

ならば、鈴としてはこのチャンスを逃す手はない。

そう思い、まずは注文を聞くために、突っ伏したままの諒兵に近寄る。

「諒兵」

「んあ?お前か」と、本当に辛いのか、顔だけを上げて答える。

「お腹空いてんの?」

「頼む。何か作ってくれ」

「ご注文は?」

「……焼肉、しょうが焼き、サンマ、ホッケ、とんかつ、からあげ」

「どれよ?」と、羅列されたメニューに鈴は呆れ顔だ。

本当にお腹が空いてるらしいと少しばかり可愛いとも思ってしまう。

「全部だ」

「おかずばっかそんなに食べてどうすんのよ」

さすがに苦笑してしまう。

どれもご飯と一緒に食べるほうが美味しいだろうにと鈴は思うからだ。

だが、次の一言で顔が引きつる。

「全部定食、大盛りで」

「マジ?」

「早くしてくれ……」

さっきのイナゴの群れのほうがまだ可愛げがあったかもしれないと思いつつ、龍機兵とはこういうものなのだろうかと考え直す。

とりあえず、一品ずつ出していけば、途中で食べられなくなっても困らないだろうと、言われた順番に作っていくことにする鈴だった。

もっともそんな考えは、三品目のサンマ定食がきれいサッパリ消えた時点で吹き飛んだが。

「あんた、マジで全部食べられるのね?」

「そう言ったじゃねえか」

これは真面目に全部食べ切ってしまうと理解した鈴は、すぐに同時進行で三つの定食を作り上げる。

「あ?」

「食べてていいから。私、ココに座ってもいい?」

「構わねえけどよ」

そう答えた諒兵は四品目のホッケ定食に手をつける。

一体どこに入るのだろうと思う鈴だったが、とりあえず聞きたいことを聞いてみることにした。

「そのままでいいから、ちょっと教えて?」

「何だよ?」

「あんた、何で竜と戦ってくれるの?」

その問いに対し、諒兵は味噌汁を啜ってから、素直に答えた。

「人を襲う竜が許せねえ。それだけだ」

「それって、身内を殺されたとか?」

たいていの龍機兵が戦う理由がそうだと聞いている。

家族や恋人を失った男たちが、竜に対して復讐するために力を手にするのだ、と。

しかし、諒兵の答えは違った。

「俺はもともと孤児だ。兄貴もそうだがよ、孤児院で一緒に育った兄弟みてえな連中はいる。けど、血のつながった親兄弟はいねえ」

「じゃあ、その孤児院の人たちとか?」

「居住区で暮らしてる」

幸いなことに、孤児院で一緒に育った者たちの中に、竜に殺された者はいないという。

ならば何故、と、鈴は思う。

しかし、その疑問に対する答えに、鈴はある意味納得してしまった。

「竜に殺されかけたのは俺だ」

「えぇッ?!」

「だから思った。『竜に殺されるくれえなら、俺は竜を殺すバケモノになる』ってな」

それで自分は『その時』バケモノになったのだと諒兵は答えつつ、今度はとんかつにかぶりついた。

しっかり食事は続ける辺り、本当に大食いの諒兵である。

そこまでを聞いて、鈴は疑問に感じた。

龍機兵になるためには丈太郎が精製しているという丸薬が必要になるはずだ。

『その時』というのなら、諒兵は竜に殺されかけたときに、竜の力を手に入れたということになる。

何らかの方法で丸薬を持っていたのだろうか。

「そんなもん持ってたわけねえだろ」

「だって、それがないとなれないんじゃないの?」

「誰に聞いた?」

「蛮場さんよ」

「あー……あのクソ兄貴……」

その様子を見る限り、何か失言してしまったと思っているのだろうか。

諒兵はどことなく目を逸らしつつ、ご飯を口に運ぶ。

「何でもいいだろ。何でか、龍機兵になっちまったんだよ」

「何でも良くないわよ。龍機兵って二十才以上じゃないとなれないって冬子さん言ってたわ」

その話と丸薬の話を組み合わせれば、資格を持っている男を丈太郎あたりが審査して丸薬を与えるということが見えてくる。

つまり、諒兵はどうやっても持てるはずがない。

そうなると、丸薬以外に竜の力を手に入れてしまう方法があるということになる。

それは、決して丈太郎が見過ごせることではないはずだ。

丈太郎と話したとき、鈴は感じた。

諒兵に兄貴と呼ばれる関係にある丈太郎までが、諒兵を危険視しているということが。

いったい何故なのか。

『赤の竜』とは何なのか。

どうしても鈴は知りたい。

知らなければならない気がするのだ。

「お前には関係ねえよ」

「私のこと助けてくれたじゃないッ!」

「たまたまだ。俺は竜の群れを潰しただけだ」

「それこそ関係ないッ、私がッ、そう思ってるんだもんッ!」

そう声を荒げる鈴を、諒兵は驚きの眼差しで見つめる。

内心、どう言えばいいのかわからないという様子だった。

ゆえに。

「ごっそさん、飯美味かったぜ」

「諒兵ッ!」

「いい嫁さんになれんじゃねえか?お前」

そう言い残して、諒兵は足早に食堂を出て行く。

一人、残された鈴は。

「離れたくないって、思ったんだもん……」

そう呟いていた。



気持ちを抑えきれない。

そう感じた鈴は、食器の後片付けを頼むと、丈太郎のラボを再び訪れた。

「入りますっ!」

「あん?」

許可も得ずにドアを開けてしまう。

今は細かいことを気にする余裕がなかった。

「どしたいきなり?」

「教えてくださいッ、丸薬とかを呑む以外で龍機兵になる方法があるんですよねッ?!」

そう問いただすと、丈太郎は厳しい顔を向けてくる。

どうやら、鈴の気持ちを少々誤解したらしい。

「鈴川、龍機兵になんぞなるもんじゃねえぞ」

「諒兵はッ、別の方法で龍機兵になったんでしょッ?!」

「話ぃ聞けや」

まくし立てる鈴に対し、丈太郎は呆れ顔である。

とはいえ、鈴の言葉で何が聞きたいのか理解できたのか、ため息をつく。

まずは何故、そう考えたのかを説明させることにした。

如何せん、鈴は興奮気味で話が通じないのだ。

「まずぁ冷静になれ。そんな調子じゃぁ、俺の話も理解できねぇぞ」

「……さっき、諒兵と話したんですけど」

と、そういって深呼吸してから、鈴は先ほどの会話の内容を説明した。

一番気になるのは、諒兵は確かに力を望んだが、その方法は持っていなかったということだ。

だから、死にかけたとはいえ、バケモノなどと呼ばれる存在になる可能性は低かったはずなのだ。

だが、今は同類の龍機兵にも危険視される存在になってしまっている。

『その時』何があったのか。

鈴が知りたいのはそこである。

そしてできるなら、ああまで自分の命を省みないような戦い方をする諒兵を止めたいのだ。

そのためには、何が起こって諒兵が龍機兵になったのか、他の龍機兵と何が違うのかを知っておきたかった。

「なるほどな」と、丈太郎はため息混じりに呟く。

そして思案し始めた。

知っていることをどこまで話すべきかを考えているのだろう。

「鈴川、おめぇ口は堅ぇほうか?」

「……内容次第じゃ自信ないです」

「その正直さぁ信頼できそうだな」

素直に答えたことで、逆に鈴はちゃんと線引きが出来る人間だと判断したらしい。

丈太郎は何度目かになるため息をつくと、口を開いた。

「どんなもんにも原料があんなぁわかんな?」

「はい」

「当然、龍機兵になる丸薬にも原料があるんだ」

当然のことであろう。

無から有を作り出す技術は人類にはない。

ならば、どのようなものであっても、その原料、材料があるのは当たり前の話である。

「諒兵が呑んだのぁその原料、正確に言やぁ『原液』だ」

「原液?」

「龍機兵になる丸薬の原液てのぁ竜が流した血、『竜の血』だ」

「竜の血ッ?!」

冬子が言っていたことを思いだす。

竜が流した血は猛毒だ、と。

それはある意味では正解だった。

竜と戦う、竜になる力を手に入れることができるとは言っても、一歩間違えれば竜そのものになってしまう『竜の血』

人間にとって、これほどの猛毒はないだろう。

「竜の血ってのぁ、極小サイズのナノマシンだ。それが集まって血みてぇな粘液になっててな」

「へっ?」

「竜ってのぁ、そのナノマシンが竜の形をした金属製の外殻を動かしてんだよ。言ってみりゃぁ、竜ぁロボットだ」

いきなりとんでもないことを言われて鈴は混乱してしまう。

だが、ある意味では納得もできる話である。

竜が生物であると誰が決めたのだろう。

その姿や形、能力はまさに空想上の産物だ。

ならば、竜が何者かの作り物であったとしてもなんらおかしくはないのだ。

「嘘……」

「誰が作ったんかぁ知んねぇ。俺ぁそもそも凝結してた竜の血の塊を見っけただけなんでな」

「えっ……?」

「そのあたりゃぁ詳しくぁ言えねぇ。ただ、それを見っけたことで、結果として世界に竜が解き放たれた」

丈太郎はどういう理由から、どういう状況で『竜の血』を見つけたのかまでは説明する気はないという。

ここで重要なのは、諒兵がどうやって龍機兵になったかということなので、確かにそのことを気にしても仕方がないと鈴は一応は納得する。

「竜の血ぁ生物の血液を媒介に増殖する能力があった。だから一滴でも身体に入っちまうと、一気に増殖して生物の身体を作り変える」

「それだと、人間だけじゃなくて……」

「勘がいいな。おめぇの考えてるとおりだ。そこらの動物でも竜の血を呑めば竜になる。世界に溢れてる竜のほとんどぁ元々ぁ野生動物だろぅよ」

ゆえに、戦闘となった場所に流れた『竜の血』は龍機兵団が処理しているのだ。

たとえ小動物でも、『竜の血』を舐めれば竜と化す。

放置するだけで人類の敵が増殖する、まさに猛毒だと言えた。

「ここまで言えば、ある程度ぁ予想つくんじゃねぇか?」

「……前に、丸薬は竜の本能を押さえたって言ってましたよね」

「あぁ。だが原液にそんなことぁしてねぇ」

そうなれば、諒兵は人を襲う竜としての本能をそのまま取り込んでしまっているということになる。

むしろ、今、人のために戦えているのは奇跡なのだと丈太郎は説明した。

本来なら、竜への怒り、憎しみが、そのまま人を襲う本能と直結してもおかしくないのだ。

ただし『赤の竜』については、丈太郎はまだ知るには早いと口を閉ざす。

「おめぇが知りたがってる『赤の竜』についちゃぁ、そのうち説明してやらぁ。ただな……」

「ただ、何ですか?」

「諒兵の、せめて友達になってやってくれ。俺が『竜の血』なんぞ見っけなけりゃぁあいつが龍機兵になることもなかった。俺の出来が悪ぃせいで、弟分のあいつを巻き込んじまったかんな……」

それは、優秀な科学者でも、兵団の責任者でもなく、同じ孤児院で育った兄貴分の懺悔だった。






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